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4月まとめ、主に旅5

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最終日、東京駅にて。
駅中、駅外とぶらついて八重洲北改札口近くの「百果園」で食べた「あまおうパフェ」。
店の前で並ぶこと20分くらい。店内に案内されて待つこと15分くらい。幸い新幹線までの時間があったので焦らずこんなもんだとゆっくり待ちました。
少し肌寒い日でしたが、メニュー見て、これはもうパフェしか考えられないということで注文。
込み合った店内ですが、厨房に2人(?)レジ兼オーダー取兼テーブルセッティングに2人(?)
空いた席があるのに案内が間に合わないくらい忙しい。
出てきたパフェに圧倒されました。すごい量、今年のシーズンのイチゴはこれで食べつくしたと思うほど。
いやいやおいしかった! これぞイチゴという濃厚な味、しかも採れたて新鮮。そして、食べても食べてもまだある!!
ホイップクリームはちと余分な気がしましたが……。
とにかくこれもまた話のものだねになるほどのボリュームで美味しゅうございました!

大丸地下でお弁当を買って新幹線、北陸線と乗りついて、無事夜半に戻りました、ってもう一月まえの話で失礼!

4月まとめ、主に旅4

いい絵画を見て心が満腹した後は、実際にお腹を満足さようと、勇んでマンダリン・オリエンタルホテルへと向かいました。

初の6つ星ホテルの評価を受けたマンダリン・オリエンタル東京、泊まりたいけれどちょっと無理なお値段、でも38階のラウンジでのアフタヌーン・ティーはお薦めと、娘が予約を取ってくれました。
さすがに眺望はすごい、東京の街をぐるりと見渡たせます。ちょうどこの日は曇りから雨の予報でしたが、居ながらにして、遠くで雨雲が立ち込めている様、その雲が移動してきて薄暗くなり窓に雨粒がかかりだしたかと思うと、また晴れあがり、光が差してくる様子と刻々と天気が変わる様が見えて天から下界を見下ろす仙人はこんな気分なのかと思われるほど。

さて、写真はアフタヌーン・ティのタワー。順に下、中、上段の皿です!

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4月のテーマはそのものズバリ「桜」。桜のイメージで作った小さなサンドイッチ、プティ・フールが並びます。
下段のパンはフォカッチャ、ブリオッシュ。花びら型のピクルス。菜の花もあります。中のマーガレットはホワイトチョコ、メレンゲは柚子味、上段のマカロンは桜と柳の緑を抹茶風味。紅茶はたくさんのリストから好きな物を何杯でもいただけます。
途中でミニスコーン3種がクロップト・クリーム、コンフィチュール、クリーム添えで出てきます。これほどの立派な物ではありませんでしたがイギリスで食べたクリーム・ティー(スコーンとクリームの)を思い出しました。

紅茶は今月のお薦め、桜のブレンドしてある紅茶から始まってマンダリン・オリエンタルブレンド、アール・グレイ、ロイヤル・ミルクティー、バニラ・ロイヤルミルクティーと、3人でいろいろいただきました。どれも高貴な味でしたが、特にオリジナルブレンドティーとロイヤルミルクティーがうっとりするほど美味しかったです。
ここまで書いてもしやメニューがないかと検索したらありました。(ちょっと鬱陶しいかもしれませんが参考までに)

サンドイッチと各種セイボリー ;
スモークサーモンと胡瓜 ディルサワークリームとブリニ
ツナと菜の花のミニイングリッシュマフィン
生ハムとマスカルポーネチーズのオープンサンドイッチ
グリーンアスパラガスとベーコン 桜の花のキッシュ
春の豆とボロネーゼのグラティネ
スコーン ;
プレーン、チョコレートチップ、 クランベリー
クロテッドクリーム、苺とシャンパンのコンフィチュール、桜コンフィチュール
プティフール;
桜と抹茶のマカロン
レモンと柚子のタルトレット
デリスショコラ
ホワイトチョコレートムース
ラズベリープロフィットロール
桜パウンドケーキ
キリッシュ風味のチェリーケーキ

しっかり写真まで撮ってあるのに意外と覚えていないもんだなあ、というか、一つずつ味わいつつ食べるのに一生懸命で細かいところまで覚えていられないというのが本当のところでした。

この階のお手洗いから見えるスカイツリーがまた絶景でした。(残念、写真撮らなかったw)
そうしばしば行けるところでもありませんが、日常から飛んだゆったりした豊かな時間を過ごさせてもらいました。また行きたーい!

4月まとめ、主に旅3

Proserpine

もう少しお付き合い願います。

3日目です。
モリ・アーツセンター・ギャラリーで開かれていた「ラファエロ前派展」へ行きました。6日が最終日で人出が心配でしたがそれほど待たずに入場できました。
画像はダンテ・ガブリエル・ロセッティの「プロセルピナ」。ギリシャ神話の大地の豊穣神デーメーテールの娘ペルセフォネ―と言った方がわかりやすいかも。
冥府の神ハーデースに地下に拉致されるものの、母神の願いで地上に戻れることになったとき冥府のザクロを3粒(4粒とも)口にしたために一年の1/3を地下で暮らさなければならなくなった、のちにハーデースの妃となり冥府の女王となる、この女性を題材にしたロセッティの名作です。

実はこの絵にはちょっとした因縁があります。
ロンドンへ行った折これがどうしても見たくてテート美術館へ行ったのですが、よそへ貸出し中で(ちょうど今回の日本展のように)見られなかったのです。返す返すも残念で、何とかして一度は実物を見たいという思いが募りました。それが日本で見られるのですから、これはもう東京であろうと行かないわけにはいきません。
実物を見て震いが出る思いでした。同じラファエル前派のウィリアム・モリスの妻、ジェイン・モリスをモデルにしたこの絵は神話のバックグラウンドを離れても、「見る者を焼きつくさずにはいられない暗い情熱」があふれるファム・ファタールをありありと描き出しています。人ごみのなかでしばし、魅入られてこの絵の前にたたずみました。

もう一枚忘れてならないのが、ジョン・エヴァレット・ミレイの「オフォーリア」。

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以前神戸に来たときに忙しくて行くことができずとても残念でした。
幸いテート美術館で見ることができたので今回は再会に心が躍ります。

ところが、あっと思うほど受けるイメージが大きく違っていました。
テートでは大きな壁面に複数のラファエロ前派の絵とともに飾られていて(隣にはウオーターハウスのレディ・オブ・シャルロットがありました!)特別なライティングもなくて、画面は暗く本当に近寄らないと細部まで見えにくかったのです。
その時のこの絵の印象は、上左右の角が取れた特徴的なキャンバスの形もあって、祭壇画のようで期待していたよりも古めかしい暗い絵というものでした。

ところがさにあらず、今回はまったく違いました。かなりしっかりしたライティングのもと、細部まで明瞭に見え、表面のニスの輝き、描きこまれた花々や水草、木々の緑が新鮮で、一輪のバラやスミレの色の鮮やかさ、ロビンの胸の色、衣装にちりばめられた真珠様の飾りの質感まで感じられて、これほど美しい絵だったと改めて気づきました。
これまた時間を忘れて見入ってしまう絵でした。(実際はこの絵が一番の呼び物なので特に人だかりが多くて、あまり長い間正面に陣取っているのは憚られたので、後ろ髪をひかれる思いで正面を辞しました)

もう一つ画集でしか見たことのなかった絵を実際に見られて高揚と恍惚感を楽しみました。
プロセルピナと並んで展示されていた、同じロセッティの手による「ベアータ・ベアトリクス」。

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悲劇的画面で見る者の心に翳りを落とします。こちらも有名なので下手な解説は省きますが、プロセルピナにある生の強さとは全く異なる、死の勝利が描かれています。(オフォーリアのモデルになった女性でロセッティの妻になったが若く亡くなる)悲哀というか、死によってもたらされた永遠への憧憬が感じられるのですが、いかがなもんでしょうか。

二つの美術展をハシゴして、もうお腹いっぱいといったところです。この後本当のお腹いっぱいが待っていたのですが、長くなりそうなのでそちらはまた書くことにします。

4月まとめ、主に旅2

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二日目、娘と待ち合わせして三菱一号館美術館へ行く……という予定が最初からチャラになりまして、先に食事ということになりました。出発が遅れたのと待ち合わせが行き違いとか、意外に時間がかかってしまって、昼食の予約を早めに変更できたのでそちらへ向かいました。食べることが先になる、もちろん誰も否やはありませんや。

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向かった先はパレスホテル東京の5階、「琥珀宮」という中国飯店。前菜に出てきた皮がパリパリのこんがり焼いた焼き豚(小さいんですけどね)空腹だったせいもあってそのおいしさといったら、忘れられません。
画像は次に出てきた飲茶3点、韮、海老のぽとぽとと美味しかったこと。何が入っているのかわからないような複雑な味がして風味が豊か。驚きがあります。室内装飾もシンプルかつ瀟洒。壁にかかった小さな違い棚にはミニチュアの焼き物や彫り物がさりげなく配置されていて、目を楽しませてくれます。次々に料理が出てきたのですが、食べるのに注意が行ってしまって写真を撮るのを忘れてしまいました。残念、もっとおいしいいものがたくさんあったのですが。

お腹もくちくなったので美術館へ移動しました。ここで前述の皇居お堀端の大行列を目撃したわけです。みんな一様に並ぶのは苦でなく、これから見ることになる皇居の桜への期待を膨らませて、並んでどんどん移動するのを楽しんでいるようにさえ見えました。

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三菱一号館美術展では"The Beautiful"展が開かれています。(5月6日まで)イギリスのV&A美術館所蔵品を中心に19世紀後半にイギリスで起こった唯美主義の絵画、工芸品を見ることができます。絵画、デザイン、日常生活に用いる工芸品にいたるまで芸術のための芸術、宗教や倫理に縛られない美しい物を作り出そうという潮流。産業革命が進み一般市民の中にも芸術のパトロンとなる富裕層が広がったことなど、さまざまな要因のもとに花開いた芸術運動ですね。
白眉(わたしの好みってことですが!)はピアズリーのサロメの原画。岩波文庫の福田恆存訳「サロメ」でピアズリーの挿絵を見て以来、本物を見たいと思い続けてきた願いがかないました。もちろんバーン・ジョーンズとかロセッティの絵画にも満足です。

東京駅の方に戻ってKITTEを冷やかして、中に地元産業のHacoaの直営店や眼鏡屋さんがあるのにちょっと感激しました。
こうして2日めが終わりました。あ、夕食は東京駅大丸の「すし鉄」でお寿司を食べました。ここのちらし寿司はいけまっせ!

4月まとめ、主に旅

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久々の更新ということで(つまり特記すべきネタがなかったということにつきますが)4月のまとめをばいたします。

4月初旬、東京へ行きました。ときあたかも皇居の乾御門への通り抜け公開がされているときで東京駅丸の内口から出てお堀端へ車で移動するときに見た人・人・人の列。。3日間で22万人が訪れた由、こういった希少な機会のイベントの折にはぜひとも参加しようとする日本人のバイタリティに恐れ入りました。

東京行は2つの美術展を見に行くのが目的でしたが、もちろんおいしい物を食べて、あわよくば何かお買いものもしたいという、つまりきわめてありふれた俗っぽい動機によるものでした。
予定は3泊4日。狙ったわけではないのにお花見のハイシーズンと大学の入学式シーズン、それに皇居のお花見など大勢の人出が予想されるイベントが重なりに重なった週末に当たったので(それも決めたのが遅かったために)ネットではホテルが取れずに結局旅行社のお世話になってしまいました。おまけに連泊ができずに初日は品川、後2日は浜松町とやけに移動が多い旅行になりました。

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新横浜で新幹線を下り町田市へ向かいました。白洲次郎と正子が暮らした「武相荘」。母が長年行きたいと言いながらなぜか機会を作れなかったところです。
今回は最初から東京へ行く前に寄ることにしました。晴天の暖かい日で町田駅から徒歩15分、これは遠いと車で行ったらものの5分もかからずに到着しました。
一昔前は正子の書いたように「雑木林の中」にあった人里離れた田舎屋だったのでしょうが、今は住宅地の中にぽちっと残った小高い丘という感じです。それでも歩いて上っていくとその一角は閑雅な風情が残っています。
入り口に次郎の乗った車があります。藁ぶきの母屋へ入る前の壁に有名な昔の灯明台を花活けにしたものが釣ってあります。わ、これ欲しいと思いましたが、売店でレプリカが6万以上したので、一も二もなく却下。

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四季折々のどんな花を活けてもそのよさを見せてくれるような花活けです。どこか骨董市でよく似たものがないか探そうかしらん。


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こちらは庭の石塔。二人が好きだったという椿が盛りでした。一重の赤、桃色と白の八重咲き、豪華な園芸種の八重から素朴な山椿までがさまざまに小高い山をぐるりと一回りする小径の脇に咲き、あちらこちらに古びた石仏や石塔が見え隠れします。

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室内で一番心ひかれたのが正子が使っていた書斎です。室内の撮影禁止だったので残念でしたが、書き物をしていた机(分厚い一枚板)の下に掘りごたつのように足を下ろして座れるスペースを取って、机のすぐ前に開いた窓からは石垣と上から下がる木々の枝が見えます。部屋をぐるりと取り囲むように、これも長い一枚板を棚板にした書棚がしつらえてあり、そこにありとあらゆる蔵書が並んでいます。雑然と整然の間、だらしなさも感じない代わりに乱れのない冷たさも感じない、そういう書架でした。触っていいのなら気になる本を取りだしてぱらぱらめくってみたい、そんな気になる温かみのある書架でした。(画像は絵葉書、それもスキャナーを起動するのが面倒臭くってカメラ画像wです!)

武相荘を後にして小田急で町田から新宿に出ました。新宿といえば、やっぱりここでしょ!

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というわけでタカノのパーラーでマンゴー・パフェを食べてきました。やっぱりおいしい! 
のんびりと田園の風情を楽しみ、都会の洗練された食感を楽しむ、幸先のいい滑り出しでした。早めにホテルへ入ってゆっくり休みました。第一日の終わりです。

イタリア Viaggio corto8

旅も最終日、空港へ行くまでの約6時間ローマの中を歩き回ることになりました。
限られた時間で動ける範囲は狭いのですが、ホテルが町の中央にあってほとんどの史跡へ歩いて行けます。サン・ピエトロやヴァチカンまで徒歩で15分もあればつきます。旅行出発前には2,3時間並んでもヴァチカン美術館へ入ろうと思っていましたが、それだけあればもっと他のところも見て歩けると気づき計画変更です。

8時過ぎにホテルを出てまずテヴェレ川に向かいました。
あちこちにイタリアカサマツが見えます。カサマツと糸杉、これぞイタリア! を実感させてくれる景色です。

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公園を抜けると最高裁判所。どっしりした大きな建物です。早朝で人気はありません。

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この手の建物がいたるところにあるのがローマ。見慣れてしまえば何でもないのかもしれないけれど、わたしたちはただ驚異の目をみはるだけ。
カブール橋からテヴェレ川を渡って川沿いに歩きます。10分ほど歩くと次の橋が見えてきます。右へ入るとすぐにポポロ広場です。

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ポポロ広場、オベリスクが目を引きます。右手後ろに見えるのはサンタ・マリア・デル・ポポロ教会

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早かったので中へは入れませんでした。ぜひともキージ礼拝堂を見たかったのに!
そう、ダン・ブラウン原作の映画「天使と悪魔」の舞台となった場所を歩こうというのが今回の目的なのです。
本ではここでイルミナティによって最初の枢機卿が殺害された場所です。
教会を背に逆方向を向くと道が三本放射状に延びています。その道の間に立つのが双子の教会。

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映画でもしっかり背景に映り込んでいます。
左の道をまっすぐ行くと「ローマの休日」のスペイン階段に出ます。この際どこでも歩けるところは歩くぞという意気込みで頑張ります。でも……暑かったなあ。
スぺイン階段から今度は正面の道をたどると、ちょうど先ほどのポポロ広場から出る3本の道が作る二等辺三角形の底辺を歩くことになります。(左右の道が等しい辺、真ん中の道が底辺に下した垂直二等分線)
軒並みブランドショップが立ち並びますが見ても買えないし、まあ目の肥やしということで。開店前のショーウィンドウを眺めながら行くと垂直二等分線の道に出ます。ここで左折です。
地図とショップを交互に見ながら行くと右手にあるのがコロンナ広場。

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マルクス・アウレリアスの記念柱、世界史の教科書にも写真が載っています。
普通の感覚で行くとこういう目を引く史跡は遠くからそれとわかるはずなのにすぐそばまで行かないと視界に入ってきません。
道の両側に同じ高さの石造りの建物がどこまでもずっと続いているように見えます。ところが史跡の直前になって建物が切れると忽然として広場が現れそこにぬっくとこういう柱やオベリスクが立っているというわけです。なかなかマップ通りにそこに見えるとは限らないのですね。

コロンナ広場から右に折れて細い道を抜けるとそこに見えてきたのは―――パンテオン!

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正面から見るとギリシアの神殿のような破風が見えます。中はご覧のとおりですね。

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予期はしていましたが、壮大さに度肝を抜かれます。天井に開いた穴は直径9mだそうですが、円天井がとてつもなく大きく感じられます。たくさんの観光客がいてみんな一様にまず天井の写真を撮っています。

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人々の話声が混然となって反響して、ただ「騒がしい」とか「雑然とした」とか「五月蠅なす」というのではない、たとえて言えば現世の生きる者のたてる音、卑小な自分もその一部である神ならぬ人が短命なるがゆえに一生懸命生きている証のような活力を持った一塊の音というか心地よいざわめきが聞こえます。
その音が徐々に高くなると各国の言葉で「お静かに」というアナウンスが流れます。ちなみに"Silence, please"。残念ながら日本語はありませんでした。

ここにラファエロ・サンティの墓があります。「天使と悪魔」ではラングドンは最初ここで処刑が行われると予測するのですが、実は先に見てきたポポロ教会のキージ礼拝堂だったことが明らかになります。

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パンテオンは一つの大きなドームの形をしています。そのドームの円周上にいくつも窪みがあってそこが墓や礼拝所になっています。ここがラファエロの墓。

やがて天井から差し込む日光が強くなり、内部にはっきりした影を落とし始めました。

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パンテオンを見て目的の半分は達成された感じがします。名残惜しさ感じながら、次なるナヴォーナ広場へと向かいました。

イタリア Viaggio corto7

今回の南イタリア旅行の心に秘めたるハイライト!
ナポリ郊外にあるカゼルタ宮です。
思い入れのあるところなのでついつい画像が多くなりましたがお許しあれ。
まず正面から一枚。

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知る人ぞ知る、SWエピソード1,2でナブー宮殿のロケ地となったところです。
細長い箱型に見えますが実は田の字型をした建物。
外見はヴェルサイユに似ています。それもそのはず1700年代中ごろにブルボン家のナポリ王がヴェルサイユに勝るとも劣らない宮殿をと建築させたものです。
長方形の田の字の箱型をしている宮殿は5階建てで中庭が4つ。
全部屋数は1200余だそうですが公開されているのは2階の36室のみです。しかしどの部屋も「極彩色」の「満艦飾」でそれらを見るだけでも結構満腹で疲れてしまいそうです。

まずは1階の通路から天井を撮りました。貝の意匠がおおらかでおもしろい。1階は基本的に建物の正面から庭へ通じる通路です。P1160804s_3


正面から入るとすぐ左に2階へ上がる大階段があります。
大理石で作られた幅広の階段、段差は低いのですがそれだけ重々しさが増えるようです。目を挙げると正面左右に見えてくる王権の象徴のライオン像が威圧的です。

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この大階段が映画に現れたのはSWだけではなかったのですね。ダン・ブラウン原作の「天使と悪魔」でヴァチカンの内部に使われています。
そうするとユアンはこの階段を2回も違う映画で上ったんだねえ、などと人知れず含み笑いが出ます。
ちなみに「ミッション・インポッシブル3」でもヴァチカンとして使われていたらしいですね。これはまた見直さなければなりません。

ライオン像のところから階段は左右二手に分かれて反対方向に上ります。上りつめると白い小部屋が周囲に配置された広大な玄関広間があります。
フィレンツェのドゥオーモのように白、緑灰色、桃色、茶褐色のさまざまな色合いの大理石の柱や壁が美しい。

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あの窓。近づいて外側へ回ってケーブルで上へ登ってみたくなりませんか?

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階段をあがったところから見渡すと小部屋がらせん状に広間を取り巻いているのが見えます。
全体に縦長の窓が多いので四方から光が入って重厚なのに明るさがあります。

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何度見ても見飽きない円天井。この時代にしてはそっけないほどの装飾のない単純なつくりに却って荘厳さが感じられます。
どこを見ても映画のシーンが浮かんでくる……因果ですねえ。

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SWの妄想が冷めやらぬうちに王宮の室内へと進みます。
そこは目のくらむようなロココ式内装の部屋が続きます。(一応)撮影禁止だったので職員さんの目を盗んで少しだけ撮影。

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部屋ごとに天井絵は変わり豪華絢爛な意匠からたいそう落ち着いた隠れ家的な天井画もあり。

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壁全体に織物を配した小部屋。

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4部屋も続く図書室。ここには望遠鏡、地球儀、天球儀もあります。

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上ばかり見て歩いていると首が疲れてきます。
天井画はフレスコ画なのでこれだけ集約して緻密に描かれていても重みは感じません。とはいうものの、こういうところで毎日暮らすとしたらストレスがかかるだろうなと、どうしても庶民的発想が頭をもたげます。

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庭園へ出ました。はるか彼方に大滝があって人工池と彫刻に囲まれた噴水があるのですがとても短時間では歩いて往復できそうにもなかったので残念ながら断念。
縁石に腰かけて興奮を冷ましていると緑の草の中にこんなものが。

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気がつくとあちこちに見えます。手のひらに収まりきれないほど大きかった。まさに妖精の腰かけとはこれのこと?

カゼルタ宮殿、本当に自分の目で見られると思っていなかったところだけに感慨ひとしおでした。
これだけの大きな建築物が保存状態もよく管理されているのにまたまた感心しました。あまり人に知られていないところだけに観光客も少なく、落ち着いた充実の午後のひと時を過ごすことができました。よかったー

イタリア Viaggio corto6

マテーラ、そして再びアルベロベッロへ。異郷の地で見た仲秋の名月

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アルベロベッロから車で一時間ばかりのところに世界遺産登録都市のマテーラがあります。
サッシと呼ばれる石灰岩の中を掘り抜いた洞窟住居が延々と上下に連なっています。
人が住みついたのは紀元前で川の対岸の山にはまさに洞窟の形をした穴の入り口が散見されます。

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古くから南イタリアの貧しい小作農の住居の典型とされていて特に第二次世界大戦後は居住環境は極めて悪く、狭い洞窟で通気、採光が悪く湿度は高く、そこに最低6-7人の家族が家畜とともに暮らしていて乳幼児の死亡率は50%にも達したという、壮絶な話を聞きました。
イタリア政府が洞窟住居から半強制的に住民を移住させて半ば廃墟と化したのですが、建築学上保存が好ましいと政府が方針を転換して世界遺産への登録後に人々が戻り始めた、そして今日に至っているということです。住居の上に道がありまたそこに住居があるという何階層にも重なって作られた住居群は確かに他では見られない奇観です。
現在はもちろん内部を快適にする改築がなされていますが、外観を保つために窓枠は緑、雨どいは茶と細かく規定があるとのことです。

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当時の暮らしを再現した洞窟住居。くりぬかれた部屋がつながり台所から馬、鳩の飼われている場所、飼葉置きのくぼみ、農具や生活用具、食器、揺り籠、大きなタンスの形をしている穀物入れ、そして下からの湿気を避けるために踏み台を使わないと上がれないような高いベッドなどが一つの洞窟の中に全部詰まっています。
最初こそひんやりしましたが、説明を聞いているうちにだんだんじっとり汗をかきだしました。開口部が少ないために湿度が高くなるのを実体験したというわけです。

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マテーラから戻るとすでに夕暮れが迫り、商業トゥルリ地区へ行くと灯りがそこそこにともり始めていました。なにげにかわいらしいトゥルリ。屋根の白いマークは呪的なものだとも、単に他と区別する目印だとも。

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ホテルを出ると折しも月の出が。

9月19日仲秋の名月です。
月々に月見る月は多けれど……ではなくて土地土地に月見る土地は多けれどいづくも同じ秋の名月(はっはっ!)
写真を撮っておいて正解でした。このあと月は雲の後ろに隠れ、ついにその晩姿を見せませんでした。
このあと地元のレストランへ行って食べたムール貝がおいしかったこと! ピッツア・マルガリータのでかかったこと!
これはまた別のお話です。

イタリア Viaggio corto5

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イタリア半島は長靴の形をしていますよね。
ナポリ、カプリ島、ソレント、アマルフィ、ポンペイと回ってきましたがここらは全部足の前部の甲のあたりにあります。
そこからバスでちょうど後ろのくるぶしのあたりまで移動しました。半日以上かけて。。。

たどり着いたのが近年世界遺産に登録されてから有名になって人気がでたアルベロベッロ。
石造りの円筒形の白い壁とその上に乗っかったとんがり屋根、小さい家が林立する不思議にメルヒェンチックな(おーや、おやドイツ語と英語と日本語が入り乱れてる)写真を一度は目にしたことがあるでしょう?

小さな町、村と言った方が当たっているかもしれません。暗くなってから到着したので町の様子はまだ不明です。
食事を済ませてから町の中心にあるプラザ(広場)に出かけて一番大きな通りを歩きました。
なんと、そこに見えたのが「ルミナリエ」。
そうか、本場はイタリアでしたね。
残念ながら点灯していませんでしたが、そのままどんどん進むと突き当りの教会前の一部だけが穏やかな光を投げかけていました。商店はもう閉店していましたが、バールは開いていて中には熟成中の生ハムが天井から下がり、お取調べで自白させるときに足の上に載せる石のような丸チーズが積んであったりと、見るだけでもわくわく。

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翌朝町へ出てみると、昨夜とは様相が一変して空地だったところに、所狭しと露店が立っているではありませんか!

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木曜は市の立つ日でした。つまり大当たりだったわけです。
予定では立ち並ぶトゥルッロ(一つ部屋に一つ屋根の意)これが複数形でトゥルッリ群を見に行くはずが、急遽変更、まず市を覗いて歩くことにしました。
やはり多いのが靴と衣料品。
靴は確かに安い!ちょっとしたサンダルで10ユーロとか。
衣料品も大抵が安くてちょっと遊びに買ってみてもいいかなと思えるほど。
他にも日用品、手芸材料、下着に靴下、台所用品などなど実用的なものもたくさん。
観光客目当てでしょうか、スカーフとかテーブルクロスみたいな大きな布物もあります。

ついつい大判ストールを5ユーロで買ってしまいました。

市は広場から教会までのメインストリート沿いにずっと続いています。教会を過ぎるとそこからは静かな住宅地。
とんがり屋根のトゥルッリが立ち並びさながら迷路のようです。トゥルッリ群は2か所に大きく分かれていて外部からバスの入ってくる大きな道の左は完全な商業地。こちらの教会の後方は人の住む居住地です。

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実際に人が生活しているのですから、観光客にも騒々しくしない、勝手に家の中を覗いたり承諾なしに内部の写真を撮ったりしない、車が通行するので気をつけることなど、いろいろ注意があります。
雲一つない晴天、抜けるように青い空、白い壁とグレーの屋根石の落ち着いた調和に、まったくの異国にいるのに不思議と心が和みます。辺りは静かですますが、時折車が通ったり、煙突から煙が立ち上ったり、ごみを出しに行くおじさんが家から出てきたりして生活感があります。

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緩やかな上り坂の頂上に"トゥルッロ・ソヴラーノ”(王者のトゥルッロ)という二階建ての大きなトゥルッリがあります。
内部は博物館になっていてたくさんの部屋に別れていて当時の暮らしの様子がうかがえます。

一本の柱もなく石灰岩の石を積んだ土台を作りその上に平べったい石灰岩を円錐形に積んでいくそうです。土台の方は白く屋根の方は次第に色が沈着して茶っぽいグレーに変化していくとか。頂上に魔除け的な白い飾りがついているものが多いようです。
今でこそ各家に木製のドアがついていますが、昔はドアもなく入り口はビーズの暖簾みたいなもので仕切っていたということです。今でもドアの外にビーズの間仕切りのようなものを下げてあるお家もたくさんありました。

アルベロベッロの不思議空間を十分に堪能して、昼からはもう一つの世界遺産の町、マテーラへと向かいました。

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ヤギの角、こと(どう見ても)トウガラシです。他にもプルチネッラというだぶだぶ白服に黒いマスクをかけた道化師、ただし下半身が赤トウガラシというなんと奇妙なオーナメントもたくさんありました。

これが束になって一本の棒を立ててさげてあるのでぎょっとするような真っ赤な円柱がたっているように見えました。
幸運のお守りということで、ちょっとしたお土産にいいですね。


旅に出ると頭を悩ますのが(また楽しいのが)お土産選び。
基本的に家族には「ご当地お土産」は選ばずに免税価格で買える実用品を。友達にはいわゆるお土産ですが、たいてい「消え物」を選びます。
先日も書いたもらって困る「いやげもの」よりはぱぱっと食べてなくなってしまうもの、または使える紙物(カードとか絵葉書とか)を心がけています。

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ナポリから20kmほど離れたところにポンペイの遺跡があります。
AD.79年、かの有名なヴェスヴィオ山の突然の噴火によってほぼ一昼夜降り続いた5mに及ぶ火山灰に埋もれて滅亡したローマの都市です。
今回の旅行の目的の一つはここを訪れることでした。小学生のころ読んだ世界の七不思議的な本にあった「一夜にしてうずもれた古代都市」の物語はたいそうロマンに満ちたものでした。

この日は快晴、気温は30度を超えていたでしょう。
とにかく広い遺跡の中を隠れる陰もなく歩き回るのでへとへとです。
写真は入り口から撮ったポンペイを取り巻く城壁と内部に通じる道です。

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かなりよく現存している浴場"テルマエ"の内部。たくさん部屋があって、冷水風呂や温水風呂に別れています。ここは何番目かの香油を置いたりする棚が壁龕になっています。仕切りに彫刻が施されています。
内部は仄暗く、一つだけある窓から光が入ってきます。

面白かったのは、部屋の隅に大きな大理石の水盤があり(そこから水が常に流れていたらしい)水盤の上に金属象嵌で「この水盤は誰の何某によって寄贈された」と名士がちゃっかり自己PRをしているのが残っていたこと。二千年前も今も人間の考えることすることはちっとも変ってませんね。

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広い遺跡から発掘されたたくさんの出土品の中にこんな石膏像があります。最初発掘に従事した人は処々に見られる固まった火山灰の中にある穴を見過ごしていました。
しかしそこに石膏を流し込んだところ……灰にうずもれて亡くなった人の最後の姿が現れました。体は朽ち果ててしまっても体があったところだけ空間ができていたのです。なかなかに生々しいものでしたが、これも例の本に記述があって子供心に一度見てみたいと思ってたものです。改めて見るとやはり衝撃的でした。

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最後は「秘儀荘」と呼ばれる貴族の屋敷に残っていた一番美しい壁画。
これも以前から写真集などで知っていたので、ぜひ実物を見たいと願っていたものです。博物館に移築もされず、そのまま屋敷の壁を飾っていたのに驚きました。薄暗い中にポンペイ赤と言われる深みのあるバックグラウンドと、デュオニソスの信徒になる女性の一連の儀式を描いた華麗な絵柄を見ることができました。このままずっとここで時を過ごしていたくなるような昼下がりでした。