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黄金期



それは突然にやって来た。それはある種の啓示。
最近サティにどっぷり浸かっている。グノシエンヌ1番を弾いているとき、それは突然にやって来た──これどこかで……。
正確には知ってる、ではなくてこの感じを覚えている、だった。

記憶の隅にしまい込まれて二度と明るいところへ浮かび上がらないものがたくさんある。たまに何かに触発されて覚醒すると奥底から密やかな波を送り出すものもある。
波が徐々に伝わって意識の表面に達して波紋を広げるとき、わたしはじっと待つ。それが何かつかもうとして慌てて手を振り回すと、あっけなく消えてしまう。だからじっと待つ。
すると波紋は途切れることなくじわじわと強さを増しながら深部から湧き出してくる。そして──矯めた力でひときわ大きく湧き上がったときにわたしは確実に思い出す。
記憶がリボンのようにするする伸びてほどけていく。なぜかくも長く忘れていたのか──強烈な印象が覚えた時と寸分変わらぬ生彩を放って時の流れを一気に飛び越えて現前する。
グノシエンヌ1番を弾きながら浮かんだイメージ──荒野、フリーク集団、火吹き男、道化、天使、ナイフ投げ。
それを大事に膨らませる。あれはCM、何の? たぶんアルコール系だったかそれとも光学系だったか?

ともすれば逃げていきそうなイメージを言葉に置き換え検索を重ねてやっとたどり着いたのが80年代のサントリーのウィスキーのCMだった。 サントリーHPにも制作データしか残っていないが幸いにも動画サイトで見つけることができた。
音楽はマーク・ゴールデンバーグの「剣と女王」、グノシエンヌ1番に通じるところがある。
改めて見て鳥肌の立つようなCMだと思った。現在では作ることができない職人芸。当時は見るたびに「背徳」という秘めた暗い情熱を感じたものだった。アナログ表現の爛熟期。世紀末というにはまだ時間はたっぷりあり、未来への希望が持てた時代、過去を覚えている時代。

80年代にはこの「ランボオ篇」以外にもすばらしいシリーズがあった。
シュールな「ガウディ編」、マグリット風に始まり中国、日本と墨絵で東洋を前面に出した「大地の歌」。



どちらも確かに見た覚えがある。
ガウディは画面に現れる建築も人物も「異質」、われわれの想像の及ばない異次元世界を垣間見たし、逆にマーラーの「大地の歌」では西洋の生んだ東洋の倒錯した美しさに微笑み、想念の東洋を実感の東洋と読み替えるわれわれの感性の豊かさを嬉しく思った。
そろそろ溜め込む一方だったイメージや記憶の断片を呼び起こし、つなぎ合わせ、甦らせて、本当に覚えておくべきものを選りすぐり、最初に接した時の感動を再び紡ぎ出す時期になってきたのかもしれない。

いつ、どこで、何がきっかけで突然降臨してくるかわからない過去からの呼び声を聞き漏らさないためにも心の耳を研ぎすまし20代の感性と30代の緻密さと40代の想像力を持って懐かしくも新たな感動を味わいたいものである。

サティの恍惚、またはアンフォラ幻想

Satie_cdjpg二月ほど前からピアノを習いに行っています。

習うといってもいわゆるお稽古ごとではありません。たとえれば「大人のピアノサロン」とでもいう会に参加しています。子供のやる習い事としてのピアノに付き物の毎日の練習、発表会、コンクールというようなストレスのかかるプロセスは一切なく、ピアノを弾きたい大人が先生のお宅に集まってコーヒーとケーキを頂きながら順にピアノを弾き、演奏を聞きながらおしゃべりをして楽しむ、そういう気楽な会です。
参加者は男女交じりで40,50代の手習いもあり、子供のころ習っていた出戻りあり、さまざま。先生から弾く曲の指定もなく、各自弾きたい曲を探したり、先生に探してもらったり、クラシック名曲の簡単版あり、ポップスあり、映画音楽ありレパートリーはさながらおもちゃ箱をひっくり返したようなものです。練習ができなくてつっかえつっかえ止まりながら弾いてもOK。途中までしか弾けなくてもへいっちゃら。おしゃべりしながらもうまく弾いた人には惜しみない拍手が待ち受けます。。
わたしは出戻り組。中学半ばで「勉強との両立が……」みたいな理由を付けて止めて以来、大学在学中に音研に属して時折思い出したようにピアノにさわってたくらいです。
わが家のピアノも弾き手がいなくなってからたまさかにしか音を出さず、いつしかリビングから隣の小部屋へと追いやられ、図体の大きな厄介者扱いされたあげく、ついには物乗せ台と変わり果てた姿になっていました。
決してピアノが嫌いになったわけでは無かったけれど、結局こういう物は習慣なのです。弾くという行為が日常である限りは、大したモチベーションがなくても、暇な時に鳴らしてみようかという気になるのですが、一旦習慣の意識が途切れるとなかなか再開は難しいものです。


前置きはこれくらいにして本題に。

Amphoraいま、表題にも書いたサティの曲を弾いています。──エリック・サティ(1866-1925)、フランスの作曲家です。多くのピアノ曲を残しましたが、代表作「3つのジムノペディ」はだれもがどこかで耳にしたことがあるほどの超有名曲です。
ジムノペディという聞き慣れないタイトルは、サティの造語。古代スパルタで行われた毎年行われた祭典のひとつ、Gumonopaidiaでは裸身の若者たちが神々の像の前で踊り、合唱しました。サティはこの祭りを描いたギリシャの壷絵から着想を得てジムノペディを作曲したといわれています。

このアンフォラ(ギリシア壷)の文様は赤絵といわれ黒絵よりも新しくBC6世紀末ころから現れた意匠です。
集団で踊っている絵柄ではありませんが、おそらくサティはこういった群像の様式化された姿から想像の翼をひろげたに違いありません。

3曲にはそれぞれ「遅く悲痛に」「遅くかなしげに」「遅く荘重に」という指示があり三拍子で、独特な和声の展開で長調にも短調にも留まらず、流れるようにたゆたいながら進み進んでまた元に戻る、永劫回帰という言葉が頭をよぎる音楽です。
弾いていると時間の感覚がなくなり、緩慢なリズムに乗って終わることなく恍惚として踊りに興じている若者たちの姿が仄見えるような気分になります。
左手が単音の低音を響かせ、そのまま上向して和音を押さえます。そのわずかな間の緊張感。期待通りになって欲しという安定を求める気持ちと期待を裏切って欲しいという意外性を求める気持ちが拮抗します。
幾度も弾いていると、一番華やかな2番の旋律の動きは「コナン・ザ・グレート」で蛇王が正体をあらわす時に流れる三拍子と相通じるものがあることに気が付きました。神秘主義の色に染められて、異教の神を思わせるエキゾティシズムがあります。
3曲目はすべてのコーダ。前の2曲をはるかに遠い日から思い出そうとするかのような過去への憧憬を感じさせます。
それぞれ独立して演奏されることも可能ながら、やはり続けて演奏するのがベストだろうと思います。
ジムノペディ1番を貼っておきます。しばし耳を傾けていただけたら嬉しいです。

和菓子のオン!

仰げば尊し我が師の恩
教えの庭にもはや幾とせ
思えばいと疾し この年月
今こそ別れめ いざさらば

連日、全国で卒業式が行われて卒業式ハイ・シーズンです。
小中学校で「仰げば尊し」が歌われなくなる傾向が十数年続いたあと、最近またこの歌を復活させる学校が徐々に増えているというニュースを小耳に挟みました。
個人的には小中高と卒業式にはこの歌を歌いました。またそれが当然の時代でした。一年に一度卒業式にしか歌わないこともあり、なにやら改まった身の引き締まる厳粛な思いで歌った覚えがあります。
しかし……小学生にとってこの歌詞の感慨の深さを理解することは無理でした。空耳で勝手に解釈しないと意味不明で歌えない箇所が多すぎでした。

それで、さっそく空耳リサーチ開始。自分の記憶から
教えの庭にもはや幾年─→早い「くとせ」、何かはわからないけれど動きの早い「くとせ?」というものがあるような……
思えばいととし─→いとおしい (なんとなく語感が似てたから?) 
今こそ別れめ─→今こそ分かれ目だ (ほとんどの人が同じように考えていました。髪の分かれ目みたいに、今こそ卒業していく分かれ目なのだ!)
別るる後にも やよ忘するな/ 身を立て名をあげ やよ励めよ─→「やよ」がわからず、漠然と人名で「やよ」さんに代表で頑張れと言ってるのかなあとか、「やよ」は「それ、やあ」というかけ声みたいな物かとも。
忘るる間ぞなき ゆく年月─→旋律の関係で「まぞ」が強調されるのでこれは何だろうと……意味上はまったくありえないのにどうしてもここを歌うと「マゾ」のような気がしてならなかった。
次に、少なくとも20数年は若い息子の記憶から。
仰げば尊し我が師の恩 ─→扇げば遠とし 和菓子のおん(On2_3
イメージ的に団扇でバタバタ扇ぐと何かが遠くにある。 和菓子を手とって、唱えるアビラウンケンソワカ、オン!(どうやらオンの意味がわからず当時はやっていた漫画か映画からオン!を連想したものと当人も言っています)
まったく驚くべきは小学生の想像力! それにどんな年齢でも「意味づけ」の呪縛に絡められていることを実感しました。
どこかに自分の知っている意味を嵌め込んで納得したいという欲求の強さに舌を巻きます。
意外に「蛍の灯火 積む白雪」のくだりは二人ともまともに解釈していました。内容の新旧というよりも、蛍も白雪も見知らぬ言葉ではなかったからでしょうね!

こんな空耳オンリー人間に目から鱗だったのが高一で古典文法を習ったときのこと。
忘れもしません、高一の一学期定期テストに「いまこそわかれめ」を現代語訳せよ、という問題が出ました。
強調の係助詞「こそ」と意志の助動詞「む」、ただし「こそ」=已然形の係り結びが発生するので「む」は「め」に。
つまり「今別れむ」が「今こそ別れめ」になって、「今(まさに)、別れよう」と訳して正解になるのでした。(ちなみに私は「今は別れよう」と書いてなんとか点をもらえました)
この文法事項は学習済みであったにもかかわらずクラスの大半が「今こそ分かれ目だ」と訳して、古典の先生の怒りようといったら、それは大変なものでした。
でもしかたないですよね、小中と足かけ10年近く「今こそ分かれ目」だと思いこんで歌って来たのですから。
笑い話になってしまいましたが、私はこの歌が大好きです。高校卒業時にも先生への寄せ書きに「仰げば尊しわが師の恩」と書きました。1,2,3番の歌詞から過ぎ去った日々への思い、人々への感謝、別れの寂しさ、新しい門出への期待、別れる人々からの激励と奮起、このような卒業生の頭に去来するすべての感慨が込められているような気がします。

歌詞の解釈はとほほでしたが、何ごとのおわしますかは知らねども、この歌のもつ、気を付けして襟を正したくなるような心地よい緊張感を余計な智恵がつく前に知ることができたのは本当によかったと思っています。
願わくば、小中学校でこの歌の価値が再考されて卒業式で歌われることが増えますように──ただし、歌詞の意味は丁寧にちゃんと教えてあげてくださいね!

ゆる~い 帝国軍

Ukuleleforce_s長い間探していました。ご存じの方には今更……と言われるかもしれませんね。
ふとテレビのローカルニュースのバックに流れていた音楽を耳にしたのが1,2年前でしょうか。
紛う方なくあの「帝国のテーマ」のはずなのに、な、なんだ、このゆるさは!
まさにamazonのレビューに、聞いたとき「イスから落ちそうになった」とあるように、わかるわかる、まさに口があんぐり状態。
決して悪い印象ではありませんので、念のため。
息子もどこかでこれを耳にしていて、それ以来誰の演奏か、なんというCDか折に触れてさがしていたようです。そして興奮のほとぼりも冷めた2010年3月、めでたく探し当てました。もちろん即買いでした。
上記amazonで試聴もできます。ご丁寧に20世紀FOXのファンファーレから入っていますが、何と言ってもお薦めは7曲目の帝国のマーチです。このゆるさは絶品、ヴェイダー卿がドングリ拾いをしてひょこひょこ歩いている、そんな妄想に囚われてしまいましたw
(これが流れていたローカル局のニュース番組が「子供達がドングリ拾い」だったもので) もちろんウクレレの奏でるメロディアスなソロとレイアのテーマやAcross the Starsなどしみじみと聞ける曲もあります。
今夜はこれを聞きながら寝ることにします。


消えた歌詞

先日TVでさる美女姉妹歌手が懐かしい唱歌を歌う番組がありました。この手の番組は今までも幾度か放映されているので見るともなくBGM代わりに流して聞いていました。
お正月から始まる四季をなぞる歌が流れる中、ある歌を聴いてふと違和感がありました。どうも記憶の中にある歌詞と違うのではないかと思われます。
自分の記憶も曖昧ではありましたが、以前唱歌に興味を持って「日本の唱歌」、このような本を読みあさっていた時期があります。
その折りに、現在は歌われている歌には、もう歌われることも少ない3番、4番、5番……の歌詞があって、歌が思わぬ方向に展開がしたりするのに興味を持ったものです。
今回気づいた歌詞の違いについても、歌われなくなった歌詞と問題の根が同じところにあると思われる節もあります。
具体的に話を進めましょう。

「冬の夜」という唱歌があります。
燈火近く衣縫う母は 春の遊びの楽しさ語る
居並ぶ子どもは 指を折りつつ 日数かぞえて喜び勇む
このような歌詞で始まる冬の夜の一家団欒の様子を描いた素朴な暖かい歌です。PC、TVはおろか、まだラジオとてない昔の田舎、外には雪が積もり長い冬の夜を囲炉裏のはたに家族が集い、母は家族の着物を縫い、父は縄をなう。子供達は父母の話を聞きながら楽しい想像にいっとき寒さを忘れる。今はもう疾うに失われてしまった家族の在り様が飾り気なく歌われ、実際に囲炉裏や縄をなうという行為を体験していないにもかかわらず、私たちに日本のローテク、スローライフが当たり前であった時代への郷愁を掻き立ててくれます。
さて、問題は二番の歌詞です。TVではこのように歌われました。

囲炉裏のはたで縄なう父は過ぎしむかしの思い出語る
居並ぶ子どもはねむさ忘れて耳を傾けこぶしを握る

違うと思ったのは父の話です。私の知っている歌詞では父は昔の戦争の勲を語ったはずでした。子供達は勇ましい父の武勇談に思わずこぶしを握って聞き入っていたはずです。それがなんと父は昔の(楽しい?)思い出を語って居るだけだとは!
そこで調べてみたところ、この歌が作られたのは明治45年(1912年)、恐らく父の語ったのは日清日露の戦争だったのでしょう。昔語りに従軍した話を子供に聞かせるということも日常よくあったことと推察されます。しかし戦後、小学校でこの歌を歌うときには時勢にあわないとの理由で二番の歌詞を変えて歌っているようです。
もう一つ似た例を上げてみましょう。これは歌詞の変更ではなく歌詞の省略という形で現れました。
これも好きな歌の一つです。
「里の秋」と題する歌で、更けゆく秋の夜、母と子が囲炉裏を前に静かに夜を過ごすという、「冬の夜」よりも人数が少ないだけにさらに静けさを増した歌です。

静かな静かな 里の秋
お背戸に木の実の 落ちる夜は
ああ 母さんとただ二人
栗の実 煮てます いろりばた

これが一番の歌詞ですが、母さんとただ二人というところでなぜお父さんはいないのだろう? という疑問が自然に湧きます。すると続く二番のああ、父さんのあの笑顔……という下りで父は何らかの都合で(出稼ぎか何か?)不在なのだと合理化が働きます。(歌の明朗、清明なメロディから父は死んでいるとは思えないのですね)

結局この歌は父に関する疑問だけが残って煮え切らない終わり方をしてしまいます。
しかし、これも三番の歌詞を見ると疑問が氷解します。父親は出征中だったのです。それも終戦を迎え戦地から日本へ戻る途中であることが暗示されます。母と子は父の無事を祈って更けゆく秋の夜を静かに過ごしているのでした。
確かに三番の歌詞は現在歌えば違和感があるし、時代色が余りに濃いので、ある意味「時代を越えて歌い継がれる日本の歌」としてはふさわしくないと割愛されているのでしょう。しかし、一続きの物語性のある歌詞の一部を割愛することで、歌う人間に割り切れない疑問を残してしまいかねません。

この二つの歌に共通するのはともに戦争を歌っている箇所が、ぼやかされたり割愛されているということです。確かに小学校での音楽の時間に歌ったり、多くの人々が集い懐かしい歌を歌うというような折りに軍歌を歌うことが無いように、唱歌であっても戦争に言及する箇所を歌わないというのは正しい判断であると思います。
しかし、歌わない、変更するという行為が正当であるのと同時に、元の歌詞を保存して記録に残していくのも大切な事だと思うのです。多くの人に歌われ愛されたからこそ、星の数ほどある歌の中から、いま私たちが聞き、歌う歌が残ってきています。それぞれに作られた時代、その時代の人々の暮らし、思いなどを反映しています。都合の悪い部分を削除したり差し替える行為が繰り返されれば、最後に残るのは健康的で人畜無害であっても実になまぬるくつまらないものになってしまいます。
私は戦争を美化するつもりはまったくありませんが、戦争が日常の一部であった時代を否定することはできないことであり、その時代に作られた歌が戦争の影を引きずっているのも致し方無いことです。むしろ、その影が見え隠れすることで歌に現実性と陰翳が生まれてきます。誰もが常に家族の生死という冷徹な現実を背負っていた時代性を、安易に隠し見えなくさせて、ついには風化させてしまう愚行だけは犯してはならないと思うのです。

冬の夜ではありませんが、わたし自身も小さい頃に祖父から戦争中の手柄話を物語として聞いた記憶があります。それは客観敵に戦争の悲惨さ、理不尽さを語るものではなく、祖父が船の上でどのような生活をしていたかを、懐かしんで話してくれたものでした。わたしにとってはずっと以前に亡くなった祖父の貴重な思い出の一つになっています。
何ごとも一面的なものはありません。戦争を美化し高揚するような意図をもったものは極力排除しなければならないと思いますが、個人の思い出や感慨まで一緒くたに葬ってしまうような、許容性のないような行為はいかがな物かと思います。

最後にあっと驚く、よく知っている歌の知られざる一節をご紹介しますね。
妙な話ですが、小学校の頃からよく歌った歌の最後にこのような歌詞があることを知った時にはかなり衝撃でした。しかし、驚くと同時に、その健康優良児的な歌(その健康さゆえに、なにやら胡散臭さまで感じていたのですが)の結末を知って、歌として、ちゃんと完結性を持ち、主張も持っている事に一種安堵感を持ったことも確かです。(内容はこの際おいておいて!)

我は海の子白浪の さわぐいそべの松原に
煙たなびく苫屋こそ 我がなつかしき住家なれ

この少年は海の側に生まれ、海の気を吸い、渚の音に慣れ親しんで、巧みに櫂を操るようになって逞しい青年に成長します。 そして最後の七番で、日本の外に出かける意気を歌って終わりになります。
どのような終わり方をするか、ですか? コメントに歌詞を引用しておきましたのでご参照下さい。きっと「我は海の子」に対するイメージが変わることと思います。それを是とするか非とするかは、個人の好みということでしょうか。

善き意志と感謝を

Merry Christmas to you all.
クリスマスにまさに相応しい歌をご紹介したいと思います。

THANKFUL
Somedays, we forget to look around us, 
Somedays, we can't see the joy that surrounds us,
So caught up inside ourselves,
We take when we should give,
So for tonight we pray for,
What we know can be,
And on this day we hope for,
What we still can't see,
It's up to us, to be the change,
And even though we all can still do more,
There's so much to be thankful for,

Look beyond ourselves,
There's so much sorrow,
It's way to late to say, I'll cry tomorrow
Each of us must find our truth,
It's so long overdue,
So for tonight we pray for,
What we know can be,
And everyday, we hope for,
What we still can't see,
It's up to us, to be the change,
And even though we all can still do more,
There's so much to be thankful for,

Even with our differences,
There is a place WE'RE all connected,
Each of us can find each others light,

So for tonight, we pray for
What we know can be,
And on this day, we hope for,
What we still can't see,
It's up to us, to be the change,
And even though this world NEEDS so much more
There's so much to be thankful for.

余計な解説はつけない方がいい思われるほど、心に深く染みいる歌詞です。
キリスト教徒ではないわたしにとって、クリスマスキャロルは単なる「歌」として音楽として歌うものであると同時に、歌っている歌詞を考えるれば、自分が似非信仰者になっているような恥ずかしさを覚えることもあります。
しかし、今年買ったクリスマスの一枚のCDにあったこの歌は、宗教を越えて、わたしたちが日常に紛れて忘れてしまいがちな、善き意志と生かされていることへの感謝の念を歌い上げています。
わたしたちは、周囲を見回すことを忘れがちだ、身のまわりにある喜びに目がいかない。自分のことにこだわって、本当ならば与えなければいけないものにまで、しがみついている。
だからせめて今夜こそ、祈ろう、わたしたちがなれるかもしれないものために、そして今日こそ望もう、まだ見ることのできないものを。
すべて私たち次第なのだ、今の自分から一歩踏み出して、何か違いを作れるかどうかは。
たとえ、わたしたち全てが、まだやるべきことはたくさんあっても、わたしたちの周りには、こんなに多くもの感謝すべきものがあるのだから。
自分の枠を越えてものを見よう。世界にはなんと多くの悲しみがあることか。
わたしも明日になったら涙しよう──そんなことでは遅すぎるのだ。
わたしたち一人一人が、自分にとっての真実を見つけなければならない。もっとずっと前にしていなければならなかったことだ。
だからせめて今夜こそ、祈ろう、わたしたちがなれるかもしれないものために、そして今日こそ望もう、まだ見ることのできないものを。
すべて私たち次第なのだ、今の自分から一歩踏み出して、何か違いを作れるかどうかは。
たとえ、わたしたち全てが、まだやるべきことはたくさんあっても、わたしたちの周りには、こんなに多くもの感謝すべきものがあるのだから。
わたしたちはみな違っているけれども、どこかに全ての人が心を一つにできるところがある。ひとりひとりがお互いの善さを見つけることができる。
この世界はまだまだ多くのものを必要としているけれど、それでもわたしたちの周りには、こんなにもたくさんの感謝を捧げるべきものがあるのだ。
中略で簡単に内容を書いてみましたが、ううむ、どうも力不足で原詩の良さが飛んでしまっているようです。
でも、この歌で明日に向かう自信と自分の生き方に対する肯定的な見方ができるような、そういう勇気をもらえた様な気がします。
この歌にめぐり逢えたことをわたしの小さな感謝としましょう。

クリスマスの12日間──4日目

長らくおつき合い頂きました、You Tube 版「クリスマスの12 日間」も格調の高さを持っておしまいにしたいと思います。
今日ご紹介するのは "Straight No Chaser" のバージョンです。


実に素晴らしい、このハーモニー、このウィット!おしゃれですね
クリスマスの12日間のメロディに挟んで、有名どころのキャロル、クリスマスソング、その他が歌われます。
以下に歌われた曲を列記してみます(抜けているのもあるかな?)

12 days of christmas
Santa clause is coming to town
Here we come a-wassailing
Deck the halls
Carol of the bells
Rudolph the red nosed reindeer
Dreidel-song
Africa (Toto)

実はこれもコメントを探していたら、奇特な方が書き込んでいたものです。幾つか有名どころはすぐにわかりましたが、聞き覚えのない歌も、これで身元がわかりました。
合唱の醍醐味というのは、一人では絶対にできない楽しみ方ができるというところにあるのかも知れませんね。
またまた歌いたくなってきました。

クリスマスの12日間──3日目

さてさて、懲りもせず、またもや行ってみましょう~
YouTubeのクリスマスの12日間のバリエーションです。
今日はまず最初にご覧頂きましょう。



最初に見たとき、お恥ずかしい話しながら半分も聞き取れなかった……。いやはやインド訛りとはわかるものの、ちょっと引いてしまいました。実際にはこんな歌詞です。
一日目
On the first day of Christmas,
my true love gave to me
A totally insufficient dowry

二日目以降はこのように続きます。
Two nosy in-laws
Three buttered chickens
Four Hare Krishnas..... (Is that Indian?)
Five Indian games..... (I want to be the cowboy)
Six IT graduates
Seven-11 workers
Eight Bollywood films
Nine telemarketers..... (Good Evenin.. This is Kaalin jones. Are you waanting greater kaalrits)
Ten-minute yoga..... (Think the lotus, feel the lotus, drive the lotus)
Eleven syllable name..... (PEESARAVANMUTHUDBLEEKVAAS)
Twelve cricket ball tamperers..... (I was simply correcting the stitching)
最後の12回目の歌だけ5日目が Five minutes of fame———5分間だけの名声、になってるところも自虐的ご愛敬でしょうかw

制作はboymongoose、プレスリースタイルで歌っている人です。インドのバンドらしいのですがこの歌の他にもクリスマスキャロルのアジアバージョンをつくっているようです。
この「クリスマスの12日間」、意味不明でもアニメーション自体がとても面白い出来なのですが、一日目のdowry(結納金)はアジアには広く行われている習慣なのに、欧米系の人には馴染みがないのか、You tube のコメントにも、第一日目のdowryとは何のこと? との質問が寄せられていました。おまけに、何いってんのかわからん、みたいなコメントもあって、あららネイティヴでも聞き取れないのなら、それほどへこむ事もないと、元気づけられました。
2日目のin-lawsは義理の両親のこと。
4日目のHare Krishnasはクリシュナ教徒(だからインドの?と聞いている)。
ところが5日目はインドのゲームとインディアンが出てくる西部劇のゲームをかけて、だからカウボーイになりたいといってます。
6日目、インドのIT産業の興隆は目覚ましいものがあります。猫も杓子もIT関連の学部へ進み卒業する?
7日目の7-11(セブン・イレブン)の従業員
8日目ボリウッドはインドで盛況を誇る映画産業、中心地ボンベイとハリウッドにかけてボリウッドと呼びます、内容は歌あり、踊りありの恋愛もの。
9日目、テレフォンセールスのオペレーター、人件費が安く、英語を使うところからアメリカ本土で自国人を使わずに、インドにオペレーションセンターを作って電話回線をこちらに回します。オペレーターはいかにもアメリカ人というような名前で答えます。ここでもカレン・ジョーンズと名のっていますが、メモを見ながらええっとなんて言う名前だっけ、そんな感じで。でもインドアクセント丸出しで笑えます。
10日目、これが秀逸。10分ヨガ。導師はロータス(蓮華)を想え、ロータスを感じよ……とのたもうて、ロータスで去っていきます。
11日目、11音節(シラブル)の名前!いかにもありそう。
12日目、とかくクリケットは試合時間が長い(二種類あるようですが)ちっとも慌てず、中にはこうやって引き延ばす者も? ただ、ボールの縫い目をちゃんとなおしてるだけさ!
なんだか言わずもがなのコメントでしたが、やっぱり歌詞をちゃんと見ると、面白さも倍増するような気がします。
あくは強いけど、なんだか繰り返し見たくなるバージョンでした!

クリスマスの12日間──2日目

さて、今日は昨日に続き「クリスマスの12日間」You Tube傑作選の二日目です。
これはサウスパークのキャラを借りて歌詞はトラディッショナル、ただしアニメーションが秀逸です。
解説もおこがましいのですが、少しだけ。

二日目の turtle doves は、本来はキジバトですが、画面には真面目に(?)亀の鳩。
三日目の French hens は、フランスの鶏──ベレー帽をかぶって、いかにもシックなフランス人の出で立ち。
四日目の calling birds は、さえずる鳥、のはずが電話する(calling)鳥になってますね(実はこれで大笑いした)
五日目の golden rings は、金の指輪のはずが、これはマックにあった?
六日目、七日目……はアイディアがなかったのか、それともこれだけ並ぶとそれだけで面白い?
十日目の lords a leaping は貴族の旦那様が跳ねてる──んじゃなくて、本当に跳んで(飛んで)ますね。
もともとナンセンスなものに、さらにナンセンスの風味を利かせるのは、大変だろうと思いますが、それほどいじくりたくなる歌のようです。
明日はもっと毒の強い(?)のをはってみようかなあ。。。

クリスマスの12日間──1日目

12月の声を聞くと、毎年クリスマスのCDを取り出してきてかけ始めます。 クリスマスの歌は大好き、一年中聞いていてもきっと飽きないで満足できるのではないかと思ったりします。
そして今年こそ歌の歌詞を覚えると意気込むのですが、なかなか。
歌詞をコピーして聞きながら歌うのですが、あっちの歌とこっちの歌がくっついたり、一番と二番が入り交じったり。記憶力に翳りが出てきたのか、単に熱意が足りないのか──後者であることを祈りますが。

思い起こすと最初に自分のお金で買ったLPレコードがクリスマスのレコードだったと、なにやら因縁めいた話になります。かなり以前に持っていたレコードで「アンディ・ウィリアムズのクリスマス」というお気に入りの一枚がありました。現在も復刻版CDが入手できます。その中にあった「クリスマスの12日間」という曲が特に印象に残りました。

原曲は17世紀のイギリスの子供の遊び歌らしくて、輪になってまず一番を順に歌う、次ぎに2番を追加してまた順に歌う……こうやって12番まで延々と歌い続けていく、記憶力と忍耐力の要る遊びの歌であったということです。
こんな感じで始まります。
On the first day of Christmas my true love gave to me
A partridge in a pear tree
クリスマスの一日目に、わたしの愛しい人がくれた
梨の木にとまる山ウズラ

On the second day of Christmas my true love gave to me
Two turtle doves
And a partridge in a pear tree
クリスマスの二日目、わたしの愛しい人がくれた
二羽のキジバトと
梨の木に止まる山ウズラ

On the third day of Christmas my true love gave to me
Three french hens
Two turtle doves
And a partridge in a pear tree
クリスマスの三日目、わたしの愛しい人がくれた
三羽のフランスの鶏と
二羽のキジバトと
梨の木にとまる山ウズラ

と、この調子で四日目、五日目と続き12日目にはこうなります
On the twelfth day of Christmas my true love gave to me
Twelve drummers drumming
Eleven pipers piping
Ten lords a leaping
Nine ladies dancing
Eight maids a milking
Seven swans a swimming
Six geese a laying
Five golden rings
Four calling birds
Three french hens
Two turtle doves
And a partridge in a pear tree
クリスマスの12日目、わたしの愛しい人がくれた
12人の太鼓を叩く鼓手と
11人の笛を吹く男と
10人の飛び跳ねる貴族様と
9人の踊る奥方と
8人の乳搾りの娘と
7羽の泳ぐ白鳥と
6羽の卵を産むガチョウと
5つの金の指輪と
4羽のさえずる鳥と
3羽のフランス雌鳥と
2羽のキジバトと
梨の木にとまる一羽の山ウズラ

単なる数え歌としても面白いのですが、そこはそれ、マザーグースを生みだしたイギリスです。ヘンリー8世がアン・ブーリンとの結婚を巡ってローマ・カトリックと袂を分かってイギリス国教会を設立した歴史事実は有名ですが、その後エリザベス1世が1558年に「統一令」をだしてから実に1829年の「カトリック教解放令」が出るまで、ローマン・カトリックの信者はいわば隠れキリシタンになって公然と信仰告白をすることができなかったということです。
それで、この歌にローマン・カトリックの信仰が暗喩として盛り込まれているという説があります。たとえば「愛しい人」=神、「梨の木にとまる山ウズラ」=木の十字架にかけられたキリスト、「二羽のキジバト」=旧約と新約の両聖書……歴史学、宗教学、民俗学に造詣の深い方には興味深いと思われますが、ばちあたりな無神論者で浅学な私などには、ただ、面白いなあ、ちょいと話の物だねに覚えておこうか、くらいです。

さて、話が大きく逸れてしまいましたが、わたしが初めて聞いたのはアンディウィリアムズのバージョン。上記の宗教がらみの意味を嫌ったのか、贈り物を持ってくるのは「仲のよい友人」に、贈り物も「一つのクリスマス・ツリーと歌」「二個のキャンディー・ステッキ(あの赤白ねじりの千歳飴みたいな)」「三本のヒイラギの枝」というように、クリスマスの楽しいアイテムを次々に持ってきます。
ちなみに他のアイテムは「幸福への願い」「みんなへの贈り物」「宿り木」「守護天使」「金と銀の飾り」「明るく燃えるろうそく」「小さな銀の鈴」「輝く星」「色つき電球」などです。楽しいクリスマスの様子目の前に情景が見えるようでおおいに気に入った理由の一つがここにあります。

この歌を楽しくしている二つ目の理由はその歌い方にあります。
まず歌うには12人メンバーが必要です。それぞれ自分の持ち場というか、持ち日を歌うわけです。ハンドベルの音階をつくるのと似ていますね。一番毎に歌詞が長くなっていって重なって(もちろんハーモニーを作って)歌い続けていくわけです。
冗長にならないように少しずつ歌い方、メロディ、ハーモニーが変えてあり、テンポアップしていきます。そこがまた、スリリングなわけなのです。
ところが、普通に歌うと長くて退屈になってしまう、それでいろいろな工夫を凝らして、人をあっと言わせる趣向を凝らしたバージョンが溢れています。You Tubeでざっと検索しても山ほど出てきます。中には笑いを堪えられないのも幾つか。
まずは、伝統的な歌詞で歌われるものを紹介しましょう。そのあと別バージョンを日替わりで(w)貼っていきたいと思います。