my reading report

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降りも降ったり

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よく降りました。
昨日の朝の写真です。わたしの車が無惨にもすっぽり埋もれています。サイドからの写真(左)ではそれほどたくさんに見えませんが少し崩してみると(右)一晩で積もった嵩がよくわかります。

近年雪の少ない冬が続いていたためにちょい気持ちの油断がありました。降るときには一晩で数十センチ降るのです。
路面に埋設式の融雪装置がわが家の前の道にはありません。午前3時頃に一度だけブルドーザーが除雪に通るのですが両脇に雪をかき分けて行くだけなので、結局玄関先に雪の壁ができてしまいそれを崩してどけなければ車が出せないという塩梅です。

雪は重さが軽いうちに除雪するのが一番。朝から身支度してスコップを手に雪を掬っては投げ掬っては投げ。(これが可能なのは軽いうちだけ──そのうち水分が多くなって雪質が重くなったり、凍結してカチカチになったらとてもこうはいきません。そのときは四角く切って一つずつ運んで投げます)とにかく車だけは掘り出しておかないと身動きがとれません。
でも腰と上腕が疲れて鈍い痛みが出始めたらそこで打ち切り。これ以上無理をすると本当に翌日腰痛で動けなくなります。その間にも断続的に雪は降り続け、せっかく空けた場所がまた見る見る白くなっていくのを恨めしく見ています。

たいていこういうときに予期せぬ仕事が入ります。まさにマーフィーの法則の体現です。
どうしても市役所へ行かなければならない用事が出来。
ほんの10数メートル先の通りまで行けば融雪装置があってアスファルトの地面が出ているというのに、わが家の前の道路は雪の山、数時間前に息子のチェロキーは難なくゴリゴリっと雪を蹴立てて出ていったのにわたしの車は雪の段差に捕まって下手をすれば亀の子状態になりかねません。
仕方がないので歩いて行くことに。
しかし読みが甘かった……防水ブーツを履いて出たのに、雪国の冬の道ほど歩行者無視の道は無いのです。
ブル除雪のせいで通りの幅が半減した上に中央の融雪装置から勢いよく水が放出されています。
歩行者は雪の壁にそって車が通りすぎるたびに浴びせかけられる水しぶきを傘で防ぎつつ、足元を狙う水を避け、しかもでこぼこした地面を踏んで行かなければなりません。ところによっては水が溜まってくるぶしほどの水溜まりができているところも。そんなところは大きく車道に出て迂回。

20分ばかり悪戦苦闘してやっと着いた市役所。ところが証明書を貰うには市が発行している登録カードが必要とある! それって、取りに帰れってことか!!
雪国の人間の根暗でじっとりした気質のお陰かそれでも仕方がないともう一度戻ってカードを携え、再度玄関を出るとき、今度は足元を気にしなくてもいいようにとゴム長に履き替えました。それがまたまた裏目に出ました。

歩き始めて5分も行かないうちにもう後悔し始めました。ゴム長は歩きにくいことこの上なく、しかも冬場に分厚い靴下をはいたまま穿けるようにとかなり大きなサイズの物だったので、中で足が踊って思うように歩けません。確かに水の中も平気、ダイコン下ろし状態の雪の中もジャブジャブ歩けますが、とにかく足が疲れます。
最初のうちこそテンポよく歩いていましたが、少し経ったらもう足裏を地面に擦りながらあるく「ズラズラ歩き」しかできなくなりました。
市役所で証明書をもらい戻る道は最悪。もう足が前へ出ない、前へ前へという気持ちはあるのに足がついて来ません。こうなると歩くのはエクササイズなんていう気分にもなりません。ひたすら一歩一歩を積み重ね、やっとの事で家にたどり着いたあとはヒーターにあたりながら知らずに寝込んでしまいました。

それが昨日の話しですが、今日もまた幾分降っていましたが、どうやら峠は過ぎたようです。なんとか出るようになった車で宅急便に荷物を出しに行く道すがら、歩く人を見かけるとその苦労が人ごとではなく、思わず速度を落としてそろそろとわずかばかりの罪悪感を感じながら通り過ぎたことでした。


はや師走も10 日

はや、師走も十日をすぎてしまいました。
先回のエントリを書いてからなんと間があいてしまったことかと反省しています。
何も書けないほどに忙しかったわけではないのですが、何か書くなら先に旅行記を完成させてしまわなければ、という想いがあったもので、それならば十分に書く気になってから一気に書こう、などと適当な理由付けを自分でして次ぎの更新を延ばしていた過ぎません。
そういうわけで(何も理由になっていませんが)あまりに更新無しのまま放置しておくと、さらに書きづらくなってしまうので、ここいらで近況だけ報告しておきます。

センター試験まであと一カ月となり、そろそろまとめの季節になってきました。クリスマス会、忘年会もちらほら予定が入っています。おまけに隣市の中学校ではかなりインフルエンザが蔓延しているという情報が今日入り、明日こそは予防注射を受けに行こうと心に決めました。

先週金曜日から日曜まで東京へ行っていました。最大の目的はフェルメール展を見に行くことでした。自宅でカード決済でチケット購入、しかも自宅プリンタで印刷発券ができるという、便利なシステムの恩恵を被りました。
恐ろしいほどの人出で80分待ち! 久しぶりになんとか列に並ぶ苦行にも耐え、数年前にオランダ国立で見た懐かしいフェルメールと再会を果たしてきました。
もう一つの目的は六本木ヒルズで開かれているクリスマス・マーケットを覗くこと。ケーテのグッズを見たくて行ってきました。大阪でのマーケットで顔見知りになったケーテのローテンベルグ本店のスタッフさんと再会、顔を覚えていてくれたのには驚きました。
翌日は渋谷Bunkamuraでワイエス展をやっているのを電車中吊りで知り、急遽渋谷へと向かいました。学生時代に出会って以来、最も好きな画家の一人です。思わぬ邂逅が嬉しかった。デッサン、水彩、ドライブラッシ、テンペラと一つの作品を仕上げる行程がよくわかる展示方法にも好感が持てました。以前見た<クリスティーナの世界>や<遠雷>などが懐かしく思い出されました。明日にでも久しぶりに画集を引っ張り出して見ようと思いました。
Sleepingdollさて、こちらは図書館へ予約しておいた本、今日取りに行きました。ディーヴァーの新作、ライムものではないのですが、わくわく楽しみです。これから読み出します。

それにしても東京は暑かった。外を歩いていてもコートが邪魔になるくらいでした。厚着をしていったものの、初日で懲りて二日目からはコートの下はまるで夏のような薄着にしました。それでも屋内にはいると暑いのですから。東京の人は我慢強いと変に感心。帰り道、新幹線から在来線へ乗り換えるとき、急激に寒さを感じました。見ると息が白くなっている!
電車が進むに連れて周囲の景色に白い物が見えてきて、ある駅ではプラットフォームにしっかり雪が積もっているのを見てしまいました! 一気に雪国に戻ってきたのだと実感しました。

何の感想もなしに、このところの動きを思いつくまま羅列しました。この調子で年末までずるずる日を送るのだけは避けたい気分です。とはいえ雑用だけは毎日なにがしか新たに出てきています。ああ、年賀状まだ買ってなかった……

ミミとナナ

夜仕事から帰ってきたら、珍しくお風呂が沸かしてありました。
このところ暑いのでシャワーの毎日でしたが、珍しく息子がぬるいお湯にとっぷり浸りたいと自分で湧かしたらしい。
ごっちゃんです、と遅い食事をすませてから浸かってきました。
久しぶりにいい気持ち、それも何ともぬるい湯というのは気持ちがいい物です。電気を消して窓を開けてブラインドを並行にしていると入ってくる外気も気持ちがいい。

そして、いつもこういうお風呂に浸かっていると思い出すのが、はるか昔に読んだ漫画。
わたなべまさこ作 「ミミとナナ」 少女ブック~週刊マーガレット それはもう古い、1962年とありましたから。現在は復刊されていません。
これは知る人ぞ知る、子供心をくすぐる、当時は大好きな作品でしたが、今ここでストーリーを書くと、多分自分で苦笑してしまいそう。
ただ、センス・オブ・ワンダーをくすぐられたのは、古典的なネタが満載だったからです。

ネタだけ拾うと、離別双子(一卵性、そっくりさん)、イギリス貴族、飛行機墜落、インドの奥地、ジャングルブック、革命の指導者と娘、ジャングルの覇権を争うゴリラと虎...なかなかお風呂が出てきません(汗
自分でも記憶が曖昧で、そもそも連載第一回から読んではいません。途中からなのでなおさら知らない部分を勝手に想像して楽しんでいました。

日本人の母親(確か一条さゆりという女優さん)とイギリス貴族なんとか伯爵(エドワード・G・ロビンソン?)の間に生まれたミミとナナという双子姉妹、両親の離婚(?)で別れ別れに。
ところが赤ん坊のミミを乗せた飛行機がインド上空で墜落、奇跡的に生き延びたミミを助けたのがジャングルの女王ゴリラ(たしか、ガリカ?)
月日が流れ、インドに来たナナが(どういう理由か不明、読んでないから)遭難し、ミミと出会ってジャングルで暫くいっしょに暮らします。
そのおりに怪我をしていたミミにママ・ゴリラが「ジュジュにお入り、どんな傷でも治るから」といって二人が入るのが、なんと露天の大きな温泉。
ジャングルの中の浅くて広い温泉で、二人は泳いだり、飛んできた小鳥と戯れたりするのです。
このシーンが大好きで、一度で良いからこういうところで泳いでみたいと子供心に思ったものです。
このあとナナはミミに言葉を教え、二人が別れてから、ミミは革命の闘士で今はジャングルに隠棲しているシンハル師の教えを受けて人間社会に復帰できるようになります。

その間に仇敵のトラと母ゴリラの命をかけた一騎打ちや、シンハルの娘の女医さん(名前失念)が飛行機の残骸の中でゴリラの赤ん坊の頭蓋骨を見つけ、ミミは生きていると推理したり、その当人が象にのったミミと出会って腕の傷の治療をしてやったりと、それはそれは波乱万丈のストーリーです。


一方ナナの方は修学旅行!に日本に来て生き別れになっている母親と再会...まあこのあたりは当時流行った親子の別れと再会モノになっています。
わたしが当時夢中になったのは、もちろんジャングルブックの方。言葉を話すゴリラや象。ただしナナの耳には動物の唸り声としか聞こえていないあたり、妙にリアルだったりします。
運命のいたずら+偶然が重なってあり得ない話ではありますが、うんと子供の夢を掻き立ててくれるお話でした。特にジャングルのターザンのような蔦渡りと秘湯ジュジュが、どうもわたしの「秘境」の原イメージであるようです。

ぬるいお風呂にはいると決まってこのジャングルの中の薬湯ジュジュを思い出して、ひととき心は何十年もの間隙を越えて純真でときめいていたむかしに戻っていくようです。

付記; ラストは人間社会に復帰したミミはナナとともに母を探しに再び日本へやってきます。その折(原因はわからないのですが)一条さゆりは便箋にミミ、ナナ、エドワードと愛する家族の名前をいくつも書いて、伊豆の海辺(?)で睡眠薬自殺を図りますが……急を察した2人によって見つけられて一命を取り留めます。最後に迎えに来た父の伯爵と誤解が解けてよりを戻す(下世話な言い方ですみません)

2人が「見て、お父様とお母様の影が一つになった」というところで終りだったように記憶しています。

ガラス玉の記憶

okada_glass.jpg漫画家の岡田史子さんが亡くなりました。
新聞の物故欄にその名前があるのが目に留まり、初めてご本人の写真を見ました。
岡田史子さんといっても知ってる人の方が少ないと思いますが、私にとっては忘れられない漫画作家です。
1960年代後半に、手塚治虫さんが立ち上げた漫画専門誌"COM"の新人登竜門ぐら・こん、確か第2回に第一席で華々しくデビューを飾りました。
その折り、手塚さんが絶賛されたという「太陽と骸骨のような少年」という作品。
テーマで100点の満点を、一方ストーリーで0点を取っていたのがとても衝撃的でした。
この作品はとにかく難解、わたしもそれを鑑賞できるほどの歳ではなかったせいもありますが、それでもボードレールの詩を下敷きに人の生きるということは、死とは、希望とは・・・と真摯な態度で正面から取り組んだ深さ、ふとレイモン・ペイネを思わせるような、柔らかでいながら凄みを漂わせる絵柄、一読してこの人はすごいものを持っていると子供心にも岡田史子の名前が刻まれました。
その後、矢継ぎ早に"COM"への投稿が続き、そのうちに執筆陣に名を連ねるようになりました。
「フライハイトと白い骨」「ガラス玉」「いずみよいずみ」「サンルームの昼下がり」「胸を抱き首を傾げるヘルマプロディトス」「死んでしまった手首」「ほんのすこしのみず」など、今これだけのタイトルが思い出されることに自分で驚いています。
数年間、上記のような不思議な雰囲気の作品を上梓したあと岡田史子の名はふっつりと漫画界から消えてしまいました。
次にその名を目にしたのは単行本を偶然見つけたとき。まさに"まぼろしの一冊"と思いしっかと手に握りしめてレジに走りました。それがこの写真の「ガラス玉」です。
あとがきに萩尾望都さんが「北海道は一人の天才を秘めている」(なんだかこういう言い方でしたが)といみじくも語っているように、萩尾さんも岡田さんと同世代で多大な影響を受けたということでした。
あちらの糸とこちらの糸が思いもかけないところで繋がったという気持ちがしました。
その後続いて2冊の単行本が刊行されて──岡田史子の名は永久に漫画界から消えました。

次に名前を見たのが死亡欄だった・・・・年月の経つの速さに驚くと共に、時間がいくら経過しても色褪せない作品のすばらしさを改めて思い出しています。
明日しまってある"COM"を引っ張り出してきて、この数少なく、しかし凡百の作家が量産する何十という作品にも優るとも劣らない岡田史子作品を改めてさがしてみるつもりです。

クリスマスの思い出

Capote前項のポーラー・イクスプレスのエントリーにも書きましたが、クリスマス・シーズンになると読み返したくなる本いくつかあります。
でもクリスマスと言えば定番のC・ディケンズのクリスマスキャロルはちょいと古くさいし教訓調で好みではありません。
そこでお薦めは、トルーマン・カポーティの短編、「クリスマスの思い出」です。
孤児となった「ぼく」が親戚をたらい回しにされて行き着いて先が60才を越えた老嬢の従姉のところ。「ぼくの一番の友だち」と呼ばれる老嬢と7才の僕、それに犬の二人と一匹だけのひっそりとした暮らしが綴られます。身なりに頓着せず子供の様な純真さを止めた老嬢とぼくは一年中節約に節約をして小銭を貯めます。例外は土曜日に映画を見に行く小銭をもらうことだけ。老嬢は決して一緒に行こうとせず、ぼくに見てきた筋を話して貰うほうを好みます。そして倹約して貯めたお金でクリスマスシーズンになると材料を買い込んでたくさんのフルーツケーキを焼きます。人生の小道を横切った縁ある人々、そして必ず一つを大統領におくるナイーブな心の持ち主です。
二人で森へ出かけ見事な樅の木を切り出します。やっとの思いで引きずって帰ったツリーを飾るのは手製のオーナメントです。お金がないから日本製の飾りが買えない……というくだりもあります。お互いに何か素敵なものをあげたいと思いながら(お金が無く)プレゼントに手作りの凧を交換することになります。この質素でささやかな素朴なクリスマスの楽しみも長くは続きません。二人は別れてその後二度と会うことはないのです。最後のクリスマスの様子が清冽で端正な文章で綴られていきます。読む者の心まで洗われるようです。

Christmas_yamagishi2ここにあげたのは、このカポーティの小説を元に山岸涼子が漫画化した「クリスマス」。この画像はその短編が載っているコミックの表紙です。
実際この表紙が「クリスマス」の扉だったのですが、タイトルだけ短編集用に変えられて使われています。読んだのは原作よりこちらが先。それまで少女漫画といえば特定のものしかよんでなかったのに、偶然店頭で立ち読みして、引き込まれてしまったのがこの短編。その場で買いました、もちろん。
なんとしみじみとした物語だろうと思っていましたが最後のコマに"A Christmas Memory Truman Capote"と小さく入っていることで、やっと原作はあの"ティファニーで昼食を"で有名なカポーティだと知りました。
お涼さまの作品も原作に負けず劣らず素晴らしい(ある意味最高傑作ではないかと思えるほど)心に残る作品です。老嬢、ミス・スックの童女のような無垢さ、人の心の交流、生あるものへの慈しみが余すところなく書かれていて、それだけに最後の空に二つ弧凧がのぼっている澄み切った喪失感は忘れることができません。

原作、漫画ともに素直に感動を語れる二つのクリスマス物語です。

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