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火星の人

Martian
最近二度繰り返して読む本はほとんどないのですが、この本は昨年、今年と二度読んだ稀有な例です。
理由は単純、ただ面白い―――これぞ究極のハードSFかもしれません。

火星探査第三次ミッション隊が強烈な砂嵐に見舞われて開始後6日で火星から撤退を余儀なくされます。退避行動の中で運悪く折れたアンテナに直撃されたマーク・ワトニー、生体モニターがフラットになったのを知った他の乗員たちは離脱不能になる限界までワトニーを探すものの、やむなくマークを残して火星を去ります。
ところがどっこいワトニーは偶然が重なって奇跡的に生存していた、ここから物語は始まります。

すでに映画化され先週から公開されているのでストーリーをご存じの方も多いと思います。かなり原作に忠実な映画化で成功作だと思いますが。
そこで、もし映画を見られて予告で煽られた深刻さがなくて物足りなかったり、こんなおちゃらけ……と感じられた方がいたら(確かにゼロ・グラビティ的な生還劇ではなかったので。というのもゼロ・グラは1、2分を争う生死をかけた挑戦で緊張感も半端じゃなかったのに対して、こちらは年単位のサバイバル、長期戦のうちにさまざまな困難を解決していくわけですから)ですから改めて言いたいです、どうぞ原作を読んで楽しんでくださいと。

語り口が一人称のログの形をとっていること、とても計算されたスタイルです。あくまでも読まれることは期待しないが(それでもいつか読まれるかもしれないという期待の元に)書かれた記録、という体裁なのでマーク・ワトニーの行った脚色が見られるという面白みがあります。(おそらくあまり情けない惨めなぐちを吐く自分の姿を見せたくないというような?)

酸素、水、食料すべて生存に不可欠な物資の不足をいかに解決するか、から始まって持てる知識の動員、手持ちのアイテムの(予想もつかないような)活用、その詳細を逐一記録。
そこにはご都合主義のラッキーなめっけものもないし、もちろん宇宙人の襲撃や都合よく他の国からの火星探索機が来ることもありません。
本来ならこれ以上ないくらいに事態は深刻、どう転んでも近々の死を免れない現実にマークの気力は萎え孤独と失意と絶望の負のスパイラルが延々と続いても仕方がないのですが、それを敢えてカットしたところがすごい!
おそらく記録に残さないところでそのような事態に陥る機会や危険性を描くという選択もあったのでしょうが、そこは読者の想像に任せるという姿勢が爽快です。

限りなく深刻になる代わりに読者はマークの技術者魂ともいうべき、目先の問題を一つずつ解決していく(つぶしていくともいう)バイタリティに喝采し、事態の悪化のどん底にいてもそれすら笑い飛ばそうという生命力に共感を覚えて惜しみない声援を送ります。成功に"Yes!"と飛び上がって喜び、失敗に素直に落ち込む(他人の目がないからね!私たちの忘れてしまった子供の純真さですw)様子がなんともほほえましいのです。

読み進めていくと、一難去ってまた一難的に次々とマークに襲い掛かる困難(大厄災というよりも、この流れで行けばおそらくこういう不具合が出るかも……というような、しかし解決なしには次へ進めない)にマークは絶対に転んでも負けないで何か対処法を見つけて生き抜く、そして脱出をやり遂げるという確信を持ち話の展開を心待ちにします。
問題の解決法にしても、突拍子もない思い付きではなく、いわばアポロ13式限られた手持ちのアイテムをいかに有効利用するか、そのプロセスを非理工学系の読者にも想像できるように現実に即しての展開、それも入念な実験とテストの末の運用など、そのまま現実に適用できるように感じてしまいます。マークの孤立奮闘のログに並行して地球サイドのNASAとマークを(結果的には)置き去りにしたクルーの地球へ帰還する宇宙船のプロットが絡みます。どのグループの描写も必要以上に重くならない、マークのシークエンスにうまく対比するような軽妙さがあります。
それぞれにマークの生還に向けて力を尽くす、また尽くしきれないところが丁寧に描かれます。

某国の(別にネタバレしてもいいんですけどw)推進ロケットを利用させてもらうアイディアにしても(そっちのマーケットを狙ったの?)笑えるし、最近よく話題に上るフライ・バイ航法をちゃっかり取り入れるところも冴えています。

パス・ファインダーのプログラムを修正して初めてNASAとテキストで通信できるようになったとき、「きみの発言は全世界に公開されているから言葉に気をつけて」といわれて、そうかい、そうかい、それじゃとばかりに卑猥語を打つ、あっぱれ反骨精神など惜しみなくちりばめられているマークのユーモアも、裏返せばマークの科学者としての自分を含めたものを客観的に見ることのできる能力に他ならないということなのです。こうやって数え上げていくと、結局この本は「面白い」という一言に収束していくようです。ぜひとも一読をお勧めしたい本です。

先週公開されたリドリー・スコット監督、マット・デイモン主演の「火星の人」(公開タイトルは「オデッセイ」)を見に行きました。長い原作なのでカットされたディテールが惜しまれますが概ね原作のテイストは保たれていたと感じました。何よりも深刻でなく、しかも見終わって爽快。ただし原作はもっと効果的なところで終っていました。映画ではさすがにあそこでエンドマークでは、まるでTV放映の映画がプッツン切れで終ってCMが始まるような気分的消化不良になるかもしれませんが、どうしても原作から入った者にとっては後日談は付け足しにしか思えないのです。
そういうところが小説と映画のクライマックスへの導き方の違いかもしれないですね。

有人火星飛行も現実味を帯びてきた最近、これはSF にしてSF に非ずなのかもしれません、うん、実際にあり得る話ですね。