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HD危機

旅行から戻ってPCを起動すると普段なら山ほどのジャンクメールということに相場が決まっていたものですが…。

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はい? なにこれ?
F2で続行すると…

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はい??
でもってさらに無視して続行するとwinの起動はできてもこれが出てきた!

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はい?
あわくってBUしましたよ。やりながらもこの警告がちょいちょい現れます、早くしないとクラッシュするぞとばかりに。

何度か試みても結果は同じ。最初ほど驚きませんでしたがこれはかなりやばい…かんじ。
このマシンを使いだしてからまだ1年ばかり。
うう、あたりが悪かったのか? 
あちゃ、3年保証入れてないや。
てことは、有償修理??

…ってことになりました。
○ELLに連絡すると引取り修理、またはHD交換とのこと。
買った時の半額ちかく…
近頃では外付け1THDが10,000くらいで買ちゃったりするのに。

自分ではどうしようもないので手続きしました。明日には黒猫が来てくわえて運んでくれるはず。
それにしてもメンテは高くつく~~
またもや引っ越しかと思うと心が重い。。。。

というわけで最長半月ほどはネットデトックスします。ほかに通信メディアを持たないという近頃まれな人種です。これを機に何か買おうか、HDのグレードアップしてしまおうか、いや修理費が、と悶々鬱々。無事に復帰したらまたよろしく、ぺこり。


四つの署名———フリーマンによる前書き

Sign_of_four

さて、大詰めに近づいてきました。今回は「四つの署名」前書きはマーティン・フリーマンです。
カンバーバッチよりもさらに話口調で、ワトソンのキャラクターがそのまま話しているようです。
これまた前回同様、言語明瞭意味不明瞭というところがあります。おそらく読まれると、ははあこれね、とわかることと思います。
わたくしことながら、明日から一週間旅行に出るので、それまでにアップしてしまおうと急いだ楽屋裏があります。
フリーマンの言葉を借りれば、こういったことは大急ぎですべきじゃないんだ、ということになりそうですが。
では、どうぞ。

↓ここから

「マーティン、シャーロック・ホームズの現代版へ出演を依頼したいんだが?」
あれ、ま。

頭の中で警報がなった。テレビ用語で「現代」ってどういう意味だ? ラップで推理をやるのか? ホームズとワトソンがレクサスに 乗ってレストレードに会いに行く道すがらロンドンの街中に爆弾を投げ回るのか? しかもレストレードは車イスに乗ってるレスビア ンで昼食にはクラスAのドラッグがお好みだったりして。

実際は、このドラマについてのデイリー・メイルの記事を読めばぼくたちの作り上げた物がわかる。
だが、脇道へそれるが…ほんとうに警戒していたのはホームズが「かっこよく」なるという考えだった。いい意味のかっこいいじゃなくてテレビでの「かっこいい」だ 。それは、ほら…ちっともかっこよくないだろう? 
それにちよっと心配だったのは原作から離れすぎてしまうんじゃないかというこ とだった——ご推察の通り、原作はどれも読んだことがなかったんだけど、ね。

  コナン・ドイル?要チェック。バスカヴィル家の犬?要チェック。(あなたが投げかけてくれるホームズもの、どんなバージョンでも 見ますよ)ラスボーンとブルース? もちろん!(彼らはぼくの初めてのホームズ体験だった、今でもすばらしいと思ってる)
いい話は(はいはい、モファットとゲイティスはさておいて、後で彼らの話はするよ)ベネディクト・カンバーバッチにホームズをや らせようとしていることだった。オーケー、なかなか耳寄りな話だ。ずっと彼はいい仕事をしてると思っていたし、シャーロックにう ってつけだ、問題ない。しかし、だ。ぼくにワトソンをやれだって。これっていいことか? 興味がもてる役だろうか?別のやつが賢 さをひけらかしているときに、カメラの外で何かもごもご言うなんて、ちっとも面白いと思わなかった。

そのうえ、ナイジェル・ブルースに心からの敬意を払っていうのだが(ぼくにとってのワトソンは彼だけだ)、彼は永遠のワトソン役 でぼくよりも731年くらいも年長だった。(まあ、そういう感じに見えたのだ——ずっと昔のことだ。当時彼はやっと26歳だった)

脚本が届いて何もかもが、そうまったく何もかもすべてが腑に落ちた。雰囲気、進行速度、シャーロックとジョンの関係、アクション と、ぼくが会話の掛け合いと好んで呼ぶ部分のバランス———それらがページから飛び立ちぼくはぶっとんだ。スティーヴン・モファ ットとマーク・ゲイティスは間違いなく優秀な尊敬に値する脚本家だ。だが、ワトソンはぼくが思っていたよりもずっと活動的だった 。彼らが確かにそうしたんだね? 「もごもご」を引っ込めて代わりに「ドスッ!」(*重たい打撃音の擬態音、ボスッ、ドコッ)を加 えた?

いや、実際にはそうじゃない。スティーヴンとマークがシャーロックの脚本家としてやったことは奇跡に他ならないことだったと言い たいのだ。彼らの創案と革新は天才の技にちかいものだ——もしそういうものがあればだ。しかしぼくはおいおいわかっていくことに なるのだが、コナン・ドイルの素材は思っていたよりもずっと現代的で、ちっとも小ぢんまりとはしていなかった。

ジョンは傷病兵としてアフガニスタンから帰還した軍医だった、原作のワトソンと同じである。肉体的に堅固な男で、これも原作通り だ。さっきも言ったように現時点でぼくはコナン・ドイルを読み切っていない。だが、ジョン役をやるとサインしてから原作に親しみ 始めた。それは今も続いている。こういったことはあわててされるべきじゃないし、まだまだ読む原作が残っているのはうれしいこと だ。

たくさんの話がドラマ化してくれとせがんでいる———ほとんどがドラマ化にこれ以上いい話が思いつかない話であるのは偶然ではな い。ただ筋立てがとても巧妙だからというだけではない、実際とても巧妙なのだけど。また、人物がとてもうまく描かれているからと いうだけでもない、実際とてもうまく描かれているのだが。
会話の掛け合いが絶妙なのだ!読めば読むほど、さまざまなTVと映画の脚色において、ドイルの編み出した会話のすべてがまったく変更されていないということがわかってくるのだ。そこにはドラマがある。 真の機知がある。あなたが今手に取っている本がそのいい例だ。

ぼくに言えるのはこの本にメアリー・モースタンがでてくることだ。ジョン・ワトソンにとっていい知らせだ。残りはあなたがご自分 で見つけ出してください。そして、たっぷり楽しんでください。

マーティン・フリーマン

おや、この回には訳者による注はなかった、それだけわかりやすかった…のかな?


バスカヴィル家の犬———カンバーバッチによる前書き

The_hound_of_the_baskervilles

三冊目となりました。今回の前書きはSHERLOCKのタイトルロールを演じるベネディクト・カンバーバッチ。
ゲイティスやモファットと世代が違うというか、わたしが彼らの年代に近いので心情に親近感を覚えるだけかもしれませんが、いままでとちょっと変わった雰囲気の語り口です。まるで目の前でベニーが話しているようです。
中にはこりゃなんじゃ?というような箇所がありましたが、前後からおそらくこういうことを言っているのだろうと類推して訳したところもあります。おいおい訂正すべきは訂正するつもりなので、ご愛嬌としてご覧ください。では、始まり始まり。


↓ここから

「ホームズさん、それは巨大な犬の足跡だったんです!」
  すごい一節だ。
  おわり。
  ちょっと待て、ほんとうにぼくに「犬」の前書きをまるまる書かせたいのか?
 (もしこれがミュージカルだったら、いつもの調子でやれるのに。”ハウンド!” ミュージカル…ああ、いい思いつきが… 集中しろ、カンバーバッチ!)

これってマーティン・フリーマンの陰謀じゃないのか? 彼はあのシリーズは遠からず(*シャーロックじゃなくて)"ジョン"と改名さ れるだろうと確信しているんだから。
結局のところ、これはホームズの原作中で一番よく知られていてしかも恐ろしい話だ。それでいて全編15章のうちホームズが出てこな い章が6つもある。なぜなんだ?

あきらかに犬のせいだ! おっとすまない、これはネタバレだった……
しかし、シャーロックなら近場にいるでかい犬について嗅ぎまわることであっさりと正解に達してしまうだろう。そしてぼくらは221B に戻ってゆっくりタンタロスの煉獄(*暖炉のこと)をこじ開け石炭入れからもう一本タバコを取り出す余裕ができるというものだ。
ともかく、マーク・ゲイティスがこうしてはいけないってことはないよね? マークはぼくらのバージョンの犬を書いたし、おまけ犬も飼っているのだから! 名前はブンセン!
マークと(それにブンセン)に対してフェアであるために言っておくが、炎は「そのかっと開けた口から吹き出」さないし、(前の晩 に食べたニシンの臭いにおいを出さなければだが)、目が「熾火のように」光ることもないし、「逆立った毛や垂れたのど」の体の輪 郭が「ちらちらした炎に」包まれているわけでもない。それどころか、ブンセンはごろごろ転がってよだれを垂らしおなかを出して撫 でてくれとせがむのだ。

ぼくはシャーロック・ホームズに関しては晩生だった。3年前にやっと手をつけて今もなお進行中である。今でこそホームズもの を全部読んだが、最初はまったくのど素人で、知り合いだったふたりのホームズのビッグマニアに頼りっきりだった———そう、ス ティーヴン・モファットとマーク・ゲイティスのことだ。世界で一番偉大な(コンサルト嘱託、とはいうが思うにオールラウンドの) 探偵を演じるうえで必要な直感を彼らにリードしてもらった。ぼくにとって幸運だったのは、彼らがはったりじゃなくて本物だったこと、 そしてわが国のトップクラスの脚本家の二人であったことだ。
ぼくは最初から読み始めた。そして「緋色の研究」を読んではたと気がついた。原作はすべてのキャラクターの位置づけのための青写真で、シャーロックを演じる際の天の恵みだったのだ。

ドクター・ワトソンは、職業柄、とても観察眼の鋭い人だ。(ふん、見るには見るが観察しているとは限らないと、ホームズはしばしばワトソンにくぎを刺す)しかし、ページの中でホームズに生き生きした実像を与える人物としてワトソンは申し分なくすばらしいのだ。だから役作りのための読書にいっそう拍車がかかった。この驚くべき物語に関するあらゆるものが加速度的に大好きになっていったように。ホームズ聖典を読むのが課題だとは、なんて喜ばしいことだろう。ああ、役者冥利に尽きるというものだ!

初期のころにワトソンがホームズの外見的特徴に関するすばらしい描写をしている;「彼を観察しているといやおうなしに思い出すの が純血種のよく訓練されたフォックスハウンドだ。懸命になってクンクン鳴きながら途切れた匂いを再び嗅ぎあてるまで獲物が潜んで いるあたりを行きつ戻りつ駆け回るのだ。」
のちにホームズは自分を「狼ではなく犬だ」と表現しており、匂いをつけていくときの興奮しきった犬の一面を持つとともに一方では 221Bの暖炉のそばでの無気力にふさぎ込んで夢見るような振る舞いでもう一つの犬の姿を見せるのである。

ホームズ聖典にはたくさんの犬が登場する。夜に吠える犬、吠えない犬。「グロリア・スコット号」ではホームズは大学時代にブルテ リアに噛まれて治るのに10日かかったということが明らかになる。あの印象的な雑種犬のトビーもいる。半分スパニエルで半分ラーチ ャー(*狩猟用に仕込んだ雑種犬)の心強い味方。(確かあれは四分の一がグレイハウンドとアイリッシュウルフハウンドじゃなかった かな? 集中しろ、カンバーバッチ!!)
ともかく、ラーチャーにかけあわされたスパニエルのことよりも(物語の展開から考えると…この例では犬のサイズが優性だったよう だ)ホームズは「ロンドン中の刑事よりもトビーの助けの方が欲しい」と思ったことを考えるんだ!

しかし、ホームズ聖典の中でほんとうに重要な犬は一匹だ。それはダートムーアの霧の中に禍々しい歩みを進める——バスカヴィル一 族にかけられた古の呪いだ!

ぼくはこのすばらしい話を最初に読んでもらったのを覚えている。学校の先生だったか、人を楽しませるのが上手だった父だったか、どちらかにだ。怪奇の部分に芯から震え上がったけれども、きっとわれらがヒーローのホームズが倦むことなく論理で突き詰めて迷信の蜘蛛の巣を吹き払ってくれるだろうと期待した。
だが、待てよ! ドクター・ワトソンがダートムーアへ行くことになった…それも一人で! 最近のぼくたちのBBCのSHERLOCKでは ロンドンを離れロケーションで数日を過ごした。物語のもうひとりの主役ともいうべきダートムーアに出会うために。
それは呆然となるほどの光景だった。なだらかに起伏する丘や谷が急に広漠として荘厳なムーアに変わっていく。日没の薄れゆく日 の光の中にその景色がどこまでもずっと続いていく。日が沈むとまたたく間に気温が下がり、あたりの景色はどことなく人を寄せ付け ないよそよそしく荒れ果てたものに変わる。これこそ、コナン・ドイルが巧みに急峻な岩山と霧の悪夢の風景に作り変えた、寂寥感あふ れる凄絶な美しさあふれる場所なのだ。
物音が実際より近くに聞こえる。あなたは伸ばした手の先の闇の中に潜むものにおののいて胸がぎゆっと締まる。そして、彼方から吠え声が…そのおぞましさと救いのなさに背筋が凍る。飢えと復讐に満ちた獣の咆哮!

あなたが本書を初めて読むのなら、ようこそ。これから本の中でスリルが待ち構えるていると思うとあなたがうらやましい。旧友に会いに 戻ってきたのなら、このようなことで時間を取らせてしまったことをお詫びしたい。
さあ、紳士淑女の皆々様! シャーロック・ホームズの扱った事件の中でも最も有名で愛された、恐ろしくもぞっとするほど美しい物 語、バスカヴィル家の犬でございます。

    これでよかったかな? もう一度やらせてもらえる? 
    え、これは撮影と違うって…?
    ああ、なんてこった!

ベネディクト・カンバーバッチ
(*は訳者による注)


緋色の研究———モファットによる前書き

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前項のゲイティスさんに続いてスティーヴン・モファットさんによる前書きを紹介します。
コナン・ドイルによる60篇のシャーロック・ホームズ小説(長編4、短編56)の記念すべき第一作である「緋色の研究」(A Study in Scarlet)です。

モファットとゲイティスの制作したBBCドラマSHERLOCKの第一作は「ピンク色の研究」(A Study in Pink)は、もちろんこの作品へのオマージュです。
彼のシャーロック・ホームズへの愛はゲイティスのそれに勝るとも劣らぬくらいです。言葉の端々から愛がうかがわれます。読んでいる読者としてもほほえましいというか羨ましさまで感じるほどです。それでは、お楽しみください。


↓ここから

小さい頃、シャーロック・ホームズの名前は聞いたことがあったが本も読んだことはないし、映画も見たことはなかった。
一度だけホームズ=ワトソンの映画をちらっと見たことはあるが(わたしはどうも彼らをあべこべに受け取ったようだ。ワトソンの方が年上に見えたので賢いのだろうと思い込んだ)すぐに子供部屋へ戻された。その時放送していたのは「バスカヴィル家の犬」でとてつもなくおっそろしいシロモノだったからだ。
案の定その夜、ベッドの中で震えながら頭の中では妄想が始まった———階下がダートムーアと化し、下から巨大な犬の吠え声が聞こえてきたのだ!

シャーロック・ホームズは探偵だ、それは知っていたし推理小説も楽しんでいた。(たとえほとんどが謎解きの説明で基本的には答えが出せなかったクルードのゲームみたいなものであったにせよ)(*Cluedoイギリス、ワディントン社の犯人当てのゲーム)だが、明らかにこのシャーロック・ホームズの話は他とは違っていた。そこには怪物と戦う探偵がいた…

「シャーロック・ホームズってどんな人なの?」わたしは何度も父に聞いたものだ。あのころは答えを見つけるのが簡単ではなかった。インターネットは何マイルも離れた図書館にしかなくて、そこへ行くにはバスを乗り換えなければならなかった(ブロードバンドのスピードが遅いと不平を垂れていたのと同じころの昔の話である)。おまけにわたしがよく行く書店にはシャーロック・ホームズの本などなさそうだった。

そうこうするうち、ある週末にわたしは祖父母の家に泊まりに行った。いつもはこのお泊りは好きだったのだが、その時に限ってわたしはむっつりしていた。友達や両親が恋しくなりかかっていたからだ。祖父母の家に残されて(ぽいっと放り出されるようにだ、間違いなくわたしにはそう思えた)ふくれっ面でわたしは自分にあてがわれた部屋へ行った。するとベッドの上にプレゼントがあった。たぶんわたしに対して悪いという気持ちがあったのだろうが、そんなことはどうでもよかった。なぜって? それは本だったからだ。それも部屋の入り口からでもどんな本か分かった——表紙には黄色っぽい霧を背景に鹿撃ち帽をかぶった男の黒いシルエットの横顔があった。

黄色い霧だ! とっつきにこれ以上かっこいいものがあっただろうか! 大気汚染防止法は大いに褒められるべきものだが、詩的文学に関してはいかがなものだろうか? さらにじっくり見ると、その本は今あなたが手にしている本、つまりサー・アーサー・コナン・ドイルによる「緋色の研究」だった。シャーロック・ホームズの冒険というキャッチフレーズがあった。そう、疑いの余地はなかった。

実際それは単に有名なシャーロック・ホームズの話であるにとどまらなかった——第一作だったのだ!そもそもの始まりの話。ほんとうのいの一番なのだ。この出来事のおかげでわたしはホームズの全作品を読破したすべての人々の中で、最初から正しい順序で読んだ数少ない読者になれたのだと思いたい。
まさに第一作目の本の第一ページ目をめくるとき、本は巨大な扉が開くように軋み重々しい音をたてたにちがいない———その後決して離れることのない新しい世界に第一歩を記したのだから。

読み出した後に押し寄せてくるありとあらゆるものがわかっていたならば、わたしはページをめくることができなかったかもしれない!
ムーアに跋扈する巨大な犬、呼び鈴の紐を伝う蛇、卑劣なモリアーティと美しいアイリーン・アドラー。ブルース・パティントン計画と夜間に番犬の用をなさない犬。さらに戦時下のロンドンでナチと戦うバジル・ラスボーンとスパイダー・ウーマンの非現実的な夢、そしてジェレミー・ブレットはグラナダテレビの優れたシリーズでそれまで退屈だったテレビに劇場の演劇なみの衝撃を与えてくれた。ビリー・ワイルダーは天分を子供のころのお気に入りに余すところなく注ぎ込み、美しくも不気味な——それでいてとびきり面白い———シャーロック・ホームズの冒険(*The Private Life of Sherlock Holmes 1970年 脚本・監督・制作)をわたしたちの前に繰り広げた。

もしまだこの本を読んでいないなら、さあさっさと読んでください。わたしはネタバレはきらいだし、あなたも、どうなるかだんだんわかってくるにつれてネタバレがなくてよかった、と思うようになるだろう。だから、さあ今から読んでください、読み終わったらまた次の文の頭に戻ってきてください。


やあ、再びようこそ。驚きだったでしょう? なんと大胆に小気味よくスマートな語り口であることか。いかにヴィクトリア時代の枠を超えて控えめに現代風に書かれていることか。最初の登場にしてキャラクターが完全に出来上がって、しかも恐ろしいほどのシャーロック・ホームズについてはどうだろう? すべての小説の中のもっとも偉大なヒーローの一人、その男の最初の姿をわたしたちはどのようにして知るのであろうか。なんと彼は解剖室で死体を鞭打っているのだ。
それから100年以上もたって、マーク・ゲイティスとともにわたしたちなりの現代版を制作した折に、われらの新シャーロック・ホームズの登場に際してまったく同じことをさせた。このわたしたちの勇気とエネルギーに対して多大な喝采をもらった。だが、わたしたちが得たほかの多くの秀逸な着想と同じく、これも原典からそのまま使ったものだった。

そのうえ、われらのヒーローはまったく正統派ヒーローっぽくないだろう? 冷徹でうぬぼれやでユーモアのセンスがなくて、自分の選んだ職業に没頭する様子は気味が悪いほどだ。常人には不可解な秀でた能力をもつ一方で彼の知識にはとんだ欠落がある、それについてワトソンが作ったぞっとするリストがある。
ずっと昔には、わたしのヒーロー像はこんなものではなかった。わたしが期待したのは、魅力的で勇敢で心優しいヒーロー——でも、そこはほら、わたしはやめずに読み続けた。わたしを駆り立てたのは「推理」だった。ああ、なんとその推理にぞくぞくしたことだろう。はじめて会った時シャーロックはたちどころにワトソンが最近アフガニスタンから帰ってきたことを知った。しかし、どうやって? ドイルは答えを明かさずにあなたに待ちぼうけをくらわしただろう? そして彼は初めての事件現場へ赴き、みんなに殺人者は赤ら顔の人物だと告げるのだ。わたしはここでもどきっとした———どうしてそんなことができるのだろう? どうしたらこういう顔だという証拠が空気中に残るのだろう? またもやドイルに手玉にとられて読者はページをむさぼり読むことになる。どうやってこんな不思議な芸当ができたのか探り当てようと必死になる。

本を読み終わるころには自分がほんとうにシャーロック・ホームズが好きなのか確信が持てなくなった——正直言って、どうして好きになれる?——だがいままでに読んだ本の登場人物でこれほど虜にさせられ、胸を躍らせたキャラクターはいなかった。ホームズはわたしを安心して落ち着かさせてくれなかった。わたしはいつも自分の立ち位置がわからなくなった。しばしの間素晴らしい頭脳のひらめきに畏敬の念に撃たれたと思うと、次の瞬間に彼は傲慢さと残酷さでわたしの横っ面をひっぱたくのだった。そしてストーリーテリングの達人であるドイルはさらにそれに輪をかけて持ち上げたり蹴落としたりするのだ。

本書のすぐ後に書かれた「四つの署名」でホームズは事件が途絶えた退屈さをまぎらわすために麻薬を使う——心底ショックを受けた———ところがすぐに彼はひとつの懐中時計から持ち主の全体像を推理するのだ。そしてわたしはそれにまた心を躍らした。
同時にホームズはドクター・ワトソンに対していつも意地悪く接する。女性に対する許しがたい発言をするし、一連の作品の中でドイルが繰り返し描くことになる素晴らしい天才のひらめきをもって自分が登場する話を酷評するのだ!
(*ワトソンの書いた)「緋色の研究」がこうむったもっともひどい(*ホームズによる)批評を知りたいなら続編を読むといい。(*四つの署名の冒頭)———シャーロック・ホームズは自分の仕事の報告書としてのこの本が気に入らないと公式に表明する。とっくに野心的な出版社がシャーロックの言ったこきおろしを引用して表紙に載せてもいいころだと思うのだが。
ドイルの文才へ手放しの賞賛を送ることが多いが、生意気な態度と信頼性とを結びつけるこの大胆なアイディアには毎度のことながら笑わされるのだ。

もうひとつの物語が連作の中で進行している。静かにゆっくり近づいてくるので読者はその存在になかなか気がつかない。そして徐々に頭の中に姿をとり出すすべての事のように、それが肝心要なのだ。
これらすべての輝かしい小説はひっくるめて見ればふたりの友情の物語に他ならない。すべての小説作品の中で、最高の不滅のもっとも心温まる友情。このふたりの男たちが互いに愛し合っていることに疑いの余地はない。しかしそれは物語中では決して明言されていない、触れられてすらいない。
二人は一緒に冒険をする。ホームズは冷淡でワトソンは忍耐強い。ホームズは才知をひらめかせ、ワトソンは勇敢さを示す。しかしふたりは常ににともにある。常に全幅の信頼を互いに抱いている。まさにそれだけのことである。おおよその男同士の友情と同様に、なにもかもが推測の中にあり、なにひとつ言葉では語られないのである。

ああ、ひとつだけをのぞいて。ただ一度だけ、それが読者の運なのだ。もしあなたがわたしがしたように出版されたとおりの順で読み進むならば「三人ガリデブ」に行き当たるまでにずいぶんと長い時間待たなければならない。(*シャーロック・ホームズの事件簿掲載、56ある短編の49番目)だが、焦ってはいけない。順を追って読み続けたまえ——その瞬間が訪れたとき、きっとあなたは涙を押しとどめようと瞬きを繰り返すだろう。

先日、マークとわたしはSHERLOCKの来シーズンについて制作発表をした。当然のことながら、シャーロック・ホームズの永続的な魅力はなんですかという質問が出た。マークは「推理、そしてもちろん友情だ」と答えた。もしシャーロック・ホームズの物語が小説という形で最大のヒットであるならば———まったくその通りなのだが———人が彼らのようなヒーローを好むということから人間についてどのようなことが推論されるだろう? 結局のところ、わたしたちは心地よい理性と佳き友情を愛する、ということなのだ。

  それがあればわたしは生きていけると思うのだ。

スティーヴン・モファット

(*は訳者による注)