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トリニティ牧師館の盗難事件 1

BBC制作のオーディオブック "Sherlock Holmes: The Rediscovered Railway Mysteries and Other Stories"の第三話、"The Trinity Vicagage Larceny"の全訳です。今回は原文もすべて起こしました。最後に付記したいと思います。

トリニティ牧師館の盗難事件

ある晴れた春の日の午前のことだった。シャーロック・ホームズとわたしは紫衣を着たふくよかな男性の訪問を受けた。開いていたデイリークロニクルからふと目を挙げるとドアのところに彼の姿が見えたというわけだ。
紫衣の紳士はケントの主教だった。ホームズの以前からの知り合いだったがこの部屋を訪れる他の人々の御多分に漏れず心中穏やかならぬ深刻な問題を抱えてきたように見受けられた。
コーヒーとタバコを勧められてやや落ち着きを取り戻すと主教は促されるまでもなく心に秘めた話を始めた。
「方々、わたくしの抱えている問題というのは不運な若い牧師のことです。才能もあり将来が期待されていて教区でも人望のある若者なのですが、図らずもいま大変な苦境に陥っています」
「興味深いお話ですな」ホームズは言った。
「覚えておられるかもしれないが、」と主教は続けた。「ハッチントンのケント・ヴィレッジにあるトリニティ教会は昨年特筆すべき発見でニュースになりました」
「覚えておりますとも」わたしは言った。「地下納骨堂で非常に価値のある銀製の杯がみつかったんでしたね」
「そのとおり、ワトソンくん。素晴らしい中世の遺物でハッチントンの聖杯と呼ばれています。重さはおおよそ22ポンドで、ハッチントン教会の修復を進める費用をかなり補えると考えてわたしも認めたうえで大英博物館に売却しました。教会の建設の開始を一時延ばしていたキングズレー牧師は売却して得た資金を教会地下の金庫に保管しておいたのですが、それが昨日盗まれてしまったのです。ホームズくん、考えてもみたまえ。もしこれが新聞に漏れたらどんな大騒ぎになろうか、もちろんキングズレーとハッチントン教区の汚名となるだろう。教会の名を守るためにはいったいどうすべきか誰にもわらない。いかなる手を尽くしても金を取り戻し犯人をつかまえなければならないのです。わたしの言う意味がお分かりですかな、どれほど費用が掛かってもですよ、ホームズくん」
「さしあたり今のところ料金についてはご心配にならないように」ホームズは言った。
「そもそも、窃盗事件にかかわりがありそうな人について何か手がかりはあるのですか?」
「よくわからないが、事件の直後にキングズレーは犯人の正体を暴こうとして牧草地を追跡したのだが、結局大したことはわからなかったようだ」牧師は言った。
「そのお若い方に直接お会いした方がよさそうですね。できるだけ早く。ワトソン、何日かぼくといっしょにハッチントンへ行く都合がつけられるかい?」
「お二人とも、恩に着ますよ。来られるときにはトリニティ教会の僧坊に泊まられたらいい。それとも……もし宿屋がお望みならジョリー・ブルドッグ(愉快なブルドッグ)亭というところもあるが」
「ああ、ジョリー・ブルドッグですか。まさにわたしにうってつけに聞こえますね」ホームズは言った。

翌朝私たちはハッチントンへと向かった。腰を落ちつけた先は居心地はよさそうだがいささかくたびれた旅籠、つまりジョリー・ブルドッグ亭だった。
宿の主人、スターキーはぶっきらぼうな男でホームズより数インチばかり背が高く、天井の梁に頭をぶつけないように器用に屈んで避けながらごついブーツをはいてどすどす歩き回って客の世話を焼いていた。
スターキーはむっつりとわたしたちにパンと少し硬い冷たくなった肉の遅い軽食を出した。そして誰もかれも午後の二時半過ぎに昼食を食べたいというんなら昼食と夕食の間に摂る食事に名前をつけなきゃならんと文句を言った。
「残り物」ホームズはいたずらっぽくスターキーが聞き耳を立てられるくらいの声で言った「……それがぴったりの名前だろうね」
パブの主人はいまいましげなうなり声を漏らして離れて行った。わたしはホームズの方に身をかがめ小声で言った。
「あれがいい例だよ、いかに頭まで回る力が少ないやつほどうぬぼれが強いかってね(原文:自分のサイズの靴よりも自分を大きく見せる=うぬぼれる)」
「むしろここに来た様子から見るに彼のブーツは足より大きすぎるのではないかな」ホームズは穏やかに言った。
近くのテーブルにいる二人の紳士がわたしたちの話を聞いて笑っているのに気がついた。
「スターキーのことはあんまり気にしなさんな」一人が愛想よく話しかけてきた。「たくさんの客の相手で疲れとるんだよ」
紳士はジョン・ハンプトン、連れはマシュー・ウィンズロウと名のった。わたしたちはハッチントンヘ来た目的を明らかにしなかったけれども、彼らにはわたしたちが来ることがわかっていたようだった。やがてこの二人は教区役員会のメンバーであることがわかった。二人は盗難事件については詳細を知らされていたが、急いでまだ世間には知られていないと請け合った。
「ぜひとも首尾よく解決して盗人をつかまえてくだされ。わしらはあの若い牧師さんが気に入っておる。あのことがあってから大層悩んでおられるようだ」

キングズレー牧師の住まいはハッチントン小路からわきにそれる短い石畳の小道をたどったところにあった。教会は牧師館から少し奥で、西側にはほどほどの大きさの墓地が広がり反対の東側からはハッチントン小路に直接出られる道がある。一群れの果樹が陰を落としているあたりにチェリー・コテイジがあった。後にそれは聖堂守りの夫婦の住まいであること明らかになった。

キングスリー牧師は30代前半で背は低いが整った顔だちの男だった。僧服は非の打ちどころなく端正に整っていた。昨今の苦境で明らかに痛手を受けているようだが、落ち着いた様子で言葉も歯切れよく、落ち着きのある内装を施した客間にわたしたちを迎え入れてせいいっぱい歓迎してくれた。敷き詰めた深みのある色合いの厚いカーペットや刺繍のクッションは彼が繊細な好みを持っていることを物語っていた。
「お二人をお迎えできて心強く思います。主教様があなたがたについていろいろなことをお話くださいました。複雑に入り組んだ難事件を次々解決されたことなどです。ただ問題があります。ご存じとは思いますが、わたしたちは盗賊が逃げたのを目撃したのに正体を暴けませんでした。しかしながら、あなたのご高察をいただければそれに啓発されてわたしにとっては曖昧模糊としたいくつかの点に解決の光がさすかもしれません―――もちろんわたしが適切な問題点をお示しできればですが」
「そうなればわたしもうれしいことです、キングズレーさん」ホームズは言った。
「まず手始めに、最近この瀟洒な部屋で会合がありましたね。見たところ3人の方を除けば4人目はあなただったようだ。肘掛のない椅子は別の部屋に片付けられたのですね」
「こ、これは……どうしてそれがお分かりになりましたか?」
「ああ、簡単なことです。窓の側のカーペットの上に4脚分の椅子の跡がついています。ゆえに4人集まったと考えました。だが室内にはそれに合う脚の椅子がない」
「おっしゃる通りです。まったく言い当てていらっしゃる」キングズレーはぱっと顔をほころばせて言った。「毎週行っている教区の役員会が昨日あったところです。昨日聖杯を売却した金が盗まれたことを初めて役員のみなさんのお耳に入れたのです。犯人が捕まるまで役員の間だけに内密にしておいてもらいたいのですが……」牧師はここで言葉を切った。
「キングズレーさん、続けて」ホームズは促した。
「ところが、役員の方々は2週間前に聖杯の売却金を教会の地下の金庫に納めておくとわたしがご報告した時にいらっしゃったのと同じお3人だったのです。この事実を知っているのはその方々とわたしだけだったのですから、みなさんが真正直な方であるかもはや確信が持てなくなりました。本当に憂うべき不運なことです」
「すべて現金だったのですね?」
「はい、ホームズさん」
「現金にしておけば教会の補修工事に地元の人を日決めで雇って支払いができるからです。毎日だれかが壁塗りを仕上げるたびに銀行へ走っていって賃金を引き出してくる時間はとてもありませんから」
「現金は厳重に保管されていたのですね?」
「はい。地下納骨堂には金庫があって教会のささやかな宝物も保管しています」
「地下室自体にも施錠していますね」
「ええ。入れるのは教会内部からと庭に続く扉のところからですが、どちらの扉も夜には施錠します……ホームズさん、どうかこの苦境を救ってください。もし金が取り戻せないとなると信徒の方々に会せる顔がありません」 
  「ではお邪魔でももう一度事件のすべてをワトソン先生とわたしに話してください」
「はい、わかりました」

「……2週間前の月曜日、午前11時頃この窓から外を眺めると男の姿が見えました、……ええ、確かに男だと思いました。墓地の屋根付き門付近に立って教会の敷地を覗いていました。このときにはひどくツバの広い帽子をかぶっていること以外に特に注意はしませんでした。帽子を目深にかぶり、しかも襟を立てていたので人相のほどは見て取れませんでした。申し上げたように身のこなし方から女ではなかったのは確かです。男がハッチントン小路の方へ取って返して村に向かうまで優に10分、わたしは男を見ていました。同じ日の午後、二階の窓からまたその男を見たのです。こんどは遠くの小路の側で木の下に立って、またなんというかこちらの教会と敷地を伺っているように見えました。念入りに正体を隠すような様子に自然とわたしの警戒心が頭をもたげました。この男を二度目撃したあと、その夜わたしは、ワトソンさんあなたが今座っておられる椅子にかけていたとき、まさに晴天の霹靂のごとく、はっとある考えに思い当りました。なぜもっと早く気づかなかったのか不思議に思われるでしょう。この不審者は地下金庫に入れてある現金を狙っているのではあるまいか。この不安な予感がひらめいてわたしは聖堂番のサムとメイのマナーズ夫婦に話をしました。二人はご覧になった屋根付き門のそばのチェリー・コテイジに住んでいます。裏口からこの家へ来る近道があってわたしに用があるときには彼らはいつもそこを使っています。わたしが彼らに言ったのは、皆さんもそう思われるでしょうが、これは何か問題になると思ったからです。もしも二人がこの不審な人物、いや誰といわず知らない者が教会の敷地内にいるのを見かけたらすぐに知らせるように頼みました。どうやらこの帽子の男はわたしの動向を探り始めているように思われた節がありました。というのもまずメイが、次いで夫のサムが実際にその男を見たことがあると言ったからからです。いよいよ現金が狙われるのが差し迫っているという危機感を持ちました。わたしはこの脅威が去るまでは牧師館や教会の敷地から離れまいと心に決めました。そしてマナーズ夫婦にもし不審者をまた見かけたら近道を使ってわたしの住まいにすぐに知らせに来るように、しかしどんなことがあっても近づかないようにしかと申しました。そして、いよいよ事件当日です。その日サム・マナーズは教会の壁を白く塗っていました」
キングズレーの話がここまで来たときにホームズは立ち上がった。
「キングズレーさん、わたしたちも教会の土地回りを知っておいた方がよさそうなので続きは外で話してもらえますか?」

2へ続く

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Comments

新作ありがとうございます!
牧師館の盗難とは、またオリジナルを彷彿とさせますねえ、続きを楽しみにしています!

>onionさん
直訳すると「三位一体教会牧師館の窃盗」ですけどちょっと無様なので盗難事件に。レトロでいいでしょう?
それにしてもどうしても事件現場周辺の地理がはっきりわからないんですよね、地図を書いてみてもあっちこっち矛盾して。わからん。。。

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