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10時59分発列車の暗殺者 3

Sherlock Holmes: The Rediscovered Railway Mysteries and Other Stories "The 10:59 Assassin"
承前



その2分後に大きな黒い蒸気機関車が列車を引いて重々しい音を立てながら構内に入ってきた。ミルトン・フレイザーはまっすぐ機関車の踏み板のところへ行って機関士と2,3言葉を交わすとプラットフォームの少し離れたところに立っていたホームズとわたしに手を振って万事良好と合図をした。
わたしたちはすぐさま列車に乗り込んだ。ホームズはまっすぐ3両目の2番目の個室へ行った。そこにはただひとり深夜の乗客がいた。年配の紳士でそばには一目で一般開業医のものとわかる往診鞄があった。
「おくつろぎのところお邪魔して申し訳ありませんが、」ホームズは声をかけて、事のあらましを話してから尋ねた。「昨夜もこの列車に乗っていらっしゃいましたか?」
「はい、居りましたとも」年配の男は答えた。「毎晩この列車を使っておりますよ。わたしはニューベリーで開業している医者で、自宅はロンドンにあります」
「昨夜もこの個室にいらっしゃったのですね?」
年配の医者は笑った。「ほっほ、人は習慣の動物というところでしょうか。毎晩同じ個室に乗りますわ」
「では昨夜この駅から乗ったと思われる若い人のことを覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんですとも。実のところその人はそこに掛けていたんですよ。わたしの向かいの窓際の席にね。感じのいい青年でしたよ」
「おおいによろしいです。では、駅を出て少し行くと列車はダーケル踏切でしばし停車します。そのときいつもと違うことに何かお気づきになられませんでしたか?」
「毎晩そこにとまりますが。ああ、そういえばありましたな。いつものように汽車が警笛を鳴らしました。下り列車が十分近づいて汽笛で応答するのを確かめるためですが、その時外に小さな光が見えたのを覚えています。でも全体が窓ガラスに反射しましたね」
「それを見た若い人の様子はどうでした?」
「わたしと同じようにわけがわからないといった様子でした。この辺りはよく知っているけれどその光がなんだか見当がつかないと言っていました」
「ありがとうございました、先生」ホームズは素早く列車から降りた。
「ワトソン、ぼくたちに残された時間は発車まであと3分、だがそれだけあれば十分だ」

フレイザー氏はプラットフォーム上でわたしたちを待っていた。
「お済みになられましたか?」
「最後に一つお聞きしたい、フレイザーさん。この列車は昨夜と同じ車両で同じ順に連結してありますか?」
「はい、そうそうは変わりません」
「では列車の向こう側を調べるために線路に出なくてはなりません」
「いや、それはどうですか、ホームズさん。下り列車が近づいています。危険すぎます」
「手早く済ませます」
それ以上の押し問答をせずにホームズはまた列車に乗ると個室を横切って線路側のドアを開けると下りの線路へと飛び降りた。まさにその時汽笛の音が聞こえた。
フレイザーが声を上げた。「大変だ、ワトソン先生、あれは下り列車が橋を渡っているとこです」
わたしは30秒ほど待った。しかし近づく汽車の轟音を耳にしてそれ以上待てなかった。わたしは大声で叫んだ。
「ホームズ! 頼む、早く戻るんだ!!」
その最後の言葉は雷鳴のようなとどろきを上げながら構内に滑り込み10時59分発列車の隣に高々とブレーキ音を立てて止まった機関車の音にかき消されてしまった。

10

その時わたしの頭に去来していたことは今も定かでない。その身の毛もよだつ一瞬、わたしの目にはホームズがついに戻らなかった空の個室が見えた。わたしは言い知れぬ不安の雲の中を漂っていた。
やがてホームズの頭が列車とプラットフォームの間からのぞいた。進入してくる列車を避けるために停車中の列車の下に潜り込んだのだった。
「ホームズ! 大丈夫か!?」
「この通りぴんぴんしてるよ、ワトソン」ホームズはプラットフォームによじ登った。
「特筆すべきは、やっと殺人犯の名を上げられるということだ」
ホームズはまだ震えのおさまらない駅長に向き直った。
「フレイザーさん、もう列車を出しても結構ですがいくつか条件があります。見たところこのストーヴィー駅には連結を外す施設はなさそうですね」
「確かに。ここには引き込み線がないので」
「ではお邪魔でもこの列車にロンドンまで一緒に乗っていって、到着後にあのお医者の紳士が乗っている客車を押収してパディントン駅に留め置くようにお願いしたい」
「なんとホームズさん! 先生が容疑者なので?」
「いやそうではありません、フレイザーさん。あえて言えばあの車両が容疑者なのです」

狼狽しつつも駅長は感心するほど沈着にホームズの言葉に従って、家族への伝言を残すと10時59分発列車―――それは一夜限りではあるが11時25分発列車となっていたのだが―――に乗り込んだ。そして列車はロンドンに向かって駅を出て行った。

「さてと、ホームズ。改めて言うまでもないと思うが、」とわたしは声をかけた。「いったいなにがどうなってるのかさっぱりわからん」
「まあ無理もなかろう、ワトソン。とにかく頭をひねるような事件だったからね」
「だが、いかにして客車車両が殺人事件の容疑者になれるのか、そこのところを説明してもらえるんだろうね」
「ホース・イン・カラーズ亭へもどったらすべてを説明しよう。だが、まずベス・ミラーをあのひどい拘置所から釈放させて自分の家で眠れるようにしてやらなければならない」

宿の心地よいバーに再び戻った時には夜中もかなりすぎていた。わたしはあの急ごしらえの留置所でホームズがベリー巡査に自分の推理を披露したところに同席はしなかったが、ホームズの説が巡査を納得させたことは明らかだった。とういうのも、ベス・ミラーは直ちに釈放されて今わたしたちと同じテーブルについているからであった。バーの大きなテーブルの前ではサミュエル・カーペンターがよかったよかったと何度も言いながら手持ちの特上のエールをわたしたちにふるまっている。
「それで、ホームズさん、一体誰だったんです? だれが殺したんです?」と、カーペンターは待ちきれない様子で尋ねた。
「それだがね、みんなが考えるほど簡単に答えられる質問じゃないんだよ」ホームズは言った。「端的に言ってしまえば、殺人犯はヘンリー・ウィークスだ」
「つまり自殺ってことか?」わたしは訊いた。
「それがね、ワトソン、なんと言葉を尽くそうがヘンリー・ウィークスが引き金を引いたときはジャック・カーペンターを殺そうという意図のもとだったのは間違いない」
テーブルを囲むカーペンター、ベス・ミラー、そしてわたしの全員がまったく同じわけがわからないといった顔付でホームズが説明を始めるのをまってまじまじと彼を見つめた。

「ヘンリー・ウィークスはジャックを殺そうとあの場所へ行った。列車があそこで一時停止するのを彼は知っていた。そこで窓越しにジャックを撃つつもりだった。ヘンリーにとってすべてが好都合に進んでいた。ジャックはストーヴィー側に座っていたので小径にいたヘンリーからはよく見えたことだろう。さて、ここからはわたしの推測なのだが、ウィークスは狙いをつけて引き金を引き絞ろうとしたまさにその時、汽車が汽笛を鳴らした。おそらく、音に驚いた馬が後ろ足で立ち上って銃尻を蹴ったのだ。前足の傷はその時についた。そして銃が発射した」
「そうか!」わたしは思わず言った。「車内の医者が言っていたあの光だな」
  「その通りさ。音の方は列車の汽笛に紛れてしまったんだろう。蹴られた結果、銃口が下がって狙いも低くなった。弾丸は客車の車輪に当たったんだ。ぼくはその時金属についた傷を今夜あれほど熱心に探していたんだ。弾丸は跳ね返ってヘンリー・ウィークスを直撃したというわけだ」
「だから客車の車輪が殺人犯だったんだな」わたしは納得がいった。
「さっきも言ったように、列車や弾や馬にも従犯として責任を転嫁することはできるかもしれない、すべてがヘンリーの死の原因になっているのだからね。だが実のところ、ヘンリー・ウィークスはまがうことなき詩的正義によって(悪行にふさわしい報いを受けて)うかつにも自分自身の殺人を犯すことになってしまったということだ」

11

翌朝ホームズとわたしは始発のロンドン行に乗った。ストーヴィー駅を出るとウィークスが孤独な死をむかえた現場を通りかかった。
「ホームズ、どうして真相に気がついたんだね?」わたしは訊いた。
「思うに、ワトソン、人の善良さがぼくを真相に導いたんだろう。推理したんじゃない。サミュエル・カーペンター、息子のジャック、ベス・ミラー、みんな善良な人だ。彼らに対するぼくの直観が正しければ殺人の容疑者とはなりえない人々だ。それにウィークスの頭の傷の具合はきみも気づいた通り自殺にしては浅すぎたが、近距離から直撃を受けただけの深さはあった。これらのことがひとつになって弾丸は跳ね返ったのかもしれないという疑いをぼくに持たせたのだ。そして列車を直接調べて確認ができたのさ」
「きみは傷についてまったく正確に把握していたな。あの哀れな男は即死したんじゃない、おそらく寒さの中で血を流しながら死をむかえるまでしばらく横たわっていたんだろう」
「そうだな、」ホームズは言った。「多分その暗澹としたわずかな時間は彼に自分のやり方が間違っていたと思い返すだけの猶予を与えたのかもしれないな」



これでBBCオーデイオブック、Sherlock Holmes: The Rediscovered Railway Mysteries and Other Stories 4エピソード終了です。スクリプトの書き起こしはこちらです。曖昧なところがまだ残っていますのでお気づきの点がありましたらお知らせください。

Comments

読みました。これで全部ですね、本当にありがとうございました!
今回の話は本当にホームズ物の一短編を読んでいるようでした。誰も殺人犯としてふさわしい人物がいない……「すべての仮説を並べ、出てきた答えがまるでありそうにないことでも、それが真実だ」(超うろ覚えw)という名言そのものなオチで、嬉しくなっちゃいますね。
欲を言えばどれももうちょっと長かったら……と思いましたが、オーディオ・ブックということもあり、長いとHelvaさんが大変になるwということもありで、ちょうど良かったのかも。

ストーリーを知った後でカンバーバッチさんの声で英語を聞くとちょっとだけ単語が聞き取れて嬉しいですね〜!

>onionさん

お付き合いありがとうございました。これでなかなか文字スクリプトがないと聞き取れないものでして、聞き取りがほぼできてから訳をつけて、全体に統一されているか読み返して……なんてしていますといたずらに時間ばかりかかってしまいました。

4編の中では一番ホームズらしさが出ているような気がします。特に最後の詰めのところでは推理をひけらかすだけでなく(結局そうなんだけど)その証拠を必死に探し求めた原動力は依頼人たちの善良さに感じたというところなど、なかなかよろしいかと。

英文スクリプトを見ながらバッチさんの英語を聞くとちゃんと分節されて聞こえると思います。

たしかにオーディオブックで聞くには1篇30分くらいでちょうどいいかもしれませんね。それ以上長いと移動中に全部聞けなかったりして聞くのが億劫になるかもしれない。

Cabin Pressureも聞きたい気がするのですが、テキスト化はホームズよりももっと難しそう、ちょっと悩みます。

いつも遅くなってすみません。どうもPCだと頭に入らない性分なのでプリントアウトして一気に読ませて戴きました。
いや~もう冒頭から「ときおり古い物語が頭をもたげて手を伸ばしてくる」なんて素敵な表現にぐっと来てしまいました。
カーペンター親子が犯人だなんて考えられないし…犯人らしき人が誰も登場しないうちにカーペンター息子の彼女も
逮捕されてしまうとは…一体誰が犯人なんだ?

…と思わせて一転、事故=自殺だったとは!そのトリックがまたらしくていいですねえ。
それにホームズが線路に飛び降りたシーンは短編ながら本当にハラハラしました。(絵が浮かんでくるようでした)
ヘンリーが自信の愚かさを感じながら死んでいく残酷さもまた味がありましたねえ。
CDも聴きながら読み直してみましたが、カーペンターさんの弱々しい声やワトソンのちょっとスピードを落とした
感じなど抑揚が取れていて、カンバーバッチさんが本当に楽しく演じているのが伝わって来ました。

Helvaさん、本当にご苦労様でした。
こんなに素敵なものを読ませて戴ける幸せを噛みしめています。

>マクノスケさん

CDを聴くときに少しお役に立てて何よりです。
温かい感想ありがとうございました。

やはり聞きながら見てなんぼのもんで小説として読むには会話以外の描写が少なくて(勝手に書き足すわけにもいかなくて)ちょっと物足りないかなと思われます。それだけにカンバーバッチさんの緩急自在にたくさんのキャラを読み分ける妙技に引き込まれます。
声を聴いているとそのキャラが生き生きと見えてくるみたいです。
汽車で通勤する老医師や駅長のフレイザー氏や、女性までもそれらしくやっちゃうのがすごい。
ストーリーも一番にホームズ物らしい汽車を使った小技が効いていましたね。

テキスト化は後半2編だけやったのですが、折をみて前半もやってみたいと思います。おやおや、このオーディオブックとのお付き合いが一年近くになってしまいそうです。

Helvaさん
11-12月はけっこうバタバタしていてやっとゆっくり全通しで読ませていただきました。大変楽しませてもらいました。登場人物が少なくて犯人を誰にするのかなと最後までわかりませんでした。ただヘンリーが死ぬたまには、馬が蹴ったこととそれによって放たれた弾が自分に跳ね返ってきたことと二つ偶然が重ならないといけなかったのが残念かな。全体を通すと、文章にはいかにもホームズの時代が感じられましたし(泥はねとか)とても良かったと思います。私は鉄道好きなので(まだbluebell railwayしか乗ったことがない)ホームズをたどる旅に早く行きたいな。どんどん活動を続けてください。楽しみにしています。

>Keiさん

お返事書けないまま年が明けてしまいました。
あらためて、明けましておめでとうございます。
旧年中は拙ブログを見ていただいてありがとうございました。
のろのろ更新ですが、またホームズ物の新しい興味ある記事などに出会ったら載せていきたいものです。
10:59分発~のトリックは確かに偶然の重なりでしたが、論理的に考えていくと最後は偶然に行き当たるしかないと結論付けたホームズの(ある意味)苦悩は直球勝負ではない面白みが感じられます。
パスティーシュではありますが、こういった趣向の作品、そしてもちろんカンバーバッチ演じる妙技が一体となってとても楽しめる物ができたのだと思います。願わくば続編あれかしと。
ホームズをたどるイギリスの旅、夢のまた夢です~。

SINGING SHIP様、An inscrutable masqueradeの和訳を勝手に頂戴してしまいました。
素晴らしくよくできた翻訳で、プロのお方かと思っていたらそうではないのですね?
The Rediscovered Railway Mysteries and Other Storiesを買ったもののscriptがなく探し回って
やっとこちらにたどり着き、自分がいかに愚かな聞き取りをしていたかあきれながら読みました
世界でたった一つの和訳のように思いますが、本当に素晴らしい表現で感激しています。
貴重な情報を惜しげもなくブログで公開してくださっているのですね。

「スクリプトの書き起こしはこちらです」の「こちら」の箇所からは英文のダウンロードもできる!
嬉しくて、貴重品フォルダに保存しています(勝手にすみません。。。)
ただ、「こちら」からダウンロードできる英文は、The 10:59 Assassinのみのようですが、
An inscrutable masqueradeやその他の篇についての英文スクリプトも公開されているのでしょうか?
ごめんなさい、見つけられませんでした。
(もし公開されていないのでしたら、ぶしつけな質問ですみません)

>keikoさま

スクリプトの和訳がお役に立ててうれしいです。
以前翻訳のお仕事をさせていただいたことがあり数冊訳した本が出版されています。

このオーディオブックの訳は単に自分の楽しみのためにやったようなもので、訳したついでに皆さんに見てもらえれば幸いとブログに載せたものです。

最初の2作はただリスニングしながら訳出していたのですが、3,4作は正確を期するために英文スクリプトも起こしたものです。
ちなみに3作目のトリニティ修道院の窃盗のスクリプトはこちらにあります。
http://singingship.mitelog.jp/the_trinity_vicarage_larceny.docx
よろしかったらご覧ください。おそらくミスがあるとは思いますが御寛恕ください。
1,2作目の訳も同じくSherlock Holmesのアーカイブに入っています。
http://singingship.mitelog.jp/singingship/sherlock_holmes/

BBCがまたこういう趣向の(特に)ホームズ物の新作を出してくれればいいですね。
何か面白そうな物があればまたご紹介くださいね。

Helva様
とても丁寧なお返事、ありがとうございます。
やはりプロのお方だったのですね。
そのような方の翻訳をただで手に入れてしまって何だか申し訳ない気がします。
トリニティのスクリプトもありがとうございます。
1,2作目の訳のリンク先はブログ本文中の翻訳のことですね。
改定された最後の分を勝手ながらコピーして貼り付けて読ませていただきました。
翻訳としても素晴らしいですが、日本語自体がとても美しく読みやすく感動!です。

sherlock、素晴らしいドラマですね。生まれて初めてドラマにはまりました。
sherlock 以外ではまっているのは、やはりイギリスドラマのWhitechapel というドラマです。
シーズン4までUKのDVDが出ていますが、3以降は英語の字幕すらなく、でもこれは
ネットで字幕ファイルを探し出して解決しました。
(字幕ファイルを映像に結合する方法も何とかマスターしました)
私ももっと英語を勉強して、文字を見なくてもわかるようになりたいです。
がんばります。(^^♪ このたびはお世話になりありがとうございました。

>keikoさま

おほめにあずかって恐縮です。
スクリプト書き出すのは非ネイティヴには難儀な物です。
意味は分かるのにきちんと聞き取り書き取りしようとすると冠詞とか語尾とか、曖昧なところがたくさん出てきてしまいます。この程度にしか聞こえていないのかとがっかりしでした。
Whitechapel、知りませんでした。調べたらHuluで無料で1話が見られるので今夜にでもさっそく見る予定です。WOWOWでもやってるみたいですね。
次々と面白そうな物が出てきて消化不良になってしまいそうです。
でも聞き取りとか翻訳は時間がかかるけれどやっていると楽しいものですね。

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