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〇〇クラス会

ほんとうは暑かった北欧 6を書くのを先送りして今日のクラス会のお話をば。写真は会場のレストラン、古い蔵の内部を改装してあります。梁とか柱などは保存されていて古新しい落ち着いた雰囲気です。

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高校のクラス会がありました。
地元組の一人として幹事さんのお手伝いなどを少しいたしました。
タイトルの〇〇には、例えば「喜寿」とか「卒寿」とかに類した言葉が入ります。はっきり書けって? いや、どうも面はゆくって。堪忍してください。
さて、高校時代は3年間同じクラスでした。今では専科コースというのは珍しくないのかもしれませんが、わたしたちが高校入学する年に初めて「理数科」なるものが県内3校に新設されて、わたしたちは「晴れある」一期生となったのでした。
海の物とも山の物ともわからない新設科に、あるいは中学の教師にレベルが高いから行ってみろと言われたり、あるいは県庁所在地の市にある高校まで電車通学をするのを厭って、あるいはただ何となく受験してみて……
要するに誰もどんなものかよくわかってなかったってことですかね。

当時にしてみれば結構な倍率を勝ち抜いてできた理数科1年11組ですが、そうそう、当時はマンモス校で普通科が10組もあったんですよ!、蓋を開けたら女子はわたしを入れて6名、あとはほとんどが見知らぬ男子ばっかり。クラスが学生服で黒かった。体育などは他の女子クラスに混ぜてもらって肩身の狭い思いでした。
なにやかやでうちのクラス、個性派が集まったことは確か。だからまとまりがつかない、校内行事の合唱コンクールとか体育祭の応援とか……強い団結を見せて真価を発揮したのはようやく3年になってからでした。でもその結束力たるや、今でも覚えています、3年の体育祭では応援1位、飾り物1位、得点1位で総合優勝を勝ち取ったのですから。

担任の先生も3年間持ち上がりでした。理数系であるのに英語の先生で、これまた謹厳実直を絵にかいたような先生でした。この先生が教えてくれたのは単に教科としての英語だけではなかったように思います。先生が惚れこんでいた当時廃版になっていた教科書を出版元に掛け合ってクラス全員分を確保して、それで補習授業をしたり、英語から離れて蕪村や芭蕉の俳句の話をしてくれたり、ある意味余裕のある教育を授けてくれたのだと今になって感じます。
余談ながらわたしはいまでも3年の夏に授業で読んだキャサリン・マンスフィールドの短編が大好きで、ときおり読み返したりしています。
高校3年と言えば否応なしに来るのは大学入試。避けて通れない関門。しかしこれもわがクラスの面々は難なくクリアして、うちの高校始まって以来の好成績を収めました。
卒業、就職と全国に散らばったクラスメイトたち。

今日は43名のうち20名が集まり(うち女子2人)古い蔵を改装したこじゃれたイタリアン・レストランを貸切で、よくもしゃべった、食べた、飲んだ。。。
懐古的になるよりも近況報告や今後の設計の方に話は弾みました。幹事さんの奔走のおかげでなつかしい写真のスライドショーや、出席できなかった人からのメッセージや近況写真をプロジェクターで見たり。
ほとんどが二次会へ流れてカラオケへ移動しました。さらに2時間懐メロ、アニソン、フォークに演歌、ニュー・ミュージック、自分のレパートリーの貧困さにがっくり。

延々6時間に及ぶクラス会、お時間ですの声に後ろ髪をひかれながら、みな三々五々、振り出した雨の中、自分の生活の中に戻っていきました。
昔の友達というのはいいものです。何年たっても顔を合わせて言葉を交わせばあっという間に高校時代と同じ感覚に戻ってしまいます。現在の仕事や社会的な地位や経済的な状況の差はあるにしても表面には現れてこない、そう思っているのはわたしだけ? おめでたいのかもしれないけれど、少なくてもわたしはそういう感触を持ちました。そうじゃなければクラス会は楽しくないしね。

節目の5年後なんて悠長なことを言わずに来年も再来年も、機会を作ってみんなの顔を見たいものです。

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