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ほんとうは暑かった北欧 7

5日目、夜明けです。
ガイランゲル・フィヨルドの最奥に位置する小さな村ガイランゲル。ホテルの背後にそびえる1500メートルに及ぶ高い山越しに正面のフィヨルドの崖の頂に最初の朝日が当たりました。

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さっそく散歩に出かけました。日の射す山頂は朝なのに山蔭はまだ暮明。前夜は11時過ぎまで明るくて、大勢の人が外で夏の夜を過ごしていたせいか、早朝は辺りはひっそり静まりかえっていました。外海から1000km以上離れているというのに目の前に広がる水面は海。潮の香りもします。
ホテルの前の船着き場にフェリーが入ってきました。水深があるのでかなり大型のフェリーも内陸まで進入することができます。ときには大型のクルーズ船が直接入ってくることもあるそうです。
わたしたちが乗ったのはいわゆる定期フェリー、ガイランゲルからヘレシルトまで約一時間のクルーズです。フェリーにはバスも乗用車もみんな載せていきます。

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好天に恵まれてデッキに椅子を据えて景色を楽しみながらゆっくり進みます。 出発してすぐに見えた人家。九十九折の道をたどって山頂へ登っていきます。フィヨルドの山地での暮らしはどう見ても大変そうです。フィヨルドを越してかけた橋はなくどこへ行くにも岸に沿ってうねうねと曲がりくねった道をたどるか、または岸辺へ下りて船で移動するか、そのどちらかです。

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七人姉妹(Seven Sisters)と呼ばれる滝。降雪量、天候によって幾筋滝ができるか変わるそうですが、七本の白く細い女性的な滝が山頂から海面まで流れ落ちています。

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左岸右岸にたくさんの滝が見えます。すべて雪解け水。高い山頂から水面まで幾重にも折れ曲がって注いでいます。この滝は特に大きい。どうどうと流れ落ちる水量の豊かさにほうっと見入ってしまいました。

左右にそびえる1000メートル級の山々と、その間にひっそりと息づく濃紺の海。いつ果てるともしれない海と山と緑と滝の中を進んでいると、こういう景色を常に見ていた人々が、この地に神々が宿ると信じたのも宜なるかな……と思ってしまいます。

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フィヨルドは幾筋も枝分かれして内陸へ内陸へと侵攻していくようです。こちらをたどればまた違った景色が展開するかも。ここに留まって支流を探索したい、そんな気にさせられます。

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約一時間の穏やかなクルーズを終えてヘレシルトという港へ到着。港からほんの5分ほどの町の中にこれまた驚くほど水量の多い滝がありました。

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ヘレシルトからバスでノール・フィヨルド沿いにストリーンという町を通ってヨーロッパ最大級の氷河が見えるところへ進みました。
途中立ち寄ったインフォメーションにあった案内地図。こんなふうにフィヨルド沿いに道がうねうねと続いています。

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500km近いヨステダール氷河の支流、ボイエ氷河が見えています。氷河は本当に青かった! 今までTV番組などで氷河は青いと聞いていても本気にしていなかった私ですが(山の残雪と同じだと思っていました)、認識を新たに。
氷河と残雪がいっしょに見える位置に来るとその差がはっきりします。圧雪状態になって氷河ができると屈折率が違うのか、蒼い!
夏で溶けだして汚れて見えますが、少しは青味がかって見えるでしょう?

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氷河は毎年2mの速さで後退しているとか。広がるのは解けた水が作った氷河湖。まさに天然のクーラー、ひんやり。ここまで登ってきた汗を瞬時に吹き飛ばしてくれるほどの涼風。湖底には小さな花崗岩がたくさんあり、2,3個ポケットに忍ばせて帰ってきました。

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ボイエ氷河を後にするとそこはもう最大のフィヨルド、ソグネ・フィヨルド地区に入ります。翌日は2時間40分のクルーズが待っています。

ほんとうは暑かった北欧 6

4日目です。オスロから高地を横切りリリハンメルを通ってフィヨルド地方へ移動しました。

途中で寄ったドライブインで。何となく嬉しくなって撮影<あほ

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リリハンメル、小さいハマー(地名)という意味らしい。1994年冬季オリンピックの開催地です。遠くにラージヒルとノーマルヒルのジャンプ台が見えますがあまりの晴天のために白っぽく光っています。

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こう書いてないと忘れられてしまうかも。フィギュアスケート女子でナンシー・ケリガンとトーニャ・ハーディングの確執、襲撃疑惑と靴紐事件、そんなことがありましたね。

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ロムのスターヴヒルケ、11から12世紀にかけて建てられた木造の独特なスタイルの教会。往時は1000棟もあったらしいのですが現存するのはわずかに28棟。どこかヴァイキング船を思わせる外観も面白いけれど内部は意外に狭く木造家屋は見慣れているはずなのにとてもエキゾチックに感じてしまう。祭壇部はやはり教会。天井や壁にブリミティブな絵が描かれていて見ていても飽きません。用材はマツが多いとか。松脂を保存性を高めたらしいです。
この教会ではないのですが、別のスターヴ教会が「アナと雪の女王」の宮殿のデザインのモデルになったとか。

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内部。下がっている燭台も木製

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周囲には墓地があって北国らしく小さい墓石が並び、教会を取り巻く木立を通り抜ける風がざわざわと音を立てていました。

山岳地帯入り、高地に残雪が見え、雪解け水が流れ込む水量が豊かな川が右に左に見えてきました。P1180244s

台地には湖も。岩山のなだらかさが山が経てきた年月の長さを物語るようです。

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そして最高地を越えて今度は一気に下降です。かなりの急勾配、道はくの字に何度も曲がりながら初めてフィヨルドが見える地点へ下りてきました。

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ガイランゲル・フィヨルドが一望できる最高の場所というフリーダールスユーヴェット展望台から。舌をかみそうな名前だしこれから発音することもない固有名詞なのだけれどこれも思い出の一端ということで。展望台と言っても大きな石があるだけ。そこへ登ってなるべく先端へ行って撮影です。足元注意。

ホテルはガイランゲル・フィヨルドの一番奥まったところ。目の前は波止場です。ホテルの部屋から暮れていくフィヨルドの景観を飽かず眺めました。P1180326s

空いっぱいに広がったうろこ状の雲。これで夜9時ごろ。P1180331sjpg

太陽が沈んでも辺りはずっと明るく、やがて雲の縁が赤みを帯びてきて一日の終わりを告げました。

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11時過ぎてもまだ薄明るいのでカーテンを閉めて眠ることにしました……でも暑くて結局カーテン開けましたけど。
翌日はいよいよフィヨルドを船で下ります。お天気がいいことを請け合ってくれる夕焼け空でした。

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〇〇クラス会

ほんとうは暑かった北欧 6を書くのを先送りして今日のクラス会のお話をば。写真は会場のレストラン、古い蔵の内部を改装してあります。梁とか柱などは保存されていて古新しい落ち着いた雰囲気です。

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高校のクラス会がありました。
地元組の一人として幹事さんのお手伝いなどを少しいたしました。
タイトルの〇〇には、例えば「喜寿」とか「卒寿」とかに類した言葉が入ります。はっきり書けって? いや、どうも面はゆくって。堪忍してください。
さて、高校時代は3年間同じクラスでした。今では専科コースというのは珍しくないのかもしれませんが、わたしたちが高校入学する年に初めて「理数科」なるものが県内3校に新設されて、わたしたちは「晴れある」一期生となったのでした。
海の物とも山の物ともわからない新設科に、あるいは中学の教師にレベルが高いから行ってみろと言われたり、あるいは県庁所在地の市にある高校まで電車通学をするのを厭って、あるいはただ何となく受験してみて……
要するに誰もどんなものかよくわかってなかったってことですかね。

当時にしてみれば結構な倍率を勝ち抜いてできた理数科1年11組ですが、そうそう、当時はマンモス校で普通科が10組もあったんですよ!、蓋を開けたら女子はわたしを入れて6名、あとはほとんどが見知らぬ男子ばっかり。クラスが学生服で黒かった。体育などは他の女子クラスに混ぜてもらって肩身の狭い思いでした。
なにやかやでうちのクラス、個性派が集まったことは確か。だからまとまりがつかない、校内行事の合唱コンクールとか体育祭の応援とか……強い団結を見せて真価を発揮したのはようやく3年になってからでした。でもその結束力たるや、今でも覚えています、3年の体育祭では応援1位、飾り物1位、得点1位で総合優勝を勝ち取ったのですから。

担任の先生も3年間持ち上がりでした。理数系であるのに英語の先生で、これまた謹厳実直を絵にかいたような先生でした。この先生が教えてくれたのは単に教科としての英語だけではなかったように思います。先生が惚れこんでいた当時廃版になっていた教科書を出版元に掛け合ってクラス全員分を確保して、それで補習授業をしたり、英語から離れて蕪村や芭蕉の俳句の話をしてくれたり、ある意味余裕のある教育を授けてくれたのだと今になって感じます。
余談ながらわたしはいまでも3年の夏に授業で読んだキャサリン・マンスフィールドの短編が大好きで、ときおり読み返したりしています。
高校3年と言えば否応なしに来るのは大学入試。避けて通れない関門。しかしこれもわがクラスの面々は難なくクリアして、うちの高校始まって以来の好成績を収めました。
卒業、就職と全国に散らばったクラスメイトたち。

今日は43名のうち20名が集まり(うち女子2人)古い蔵を改装したこじゃれたイタリアン・レストランを貸切で、よくもしゃべった、食べた、飲んだ。。。
懐古的になるよりも近況報告や今後の設計の方に話は弾みました。幹事さんの奔走のおかげでなつかしい写真のスライドショーや、出席できなかった人からのメッセージや近況写真をプロジェクターで見たり。
ほとんどが二次会へ流れてカラオケへ移動しました。さらに2時間懐メロ、アニソン、フォークに演歌、ニュー・ミュージック、自分のレパートリーの貧困さにがっくり。

延々6時間に及ぶクラス会、お時間ですの声に後ろ髪をひかれながら、みな三々五々、振り出した雨の中、自分の生活の中に戻っていきました。
昔の友達というのはいいものです。何年たっても顔を合わせて言葉を交わせばあっという間に高校時代と同じ感覚に戻ってしまいます。現在の仕事や社会的な地位や経済的な状況の差はあるにしても表面には現れてこない、そう思っているのはわたしだけ? おめでたいのかもしれないけれど、少なくてもわたしはそういう感触を持ちました。そうじゃなければクラス会は楽しくないしね。

節目の5年後なんて悠長なことを言わずに来年も再来年も、機会を作ってみんなの顔を見たいものです。

ほんとうは暑かった北欧 5

ちょっと気分を変えて今日は写真は抜きで行きます。

タイトルにもあるように「北欧」は暑かった……実質30℃くらいだったのですが、いかんせんホテルにエアコンがない!
寒さ対策は十分なのに暑さに弱いというのは寒冷地にはよくあること。札幌のホテルにも最近までエアコン(クーラー)のないところも多かったとか。
さもありなんというのは容易いけれどそれを体験するのはまた別問題です。暑いうえに開口部が小さくて窓が少ししか開かない、しかも西からは8時9時になっても陽が照りつける、もう寝られません。
毎晩関空でいただいてきた化粧品プロモのうちわで扇ぎながらベッドの上掛けを蹴っ飛ばし、浅い眠りにやっとついたと思うともう空は白々と明け始めます。車の中はエアコンが効いているのでみんな寝る寝る……これまたもったいない話です、だって移りゆく景色がすばらしいのですから。

物価が高いという話も何度も書きました。いや、もうあきれるくらいに高いのです。500mlのペットボトルの水が400円、こっちのスーパーの特売で68円でっせ!
ケチケチしたくはないのですが、いちいち換算して驚いて結局買わない、そんな癖がついてしまいました。
ところで現地の人はどうやって生活しているんでしょうか。聞いた説明では、男性の平均月収が60万、女性が40万だそうです。課税は総合税で収入の40%、これまた結構な高額です。もちろん社会保障の行き届いた国ですから教育費や医療費の心配はないとしても生活費が恐ろしく高くなるのは想像できます。
訪れたのはちょうどバカンスのシーズンが始まったところ。民間企業では1カ月の夏季休暇を取らないといけない(!)そうで休暇をとれる人は家族でキャンパーに乗って長期キャンプに出かけます。クルーザーに乗って海へ出る人も多いとか。
街にも海辺にも山間地の湖にも、とにかくバカンス中の人が多い、特に陽射しの強い海辺ではみんな素肌を太陽にさらして日焼け増進中。痛々しいほど真っ赤になっている人を何人も目にしました。
反対に自分たちはというと、帽子にサングラス、さらに日傘をさす人あり、日焼け防止のアームカバーをつけて、首には巻物。きっと現地の人から見ると奇怪な姿なのでしょうね。せっかくの夏の光を避けるなんて。

オスロは目下いたるところで建設ラッシュの状態です。フィヨルド・シティという市街の再開発が進んでいて市街地のオペラハウス周辺でも新しいビルが林立、建設中も多く、道路の拡張や何の工事かわからないけれどとにかくいたるところで工事中。
バカンスの期間中でも海外から来た出稼ぎ労働者の人たちが仕事に従事しているとか。建設工事労働者の最低賃金時給が4900円というからこれまたびっくりです。

どの国に寄らず、生活をしていくというのは大変なことです。外から結構に見えても実際に生活するうえでは様々な苦労があります。ほんの数日の滞在でも日本との違いと、苦労という点では変わりがないということがわかったのも一つの収穫でした。

ほんとうは暑かった北欧 4

3日目続きです。
ノルウェーの首都オスロはオスロ・フィヨルドに面し残りの三方を山に囲まれた美しい都市です。
大聖堂を横に見ながら、まず訪れたのは国立美術館。

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2階の絵画展示室の中にエドヴァルド・ムンクの作品を集めた特別室があります。「叫び」「マドンナ」「思春期」「病める子供」「生命のダンス」「メランコリー」etc。名作を間近にゆっくりと見ることができて感動ものです。でもさすがにここは撮影禁止です。それ以外はフラッシュをたかなければ撮影OK。

フランス近代絵画の名作が目白押しです。モネ、ドガ、セザンヌ、ゴーギャン、ピカソ。

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正面の絵はエル・グレコ。

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小部屋で見つけたドイツ表現派のカスパル・ダビッド・フリードリヒ、とても嬉しかった。

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ノルウェーの新ロマン派の画家、ハラルド・ソールベリの代表作3点。静謐な中に力強さを感じる中央の絵にはたくさんの人が集まっていました。

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町中で見た噴水、暑いのでつい水に手が……

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港の第2埠頭の奥にある新しいオペラハウス。2008年に莫大な費用をかけて完成したばかりで、外壁をすべてイタリア産の白大理石で葺いてある白亜の殿堂です。巨大なガラスのファサードはソーラーパネルの機能を持っています。折からの強い陽射しに目もくらむばかりにまばゆく映ります。側面から

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しかもこの建物、外面を登ることができます。上まで行って戻るのに10分くらい。ここまで来たら登らないわけにはいかないよね。立ち止まって下を見ると

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側面から海を見るとそこには氷河の先端が落ちて流れたイメージで作られたクリスタルが。

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こちらは登り口を見下ろしたところP1180017s

下から逆に上を見るとこんな感じになります。

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ふうふう言いながら中へ入ります。オペラはやっていないので劇場へは入れませんがホワイエには最上階まで伸び上がる大きな木のオブジェが。やはり容赦ない陽光にぎらぎらと光っています。ここには冷房が入ってました!

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ムンクが歩いていて夕暮れの赤い空と暗いフィヨルドに強い不安を覚えた、それが「叫び」を描くインスピレーションになったという、その場所へ行きました。市南東のエケベルクという地区にある高台です。ただしあっけらかんと明るい夏空の下、木々が緑に茂っていてあの狂気に満ちた陰鬱さを連想させるものは何もありません。
眼下のフィヨルド沿いにオペラハウスや斬新なビル群が見えます。

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この丘には銘板もあって、ここでムンクが叫びの元になった景色を見た、しかし描かれたのはベルリンでここではない、という旨のおことわりが書いてありました。

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翌日はリリハンメルを通ってゲイランゲル・フィヨルドまで移動します。

ほんとうは暑かった北欧 3

3日目です。早朝ストックホルムから国際列車でオスロに向かいます。

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昨日見た市庁舎の塔。ストックホルム中央駅はすぐそばです。市庁舎、駅、王宮などの有名な建物がそれこそ歩ける距離の中にコンパクトに集まっています。これって旅行者にとってはありがたいことです。

中央駅。正面から入った所にある1階とB1階の間の吹き抜け。周囲の金属のオブジェがおもしろい。スウェーデンの自然の動物や伝統的な民族をモチーフにしてあります。

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小さな待合室にあった木のベンチ。機能的でスタイリッシュ。この背後にはシダや観葉植物が植えこまれた緑の壁があります。

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地下1階にあったコンビニのお菓子。画像を小さくしたので見づらいですが、この手のスナックが軒並み29・95SEK(1クローナ=おおよそ20円)つまり600円しています! これでなんでも簡単に買えないという意味がわかってもらえるでしょうか。

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40分余の待ち時間のあとプラットホームへ。改札も何もありません。向かいのホームにコペンハーゲン行の列車が入ってきました。大陸と陸続きのこの国では国際列車が当たり前なのですね。列車に乗ったまま国境を越えていくという実感が持てない島国の人間でした。

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列車に乗り込みます。最新式というより、どこかレトロな味わいがあります。天井に木のパネルが。温かみがありますね。向かい合わせの席の間にはかなり広いテーブルがあります。便利です。

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ストックホルムからオスロまで約6時間の行程。列車は田園地帯を抜けて木立の中、畑の中を急がずゆっくり走ります。途中の停車駅の写真をいくつか。

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家が一軒もない田園や林の中を進み、川を見、湖のほとりを走り、一息行くとまた人家が見え出して徐々に集落になり、小さな町が現れます。そして列車は駅に停車。降りる人乗り込む人、ビジネスらしい人は見当たらずのんびりしています。

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もうすぐ行くとスウェーデンとノルウェーの国境の記念碑がありますよ、と説明を受けて待ちかまえていましたがあっという間に通過。ケルンみたいな塔が立っていました。わたしたちは物珍しく騒いで写真を撮ろうとしていましたが、ローカルの人はむしろそんなわたしたちの姿を面白がっているようでした。国境がどうしたって?ん? てなかんじ。

やっと到着しました。オスロ中央駅。

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駅中のスタンド。やはりここは都会ですね。何となくほっとする変な気分。

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正面を出たところにあった不思議なオブジェ。こんなものまですてきに見えてしまう。相変わらず晴天で容赦なく日光と紫外線が降り注ぎます。当地の人々はノースリーブにタンクトップ、短パンと真夏の装い。それに比べて長袖なんか着ているわたしたちの場違いなこと。せめて日焼け対策じゃ、と開き直ったりしてみますが、やっぱり暑い。

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到着後まず国立美術館へ。E・ムンクの「叫び」をはじめとして近代絵画の名品が数多く収蔵されています。しかもフラッシュ無しなら絵画も撮影可ですから、うれしいこと!
美術館とオペラ座の話は次回に!

ほんとうは暑かった北欧 2

2日目です。
スウェーデンの首都、ストックホルム到着は午後2時過ぎ。

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空港の様子はドーハとは全く違う趣です。スゥエーデンの有名な人々のポートレートが出迎えます。知る人も知らない人も。中には、この人ってスウェーデン人だったんだと気がつく人も。

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空港の床、ふんだんに使われている大理石の中にはでっかい古生物の化石があります。

一歩外へ出ると陽射しの強烈さに目がくらみました。日本の猛暑の強烈さとは根本的に違う強さ。直に紫外線がガンと降り注いでいる感じと言ったらいいでしょうか。空気自体の暑さは感じません。多分湿度が低いせい。だからすべての物の姿がくっきり、隅々までぼやけることなく目に飛び込んできます。
そして……暑かった!
出発前に服装に迷った時、基本長袖でと言われたのを真に受けてしまいました。ちゃんと週間予報で北欧諸都市の気温を調べておいたのに(確かに25℃以上の予報が出てましたけど)きっと涼しいんだろうとひとり合点して、それほど暑さ対策の服を持ってきていません。
それがつくなりこの晴天、要るのは帽子と日焼け止めと半袖Tシャツでした!
救いは日陰に入るとすっと涼しくなること。これも湿度が低いせいです。

まず誰もが訪れるストックホルム市庁舎。毎年ノーベル賞の授賞式が(平和賞だけオスロですが)行われるところです。

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対岸の島を望む1枚。ストックホルムは大小14の島からなる都市だといいますが、感覚的には大きな川が何本も流れているようなかんじです。

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工事中の裏口にある鉄門扉ユニークなおさかなたち。

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市庁舎から旧市街ガムラ・スタンへ。王宮、大聖堂など外から眺めながら大広場へ出ます。

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商店の立ち並ぶかわいらしい広場ですが16世紀には大規模な処刑が行われて血に染まったといういわくがあります。もちろん今はさまざまな店と観光客で大賑わいです。
目を引くのは"ダーラナ・ホース"という民芸品の馬。赤が主流だと思っていましたがさまざまな色があるんですね。

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手彫りで細かく絵付けしてあるのが欲しかったけれどあまりのお値段に(手のひらに乗るようなのが9000円!)ビビってしまいました。もちろんお手頃価格もたくさんあります。思い出写真に1枚。
他にもヘラジカのユーモラスなモチーフのグッズがいっぱい。

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ちょっと素敵なものがたくさんあったお店。

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ぶらつきながら数枚のカード、ポストカード、ペーパーナプキンなど買いこんで、何ということない結局またまた紙物ばかりでした。

時刻はとっくに5時すぎなのにまだまだ太陽は沈む気配を見せず人の流れも絶えません。

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街を一望できるフィヤールガータン展望台から。少し風が出てきて涼しさが増して心地よくなってきました。明日はスウェーデンを離れてノルウェーに向かうと思うと、あと少しこの地にとどまってもっとこの地を知りたいという気持ちが強まってきました。

この町のどこかに高校時代の仲良しだった友人が住んでいるはず。此方の人と結婚してから連絡が取れなくなって、幾度かご実家に問い合わせたりしたり、大学の卒業生年鑑を調べたりしたものの結局詳細はわからず、帰国したときにもわずかの差で会えなかったりして、やるせない思いが募ります。
この町のどこかで元気にやっているのだろうと、せめて同じ空気を味わっているのを慰めに、この美しい風景を目に焼き付けておこうと思いました。

次の街はオスロです!

ほんとうは暑かった北欧

17日から26日までスゥエーデン、ノルウェー、デンマークの3国を訪れました。
北欧とひとことにまとめてしまっていいのかどうかわかりませんが(反対にあちらの人がアジア3国として日本、韓国、中国をひとまとめにしてしまったら……くわばら)、当地の情勢に無知な極東アジアの人間としては、申し訳なく思いながらも大まかにスカンジナビア3国と呼ばせてもらいましょう。
ええっと、フィンランドに行ったのは2004年、なんともう10年前になります。あの頃もユーロが高かった、確か147円くらいで1万円換えてもなんぼもなかったような……。
そこであっと思い当ったのは、今回の3国はどの国もユーロを採用していない国だということ!
それぞれの国独自のクローネという通貨で、おおよそ1Kが20円見当として計算、とにかく物価が高いからと経験者に脅かされました。
知らない国に行くのは単なるわくわく感でけではなく、ちょっとした緊張感もあります。通貨もその一つ。知らないお札、見慣れないコイン、それを手に持ち今からこれを使いこなすんだよ、と自分に言い聞かす。ちゃんと瞬時に換算して下手な買い物はしないように!と。

ともあれ、ながい旅行に見えてもトリック満載。第1日目はわずかに1時間で終ります。
そう、またもや南回り深夜便です。関空発23:05のカタール航空機で大阪から一路ドーハへ。はい、10時間ね。
このところ何度か使ったカタール航空、機体が古いせいか映画のラインナップがいまいちで字幕アラビア語なんていう笑い話もあったのですが、今回は違いました。液晶モニターも各自ついているし映画もにぎやか。
選んだのはまずダイバージェント。字幕なしですが原作を読んでいたのと、字幕なしでも理解できる内容でまずまず良好。これはもう劇場へ行かないで済むと納得。
次に見ていなかったホビット 竜に奪われた王国―――あかん、長くて途中で寝てしまいました。 まだらな記憶しかありません。

背中が痛くてそろそろ限界と思う頃にやっとドーハ到着。
ドーハというとたいてい現地時間早朝着、3時ころで辺りは真っ暗。今までの経験で言うとタラップが取り付けられて深夜の熱気の中平台のバスに乗って走り出したものの一向にターミナル・ビルにつかない、拉致られたんじゃないかと不安に思い出すころにやっと到着、しかも入国とトランジットは降りる個所が違う。ターミナル・ビルはいつも込み合っていてとにかくトランジットの人がごちゃごちゃしている。中東系の黒いイスラムのドレスを着たマダムが目立つ。3,4時間はざらという乗り継ぎ待ちに対して見るべきショップが少なくてしょぼい。とにかく座れる場所を探して歩きまわる……
実はこれを予想していたのに、今回はまったく違いました。機体が停止するなりパッセンジャーズ・ボーディング・ブリッジが接続されると出た先は目を丸くするほど巨大なターミナル・ビル。できてまだ一月ほどだと聞きましたが、大した規模です。さすが恐るべきオイル・マネーか。あの拉致を思わせる移動もなく直結。広いコンコースにはこれまたでっかい「クマ」? 待ち合わせのハチ公みたいな役割と見ましたが。
ショップは軒並みブランド店で冷やかす元気もありません。一通り回って分相応に(?)ハロッズに入って今度は本当のクマと写真撮ってきました。

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毎度のことながらこれからまだ一飛びあります。それも6、7時間。夜明けも遠く疲れがじわじわ出てきて気分が下向きになります。何とか次に飛行機を降りるときの高揚感に期待をかけながら、じりじりしか進まない時計を幾度も見て過ごした夜でした。
次の着陸地はストックホルム!