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10時59分発列車の暗殺者 1

Sherlock Holmes: The Rediscovered Railway Mysteries and Other Stories の最後の一篇、"The 10:59 Assassin"の試訳です。
取り掛かって長らく放置状態でしたが、最近聞き直して早々に仕上げました。
4編の中では一番起伏がありホームズも快刀乱麻というわけにはいかず、自分の直観を信じながら証拠を求める様は短いながらも物語に陰影を与え楽しめる物語になっています。
例によって数か所曖昧なところがありますが、また解決し次第訂正していきたいと思います。英文は最終回に付記します。

10時59分発列車の暗殺者



わが友にして相棒であるシャーロック・ホームズの手がけた数々の事件捜査をわたしは長年にわたって記録する特権を担っているのだが、それは彼の生涯にわたる仕事のほんの一部にすぎないことは今となってはよく知られた事実である。他の多くの事件は時の流れの模糊とした井戸の中にうずもれて行ってしまう。
しかし、いかなることも全く痕跡や記憶を残さずに消えていくということはない。ときおり古い物語が頭をもたげて手を伸ばしてくる。ストーヴィーの殺人事件もそうだった。

ある朝ベイカー街のわたしたちの下宿にホームズ宛の一通の手紙が届いた。ケント州のストーヴィーにあるパブ、”ホース・イン・カラーズ(千種馬亭)”の主人サミュエル・カーペンターからだった。
今を去る数年前、かの地の悪党アーサー・ウィークスが脅迫、誘拐、恐喝、さらに被害者に重傷を負わせた罪に問われた際に、カーペンターは目撃者として法廷に立った。ホームズは足跡の証拠をつかんで警察に協力した折にこの愛想のいいパブの主人と知り合いになった。事件の解決後はこの静かなストーヴィーの村を訪れることももうなかろうと思っていたのだが、届いた手紙は明らかに切羽詰った調子でホームズの来訪を請っていた。

『拝啓 ホームズ様、四年前にお別れする際に、もし万が一あなた様の御力が必要になるようなことがあればすぐに手紙をよこすようにとおっしゃってくださいましたね。まことに残念ながら、その日が来てしまいました。周囲に恐ろしいことが次々と起こり、まったく途方にくれています。あなた様が逮捕にご尽力されたあの極悪人のアーサー・ウィークスが数か月前に獄死しました。それからというもの、息子のヘンリー・ウィークスに私どもの生活がめちゃくちゃにされています。飼い犬のキャッチャーが撃たれて死んでいるのが野原で見つかりました。死んだ狐がうちの貯水タンクに放り込まれたのも二度になります。脅迫状が届き始めて、お前の旅籠に火をつけてやるとかそのうちに女房に逃げられしまうぞとか脅し文句が匿名で書かれています。そのうえヘンリーはいけしゃあしゃあとうちの旅籠のバーに飲みに来るのです。先週のことでした。息子のジャックが腹に据えかねて大勢の客の前でヘンリーに面と向かって、お前のやり方は度を過ごしている、ただでは済まないと思えと言い放ったのです。そんなことをしなければよかったのに。その二日後にウィークスが頭を撃ち抜かれた姿で発見されました。今ジャックは殺人犯として逮捕されています。ホームズさん、何かお力になっていただけることはありませんか? お願いです、どうぞすぐにおいでください』

ホームズがこのパブの主人に好意を持っているのを知っていたので、数日の間差し迫った用事がないかとわたしに尋ねたときも驚きはしなかった。これがいつもの彼のやり方なのだ。ないと答えると、すぐに小旅行用のカバンに支度するようにとわたしに告げた。こうして一時間もしないうちにわたしたちはケント行の列車に乗っていた。



ストーヴィー村に到着後わたしたちはホース・イン・カラーズ亭に宿を取った。落ち着くとすぐに宿の亭主はわたしたちとともにバーのテーブルの前に座った。大きな暖炉の火が冷気と闘い寒さを組み伏せていた。
「さて、カーペンターさん、お力になるためには、まずわたしの質問に正直に正確に答えていただきたい」ホームズは言った。
「そのつもりです、ホームズさん」
「息子さんのジャックはこのバーでヘンリー・ウィークスを脅したのですね」
「はい、そのとおりです」
「その二日後にウィークスの死体が発見された」
「頭に一発食らって死にました。村から少し出たところでナイチンゲール小径とロンドン行の列車の線路が交差する場所です。近くには彼の馬がつながれていました」
「そして警察はジャックを逮捕しに来た。いつですか」
「その夜です。でもジャックはここにはいませんでした、当たり前です」
「いなかったとは?」
「ホームズさん、ジャックがヘンリーを殺せたはずがありません。ウィークスが殺されたときにはジャックはもうロンドン行の列車に乗っていたんです。あいつは結婚式に着る礼服を買いに行ったんです。10時59分発の列車に間に合うようにわたしがストーヴィー駅まで送りました。わたしからジャックの姿が見えなかったのはほんの一瞬で、ジャックは列車に乗るとわたしは列車が出発するのを手をふって見送りました。ところが警察はそんな説明はいっこうに聞く耳を持たず翌日ジャックがロンドンから戻るとすぐに逮捕して、ジャックは今メイドストンの拘置所に厳重に監禁されています」
「わかりましたカーペンターさん、あなたのおっしゃることは間違いなく真実だと思います。しかしわたしの勘ではこれはかなり入り組んだ事件になりそうな気がします。だから心してください、どうか短慮は慎んでください。我慢が肝心です」ホームズは言った。

カーペンターがほかの客の応対に戻るとわたしは声を落としてホームズに言った。「確かに、あのおやじさんが言ったことが本当なら警察は事件にするはずがない。ジャックほどしっかりしたアリバイがなくてウィークスを殺してやりたいと思っている敵は百人だっているだろう」
「おそらくな」ホームズは言った。「だがね、息子を助けたいと思う一心の父親の証言は法廷ではそれほど説得力をもたない可能性がある。特に警察が先入観でこれと決めてかかっているときにはね。ワトソン、事件に関する事実は明らかになる前にむしろずっと曖昧になるという気がしてならない。さあ、午後を無駄にしないでヘンリー・ウィークスの不運な最期についての詳細を調べるとしよう」

わたしたちを犯行現場に案内したのはベリー巡査という現地の警官だった。頭の硬い現実主義者で、そのでっぷり出た腹を収めるために制服は多分に大きめに作り直されているのだろう。ベリーの態度から、犯人はもう半分絞首台にかけられているも同然なのだから今さら犯行現場へ諮問探偵などを案内するよりもっとましなやることがあるはずだと思っているのがありありと見て取れた。



わたしたちはストーヴィー村から徒歩で現場に到着した。ロンドン行の本線とナイチンゲール小径が交差している踏切から30ヤード(約28m)ほど離れたところだった。
「ダーケル踏切、死体はここで見つかりました」ぶっきらぼうにベリー巡査は説明した。
「フェンスから6フィート(1.8m)、被害者の馬はまだつないだまんまで。死因は弾一発、ちょうどここに」べリーはぼってりした指を眉間の中央に当てた。
「凶器は?」
「銃ですな」巡査は横柄な調子で言った。
「わかっている」ホームズの口調は明らかに苛ついていた。「弾丸で人が殺されたのなら考えられる凶器は火器だ。わたしが知りたいのは凶器が発見されたのか、まだならその銃弾を発射するタイプの銃をだれか持っていたかどうか、そういうことだ」と一息に言った。
「銃は、見つかっとりませんな」
「銃弾については?」
「知ってる限りではまだあいつの頭ン中の短いトンネルの奥に収まってるはずで」
「馬は?」
「ああ、馬が犯人ということはないでしょうや」巡査は薄笑いを浮かべた。
「ベリー巡査、」ホームズは恐ろしいほどに忍耐強かった。「きみはこの捜査でわたしに協力できるのか、それとも他の案内人をよこすようにロンドン警視庁の知り合いに申し出るほうがきみにとっては都合がいいのか?」
ベリーは急にしゅんとなったように見えた。
「ほんの冗談です、ホームズさん。はあ、馬のところにも死体のところにもお連れしますです」

わたしたちは最初に馬を調べた。村の厩舎に警察の馬といっしょに繋がれていた。大きな茶色のスタリオン種の馬でおびえたような眼をしている。若いころには立派な馬だったのだろうが長年にわたって酷使されたせいか今は見る影もない。ホームズは馬をじっくり観察した。馬は落ち着きがなくびくついていてホームズが頭部を調べるために面掛を取ろうとすると嫌がって手を振り払おうとした。わたしは友人が厩舎の仕切りの中で馬の周囲を歩き回るのをハラハラしながら見守っていた。恐れに駆られた馬が体と壁との間にホームズを挟んでしまわないかと案じたのだ。やがて馬の正面まで一回りしてホームズは言った。
「ここに傷がある。鋭い傷だ、見えるか?」
右の前足の蹴爪の関節の少し上に細いけれど明らかに最近できたはっきりした損傷があった。ホームズはまたベリーに向き直った。「この傷は最初からついていたのか?」
「そうでしょうね」
「結構。では、死体の傷の調査にかかれるだろうから死体安置所へ案内してくれたまえ。ときに巡査、きみはどの程度告発された男を知っているんだね?」
「よおっく知っとります」
「彼に気心の知れた友人や知り合いがいるか知っているかね?」
「さあ、よくは知りませんね。あいつはいつも親父のパブにいたんで。二人とも特に親しい……つまり……」
ベリー巡査は不意にことばを途切らせた。しかしすぐさまはっとして動きを取り戻すとやけに事務的になった。目に怪しい光を浮かべて口早に言った。
「ホームズさん。ほら、あそこが死体安置所です。教会のすぐ後ろです。できることならご案内したいんですがやらなければならないことを急に思い出しまして」
そう言い捨てると身軽にほとんど走らんばかりにベリーは村に向かって姿を消した。



「変だな」わたしはホームズに言った。「あれはいったい何だと思う?」
「どうやらあの男の頭に要らぬ考えを吹き込んでしまったようだ。ことがややこしくしならないといいが」ホームズは言った。

死体の検視がロンドンに依頼されていたが、警察の検視官はようやくその朝に到着したことがわかった。もしかするとホームズとわたしが乗った同じ汽車でやってきたのかもしれない。
検視官はヤードリー教授といい、彼とはパディントンのセント・メアリー病院の関係でまったくの知らぬ仲ではなかったのでわたしが検視の手伝いをすると申し出ると彼には何の異もなかった。ヤードリー教授は実直な開業医だった。死因は明らかであるように見えるにもかかわらず解剖を始める前に丁寧に死体の外観を調べた。
頭部の傷は、ほとんど星形といえるくらいのきれいな穴で乾いた血が詰まっている。頭の後部に穴はないので弾丸は貫通していないのは明らかだった。
「現場に凶器がなかったことと合わせて考えても自殺の線は問題外だと思われませんか?」ホームズは言った。「しかし皮膚に火傷もないし、至近距離から撃ったにしては傷口が小さすぎるから、この弾はある程度の距離から発射されたと言えるでしょう」
弾丸は前頭部を貫き側頭葉の深部に達していた。しかしホームズが指摘したように頭蓋骨の穴は小さく、至近距離から被弾した時に見られる大きな骨の損傷はなかった。
「自殺は問題外でしょう」ヤードリー教授も同様の意見だった。

「つまるところ、やはり間違いなく殺人犯を探すことになるんだね」ストーヴィー村へ戻りながらわたしはホームズに考えを言った。
「ああ。誰かがヘンリー・ウィークスを殺したのは確かだ、ワトソン。だが実を言うと今の時点ではそれがだれだかぼくにはまったく見当がつかないんだ」
「じゃあジャック・カーペンターについて考え違いをしていたと思ってるのかい?」
「そうじゃないことを祈りたいね、ワトソン。恐ろしい悲劇かもしれない。だがね、殺人にはいつも哀れな人間が絡んでいるんだとぼくは思うね」
風が冷たいので宿の暖炉の赤々と燃える薪の前でビールを一杯ひっかけたかった。それで次の寄港地はホース・イン・カラーズ亭であってくれと願ったのだが、ホームズはまっすぐストーヴィー駅へ向かった。なんでも大切な面談をしなければならないと言うのだ。わたしは最後の光が空から消えていくにつれてますますつのる寒さにじっと耐えるしかなかった。

以下続く
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Comments

いつもありがとうございます!
でも、せっかく見つけたのにもう眠い……また落ち着いて読ませてもらいますね。

>onionさん

続きをまた載せますからどうぞお暇なときに読んでやってくださいませ。
4つの中でこれが一番くらいに好きだったりします。

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