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10時59分発列車の暗殺者 2

Sherlock Holmes: The Rediscovered Railway Mysteries and Other Stories "The 10:59 Assassin"
承前

5

ストーヴィーの駅長、ミルトン・フレイザーは見るからに規律と正確さを信条としていることがうかがえるようなきっちりした身なりをしていた。制服の帽子は半ば禿げた小さな丸い頭の上に隙なく収まり、上等の銀の懐中時計がチョッキの胸ポケットから覗いている。イギリスの鉄道に関する知識では右に出る者のいないホームズはあっという間にこの駅長の信頼を勝ち得てしまった。
「フレイザーさん、ひとつお尋ねしたいのですが、昨夜遅くにロンドン行の列車がありましたね?」
「10時59分発ですな」
「定刻でしたか?」
「はい、いつもと変わらず定刻でした。あの時刻には他の列車はほとんどありませんので」
「ストーヴィーから誰か乗車したか覚えていらっしゃいますか?」
「もちろんですとも。ジャック・カーペンターという若者です」
「一人だけ?」
「はい。父親が見送りに来ていました。わたしは汽車が出発するのを確認しました」
「そのあとに列車から誰か下りたということはあり得ますか?」
「駅構内ではありません、絶対。そんなことがあれば必ずわたしが見たはずです」
「駅構内では、というと?」
「ええ、といいますのも、踏切のところで列車に近づけるかもしれないからです」
「あの踏切ですか?」
「はい。10時59分発はいつもダーケル踏切で数分間停車します。安全上の予防策です。ソーニー橋の補修が終わるまでは二本の列車が同時にわたると安全上問題があると思われます。それで10時59分発は11時4分着の列車が橋を渡りきるまで停車して待っているのです」
「それは毎晩のことですか?」
「最後に止まらなかったのがいつだったかはっきり覚えているくらいですよ」
「フレイザーさんこれが最後ですが、カーペンターさんが乗ったのはどの車両だったか覚えていますか?」
「3両目の2番目の個室です、間違いありません」
「ありがとう、フレイザーさん。あなたの話はあなたが思っていらっしゃるよりもずっと役に立ちましたよ」

「こうなると考えなければならないことがある」ホース・イン・カラーズ亭に戻って暖炉に燃える火を見つめながらわたしはホームズに言った。「ジャック・カーペンターが停車中の汽車からヘンリー・ウィークスを撃ったのかもしれない」
「確かにその可能性も考えなければならないが、それはどうもありそうもない。どうしてカーペンターは狙っている相手が都合よく踏切のところで待っていると知ることができただろう? それに列車が停車することに何か重要性があるのだろうか? そこが肝心なところだという気がし始めているんだ。だが、実を言うとまだ、どんなふうに肝心なのかわからない」
「じゃあ、食事でもして一晩ゆっくり考えるとしようじゃないか」わたしはしめくくった。

しかしその瞬間にわたしたちの心地よい夕べのひと時は手荒く中断させられた。一人の若い女性が髪を振り乱して叫びながらバーに駆け込んできたのだ。
「カーペンターさん! カーペンターさん!!」
歳のいった宿の主人が厨房から走ってきた。
「どうしたんだ、サラ?」
「べス・ミラーよ。あいつらが連れて行った」
「誰が連れて行ったって?」
「警察よ。あのべリーが逮捕したの。凶器を見つけたんだって」
「何事です?」ホームズが大声を上げた。「べス・ミラーとは?」
「息子のジャックの婚約者です。結婚式は来月に決まっていたんです。正直ないい娘です、それこそ虫一匹も殺せないような優しい子ですよ。今からあの厚かましい巡査のところへ行ってきます!」
ホームズはカーペンターの行く手を遮ると肩に手をかけて男の興奮した目をしっかり見据えながら言った。
「カーペンターさん、わたしの助けがほしいならわたしの言うことを信じなさい。短慮を起こしては目的を遂げる妨げになります。ワトソン博士とわたしがすぐに警察署に行って状況を見てきます。わたしたちから様子を聞くまでは何もしないでいただきたいのです」

6

カーペンターから早まった行動は起こさないという確約をとるとわたしたちはストーヴィー村から離れた警察署へと向かった。署は隣村との中間にあった。重厚な石造りでかつては醸造所だったらしいが、今となっては中世の陰鬱な気配が漂う建物だった。わたしたちはべリー巡査から冷ややかな歓迎を受けたと言っても大げさではなかった。巡査はこの場を仕切っているのはおれだという気分をありありと見せていた。

「はあ、そうですな。確かにここに若い女を拘束しておりますな。殺人の疑いです」
「それでは聞かせてもらいたいのだが、」とホームズは言った。「なぜ彼女はこの犯罪をおこなったと思われているのだろうか?」
「ああ、まだ詳細ははっきりせんのですが、ほんのちっとでも想像力と知性のある人間なら、女がウィークス氏をナイチンゲール小径へ誘い出して……そうですないわゆる"色仕掛け"で何か理由をつけて待ち伏せして、馬をつないでいるところへ弾をお見舞いしたんだということくらいわかりそうなもんです」
「それでは、その知性のある人間はジャック・カーペンターも加担していると考えているのかね?」
「その通りですな。その知性を使って考えれば、事実関係からジャック・カーペンターは明らかに従犯であり、それゆえ有罪です」
「ありがとう、巡査。ところでわたしの鈍い頭の中でまだ納得のいかない点があるのだがそれをはっきりさせるために留置中の娘と会せてもらえないだろうか?」
「申し訳ありませんが、それは許可できません」
「ああ、ではスコットランド・ヤードにいる友人のウェールズの警視からその旨の指示書が来るのを待った方がいいのかね?」
巡査はくちびるをなめると机の上の書類を調べるふりをした。「そうですな、おっしゃるように警視がご友人だというなら、まあ5分くらいなら構わんでしょう」

わたしたちは昔の醸造所の名残をとどめる錆びた鉄の設備が壁や天井にボルトで留めつけたままになっている広い部屋に通された。大きな天窓が一つ、つっかい棒で開いているだけで他には窓はない。20歳そこそこの美しい黒髪の女性が木のテーブルの前に座っていた。入っていくと初めは疑うような目を向けたが、巡査がわたしたちだけを残して出ていくとすぐにわたしたちに信頼を寄せた。それほど必死だったのだろう。



「ミラーさん、許された時間は少ししかありません」ホームズは言った。「だから知っていることをすべて話してもらわなければなりませんよ」
「はい。努力します。あの……わたしはとても愚かなことをしてしまったかもしれません」
「愚かなとは?」
「死体を一番初めに見つけたのはわたしじゃないかと思うんです」
「おや、それは……そこまでは考えませんでした」ホームズは言った。
「わたしはジャックがロンドンへ行くのを見送るつもりでした。ところが農場で牛のお産があって間に合いそうもなかったのです。列車はいつもダーケル踏切で止まるのでナイチンゲール小径を近道して行けば列車にむかって手を振ることくらいはできるかもしれないと思いました。でも着いたときには汽車はもうそこにはいなくて橋を渡っていました。線路から小石がぱらぱら落ちてきたので見ると柵に馬がつないであって脇の道に何かが横たわっていました。近づいてみると誰だかわかりました。ヘンリー・ウィークスが、血まみれでした。そばには銃が落ちていました」
「それであなたは銃を拾い上げた?」わたしは訊いた。
「……はい」
「どうしてそんなことを? どうしてまっすぐ警察に行かなかったんです?」
「だって……銃に見覚えがあったからです。どこかへ隠さなきゃならなかったのです。あれはジャックの銃だったんです!」
わたしは驚きを隠せなかった。「ジャックの銃だって!?」
「ジャック・カーペンターがウィークスを殺したのかもしれないと思ったからあなたは銃を拾った」ホームズは言った。
「はい……それだけが怖かったんです」
「ジャックはもう汽車に乗っていたのに?」
「ウィークスがどれくらいあそこに倒れていたのかわからなかったんです。あんな寂しい場所なのでもしかしたら何時間も前からかもしれない、だからジャックがその日の夜に出かけるなんてどう見てもいいことじゃないでしょう。ホームズさん、本当に何も確かなことはわからなかったんです。でもジャックとウィークス一家との確執はみんなが知ってることです、だからきっとジャックが疑われると思ったんです」
「それでジャックの銃はどうしたんですか?」ホームズは訊いた。
「ショールに包んで肩にかけて家へ持って帰りました。でも、間が悪かったんです。途中でベリー巡査とすれ違いました。きっとあとになってわたしが何か変な物を運んでいたのに首をひねったんでしょう。今日になってうちを探しに来ました、そしてその場でわたしは逮捕されてしまいました」
「だがね、ホームズ」ついわたしは言った。「もし殺人に使われた銃が死体のそばに落ちていたのなら、少なくてもジャックの無実は証明されたんじゃないかね?」
「残念ながらそういうわけにはいかないんだ、ワトソン。ぼくたちは殺人はジャックが汽車に乗っている間に起ったと仮定していた。もしそれよりずっと前に起きたのだとすれば、残念だがジャックもここにいるミラーさんもまだ第一の容疑者だという疑いを晴らすことができないんだ」
「でも、でも、神様に誓ってわたしはヘンリー・ウィークスを殺していません!」
「あなたがやったとは思っていませんよ、ミラーさん。でも警察にそれを納得させなければならないんです。希望をお捨てにならないように」



しかし、ストーヴィーのホース・イン・カラーズ亭へ歩いて戻る道すがら、ホームズはどこか強い確信が持てていない様子だった。
「ワトソン、この期に及んでまだぼくには直観しか手がかりがない。ジャック・カーペンターがウィークスを殺したとは思えないし、あの若い娘がやったとはなおさら思えない。しかし勘や直観は証拠になりえない。バーがまだ開いているうちに急いで宿に戻ろう。心地よい場所で考えれば何かよい考えが湧くかもしれない」
戻ったときには宿はもう看板だったが主人のカーペンターは急いでわたしたちにウィスキーのボトルとパンやチーズを用意してくれた。炉の火はまだ赤々と燃えていたのでホームズが主人にいくつか追加の質問をしている間、わたしは炉の前に座ってくつろいだひとときを楽しんだ。やがてホームズも火のそばの席に戻ってきた。

「ワトソン、事件の容疑者として誰の名があげられるだろうか?」
「そうだな、ジャック・カーペンターとベス・ミラーのほかは……」わたしは声を落とした。「ジャックの父親、ここの主人の可能性もある」
「そのとおりだ。ジャックを駅で見送っているのだから、殺人を犯すためにはジャックも父親もその前にいくらか時間が必要だったはずだ。しかしどれくら前にだろう? いまじっくりと彼と話して来たんだが、彼とジャックは昼中ここにいてベスは農場でずっと働いていたことを証言してくれる人はたくさんいるという、ぼくはそれを信じるよ。ただ、いくらそうでも警察が立件してかれらのうちのだれかを、または全員を起訴したら陪審員が有罪を宣告することは大いにあり得る。全員に犯行に及ぶだけの時間はあっただろうという単なる推測に基づいてね。ワトソン、ぼくらはまだ安心はできないんだ」
「きみが言いたいことはよくわかるよ」
「捜査は暗礁に乗り上げてしまったよ」
わたしはウィスキーのボトルを傾けてグラスを再び満たした。ホームズはひとしきりパイプをふかした。と、突然ホームズが声を上げた。
「ワトソン、鍵はあの列車にある。間違いない。今何時だ?―――11時20分前か。行こう、列車が出る前に間に合うかもしれない!」

わたしたちを乗せてストーヴィーのぬかるんだ古道を飛ばしたのは年季の入った二輪馬車だった。おかげで駅に着いたときわたしたちは泥はねを受け少なからず揺れに閉口していた。しかし10時59分発列車の到着にはゆとりを持って間に合った。運よく駅長のミルトン・フレイザー氏が今夜も当直だった。フレーザーはホームズに明らかに敬意を払っていたが、それでもホームズの要求を聞くと即座に首を横に振った。
「いいえ。10時59分発ロンドン行の発車を遅れさせることなど絶対にできません」
「フレイザーくん、これは軽々しい気持ちでお願いしていることではない。もしわたしが重要な捜査を終えられなければひとりの無実の若い娘さんがその婚約者と同じように今夜拘置所で過ごすことになる。ほんの10分でいいんだ」
「ホームズさん、わたしの評判など世間の標準からすれば微々たるものかもしれませんが、わたしにとってはとても大切なものです。10分も列車を遅らすのは長すぎます」
「あなたの名を汚すことはないとわたしが保証すると言えばどうです?」
「ほんとうに保証していただけますか?」
長い沈思黙考ののちにフレイザーは言った。「よろしい、ホームズさん。おっしゃる通りにしましょう」

以下続く

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