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トリニティ牧師館の盗難事件 3

承前

「スターキー?」
「いや、スターキーじゃない」
「あいつらのどちらか?」わたしは親指で教区役員の方を指した。
「違う、ワトソン」
「じゃいったい誰だ?」
「ワトソン、きみはあの靴を観察しても何も読み取れることはなかっただろう」
「ああ、まったくなかったね。さらの新品だ。まったく注目すべき点がないことを除けばただサイズがでかいだけだ」
「ところがさに非ずさ、きみ、ペンキがついていないという点が注目すべき点なんだよ」
「何だって?」
「つまり、ワトソン、確かに靴底に白いペンキはついている。だがペンキにまみれた手でどうやったら跡も残さずに靴紐をほどいて靴を脱ぐことができたか教えてもらいたいものだ」
「わかるものか」わたしは言った。「だが、単なる偶然でまったく関係のないだれかがたまたま靴底にペンキのついた靴を茂みに捨てたとは考えられないか?」
「偶然などありえない」ホームズはきっぱり言った。「この靴は間違いなく犯人があそこに置いていったものだ。だが彼がわたしたちに思い込ませようとした意図通りには行かなかったがね」
「犯人が誰かわかっているといいたいようだな」
「ワトソン、犯人はキングスレー牧師本人だよ」
「そんなことがあり得るか、ホームズ? 草原を逃げてから牧師館に戻って遅れずにサムと教会の前で落ち合う時間だけのがあったはずがない。自分を追いかけて野原を走るなんてどうやったらできるんだ?」
「うん、ワトソン、今夜主教に牧師館で会うことになっているのはきみも知っているね。じゃあまず飯を済ませてしまうとしよう。その時に全部説明するよ」

事件の捜査の中間報告を牧師館ですると主教に約束していた。もちろん前回に会ってからまだ時間もそれほど経っていないので主教とてたいした進展を期待してはいないであろうと思われた。ところがキングズレー師のゆったりくつろげる客間に落ち着いてシェリー酒のグラスを傾けるやいなや、ホームズは芝居がかった物言いで高らかにこう宣言した。
「方々、お喜びください。ワトソン先生とわたしは事件を解決しました」
先にホームズと交わした会話の後でさえわたしは事件の真相について他の人々と同じようにまったく五里霧中であったのだが、それをわざわざ披露する必要もないのでわたしはシェリーを静かにすすっていた。
ホームズが宿屋から持ち込んだ袋を開いて、中からわたしたちが川の側で見つけた白く汚れたブーツを取り出すと主教は目を丸くした。懐疑心が顔中に広がっていた。キングズレーも同じく疑問をもったような薄笑いを浮かべ眉を吊り上げた。
「ホームズさん、どうぞ教えてください。あなたのお考えではこれは何なのですか?」と、キングスレー。
「ワトソン先生とわたしはこれをハーディング小路のイバラの茂みで見つけました。大きなブーツは、すなわちわたしたちが探すべきは大きな男だと示唆していました。しかし足跡は彼の歩幅が短いことを示していました。この矛盾点を理解するきっかけをくれたのはジョリー・ブルドッグ亭の亭主です。彼が自分の足のサイズよりも大きな靴を買うのはふつうより多くの靴下を履くためでした。一方わたしたちが追っている犯人は中にもう一足靴を入れられるように大きな靴を買ったのです。そして実際の自分よりもはるかに大きな男の足跡を残したのです。そうではありませんか、キングズレーさん?」

若い牧師は、たとえ何かやましいことがあったとしてもあっぱれなほどに冷静だった。いささかも動揺を見せずに気取った驚きの表情を浮かべただけだった。
「わたくしが犯人だとおっしゃるのですか、ホームズさん?」
「ホームズくん、」主教が重々しく言った。「わたしの知る限りでは、キングズレーくんと聖堂守りはあの突発事件が起きたに日に、実際に犯人を苦心して追いかけたのだと思うが。いったいその告発の証拠は何だね?」
「主教様、」ホームズの声は自信に満ちていた。「キングズレー師はハッチントン聖杯を売却して得た資金を横領したいと思った、そして捜査を欺くために状況証拠をでっち上げようとしたのです。広つばの帽子の幻の男を作り上げただけでなく実際にその帽子をかぶり、コートの襟を立てて数か所に出現して歩き回りマナーズ夫妻の目につくようにした。事件当日は、サム・マナーズを昼食に帰してから牧師館へ戻り例の変装でマナーズくんが食事をしているコテージの窓の外に姿を見せて教会の庭に入った。すぐさま牧師館へ取って返して変装を脱ぎ捨てた、そしてマナーズの奥さんがドアをノックするのを待ち構えたのだ。奥さんにサムに地下室のドアの前で落ち合うように伝えさせた」
「それから、どうしたっていうんです?」キングズレー牧師は怒りのために居丈高に詰め寄った。「わたしはこのブーツを履き、教会の鍵を開けて、地下へ下り、金を盗み、教会から逃げ出して、踏み越し台を飛び越えて草地を1マイルも走り、すぐに1マイル走って戻ってブーツを脱いでサムが来るのを待って、それからまた草地を追跡で走ったとでも? これをすべて2分間の間にやってのけるとはなんと器用な!運動選手でも20分ではできないでしょうに!」
「確かにその通りだ。友人のワトソン先生が明らかにしたように問題はまさに人が草地を走って自分の後を追うことができるだろうか、という点にあった」
「してその答えは?」主教が聞いた。
「キングズレーさん、きみがどの時点で金を盗んだか知る者はないだろう。鍵を保管しているのだからきみは好きな時に盗むことができた。もしかすると金は初めから地下の金庫には入れられなかったのかもしれない。いま話している事件当日にはきみは無駄に時間をつかう必要はなかった。ただマナーズくんが食事をしている間に地下のドアのところまで行って白ペンキの缶を蹴飛ばすだけの時間があればよかったのだ」
「もちろんあらかじめマナーズくんにはその場所の壁を塗る仕事を課しておいた。間違いなくその場所にひっくり返すペンキ缶を置いておくためだけにね。ここが肝心なところだが、こんな手のかかることをしたのもすべてきみが草地を横切る足跡をつけておいたからだ、前の夜の間にね」

「同じ時に底に白いペンキをつけたブーツを茂みに押し込んでおいたに違いない。ただし愚かにも靴ひもにペンキをつけておかなかったのは手抜かりだった」
この時点で、すべての抗う力が抜けて行ったように牧師は椅子に崩れ落ちた。容赦なくホームズが企みを暴くにつれてその場にいたわたしたちは、いよいよ彼が衝撃的な結論に近づいているのを感じた。
「キングズレーさん、前の夜ブーツの底に白ペンキをたっぷり付けてきみの手はペンキにまみれた。草地を横切る道に沿ってハーディング小路まで白い足跡をつけた。そのあと広つばの帽子を踏み越し台のそばに落とすとハーディング小路の脇の茂みにブーツを隠した。かくして『足跡』は翌朝みごとに人目をたぶらかすために準備万端整った。あえて言うならきみはうっかり先に見られないようにマナーズくんを遠ざけておくことだけに注意していたのだ、語弊があるかもしれないが、きみのその『小手先わざ』から」
「だが、しばし待ちたまえ」主教が言った。「もしキングズレーくんが前の晩に帽子を落としたとしたら事件当日にどうしてその帽子をかぶっていられたのだ?」
「ああ、実に単純なことです」ホームズは答えた。「帽子はふたつあったのです。それに、決定的に鍵の問題もありましたしね」
「ホームズ、それは何のことだ?」わたしは思わずたずねた。「鍵が話に上ったことなど覚えていないぞ」
「まさに鍵に関する言及がなかったのは注目に値した。なぜか? 地下室に入るには鍵が必要だった、そしてキングズレーさんはどうして侵入者が鍵を手に入れられたのかというきわどい疑問を持ち出さないのが得策だと考えたからだよ」
キングズレーの蒼白な顔と力の抜けた姿から彼が完敗を認めたことは明らかだった。主教はもうこれ以上の説明を必要としなかった。 「キングズレー、金はどうした? 使ってしまったのか?」
若い牧師は苦々しげだった。
「おれはギャンブラーなんだよ、主教さん。ほんとのところ、ずっとひどい借りがあったんだ。おれは教会の金をすこしずつ使い始めた。いつか大勝したら返そうと思ってたんだ……ところが、金は水みたいに手からこぼれていった。もうほとんど残ってない」
「では致し方ない、警察に任せねばならん」主教は言った。「それに、ハッチントンに新しい牧師を探さなければならない。キングズレー、おまえは監獄という名のずっと暗い教区の管理司祭を長年務めることになるような気がする」



典型的なホームズの「お出かけモノ」です。ベイカー街B221で鬱々としているホームズもそれなりに魅力的ですが、こうしてロンドンを後に地方に来ると心も軽く楽しげです。諧謔的な言動も好調です。
1に書きましたように今回は全文を聞き取りテキスト化してみました。その分時間がかかりましたがいい経験になりました。興味のある方はこちらでご覧ください。

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Comments

最後の詰めがしっくりこなかったのでネイティヴに確めて訂正しました。
ちょっと考えすぎで間違えていました。
やっぱりこの流れではなんだかしっくりこないという感覚は正しかったようです。。アハ

Helva san,

新作をありがとうございました。
前回と同じく大変楽しませていただきました。
テキスト化も大変だったでしょう。私と専門は違うけど、細かいところのツメが大事でそれが大変なことは容易に想像できます。
まとまって本になると良いですね。
ところでHacchingtonのKent VillageのTrinity教会とは実在するところなのでしょうか。
仕事からリタイアしたらホームズやポアロなどの原作をたどる旅でもしてみたいなーということで。。

けい

ありがとうございました! 今回は旅行がてらに楽しんでいるホームズさんがいい感じですね。
でももしかして、出かける前に犯人の目星はついていたんじゃあw

Keiさん

間が空いてしまいましたけれどお楽しみくださってありがとうございました。
細かい詰めの大変さ、そうわかってくださってありがとう。聞こえるか聞こえないかのところを聞き取って(意味に大差はなくても)正確に文字化するのは想像以上に時間と根気が必要でした。ノンネイティヴの悲しさです。
テキストをアップするのは著作権の問題もありかと思いますが、これはあくまでも自分で聞き取って文字化したのだから多少はOKかと。
>ホームズやポアロなどの原作をたどる旅でもしてみたいなー
いいですねえ、夢だなー

onionさん

勝手にお出かけホームズ、お籠りホームズと分類してるんですけどw
お出かけモノは映像化されたのも面白いですよね!
>出かける前に犯人の目星はついていたんじゃあw
さすがに主教の話だけじゃ心もとないですよね。でもまずは第一発見者を疑えという鉄則もあることですし。
これと当たりをつけて推理を補強する証拠を探すってのもありかと。
第四作はまた鉄道ものです。

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