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種明かしの巻

7作にわたってご披露してきた妄想シリーズ、実はあと一作ありますが、できが今いちです。それにもう春も終わらんとしているので、妄想はこれにて打ち止めにして仕掛けのお話に移りたいと思います。
慧眼の読者の方々におかれては、もうネタはお分かりのことと思います。むしろ、手際の悪さを笑っていらっしゃるのではないでしょうか。

それぞれの妄想には元ネタがあります。元ネタへのオマージュのつもりなのですが、それぞれから継起されたイメージが膨らむに任せて、中にはまったく別ものに見える文をでっち上げたものもあります。最初はちょっとした思いつきとお楽しみで始めたものです。

妄想その1(春日)――徒然草序段

つれづれなるまゝに、日くらし、硯にむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

妄想その2(春霞)――枕草子一段

春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎは、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

妄想その3(春憂)――島崎藤村 「落梅集」より 小諸なる古城のほとり

小諸なる古城のほとり          雲白く遊子悲しむ
緑なすはこべは萌えず         若草も籍くによしなし
しろがねの衾の岡辺           日に溶けて淡雪流る

あたゝかき光はあれど          野に満つる香も知らず
浅くのみ春は霞みて           麦の色わずかに青し
旅人の群はいくつか           畠中の道を急ぎぬ

暮行けば浅間も見えず         歌哀し佐久の草笛
千曲川いざよう波の           岸近き宿にのぼりつ
濁り酒濁れる飲みて           草枕しばし慰む

妄想その4(花雲)――滝廉太郎 作曲 武島羽衣 作詞 「花」

春のうららの隅田川          のぼりくだりの船人が
櫂のしづくも花と散る         ながめを何にたとふべき

見ずやあけぼの露浴びて      われにもの言ふ桜木を
見ずや夕ぐれ手をのべて      われさしまねく青柳を

錦おりなす長堤に           くるればのぼるおぼろ月
げに一刻も千金の           ながめを何にたとふべき

妄想その5(幻春)――小学校唱歌 春の小川

春の小川はさらさら流る 岸のすみれやれんげの花に
にほひめでたく、色うつくしく 咲けよ咲けよと、ささやく如く

春の小川はさらさら流る  蝦やめだかや小鮒の群に
今日も一日ひなたに出でて 遊べ遊べと、ささやく如く

間奏曲 ――孟浩然 春暁

春眠不覺曉    處處聞啼鳥
夜來風雨聲    花落知多少

妄想その7(早春)――津村信夫 「父のゐる庭」より 早春

淺い春が
好きだつた──
死んだ父の
口癖の
そんな季節の
訪れが
私に
近頃では
早く來る
ひと月ばかり
早く來る

藪蔭から
椿の蕾が
さし覗く

私の膝に
女の赤兒
爐(ろ)の火が
とろとろ燃えてゐる
山には
雪がまだ消えない

椿を剪つて
花瓶にさす

生暖かな――
あゝこれが「生」といふものか
ふつと
私の頬に觸れる
夕べの庭に
ゆふ煙
私の性の
拙なさが
今日も
しきりと
思はれる

あたら名作を迷作にしてしまった感がありますが、楽しみながら(あるいは苦心しながら)やってきました。
長々したたわごとを読んでくださってありがとうございました!
いただいたお褒めの言葉はすべて原作の素晴らしさによるものだと思っています。また機会があったら何かこんな遊びをしてみたいですね。

早春――妄想その7

Wabisuke

父の話をしよう。
父は実業家だった。社会的にかなりの業績をあげたやり手だったが、引退してからは、一介の市井の老爺となった。
父と姉と兄、そしわたしの暮らし。それぞれが思いを胸に持ちながら、同じような日々が穏やかに過ぎて行った。

冬は長く寒い。だが、必ず冬の終わりを感じる時がやってくる。そしてほんの少し春の兆しが見え出す。父はそれを浅い春とよんだ。
父は浅い春が好きだった。毎年口癖のように、浅い春はいい、花盛りの爛漫の春ももちろんいいけれど、余寒の中に感じる浅い春が好きだと言った。父の言葉で春の訪れに気づくのが常だった。

父がいなくなって年月が流れ、今年もまた春が訪れる。ああ、もう春だなあと感じてふと思う。これが父の言っていた浅い春だ。
その訪れがわたしにも感じられるようになってきた。父が隣にいたころにはまだ感じられなかった季節の訪れ――それが近頃では早くやってくる。気がつくと、ひとつきばかり早くやってくるようになった。

裏木戸をくぐり山辺の道をたどる。落葉した雑木の中に緑を保つこんもりした藪がある。
つやつやした葉が頼もしい椿だ。はっと目を引くような赤い蕾が葉陰から姿を覗かせる。赤の侘助だ、これもまた父のお気に入りだった。

わたしは結婚が遅かったせいで歳がいってから初めての子を授かった。いまわたしの膝の上で無心な瞳を輝かせている女の赤ん坊だ。
おかしなことにわたしはこの子が妻のお腹の中にいるときには「太郎」と呼んでいた。なんとなくそう呼ぶのがふさわしいように思えたからだ。日本の物語に出てくる腹掛けをして丸々と太った赤子、まだ見ぬ子をわたしはこういう美しい伝説の子供のイメージで想像していた。

でもわたしは女の子でよかったと思う。いとおしいのだ。小さな白い手を見るたびに、ここにわたしの命があるのだと思う。それは父がわたしにくれたもの、わたしが吾子に伝えるもの、そしてずっと遠い過去から未来永劫に続いていくものだ。

まだまだ寒い。炉では一日中火を絶やすことはない。昼過ぎにくべた薪がとろとろ燃えて、ゆっくりと白い熾きに変わっていく。
窓から見える遠山に積もった雪はまだ消えない。穏やかに穏やかにまた一日が過ぎていく、そうして少しずつ春が近づいてくる。

わたしは思いたって背戸の侘助を剪って花瓶に挿した。父ならば侘助には飾らぬ竹の花器を選んだだろう。だが、わたしはあえて鶴首の染付に挿してみた。一幅の絵のような華やかさだ。

夕べの庭に立ち出でて風情を楽しむ。余寒の中にも暖かさを感じる。駘蕩とした生暖かさ。
ああ、これが生きているということなのか――日常の、自然の、人為の、わたしをとりまくすべてのものから、わたしは自分の「生」を感じる、享受する。
夕べの庭に夕餉の支度をする煙がうっすら漂い、わたしの頬にふれて消えていく。わたしはあまりに大きな感動に不覚にも涙する。
この年まで大したことも成さずに生きてきたわたしの拙さ、至らなさが、今日もしきりと思われる。

父が好きだった浅い春、わたしにもだんだん早く訪れるようになった春。
わたしは父の年まで生きられないかもしれない。そんな予感がししてならない。いちばんの親不孝であることだなあと、ゆくりなく思った。


妄想の暴走第7弾です。満開の桜を先に書いてしまったので、季節の前後がありますが、これも以前から書きたかったものです。意余りて言葉足らずです。またあとから少し手を入れるかも。

間奏曲

P1090662


……ねむい、ねむたい……
半ば自動的に目覚ましに手が伸びて、思わずわっと声を上げそうになった。
やばい、寝過ごした! 今からやらないといけないこと、遅れた言い訳、まわりの冷笑、みじめな気持、そんなことが一度にどっと頭に押し寄せる。
次の瞬間、安堵するとともに自分のばかさ加減が恨めしくなる――今日は休みだった。

このところ毎朝起きるのがつらい。何も前の晩遅くまで好きなDVDを見たり、延々とネットめぐりをしていたのが原因じゃない。
何もかも、この季節のせいなんだ。
春は――朝がつらい。いつまでもぬくぬくと布団にもぐってこの暖かさと心地よさをむさぼっていたい。
朝が早く開けだして外が白むのに、一向に目が覚めない。心地よく眠ることで今までの寒く厳しい季節に意趣返ししているようだ。

ごたくを並べずに、もう一度まどろみたい。せっかくの休日じゃないか。
目を閉じて枕に頭を沈めるものの、一度覚めた目はなかなか眠りに戻ろうとしてくれない。
聞くともなしに外から聞こえてくる音に耳を傾ける。
日頃忙しい朝には気づかなかった鳥の声がする。庭といっても申し訳程度の広さしかないが、数本の木に野鳥が来ているのだろうか。
それともよく軒に出入りしている雀だろうか。鳥の声は一種類だけではなさそうだ。
忙しさにかまけてそんな鳥たちの存在すら忘れているんだと思う。
意識さえすれば様々な鳥の声が聞こえていたのだ。

なんとなくまた眠りの際に引き戻されてきた頭でぼんやり考える。
そういえば昨夜は雨音がしていた。風もひと時強く吹いたような気がする。ぼんやり寒冷前線が通ったのかなと思ったのを覚えている。

あっ、風で先日庭に咲いた桃の花が散ってしまったかな。唯一わがやの庭に春咲く桃の花、白と桃の二色咲き、源平桃という風流な名がついているのだが、ひそかに毎日まだ咲いていると楽しみにしていた。
いつかは散る運命だが、強い雨風に打たれて庭に散り敷いている花弁を見たら、なにやら凄然とした気分になってしまうかもしれない。

そんなことを考えながらうとうとして、再び甘美な眠りに陥ってしまったことだ。

これまた妄想の一つに加えてやってください。つまり第6弾ということで、はい。

幻春――妄想その5

P1090655

やあ、こんにちは。はじめまして。
ぼくは、まあ言ってみれば、ある種のプログラマーです。仕事はバーチャル・リアリティのデザインをやっています。
たとえば新しいゲームを作る際にバックグラウンドとなる場を一から構築する、と言えば分っていただけるでしょう。実際はもう少し複雑な過程をたどる仕事なのですが、おおむねそのようなものと思ってください。
構築にはぼくの自由裁量がかなり認められていて(というのも、ぼくひとりで行う作業なので)、まずはフレームを作るにあたって、ぼくの恣意的な好み、ぼくの記憶、ぼくの疑似記憶、その他のパブリックドメインの情報をなんでも援用することができます。
ぼくの担当の仕事は「春の景色」の構築です。

実際の作業に取りとりかかることにします。さて、「春の景観」――どのようなとらえ方をしましょうか。
まずは舞台です。やはり、地球の温帯、四季が明確に区別される地域、ぼくのご先祖からずっと住んでいた日本が背景にふさわしいだろうなあ。
たとえばこんな具合にはじめます。

まず、ひとけがない原野が広がります。高い木の少ない明るく開けた野原がいいなあ。
芽吹きの季節、草が萌えてあたり一面の緑。(深緑じゃなくて新緑、木の芽には少しの赤みを加える……と。なんだかニュアンスがむずかしいぞ)
平坦な野原にちょっとひねりを加える。緩やかな起伏させて、遠景に小高い丘を配置する。叢には粗密の差を付けよう。
なんだか物足りない……野原の中央に一筋の水の流れを加えてみる。うん、なかなかいい。
水は多すぎず、少なすぎず、そばによると水音が聞こえてくる、その程度がいい。
もちろん水は澄んでいる。水底に凹凸をつける。丸石や小石も忘れずに。水深に合わせて水面は変化する。一定のリズムを奏でる水音、浅瀬では瀬音も高く水滴が跳ねる。やや深みがあるところでは水は吐息をつく。丸石の上に沿って盛り上がる水は勢いよく流れ下る。
とにかく流れの存在を忘れさせない程度のかすかなこぽこぽいう音が耳に届くようにしよう。

岸には花を咲かせよう。ぼくの記憶のアーカイブから引き出した春の花はレンゲ、スミレ、しろつめ草。これでいいかな。あまり種類が多くない方がかえって可憐さが増すというものだ。
ああ、静かだ。流れの音がかえって静けさを際立たせる。ちょっと物足りない。風の音も加えよう。新芽のこずえを揺らす風だ。
これでいい。流れと岸辺の花の語らいが聞こえるようだ。

一休みする暇もなく、ぼくは次の作業にかかる。
この春はSilent springになってはいけない。(蛇足ながらサイレント・スプリングというのは紀元20世紀のアメリカの生態系学者、レイチェル・カーソンの著作で一躍憂目になったビジョンだ。以前は日本の中等学校教科書にも取り上げらていたから、かなり周知しているだろう)
空には鳥のさえずり、叢には蝶や蜂、蜘蛛もかたつむりも忘れないように配置しよう。
流れの中にはめだか、川エビ、小鮒も群れをなして泳がせよう。そのうちに孵化したオタマジャクシが浅瀬に集うようにしよう。

暖かい日差しの中で遠くの山から雪解け水を運ぶ小川、そこに群れる小魚、岸辺の草花。かすかに漂う花の香り。
ぼくは自分の作り出した仮想空間を見渡し、出来に満足感してひとときの午睡を楽しむ。永遠の昼下がり。憂いも悩みもない、うらうらと照る陽光の中でぼくはアイデンティティが希薄になっていくような充足した虚無感を感じる。

ひとときの夢をむさぼった後、ぼくは今作った仮想世界を保存する。あたりにはグリッド線だけが残る。わずかに心残りを感じながらぼくはそれもシャットダウンした。あとは沈黙、暗転。


ぼくが次回春の景観を構築するのはおよそ42年後になる。この前の作業は42年前だった。
その間ぼくというアイデンティティを担ったAIは記憶素子の1ユニットとしてほとんどの機能をシャットダウンさせられる。つまり眠るのだ。
しかし一部の機能は活動を続ける。数えきれないほどの記憶ユニット(そのすべてが個別のアイデンティティを担っている)の中を電気的なパルスになって飛び回る。

ちょうどぼくたちのオリジナル、生身の人間たちが互いに交じり合い、語り合い、社会を作っていったように、ぼくたちは縦横無尽の広がりをもつ互いの記憶情報の中を(まさに巨大な脳のモデルだ)駆け巡るのだ。
ぼくたちは個人の記憶情報を維持するだけでなく、それぞれが特定の地球の記憶を分担して担っている。ぼくのばあいはそれが「春の景観」だ。

ぼくは42年に一度完全に機能して春の景観を構築する。
毎回構築する世界は異なる。その時々のぼくの関心の方向に従って様々な世界が顕在する。
イギリス(これも地球上にあった国のひとつだ)の作家に感化されてどこまでも雲のように広がる黄色い水仙の原を作ったこともある。地中の微生物から空中を飛ぶ昆虫まで、さまざまな生物であふれたエネルギーに満ちた世界を作ったことも。
でも、どちらかというとぼくは日本の春が好きだ。ぼくのオリジナルのアイデンティティが日本人だからだろう。おそらく原風景としてぼくの記憶の中に刷り込まれているのだろう。

休眠期間中にも覚醒しているパルス状のぼくはさまざまな人々の記憶の中を駆け回りながらそれぞれの「春の景観」をコピーしてくる。それが次にぼくの構築する世界に彩りを添えることになる。

こうして重層的になる「春」はますます多様な相を持ち、総体としてバーチャルな(現実のという意味での)春に近づいていく。

ときどき不思議に思うのだ。仮想世界に生きるぼくたちが思念を凝らしてさらに仮想の世界を作り上げる。それが精緻さを増すにつれて現実に近づいていく。夢の中で夢を見るのは、実は覚醒しているということじゃないのだろうか。

地球はぼくたちの数千億キロ背後にある。もはや生物は住めない惑星になっているだろう。 大規模地殻変動と世界的は天候異変がおこり、もはや地球上で生物の生存が絶望的となったとき、人類はその未来をぼくたちAIに託したすべての人間は個別情報を記憶素子に記録して、多数のコピーが宇宙の全方向に発射された。そのうちのどれか一つでも生き残れば人類の絶滅は防げるのではないかという一縷の望みをかけて。

ぼくたちはオリジナルと寸分たがわぬ記憶を持ち(もちろん作られた時点での)考え方ができるようにプログラムされた(可能な限りだ)
ぼくたちは人類の影だ。だが、影だけが残ったとき、影が本体になる。
ぼくらは人類だ。暗黒の宇宙空間を果てなく突き進みながらぼくたちは地球の夢を見る。現実と見まがうばかりの夢を見るのだ。



妄想の暴走第5弾です。構想だけは早くできたのに如何せんまとまりがつけられなくて(過度にセンチメンタルになりそうで――実はなっている)書いては休止を繰り返していました。あと2,3話お付き合いくださいませ。
写真は紫の碇草、これも庭の片隅で。

花雲――妄想その4

P1090623

ねえ、おっかさん。ごらんなさいな、きれいな桜だこと。
うっとりするねえ、こんないいお天気で。お天道様もあったかくて。
口を開ければ「きれいだねえ」って、ばかの一つ覚えみたいに言うけど、もうほかの言葉はでてこないのさ。
ここの土手の桜は八代様のころから植えられたんだって。満開だねえ。雲みたいだよ。

ああ、舟が行く。船頭が櫂を漕ぐ。櫂が水をくぐるとしぶきが上がる、しづくが滴る。きらきら光ってる。まるで、そう、まるでここの花びらが櫂の先から滴っているようだ。
花筏ってきれいな言葉があったね。もう少しするとここの桜もいっときに散って、川面を桜色に染め上げるんだろうね。
そんなときに舟遊びをしたら楽しいだろうね。一面の桜の中をゆっくり舟を進める。夢みたいだ。小唄の一つも口から出てきそうだ。
ああ、この景色をどういったらいいんだろう。何にたとえたらいいんだろう。

おっかさん、けさ朝靄の中で見た桜を覚えているかい。あれもまた一味違ったいい風情だったねえ。
朝露を浴びて少し寒そうに開きかけの蕾もあれば、露に濡れていっそう鮮やかに匂い立つような花房もあったねえ。
ひとけが無くて、まるであたしたちだけのために咲いてくれているようだった。桜が何か話しかけてくるような気までしたものね。
そうそう、あの夕暮れの景色もわすれちゃいけない。
ほんのり夕方まけてくると川面に風が立つ。一斉に芽吹いた青柳が昼の名残の暖かい風に枝を揺らす。ゆらゆら、ゆらゆら。まるで手招きをしているようだ。こっちへおいで、あたしも見ておくれって言ってるようだ。
見渡せば柳桜をこき交ぜてみやこぞ春の錦なりける……そんな昔の歌があったねえ。今も昔も変わらないんだ。きれいなものはおんなじなんだねえ。愛でる気持ちもおんなじなんだ。

おっかさん、長い一日だったね。そろそろ日が暮れるよ。だけどここは薄闇が降りてもほんのり明るい。桜が光をため込んでいるようだ。夜目にも雲みたいにうっとり白いよ。
あっ、お月様だ。なんてきれいな大きなお月様だろう。このどこまでも続く土手の桜の上に朧にお月様が朧にかすんで昇ってくる。
ああ、あたしはしあわせもんだ。こんなにきれいな景色を生きてるうちに拝めるなんて。このひと時がいつまでも続いたら。時が止まってずっとこのままでいられたらねえ。

おかしいよね、そんなことができないから、桜も月も柳もきれいなんだ。何もかもとどまることがなく変わっていしまうからいとおしいんだよね。 そんなことわかってるのに、このひと時を何かに封じこめてずっととっておきたいと思わずにはいられないのさ。やだよ、涙がでてきちまった。
昔、宋の時代の蘇東坡先生が「春宵一刻値千金」って詩に書いていたっけ。まさにこれだね。春の宵、この艶な風情は千金の値打ちがあるって。千金を積んでも買えないものなんだよね。言い得て妙というもんだ……って、あたしが言ってどうするんだよね。先生の方がずっと先に言ったのに。

おっかさん、今日はいい一日だったね。こんなきれいな桜が見られて……ずっとおっかさんと一緒に歩いている気持ちだった。

ああ、おっかさん、おっかさんにも一目見せてあげたかったよ。


妄想の暴走第四弾です。そろそろネタが危うくなってきた……かな?

春憂――妄想その3

P1090594

ぼくは旅人だ。こういうせりふを一度言ってみたかった。
そう、ぼくは旅人だ。思いたってここ日本の中央に位置する、とある古い町の城跡までさすらってやってきた(なんだかかっこいいだろう)
ときに早春、空は青い。泣きたくなるくらい青い空に白い雲が浮かんでいる。明るさ極まるところに生じるこの悲しみはなんなんだろう。
目を上げれば、あたりは冬の名残が色濃い。春ともなれば丘一面に萌え出すはこべらもまだまばらで、腰を下ろせるほどに伸びた若草もない。
丘の中腹にはまだ白い敷物をひろげたように雪が残っている。明るい日差しに雪は次第に溶け出している。うっすらと地面が見え出すのも遠くないだろう。

だが、光は暖かみを増したとはいえ、野に春の香りが満ちるのはまだ先のこと。春はまだ浅い。ただひとつ、麦の緑だけが景色の中にぼくの目を引く。これから爛漫と咲きゆく春を予感させてくれる緑だ。
農地の交いの小道を足早に歩いているのはぼくと同じような旅人なのだろうか。いや、旅人だとしても彼らは仕事で旅をしているのだろう。そこが流れ雲のようなぼくと基本的にちがうところだ。ぼくは……ああ、ぼくだ。

夕暮れともなると、先ほどから見えていた古い火山も暮れなずんで見分けがたい。どこからか歌が聞こえてくる。哀切な笛の響きだ。
さあ、河の土手をあがって岸沿いにあるホテルに帰るとしよう。地酒でも飲んで、この癒えぬ心を抱く旅人の悲しさをしばし忘れるとしよう。
いや、ますますつのる悲しさをゆっくり味わうために飲むのかもしれない――おそらくそうなんだろう。

妄想の暴走第三弾です。そのうちに叱られるかも。

春霞――妄想その2

P1090591

めずらしくも早暁に目を覚ました。まだ完全に夜が明けきっていない。
外に出て東をあおぐと、徐々に空が明るみだして遠くの山の輪郭がはっきり見えてくる。稜線に朝焼けの雲が細くかかっている。
その色、赤紫かかったピンクとでも言おうか、いやそんな陳腐な言葉では表せないような色。うっとりとして目が離せなかった。
ああ、いいなあ。春だなあ。こんなきれいな朝焼けが見られてほんとうに得した気分だ。

妄想の暴走、第二弾。笑ってくださいませ。

春日――妄想その1

P1090601 
とりたてて何にもすることがなくて、だらだらとPCの前にすわって、あれやこれやと思いつくことをぐだぐだブログに書き連ねていると、なんとなく乗ってきて変にはまってしまった――

庭の片隅で今年もカタクリが咲きました。
妄想の暴走第一弾です。笑ってやってください。

いくたびも雪の深さを尋ねけり

P1070234

"いくたびも雪の深さを尋ねけり"
正岡子規「病中雪四句」の中の一句です。子規と言えば、司馬遼太郎「坂の上の雲」が長期ドラマ化されて、三人の主要人物のひとりである正岡子規が再び注目されるようになってきました。
とはいえ今日子規の句を採り上げたのは子規ブームに乗ってのことではありません。前回のブログ記事で書いた雪中苦行のさなかにふいと上記の子規の句を思い出したからです。

さてこの句は、子規が病に伏せる中、東京には珍しい大雪が降った。雪に心は逸るものの、障子の向こう、庭に積もっている雪を自分では立って覗きに行けない、そのもどかしさが家人に幾度も雪はどのくらい積もったと尋ねさせることになった、という大意だと思われます。

この句を知ったのは小学生の時分です。わかりやすい名句の一つとして何かで読み囓りしたのでしょう。教科書で習ったのならこの句にこれからお話する「とんだ」解釈をくわえることも無かったでしょうから。

小学生の頃は、今よりもずっと雪がよく降ったように思います。
下校の際に長靴を半ば埋もれさせてわずかに人の踏み分けた道をたどりつつ、朝の登校時よりも更に雪の嵩が増えていることに気がついて、朝からいったいどのくらい降ったんだろうなどと思ったものです。
そういう体験が元になってわたしの脳内では子規の句のイメージがとんだフェーズに転換されました。

たとえばこんなふうです。小さな村から野原を越えて山辺の方に一本延びる、やっと人ひとりが通れるだけの踏み分け道があります。道をたどる人が、なんとたくさん雪が降ったものだと思いつつ、たまさかに前から来る人がいるとすれ違う時に「えらく降ったもんだの、いったいどのくらい積もったかのう」と挨拶代わりに雪の深さを尋ねているそういう情景を描いていたのです。

考えてみれば、実際に目前の積雪があるのですから人に「尋ね」なくても雪の深さはわかりそうなものですが、如何せん小学生の感性と知識では見えぬ雪の深さを尋ねる病床の俳人という屈折したイメージは思いつかないものでした。
結果、実に自然に単純に、道行く人が雪の多さに辟易しながら互いに言ってもせんないと知りつつも、「寒いのう、雪はどんだけ降ったかのう」と言葉を交わして、また遠ざかっていく、これはいかにもありそうなことと思いこんだのです。

おそらく一昔前の雪国の雪道を経験した人ならこういった発想が生まれるのを理解してもらえるのではないでしょうか。
実際、数日前の大雪のとき外へ出て除雪をするたびに、同じく戸外にいる近所の方と、幾度と無く「ひどく降りましたね、いったいどれぐらい降ったんでしょうね、いつまで降るんでしょうね」などという実質的に役にも立たない会話を交わしたところです。
自然現象はいかんともしがたく、その脅威の前に人は無力であり艱難を甘受しなければならない──それは誰もがよくわかっていることです。しかしそうはいっても愚痴の一つも漏らしたくなります。愚痴をこぼし、また聞くことで、みんなが運命共同体であることを確認し、辛いのはあんただけじゃないよ、わたしも同じだよ、だからいっしょに頑張ろうねという無言のうちに了解しあっているのでしょう。苦難を共有することで自然に連帯感を持ち、それを慰めにして力に換える──無意識のうちに無力なもの同士が自衛する心理的システムと見るのはこじつけに過ぎるかな?

こう考えると道行く人に(見ればわかる)雪の深さを尋ねるというのも、(句の出自とはまったく違うものの)あながち単なるこっけいな思い違いとして捨ててしまうには惜しい解釈かもしれない、南国生まれの子規先生には申し訳ないけれど、まあ赦してもらえるかなと、今夜はひとりで悦に入って頷いておりました。

付記1.  「深さ」という言葉にも落とし穴があったのかもしれない。
雪の深さといえば、最低でも5、60cmはあるというのが常識の雪国感覚。子規は四国は松山生まれ、東京にしても雪が降るのは珍しいのだから大仰に「深さ」といったのかも知れない。
深さといえば、立っているレベルをゼロとしてそこからマイナスの距離。高さといえばレベルゼロからプラスの距離ということになる。雪の深さと聞くとわたしならずぼっと足が埋もれてしまう以上の深さであり、雪の高さといえば屋根の上の雪とか立山などで雪を切って道路を開通させたとき両側にできる雪の壁のイメージをもつ。

付記2. 困っているとき、人は他人も同じ境遇であることに慰めを見いだすのかもしれない。
マイナス方向への共感、それで自分の不幸が軽減されるわけではないけれども、一種の諦めを感じるのだろう。「あの人んとこも大変なんやでうちも仕方ないのお」というわけである。
悲しいかなプラス方向の共感はあまり実感できない。むしろ自分のうちに慶事があってもよそに同様な慶事があると自分の喜びが減じられるという情けない感覚をもったことはないだろうか。
そこへいくと自然現象の災難はみなひとしなみであり何の損得勘定もなく同病相憐れむことができるからであろう。

歌にまつわる遍歴 その2

昼休み、教養キャンパスを入るとすぐ左手の片隅、前に桜の木が茂る新徳館という古いクラブボックスから男声合唱が聞こえてくる。
「きのくにぞ はやみなとにつきたり、きのくにぞ はやみなとにつきたり──」
あ、やってるやってる、メンネルだ……

明けましておめでとうございます。
新年に相応しい話題と思いましたが、ずっと以前からいつかは書こうと思っていた「歌にまつわる遍歴、その2」を書くことに決めました。

以前に書いた「木枯らし」と同じく、大学時代の男性合唱にまつわる懐旧の思いです。
重複するかも知れませんが、当時の状況について少し説明を加えておきましょう。

わたしの属していた合唱団は混声、しかし内部で男声だけがメンネル・コールを作って独自に練習していました。これは男声の人数が圧倒的に多かったことも原因の一つですが、男声の方に特に合唱に対する情熱を強く持つ、いわゆるこだわりの団員が多いことがメンネルが自然発生的に練習を始めた原因なのでしょう。

さて、わたしが入部した頃にはもうメンネルは何年もの歴史を持っており、定期演奏会にも1ステージを努めておりました。
当然わたしたち、女声部員もメンネルの練習を耳にすることはありましたが、練習に参加はできません。考えてみればメンネルは男声の聖域だったのかも知れません。
時折耳にする歌の中に、大変気を引かれる歌がいくつかありました。
今ならば、すぐに検索して曲名も歌詞も、時には楽譜そのものも、苦もなく探せるのでしょうが、当時はただ、耳にした歌詞、メロディを手がかりに何かの折りにその歌の「正体」を知るという状態でした。

「紀の国」は最初に心引かれた歌でした。
何しろ最初から高音の凛としたテナーソロで始まります。ちょうど歌詞の中に出てくる水夫が船の舳先で名乗りを上げるようなものです。
まずはそのテナーの朗々とした響きうっとりと鳴ってしまったのですが、実は心引かれたのにはもう一つ訳があるのです。
その歌は小耳に挟む程度にしか聞く機会が無かったので、歌詞の意味がはっきりしなかったのです。しかし、そのどの部分を取っても、懐かしく、雄々しく、凛々しく、優しい、歌詞とメロディでした。
ですから、今にして思えば、敢えて文字の歌詞を調べようとするよりも、歌詞から想像というか、妄想に近い程にいろいろと、ああだろうか、こうだろうかそれほど深くも考えずに雰囲気を楽しんでいたところもあるようです。

きのくにぞ はや みなとに つきたり
ふねのおじ かたみに よびかけ
うっとりと ひとみつかれて ちちに てをひかれし ここち
いぬの さきひく くるまも あれば うみのべ こうじのみ ひかりて
そのえだの たわわなるした かいくぐり かいくぐりてゆく

紀の国、舟というと紀伊国屋文左衛門とか連想が働いて、紀の国に白帆を揚げた舟が着くところと、紀の国から蜜柑舟が江戸に着くところの重なったイメージがまず湧きます。

同じくメンネルで「市場所見」という別の歌があり、「あれは紀の国、蜜柑船……」という歌詞も耳にしていたので、またまた連想が広がりました)

ふねのおじ……小父、伯父、叔父。 あとに父が出てくるのでもしかしたら肉親の叔父、伯父かも知ないし、水夫、水主と呼ばれる舟を操る男達のことかもしれません。

うっとりと、眸疲れて、眸憑かれて、人見疲れて?
「わたし」は子供でその昔、父に手を引かれて歩んだ時を思い出しているのでしょうか。
めまぐるしく動き回る人々、車、犬も啼き、喧噪がわき起こります。子供の目は見慣れない活気に満ちた人々の姿に、ぼうっとなって熱に浮かされたように夢見心地に感じていたのかも知れません。
すると、人見疲れて、でもいいようにも思えてきます。

海の辺、ここは分かっても、「こうじのみ」、少し考えれば紀の国なのですから当然蜜柑を表す「柑子の実」だと連想できるはずでした。決定的には旧かな文字で歌詞を読めば「かうじのみ」であるので、「小路」とはまちがえようもないのですが。
ところが、こんな経験はありませんか? 
バスや車で海の方に向かう……もうすぐ海が見える、弾けそうな子供の目を最初に捉えたのは、家々の間の細い坂になった小路からちらりと見えた海!
わたしの原体験では海はそういう形で常に現れて来たので、この歌も最初の印象が「小路のみ、光りて」になってしまったのです。まばゆい海と対照的に暗く影になった家々。まさに小路からのぞく海だけが光っているのです。
ところが、歌詞の最後「ゆずり葉」という言葉があるために、「その枝」が現れても唐突に感じていません。何度も聞くことで全体の言葉が前後を無視して混然としたイメージを作っているので、「その」と指示代名詞がついていても「柑子」よりも「小路」の印象が拭えないのです。

歌の中盤です。
「きのくにぞ あらぶるうみのくにぞ   ながちちのうまれしところぞ」
ちちゆいて きょうのひもおもう  おさなごの あこをいだきて
そがちいさきものの ゆめにもかよえ そがちいさきものの ゆめにもかよえ
あらぶるうみのくには  あらぶるうみのくには  わがためには ちちのくに 
ながためには おお ちちのくに

ふうむ、どうも「わたし」は大人で子供時代の回想を交えているらしい。そが小さき者というのは「幼子の吾子」のことだから「ながちち」とは「汝の父」すなわち自分の事なのだなあ、と感じ始めます。
自分の父が亡くなった今になって父の心がわかるような気がする──いま幼児の自分の子を抱いて故郷の紀の国に戻ってきたところだ。

ところが、またまた大きな疑問が残りました。
「わがためには父の国」はいいとして、「汝がためには、おお、父の国」の件です。
最大の疑問はどうして「汝がためにも」になっていないんだろう、ということでした。
こうやって文字にしてしまうと、その当時感じた不思議な感覚を再現することは難しいのですが、とにかく、大まかな舞台背景は解るのに肝心の感情が最高潮になっていく箇所に疑問が残るのですから、何とも消化不良感は免れません。
文字を読めば一目瞭然なのですが、「わがためには父の国、汝がためには祖父(おおちち)の国 」なのです。ところが耳で聞いていると、「おお」が間投詞に聞こえてしまったので、自分に取っても父なる国、おまえに取っても父なる国だ、というように勝手に解釈してしまったわけでした。

最後の部分です。
そがひとのみはかかざる  ゆずりばのみどりのくにぞと
きのくにぞあらぶるうみのくにぞ きのくにぞ

「そがひとのみはかかざる」この件、実は聞き逃していた箇所でした。最高潮に達する「父の国」と次の「ゆずりばのみどりのくに」の瑞々しいイメージの谷間にあって、ふと気を抜いて聞き逃していた箇所でした
それで深くも考えず「そが人の見果てぬ夢」というふうな勝手な思いこみをしていたようです。父に対する懐旧の情と、いまだ若くして夢の実現を果たせぬうちに世を去った父への思いが込められているとの思いこみでした。
そして、一枚新しい葉が出ると古い葉が落ちるという「ゆずり葉」──お正月の鏡飾りにもホンダワラとともにゆずり葉が柚の下にありますが──父から子へ、子から孫へと続く血脈を思い、自分も永々と続く血脈の一部を作る者である、確かな自信と、父と同じ年代になった今となって持つことのできる父への共感と同情、そして抱いている我が子への限りない愛。
この歌詞が、津村信夫の詩集「父のゐる庭」から取られていることも知らず、ただ、耳にしたどこか懐かしい民謡を思わせるメロディと、上に書いたような不可思議なイメージをどこまでも膨らませてくれる歌詞に魅せられ、またそれが、望んでも足を踏み入れることのできない男性合唱の世界であったこと、それらの憧憬があいまって、後になって文字で「父のゐる庭」を読み、今までの疑問が氷解したあとになっても、この歌を聴き、また心の中で歌うときに、不思議にもさまざまな重層した思いがこみ上げてくるのです。
ゆずり葉と正月には欠かせない蜜柑の二つのイメージから、私の中ではこの歌はまことにお正月に相応しい歌という位置をしめているのです。

以下に、漢字交じりで歌詞を載せておきます

Ⅳ  紀の国

「紀の国ぞはや 湊につきたり」 
舟のおじかたみに呼びかけ
うっとりと眸疲れ父に手をひかれし心地
犬の先曳く車もあれば  海の辺 柑子の実光りて
その枝のたわわなる下かいくぐりかいくぐりてゆく

「紀の国ぞあらぶる海の国ぞ  汝が父の生れし処ぞ」
父逝いて今日の日も想う  幼児の吾児を抱きて
そが小さき者の夢にも通え

あらぶる海の国は  わがためには父の国
汝がためには祖父の国  そが人の御墓かざる
ゆずり葉のみどりの国ぞと

紀の国ぞあらぶる海の国ぞ  
紀の国ぞ