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トワイライト・ゾーン 2016

わたしは時々ストーカーになります。―――家族が海外に出ているときに。
うるさがられるのを覚悟で出国と帰国の便名を聞き出すと、出国便の時には空港のフライト情報を開けて、家族の乗った便の離陸のサインが出るとほっと一安心する、そして次は到着時刻間際になると到着空港のサイトを開けて便名の横に"landed"のサインがでると、これで本当にやれやれと胸をなでおろします。ささやかな見守りのつもりだけど、立派なストーカーw

先日娘がNYに行たときのこと。友人と二人で行きたいところをぶらつき見たいものを見るお楽しみ旅行です。
成田発JFK空港行のデルタ便は多少の出発遅れはあったもののスムーズな運行で無事NYへの到着を確認しました。
その一週間後、帰国便は同じデルタ。JFK空港を現地時間で午後3時過ぎに離陸、日本時間で翌日の午前1時過ぎです。
今回使ったのがflightstats.comflighttrackerで航空会社、便名、離陸空港、着陸空港などを入力すると飛行経路や現在地をすぐに見られるサイトです。無事離陸を確認してから2時ころ就寝、翌朝はもう行程半ばまで来ているはずだと思いながら。

目覚めるとまず携帯でフライトチェック……わが目を疑いました、わ、一体何が起きている?! 後で気づいてとったスクショ、時間の前後がありますが。

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以下順に拡大です。

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焦りました、最初に頭をよぎったのはハイジャック。何らかの要求が出されてカナダ国内を往復しているのか、または機体に何か異常が起きて緊急の着陸をしようとしているのか? それにしてもこの迷走ぶりは一体何?……、まさか、と瞬時に最悪の連想で震えが出ました。
ニュース、空港のフライト情報やデルタのサイトを見ても取り立てて緊急情報も出ていない。いや、ないことでさらなる不安が。まんじりともせずに画面を見続けていましたが、やがて迷走飛行機は通常の航路近くに戻りました。

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一体何が起きたのか、戻った娘に尋ねたら単純明快な答えが。
「何もなかったよー」
試しに翌日の同便をチェックしてみましたが迷走は兆候すらなく順調な飛行でした。はて? この人騒がせな(主に騒いでいたのはわたし一人)現象は何だったんだろう?

わたしたちはGPSの恩恵を受けていない日はないと言ってもいいくらいにすべての行動について位置情報を利用しています。その正確さを疑うことはまあ普通はありません。だから今回の飛行追跡中にもGPSの誤作動には思い当たりません。地球上をカバーしているレーダー網が航空機から出る信号をキャッチして位置情報としてマップ上に表示させるのでしょうが、A地点からの信号の次に何百キロも離れたB地点から信号が入ったと誤認識があれば飛行経路はその2点を直線でつなぐことになる、すると最初に仰天させられた大きなV字が表示される、おそらくそういうことなのでしょう。
それにしてもあのフォート・マクマレー付近のジグザグの表示は一体何だったんでしょう、一度や二度の誤作動ではあれだけの信号は入らないと思うのですが。折しもフォート・マクマレー付近は大規模な森林火災に見舞われていた最中で、何か関連があるのかもしれません、あくまでも後付けの推測ですが。

笑い話で済みましたが、これが本当に事故やハイジャックだったらどうだったのでしょうか。家族、友人の乗る航空機にリアルタイムで重大事が起きているのに何もできないという恐怖、ただ固唾をのんで見守るしかないという無力感、このような経験だけはしたくないと心底思いました。

空の旅は楽しく期待に満ちている、その反面上空では乗客は全くの無力、地面に足が着くまでは命の安全の保障はない……その昔見たトワイライト・ゾーン(日本ではミステリー・ゾーン)キャプテン・カークになる前のシャトナーが出演した回が思い出されます。嵐の中不安定に飛ぶ飛行機の翼にとりついたグールー、稲妻の中に見えるおぞましい姿は主翼を打ち壊そうとしている、ただ一人目撃した男は恐怖の中で何とか阻止しようと発砲する……おお、怖

毎日何千という航空機が地球上を覆うように飛んでいるのが当然になった今日、すべての航空機が安全に目的地に着きますようにと祈らずにはいられません。

今年もよろしくお願いします

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2016年が明けました。みなさま今年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年はブログ更新も滞り、わずかにFBで思い付きの近況報告を行ったのみでした。
発信するだけの材料がなかったのか、単にものぐさ虫が頭を擡げ続けたのか、そのあたりは本人にも定かではありません。

12月18日のSW7公開前後、世間がSWに右へ倣え式に一色に染められていくのを見るのは小気味よいくらいでした。
ネット情報からも遠ざかり、真っ新状態で公開初日に驚嘆の目で個人的に楽しもうと心に決めていた折でしたが、何やら心騒がしくこのままでは大事なものを見逃してしまうのではないかというささやかな懸念も起こったほど。
ともあれ十分に楽しめて旧懐の念を抱きました。旧ファンの心をつかみ、新ファンをかき集める、実にうまく計算された演出でした。
なんて言ってますがBB-8のかわいらしさにはコロリと参ってしいました。やられた。。。
冬休みが終わって〇怪ウ〇ッ〇目当てのちびっこたちが少なくなったら3回目を見に行かなければと身構えています。次回にはどんな発見があるか謎解き感覚で楽しみです。
2016年、面白い年にするも、退屈な年にするもすべて自分の姿勢にかかっていますね。
もう半ば以上使ってしまった人生、うんと実りのあるものに自分でしていかないといけないと心の内で誓いました。

写真は年末に購入した野口美枝子さんのfusion factoryのオブジェ。数年前に同じラインの地球をモデルにしたオブジェを見かけて以来欲しくてたまらなかったもの。年末に名古屋へ行った折に心を奪われて連れて帰ってしまいました。題して「天空」。ガラスの中に広がる小宇宙はいくら見ても見飽きぬ魅力に満ち満ちています。

2つの同窓会(または信じられない偶然)

3月半ばと4月初めに同窓会が2つ続きました。
正確に言えば前者は同学会ということになります。
同学会の方は県内在住の同学生の集まりで、上はかなりの年配の方から下はまだ卒業から数えた方が早い人まで、おおよそ50名の参加者でした。
今まで存在さえ知らなかった同学会、ひょんなことからご招待が来ました。
それは2つ目の同窓会からのフィードバックだったので、まず2つ目の同窓会の説明をばいたしまする。

大学卒業以来早や〇十年、最初のクラスの同窓会を開こうと大変奇特な方が企画した「〇3年後の同窓会」。

当時のクラス名簿をもとにネット、口コミ、交友録とあらゆる手立てを尽くして全国に拡散している同窓生の掘り起こしをしてくれる中、同郷出身の友人にわたしの旧姓での名前がネット検索で引っかかったので連絡をしてくれと依頼があったというのです。アドレスもわからないので卒業生名簿からわかった住所あてに丁寧な封書のお手紙をいただいて恐縮。で、この芋づる方式でかなりのメンバーの連絡先が判明して旧交を新たにすることになりました。これで県内同学会の方にも住所がばれて(w)ご案内が来たというわけでした。

同学会の方は出席したもののほとんどが知らない顔ばかり、しかも女性4人と少なめ。違う業種の人と話をするのも面白いかと期待したものの、病院、県庁と公印の方が多くて共通の話題が見つからず、ちと退屈。しかし会費分は元をとらないと、と立食の強み、しっかり飲み喰いいたしました。気がつけば女性はかたまってしっかり食べていました、やはり女性は現実に生きています。

4月4日は花見月食、とはいうものの京都もどんより雨模様。わずかな期待も裏切られて同窓会は夕方5時から。日帰り参加者もいるので変則的な開始時間です。(実はその前に有志が集まってかつての雀荘で一次会はもう行われていたという真相付き)
30名の参加、さすが文学部で今回は女性が3分の1はいました。名札を見るまでもなく、顔を見れば思い出す、もちろん呼びかけは旧姓で。よく食べよく飲み(いつもこれだ)よく話し。
近況を語る姿に学生の姿を重ねて、時の経過を感じるとともに、実は時の経過は仮象に過ぎないとも感じるという奇妙にして納得がいく感覚。
気がつけばあっという間に終了時間を迎えていました。今後はクラス会を毎年恒例にする案も賛成多数、再会を約して夕暮れの京の街へまた散っていきました。

付記;同窓会前に起きた信じられないような偶然の話

京都の繁華街をぶらつき、そろそろ時間だと都合よく流してきた個人タクシーに乗りました。よくあるいかにもという話好きな運転手さんらしからぬドライバーさん。ぽちぽち話しているとなんともとんだ経歴の持ち主。
なんでも政府のお役所勤めを早期退職して、浮いた5年分を1年ずつ、小さいころからやりたかった職業にチャレンジしているとか。タクシーの運転手もあと1週間かそこらでやめて車も売って、次は広島へ行って船の船長になるんだって! そういう人生って(私にはとてもできないから)すごくすてきに見える。感心していろいろ話に沸いた。
目的地について料金を払うときに、今日はどちらからおいでですかと聞かれて、はあ福井ですといえば、ぼくも福井です、いやあ偶然ですね、と返すと福井の武生ですと。これでびっくり、いやわたしも武生から出てきたんですと変更前の市名を連呼。武生は駅から少し西の市内で〇町で、えええええええーーーっ、うちもそこですよ。
相手もさすがに驚いて、じゃあ〇〇呉服店ってご存知ですか、もちろん知ってますとも同じ町内じゃないですか、じゃあそばに〇×寺ってあったでしょう、うんあるある。ついこっちも言ってしまった、じゃあ〇△店って知ってます? あれうちですけど。いやー、知ってますよ…………結局直線距離にして200mも離れていないところにお互いの実家があったのでした。
東京ほど大きくはないけれど、それでも京都は大都会、その中で乗ったタクシーで、いわばご近所さんに会うなんて。何かすごーーーーく運命的なものを信じてしまいそうな偶然の出来事でした。月食の神秘的効果?

(この信じられない偶然を書きたいがために同窓会の記事を書いたのかもしれません、汗)

冬と春のはざまに

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今日は節分、節を分ける日、つまり冬と春が交代する日であります。
そうやね、明日は立春やもんね。

実は節分は年に四回、立春、立夏、立秋、立冬の前日のことなのだけれど、時代が下るにつれておよそ立春前日のことを指すようになったんだそうです。
京都の吉田神社では節分の前夜(というか節分になる瞬間)に追儺式という季節の分かれ目に生じる邪気を払う、その上は平安時代にさかのぼるという古い儀式が行われています。学生時代に一度夜に見に行きました。鬼さんはユーモラスでしたが鬼を追い払う方相氏は何やら不気味でした。

玄関先に福豆と鬼の土鈴、張子のお福さんを飾って節分のしつらえをしました。すぐにバレンタインに入れ替えするので記念撮影。

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今年の新顔は和手ぬぐい。
昨日行った和食器のお店のディスプレイが気に入って(お値段手頃で)求めてきました。ちょっと暗めの朱色地にお豆と緩んだ顔のお福、ロボットめいた鬼がお行儀よく連綿と続いています。壁にかけてみました。

夜半に北海道出身の友達からLINEで、北海道では入り大豆の代わりに殻つきの落花生を投げるんだよと画像付きでトークあり。殻つきのまま投げて当たったら痛いのでは?というのは余計な心配だったらしい。
豆=魔目→魔滅 らしいからどんな豆でもOKということなんだろう。

立春といえど週間予報は曇り、雨、雪。気分の上だけでも春が少し近づいてきたと思ってみようかな。いいことがあるかもしれないから。

今年もあと51週

あっという間に一週間が過ぎ、今年もあとのこすところ51週となってしまいました。
そう、何を隠そう今日はわたしの誕生日であります。何度目かはもう忘れました
昨年もそういったような気がしますが)

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今日の庭です。
雪が降ると野鳥の姿が増えます。それだけ食べ物がなくなっているのだろうと冷凍してある食パンの耳を細かく切って雪の上に撒いてやります。今年はヒヨドリより先に雀の群れが来て既得権を主張。
今まではヒヨドリの独擅場だったのに今年は勢力関係が異なり雀が遠慮せずに大挙して訪れます。ヒヨドリは遠慮がちに時々威嚇しています。
写真は飛び立った雀が庭木に止まっているところ。さすがに下に降りているときに写真を撮ろうとすると少しの動きにも反応して飛び去ってしまいます。
一番多く来たときにはざっと数えて20羽はいましたっけ。寒さに耐えてぷっくりふくらすずめになっている姿が愛らしいですね。

今年は何か新しいことに着手したいと思うのですがそれが何になるかまだ自分でも見えてきません。
何か自分を高めると言えば不遜ですが、振り返ってこれをやったと数え上げられるようなことをしてみたいものです。
まずはなるべく更新をまめにやろうかと思います。その分ただでさえ大したことのない内容がさらに薄くなるでしょうが、どう書こうか考えていて結局辞めてしまうよりは思い立ったことをそのまま発信するのもいいかと思います。

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長男たちから送ってきた誕生日のプレゼント。ル・クルーゼのティーポットセット。
パールホワイトの色がほんわかしていてあったかいです。

さて明日から何をしましょうか。まずは読んでいる「ソロモンの偽証」を読み上げて、仕上げていないクリスマスのクロスを早く完成させて……それから?

明けましておめでとうございます

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2015年明けましておめでとうございます。
さっぱり更新なしの状態に自身が呆れております。再開のきっかけが欲しい、それが新年のご挨拶になってしまいました。
とまれこうまれ、こんなぐうたら者ですが、お付き合いくださっている皆様、ありがとうございます。そして(よろしければ)今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2014年後半は取り立てて変わりなく仕事をして家事をして本を読み映画を見て刺繍など手仕事をして過ごしていました。
リア友とはラインで毎日のように話し、ネット漬け状態は一向に改善しておりません、ご安心ください(何が?)
反省するに、強いて言えばいささか怠惰に流れ、発信意欲を掻き立てる心の高まりに欠けていました。
この憂鬱は何ならん……、願わくば今年こそ心ときめかせ夜のふけるのも忘れるような何かに出会いますように!
明日から雪の予報、またまた日常仕事に埋没してしまうかも。
それもまた仕方がないことかもしれない。C'est La Vie.

〇〇クラス会

ほんとうは暑かった北欧 6を書くのを先送りして今日のクラス会のお話をば。写真は会場のレストラン、古い蔵の内部を改装してあります。梁とか柱などは保存されていて古新しい落ち着いた雰囲気です。

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高校のクラス会がありました。
地元組の一人として幹事さんのお手伝いなどを少しいたしました。
タイトルの〇〇には、例えば「喜寿」とか「卒寿」とかに類した言葉が入ります。はっきり書けって? いや、どうも面はゆくって。堪忍してください。
さて、高校時代は3年間同じクラスでした。今では専科コースというのは珍しくないのかもしれませんが、わたしたちが高校入学する年に初めて「理数科」なるものが県内3校に新設されて、わたしたちは「晴れある」一期生となったのでした。
海の物とも山の物ともわからない新設科に、あるいは中学の教師にレベルが高いから行ってみろと言われたり、あるいは県庁所在地の市にある高校まで電車通学をするのを厭って、あるいはただ何となく受験してみて……
要するに誰もどんなものかよくわかってなかったってことですかね。

当時にしてみれば結構な倍率を勝ち抜いてできた理数科1年11組ですが、そうそう、当時はマンモス校で普通科が10組もあったんですよ!、蓋を開けたら女子はわたしを入れて6名、あとはほとんどが見知らぬ男子ばっかり。クラスが学生服で黒かった。体育などは他の女子クラスに混ぜてもらって肩身の狭い思いでした。
なにやかやでうちのクラス、個性派が集まったことは確か。だからまとまりがつかない、校内行事の合唱コンクールとか体育祭の応援とか……強い団結を見せて真価を発揮したのはようやく3年になってからでした。でもその結束力たるや、今でも覚えています、3年の体育祭では応援1位、飾り物1位、得点1位で総合優勝を勝ち取ったのですから。

担任の先生も3年間持ち上がりでした。理数系であるのに英語の先生で、これまた謹厳実直を絵にかいたような先生でした。この先生が教えてくれたのは単に教科としての英語だけではなかったように思います。先生が惚れこんでいた当時廃版になっていた教科書を出版元に掛け合ってクラス全員分を確保して、それで補習授業をしたり、英語から離れて蕪村や芭蕉の俳句の話をしてくれたり、ある意味余裕のある教育を授けてくれたのだと今になって感じます。
余談ながらわたしはいまでも3年の夏に授業で読んだキャサリン・マンスフィールドの短編が大好きで、ときおり読み返したりしています。
高校3年と言えば否応なしに来るのは大学入試。避けて通れない関門。しかしこれもわがクラスの面々は難なくクリアして、うちの高校始まって以来の好成績を収めました。
卒業、就職と全国に散らばったクラスメイトたち。

今日は43名のうち20名が集まり(うち女子2人)古い蔵を改装したこじゃれたイタリアン・レストランを貸切で、よくもしゃべった、食べた、飲んだ。。。
懐古的になるよりも近況報告や今後の設計の方に話は弾みました。幹事さんの奔走のおかげでなつかしい写真のスライドショーや、出席できなかった人からのメッセージや近況写真をプロジェクターで見たり。
ほとんどが二次会へ流れてカラオケへ移動しました。さらに2時間懐メロ、アニソン、フォークに演歌、ニュー・ミュージック、自分のレパートリーの貧困さにがっくり。

延々6時間に及ぶクラス会、お時間ですの声に後ろ髪をひかれながら、みな三々五々、振り出した雨の中、自分の生活の中に戻っていきました。
昔の友達というのはいいものです。何年たっても顔を合わせて言葉を交わせばあっという間に高校時代と同じ感覚に戻ってしまいます。現在の仕事や社会的な地位や経済的な状況の差はあるにしても表面には現れてこない、そう思っているのはわたしだけ? おめでたいのかもしれないけれど、少なくてもわたしはそういう感触を持ちました。そうじゃなければクラス会は楽しくないしね。

節目の5年後なんて悠長なことを言わずに来年も再来年も、機会を作ってみんなの顔を見たいものです。

水無月のころ

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六月に京都へ行くと絶対に買ってこなくてはならない(と自分で決めている)のが和菓子の「水無月」。

学生のころ自転車で通う道沿いにある小さな和菓子屋さんの店先に六月になると「水無月あります」の幟がでて、昔ながらのガラスケースの中にびっしりと小豆いろの水無月が並ぶのを目にしたものでした。
当時は食べてみたいという気持ちよりも、こんな蒸し暑い気候になってあんなもっちりしたお菓子がおいしいんだろうか、などと懐疑心の方が先に立ちましたけどね。

それから幾星霜、京都のデパ地下へ行くとエスカレーターの降り口に水無月取扱い店が挙げられています。
この間行ったときにはまだ少し時期が早くて(というのも水無月は六月尽日に食すものだから)2店にしかありませんでした。もちろん、さっそくお買い上げ。写真は翌日においしくいただいたときのもの。

ところで、どうしてこの和菓子は三角なの?
外郎と小豆っていったいなに?

わたしの住む雪国ではこの意味がよくわかる、というか知ってる。
地面に積もった雪が締まってカチカチになったのをスコップで起こしてひっくり返すといっぱい小石がついてきます。このお菓子はその様子を表したものらしいです。
では、なぜにこんな暑い季節に、というのが次なる疑問。
六月三十日、つまり一年の折り返しの日、「夏越祓」という行事がおこなわれました。すぎた半年の罪や穢れを払い、残りの半年の無病息災を祈る神事です。今でも神社で「茅の輪くぐり」をやっているところがありますね。
また、六月一日には宮中で「氷の節会」が行われ、氷室で保存した氷を食して暑気払いをしたとか。

冷凍庫があるでなし、深山の山中に深く掘った穴の中に雪を貯蔵して夏まで保たせて、わずかに解けずに残った氷片を口に含んだ(甘蔓のシロップをかけた?)当時の人の嬉しさは如何ばかりだったでしょうね。

当然、氷など庶民には高嶺の花。そこで氷と小石を象った水無月ができたというのが一節。
小豆には魔除けの意味があるともいいますが、象徴的意味付けよりも、わたしは圧雪の下に凍りついた小石という方がずっと感覚的にぴったりきます。

水無月、いただきました。おいしゅうございました、これで夏の暑さを乗り越えられればいいんですが。

疾っ! 1/12が

センター試験も終わり、やっと一年が秒針単位で動きだした感覚が戻ってきました。
毎朝外を覗くと薄らと雪が積もっていますが昼頃になるまでに”ぬるくゆるびもて行けば”ほとんど溶けてしまって、今年は大雪という予報もうれしく外れています(今のところ)

今年になってから劇場へ行った映画は「ゼロ・グラビティ」のみ。
原題の"Gravity"ままでもいいのにどうして無重力にしたのか、首をひねります。全編ほぼ無重力状態のシーンが続くのでわざわざお断りしなくても十分だと思うのですが。
さてさて大したリアリティです。地上での撮影とわかっていても粗が見えてこない。満足すると同時にCGIとは別にここまで動きをリアルに描き切る技術の進歩を素直に楽しむことができました。
出演者数が極度に少ないのもまた現実味が増した一因でしょう。実際シャトル乗員やステーション駐留はほんの数人しかいませんから。
映画に戻って、サンドラ・ブロックのキャストは大成功。最初の候補はアンジョリだったとか聞きましたが、コティヤールとかナタリー・ポートマンとかキャストは二転三転してサンドラに決定。サンドラの健康美、逞しさがあってこその映画だったと思います。
クルーニーの出番が少なかったのも計算づく?
後半のサプライズ出演は観客へのサービスっぽいしw
以前に紹介したクラークの小品「月の犬」の中で無意識が感じる危険とその危険回避のための行動開始を促すために意識表層に効果的な刺激を与える自己のシステム―――特定の危機的状況を一瞬にして感じさせる夢を自分に見せる―――それと同工の演出を感じてしまいました。まあ、後付の解釈ですけれど。

サンドラがMSだったのも着陸船の操縦に不慣れで一層危機感をあおるための設定だろうし、ISSや中国のステーションが無人だったのもちょっと不思議。(ISSの方はソユーズが一機離脱済みだから駐留組はそれで脱出? 天宮は高度が落ちていたからこちらの乗員ももう脱出していたのかも。それにしても神舟が残ってたけど。。)
"No Chinese!"には笑ってしまった、確かにあの状況だったら誰でもそう叫ぶでしょうね。
一難去ってまた一難どころかよくこれだけ御難が続くと思われるのだけれど、実際宇宙へ出れば現実はこちらに近いのでしょう。何か一つエラーがあっても機械は正常に動かない、正常に動かなければ地上帰還は果たせない、つまり死あるのみ。

人類は重力の自縛を振り切って大気圏を抜けやっと惑星を周回する軌道の高みにまで至ったものの、生存のためには恐ろしいほどの設備が必要であり、支える技術は確かに進んだけれど基盤になるハードの整備は限られた資材と動きもままならぬ宇宙服に身を固めなければ外へも出られない脆弱な肉体の少数の者に頼るのみだという(おそらく)これが現実だよ、とあらためて見せつけられたような気分。
映像は圧倒的な地球の美しさと空間の暗さ。浮遊するシャトル、ステーションなどを容赦なく照らすライティングも実によかったです。

さまざまな苦難の果てに奇跡的に帰還を遂げたサンドラが実感した地球の重力、まさに生きていることの重さだったんでしょうね。
いやはやある意味怖い映画でした。終わった後はとても幸福感を覚えましたけれどもね。

ダン・ブラウンの「インフェルノ」上下読了。2回読んで実際に行ったことのあるところの記憶もよみがえってきました。「ロスト・シンボル」でちょっと危うい精神世界に行きすぎ?と思っていましたが、今回はちゃんと現世に戻ってきました。

上田早夕里「深紅の碑文」 楽しみつつちびちび読書中。前作「華竜の宮」の続編になるのだけれどほとんど一つの物語として読むのがよろしいかと。近未来、人類が遺伝子操作の末に変貌をとげ、さらに避けられない地球規模の大厄災が迫るのを前に生き残りをかけて生きる場の違う人々が粉骨砕身する、その独自の世界観に圧倒されます。
時折見える甘いほどの人間ドラマも見逃せません。人工知性体が妙に人間ぽくって魅力的であります。

やっとこせレンタルで「マン・オブ・スティール」見ました。
確かにこれは……。しかし久々にラッシー萌いたしました。お亡くなりになった後もたくさん出番があって惜しみなく姿と声を見せてくれるたので、後半のあの批判轟々の破壊するだけの戦闘シーンにも何とか耐えられました。存在感と穏やかさを感じてしまいますw

月末にはSHERLOCKのシーズン3が到着予定。かくて、今年ももう1/12が終わろうとしてるなんて。。ちょっと疾すぎじゃありませんか?

Happy **th birthday to me

一昨日は誕生日でした。二日もあとに記事にするのも変なんですが、一応記念日としてエントリします。
例年のことながら元日の一週間あとの誕生日というのはどうもノリが悪い……自分でもかなり軽視しています。
もう何かいろいろ食べるのも飽きたし、のんびりしすぎて今さら遊びに出る気にもならないし。
結局毎年、そろそろ日常生活をちゃっちゃとおくらにゃ~という休日気分からの脱却の目印みたいなものとなり果てています。
でも、持つべきものは家族と友人。
たんおめ(あけおめ式縮約形)のメッセージをいただき(忘れずにいてくれたのはFBのアラームのせいか?)ありがとう!!
子供たちからはボウルとプレートのセット、ティーセット、それにコーヒーメーカー(壊れていて新しいのを買いたいと機種の相談を持ちかけていた)が届きました。
びっくりしたのは相談したわけでもないのにプレートセットとティーセットのブランドが同じだったこと。並べると全部セットでそろえたみたいに豪華になりました。
長年の付き合い(?)で好みがわかっていたからだと信じたいなあ。
雪も降らず暖かい誕生日、また一年何が起こるかわくわく気分を持ちつづけていきたいものです。