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トリニティ牧師館の盗難事件 2

承前

牧師館を出ると午後ののどかな陽光と鳥のさえずりがわたしたちを迎えてくれた。わたしたちはキングズレー牧師の案内で教会の敷地を巡り始めた。
わたしはすぐさま頭の中にハッチントン村と周辺の地図を描き始めた。軍隊にいたときから習慣的でこれが今の生活の中でも役に立っている。
頭の中に広い農地を思い描くことができた。さしわたしおよそ2マイルの大きな長方形の農地だ。ハッチントン村と教会はほぼ反対の角に位置している。このかなりの広さの土地の四方を公道が取り囲んでいる。
キングズレー師はわたしたちを率いて教会の横から墓地へと続く草むした小道をたどった。
「ここがあの日の朝サム・マナーズが塗っていた教会の壁です。2,3時間働いて12時になったのでいつも通り昼食のためにコテージに帰しました。わたしは本を取りに牧師館へ戻りました。20分ほどたったころ裏口にノックが聞こえました。気も動転したマナーズ夫人が広縁の帽子をかぶった男が教会の敷地へ入っていくのを夫ともども見たというのです。すぐさま戻ってサムに地下室へ入るドアのところでわたしと落ち合うように伝えろと夫人に言いました。そしてまっすぐここへ駆けつけるとあたりはひどい有様でした」
キングズレーは道のすぐ横の地下室のドアへと続く四段ある石段を指差した。階段の横の壁は塗りさしのままだ。
「おそらく犯人はこんなところにペンキの缶があるとは思わずにこの地下室のドアから出てきて、大急ぎで逃げる際に蹴飛ばしていったのでしょう」
まだ乾いていない白い粉のようなペンキが一番下の板石の表面を汚して広がっていた。
「直後にサムが来ました」キングズレーは続けた。「人影はありませんでした。でもすぐにどちらへ行ったか分かりました。みなさんこちらへ来ていただけますか?」
牧師はわたしたちを連れて教会の敷地の境になっている木の柵まで草地を少し進んだ。柵には踏み越し段が設置してあり、その向こうは踏み分け道が草地の中に続いていた。
「これが犯人の逃げた道です」牧師は言った。
踏み越し段の向こうには雑草や丈の高い草の中を見え隠れにでこぼこの踏み分け道が牧草地を横切って遠くへ続いていた。
細い道のところどころに白い点が不連続についているのが見えた。
「推測するに―――白くついているのは逃げた男の足跡ですね」ホームズは言った。
「まさにその通りです。明らかにこの草地を横切ってハーディング小路へと逃げたのでしょう、ホームズさん」
わが友ホームズはうなずいた。踏み越段のところで足を止めた。「ここに白い手形が二つついている、こちらが右手、そして左手だ。男はよほどあわてていたと見える」
ホームズは身軽に踏み越し段を越えて少し草地の道を進んだ。屈みこんで犯人の残した白い跡を綿密に調べて一握りの草を引き抜くとわたしたちのところへ戻ってきた。
「キングズレーさん、ありがとう。ここで必要と思われるものはすべて見ました。他に何か役に立つと思われることはありますか?」
「もちろんです」牧師は意気込んで言った。「家へ戻りましょう」

ホームズはマナーズ夫婦もいっしょに牧師館に来るように求めた。しばらくてキングズレーの家の台所で、マナーズ夫人はみんなにお茶を淹をいれおわり、ホームズはといえば石の床の上をゆっくりと行ったり来たりしていた。
わたしは台所のテーブルにキングズレーとサムと同席していた。赤ら顔をした40代前半のサムにホームズは話しかけている。
「さてマナーズくん、事件の日に帽子をかぶった男を見たのはきみだけだったんだね?」
「はあ、そう思います、だんな。窓のそばに座って昼飯を食ってたんですがね。やつは大丈夫かどうか窺うように何度か道をあちこち見て、まっすぐ教会の敷地へ入ってきたんでさ。すぐに女房に裏口から牧師さんに知らせにいくように言いました」
「きみはコテージで奥さんが戻るまで待っていたんだね」
「そうでさあ」
「時間にしてどれくらい?」
「2分はかからなかったね」
「牧師さんはすぐに教会で落ち合いたいと言ってると聞いて大急ぎで駆けつけましたや」
「そしてキングズレーさんがきみを待っているのが見えた?」
「はあ、そうです。地下室のドアが大きく開きっぱなしであたり中真っ白で」
「ふむ、地下室のドアはきみが昼食を食べに行く前から鍵がかけてあったんだね?」
「はい、ホームズさん。いつも鍵はかかってます」
「そのときペンキの跡が点々とついているのに気がついた」
「そのとおりでさあ。それですぐ跡をたどって追いかけたんで」
「犯人からそう離れてはいなかっただろう?」
「だったと思います、でもあいつは風みたいに足の速いやつだった。あっしらが草地を横切るのに……ふう、4ハロン(1ハロン=約201m)以上あったけど5分もかからんかったでしょう。それなのに全然追いつけなかった。だけど向こう側で決定的なもんを見つけたんでさあ」
「これです」キングズレーが口を挟んだ。「サムが言っているのはこれのことです」
引き出しから白い縁のある黒ベルベットの帽子を取り出した。安物で闘牛の絵にあるピカドールがかぶっている帽子に形が似ていないともいえない。ホームズは帽子を手に取りあちこちひっくり返して見た。
「あっしが見つけたんでさ」マナーズが言った。「盗人に追いつこうと牧師さんの前を走っとったんです。踏み越段を越えたところで道端の草の中にこれがあるのを見つけたんで。逃げる途中で頭から落としたんでしょうや」
「ふむ、まだこれがどんな役に立つかわからないので、よろしければわたしが保管したいと思いますが」
「ええ、どうぞどうぞ」牧師は言った。
「ではここで別れてわたしたちは先へ行くとします。草地の中の道を行きます。犯人の逃げた道をたどってみたいので」

かくてわたしたちは一行と別れて教会を背にして広い草地を横切ってハーディング小路に向かって歩き始めた。
盗難事件からもう一週間あまりになるが草地にははっきりと白い足跡が残っていた。もう一つの踏み越し台で小道は終わっていた。その向こうには木陰になった細いハーディング小路が続いている。
ハッチントン村へ戻るには草地の周囲をぐるりと回る道をどちらに進んでもよかった。そこでわたしたちは、東に進んで教会のそばを通る道でなく西へ行く方を選んだ。足を進めながらホームズは繰り返しあちらこちらに目を向けた。野原や道端、石壁の継ぎ目や茂みや木々に眼を配った。
「何かに気づいたら教えてくれたまえよ、ワトソン」
そうするとわたしは答えた。しかし昼下がりの野原は明るく何事もなく静まり返り、木々では太陽の光を楽しむ鳥たちがたのしげにさえずっているだけだった。

やがて瀬音を立てる小川の橋にさしかかるとホームズは途中で足を止めた。
「あそこに何かある。ほら、見えるか?」と土手を指差した。サンザシの枝が流れの上にかぶさるように張り出している。
「あの茂みの中になにか、見間違いでなければなにか二つある」
わたしたちは小さな橋の欄干によじ登って土手に降りた。サンザシは重く低く垂れこめ、近寄っても奥を見透かすのに一苦労だった。
ホームズは落ちていた腕の太さほどの木の枝で茂みを払いながら進んだ。小さな勝ち誇った声があがり何かが見つかったのだと知れた。ホームズは手を伸ばすと大きな革のブーツをつかんで引き出した。
「ワトソン、どう思う? これはわれわれが探している犯人のブーツじゃないのかね?」
「やけにでかいな。これを履くのはかなりの大男だろう」とわたしは答えた。「底に白いペンキがついている。教会の草地の白い足跡に合うか確めるか?」
「まさにそれだろうよ、ワトソン。だがどうしてここに靴を捨てていく気になったんだろう?」
「おそらく、」わたしは推測した。「犯人はまだ跡を追われていると思っていて、この靴を履いたまま捕まったら犯人であることが見え見えになると思ったからじゃないのかな」
「靴を履いていないのも同じくらい怪しげだぞ」と、ホームズ。
「予備の靴を用意して持っていたのかもしれない。ワトソン、明明白白だ。犯人は地元の人間だよ。面が割れるのを恐れていなければどうしてあんなに手の込んだ変装をしなけりゃならない? さあ、ジョリー・ブルドック亭へ戻ろう。つまるところあそこには地元の人間が集まってくるのだから」

案の定わたしたちが戻ると先ほど会った教区役員のジョン・ハンプトンとマシュー・ウィンズロウは同じ席に戻っていた。そもそも席を離れることなくずっとそこにいたのかもしれない。テーブルに就くとやおらホームズは茂みで見つけたブーツを自分の横の床に置いた。二人は興味津々の面持ちで靴を見た。主人のスターキーが注文取りにやってくるなり聞いた。
「旦那がたの靴かい?」
「いやわたしたちのじゃない。ハーディング小路の茂みで見つけたんだ」とホームズ。
「へんな物をすてるやつもいるもんだ。おれにはどこも悪くみえねえがね」
「ほとんど履いていない」ホームズは答えてすぐに尋ねた。
「このブーツはきみの足に合うかね、スターキー?」近くのテーブルを見やりながら付け加えた。「それとも、そちらの方のどちらか?」
「おれには合いませんや、旦那」スターキーはたちどころに答えた。思ったより愛想がいい。
「たしかにおれの靴はバカでかく見えるけどね……でもおれの足はそれほどでかくないんで。ただ豆ができて痛むんでね」
「大きい靴が足の豆の痛みを和らげるって?」わたしの経験からすると痛む豆に悩む人はまったく逆のことを言うからだ。
「いや、そうじゃなくって。痛みを抑えるために3足厚いソックスを履かなきゃならんのですよ。だからいつも足のサイズより大きい靴にするんでさあ」こういうと、皮肉っぽくつけ加えた。「どっちにしても気に留めてくれてありがとうさんよ」
隣のテーブルのハンプトン氏が尋ねた。「ひとつお聞きしてもいいかな?そのブーツがどうして気になられるのかな?」
「いま行っている調査で、このブーツは……いわば科学的な重要性があるんですよ」ホームズは答えた。
そして二人が疑わしげな面持ちで向こうを向くとわたしに小声で言った。
「思った通りだ。ワトソン、犯人がわかったよ」

3へ続く

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