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早春――妄想その7

Wabisuke

父の話をしよう。
父は実業家だった。社会的にかなりの業績をあげたやり手だったが、引退してからは、一介の市井の老爺となった。
父と姉と兄、そしわたしの暮らし。それぞれが思いを胸に持ちながら、同じような日々が穏やかに過ぎて行った。

冬は長く寒い。だが、必ず冬の終わりを感じる時がやってくる。そしてほんの少し春の兆しが見え出す。父はそれを浅い春とよんだ。
父は浅い春が好きだった。毎年口癖のように、浅い春はいい、花盛りの爛漫の春ももちろんいいけれど、余寒の中に感じる浅い春が好きだと言った。父の言葉で春の訪れに気づくのが常だった。

父がいなくなって年月が流れ、今年もまた春が訪れる。ああ、もう春だなあと感じてふと思う。これが父の言っていた浅い春だ。
その訪れがわたしにも感じられるようになってきた。父が隣にいたころにはまだ感じられなかった季節の訪れ――それが近頃では早くやってくる。気がつくと、ひとつきばかり早くやってくるようになった。

裏木戸をくぐり山辺の道をたどる。落葉した雑木の中に緑を保つこんもりした藪がある。
つやつやした葉が頼もしい椿だ。はっと目を引くような赤い蕾が葉陰から姿を覗かせる。赤の侘助だ、これもまた父のお気に入りだった。

わたしは結婚が遅かったせいで歳がいってから初めての子を授かった。いまわたしの膝の上で無心な瞳を輝かせている女の赤ん坊だ。
おかしなことにわたしはこの子が妻のお腹の中にいるときには「太郎」と呼んでいた。なんとなくそう呼ぶのがふさわしいように思えたからだ。日本の物語に出てくる腹掛けをして丸々と太った赤子、まだ見ぬ子をわたしはこういう美しい伝説の子供のイメージで想像していた。

でもわたしは女の子でよかったと思う。いとおしいのだ。小さな白い手を見るたびに、ここにわたしの命があるのだと思う。それは父がわたしにくれたもの、わたしが吾子に伝えるもの、そしてずっと遠い過去から未来永劫に続いていくものだ。

まだまだ寒い。炉では一日中火を絶やすことはない。昼過ぎにくべた薪がとろとろ燃えて、ゆっくりと白い熾きに変わっていく。
窓から見える遠山に積もった雪はまだ消えない。穏やかに穏やかにまた一日が過ぎていく、そうして少しずつ春が近づいてくる。

わたしは思いたって背戸の侘助を剪って花瓶に挿した。父ならば侘助には飾らぬ竹の花器を選んだだろう。だが、わたしはあえて鶴首の染付に挿してみた。一幅の絵のような華やかさだ。

夕べの庭に立ち出でて風情を楽しむ。余寒の中にも暖かさを感じる。駘蕩とした生暖かさ。
ああ、これが生きているということなのか――日常の、自然の、人為の、わたしをとりまくすべてのものから、わたしは自分の「生」を感じる、享受する。
夕べの庭に夕餉の支度をする煙がうっすら漂い、わたしの頬にふれて消えていく。わたしはあまりに大きな感動に不覚にも涙する。
この年まで大したことも成さずに生きてきたわたしの拙さ、至らなさが、今日もしきりと思われる。

父が好きだった浅い春、わたしにもだんだん早く訪れるようになった春。
わたしは父の年まで生きられないかもしれない。そんな予感がししてならない。いちばんの親不孝であることだなあと、ゆくりなく思った。


妄想の暴走第7弾です。満開の桜を先に書いてしまったので、季節の前後がありますが、これも以前から書きたかったものです。意余りて言葉足らずです。またあとから少し手を入れるかも。

Comments

こんばんは。と言いますか、おはよう御座いますの時間ですねっすっかりご無沙汰してますが...お元気かしら?とここにお伺いしましたw私は時差ぼけのような生活で、朝方にならんと眠れなく。困った生活の日々です。私のブログも更新完全ストップしてしまい。今は海外方面でグラフィックアートとかを作り、趣味を続けているところ。地近々新たにサイトを作ろうか思案中です・苦笑 ジャンルは相変わらずですが。多分海外シェアしているそのアート見本とか、fanficとかアップ出来ればいいなと、そんな程度です。
これ、良い文章ですねw素敵★ 妄想爆走でも表現力は素晴らしい限りだと思います。ではでは又。

遅くなりましたが拝見しました。
いや~もう文章が巧みで読ませるなあといったところです。
妄想とは思えぬリアルさはきっとHelvaさんの文章が上手いからなんですね。
主人公の気持ちがわかるのは、私も年なのか…
昨年末の入院で人生観が少し変わったような気もしています。
前は死をそこには感じてなかったんですけど、
死ぬときはあっという間なのかなあと。
だからなるべく時間を大事にしたいと思っているのですが…
リヴリーをやっているようでは心底そうは思ってないかもです。(笑)

saraさん

お久しぶりです!
わたしもうっかりするとすぐ午前様、それも朝刊が来るころにやばいと大急ぎで寝ることもあります。
新しいサイト、楽しみにしています。また新たな興味、新境地をお見せください。

マクノスケさん

なんだか妄想がどんどん湿っぽくなっていってしまって、こりゃいかんと思っています。
最後にもう一つ載せようかと思ってますが、それがどう直しても最近の悲惨な災害を連想させてしまうので、やめようか、思い切ってまったく違ったものに作り直そうか、今まだ考え中です。

親が年を取ったり、自分もいい年になってくると、それまで無意識的に避けてきた死について、もう逃げられなくなってきます。

春に関して妄想を逞しくしてみたものの、どうも行き着くところが同じあたりになってしまって、自分でもかなり思いの根が深いなと感じています。

どうあがいても避けられないのなら、一瞬一瞬を大切に生きたいと思いますね、まったくその通りです。
だからリヴリーをやるのも一生懸命生きている一環だということでw

ここに並べた妄想にネタがあると言いましたが、ネタバレは最後にまとめて書きたいと思います。お楽しみに。

一輪の花の背景にはこんなストーリーが!

Helvaさんの想像力(妄想力?)と表現力の賜物ですね。文章読んでいるとひきこまれます。

私はまだ「父」の心境に共感できる年ではありませんが、
この花も人生と同じだけ、それ以上の年月を家族と一緒に共有してきたってことですよね。
これを読んで、庭の木や花への見方が変わりました。
あぁ...センチメンタル。

しゅんけんままさん

どの人にも特別な思いをかける特定の花とか山とか、場所とか、そういったものがあるのではないでしょうか。

赤、白、桃、紅白絞りと多々あるのですが、椿というと、わたしはどうしても赤の侘助というイメージがわいてきます。

なんとなく絵になる花ですよね。

今年の春もそろそろ終わりですね、長らく待っていたのに過ぎ去るのが速いこと。。。

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