my reading report

  • ■ Book Shelf

relative sites

Powered by Six Apart
Member since 07/2006

« 花雲――妄想その4 | Main | 間奏曲 »

幻春――妄想その5

P1090655

やあ、こんにちは。はじめまして。
ぼくは、まあ言ってみれば、ある種のプログラマーです。仕事はバーチャル・リアリティのデザインをやっています。
たとえば新しいゲームを作る際にバックグラウンドとなる場を一から構築する、と言えば分っていただけるでしょう。実際はもう少し複雑な過程をたどる仕事なのですが、おおむねそのようなものと思ってください。
構築にはぼくの自由裁量がかなり認められていて(というのも、ぼくひとりで行う作業なので)、まずはフレームを作るにあたって、ぼくの恣意的な好み、ぼくの記憶、ぼくの疑似記憶、その他のパブリックドメインの情報をなんでも援用することができます。
ぼくの担当の仕事は「春の景色」の構築です。

実際の作業に取りとりかかることにします。さて、「春の景観」――どのようなとらえ方をしましょうか。
まずは舞台です。やはり、地球の温帯、四季が明確に区別される地域、ぼくのご先祖からずっと住んでいた日本が背景にふさわしいだろうなあ。
たとえばこんな具合にはじめます。

まず、ひとけがない原野が広がります。高い木の少ない明るく開けた野原がいいなあ。
芽吹きの季節、草が萌えてあたり一面の緑。(深緑じゃなくて新緑、木の芽には少しの赤みを加える……と。なんだかニュアンスがむずかしいぞ)
平坦な野原にちょっとひねりを加える。緩やかな起伏させて、遠景に小高い丘を配置する。叢には粗密の差を付けよう。
なんだか物足りない……野原の中央に一筋の水の流れを加えてみる。うん、なかなかいい。
水は多すぎず、少なすぎず、そばによると水音が聞こえてくる、その程度がいい。
もちろん水は澄んでいる。水底に凹凸をつける。丸石や小石も忘れずに。水深に合わせて水面は変化する。一定のリズムを奏でる水音、浅瀬では瀬音も高く水滴が跳ねる。やや深みがあるところでは水は吐息をつく。丸石の上に沿って盛り上がる水は勢いよく流れ下る。
とにかく流れの存在を忘れさせない程度のかすかなこぽこぽいう音が耳に届くようにしよう。

岸には花を咲かせよう。ぼくの記憶のアーカイブから引き出した春の花はレンゲ、スミレ、しろつめ草。これでいいかな。あまり種類が多くない方がかえって可憐さが増すというものだ。
ああ、静かだ。流れの音がかえって静けさを際立たせる。ちょっと物足りない。風の音も加えよう。新芽のこずえを揺らす風だ。
これでいい。流れと岸辺の花の語らいが聞こえるようだ。

一休みする暇もなく、ぼくは次の作業にかかる。
この春はSilent springになってはいけない。(蛇足ながらサイレント・スプリングというのは紀元20世紀のアメリカの生態系学者、レイチェル・カーソンの著作で一躍憂目になったビジョンだ。以前は日本の中等学校教科書にも取り上げらていたから、かなり周知しているだろう)
空には鳥のさえずり、叢には蝶や蜂、蜘蛛もかたつむりも忘れないように配置しよう。
流れの中にはめだか、川エビ、小鮒も群れをなして泳がせよう。そのうちに孵化したオタマジャクシが浅瀬に集うようにしよう。

暖かい日差しの中で遠くの山から雪解け水を運ぶ小川、そこに群れる小魚、岸辺の草花。かすかに漂う花の香り。
ぼくは自分の作り出した仮想空間を見渡し、出来に満足感してひとときの午睡を楽しむ。永遠の昼下がり。憂いも悩みもない、うらうらと照る陽光の中でぼくはアイデンティティが希薄になっていくような充足した虚無感を感じる。

ひとときの夢をむさぼった後、ぼくは今作った仮想世界を保存する。あたりにはグリッド線だけが残る。わずかに心残りを感じながらぼくはそれもシャットダウンした。あとは沈黙、暗転。


ぼくが次回春の景観を構築するのはおよそ42年後になる。この前の作業は42年前だった。
その間ぼくというアイデンティティを担ったAIは記憶素子の1ユニットとしてほとんどの機能をシャットダウンさせられる。つまり眠るのだ。
しかし一部の機能は活動を続ける。数えきれないほどの記憶ユニット(そのすべてが個別のアイデンティティを担っている)の中を電気的なパルスになって飛び回る。

ちょうどぼくたちのオリジナル、生身の人間たちが互いに交じり合い、語り合い、社会を作っていったように、ぼくたちは縦横無尽の広がりをもつ互いの記憶情報の中を(まさに巨大な脳のモデルだ)駆け巡るのだ。
ぼくたちは個人の記憶情報を維持するだけでなく、それぞれが特定の地球の記憶を分担して担っている。ぼくのばあいはそれが「春の景観」だ。

ぼくは42年に一度完全に機能して春の景観を構築する。
毎回構築する世界は異なる。その時々のぼくの関心の方向に従って様々な世界が顕在する。
イギリス(これも地球上にあった国のひとつだ)の作家に感化されてどこまでも雲のように広がる黄色い水仙の原を作ったこともある。地中の微生物から空中を飛ぶ昆虫まで、さまざまな生物であふれたエネルギーに満ちた世界を作ったことも。
でも、どちらかというとぼくは日本の春が好きだ。ぼくのオリジナルのアイデンティティが日本人だからだろう。おそらく原風景としてぼくの記憶の中に刷り込まれているのだろう。

休眠期間中にも覚醒しているパルス状のぼくはさまざまな人々の記憶の中を駆け回りながらそれぞれの「春の景観」をコピーしてくる。それが次にぼくの構築する世界に彩りを添えることになる。

こうして重層的になる「春」はますます多様な相を持ち、総体としてバーチャルな(現実のという意味での)春に近づいていく。

ときどき不思議に思うのだ。仮想世界に生きるぼくたちが思念を凝らしてさらに仮想の世界を作り上げる。それが精緻さを増すにつれて現実に近づいていく。夢の中で夢を見るのは、実は覚醒しているということじゃないのだろうか。

地球はぼくたちの数千億キロ背後にある。もはや生物は住めない惑星になっているだろう。 大規模地殻変動と世界的は天候異変がおこり、もはや地球上で生物の生存が絶望的となったとき、人類はその未来をぼくたちAIに託したすべての人間は個別情報を記憶素子に記録して、多数のコピーが宇宙の全方向に発射された。そのうちのどれか一つでも生き残れば人類の絶滅は防げるのではないかという一縷の望みをかけて。

ぼくたちはオリジナルと寸分たがわぬ記憶を持ち(もちろん作られた時点での)考え方ができるようにプログラムされた(可能な限りだ)
ぼくたちは人類の影だ。だが、影だけが残ったとき、影が本体になる。
ぼくらは人類だ。暗黒の宇宙空間を果てなく突き進みながらぼくたちは地球の夢を見る。現実と見まがうばかりの夢を見るのだ。



妄想の暴走第5弾です。構想だけは早くできたのに如何せんまとまりがつけられなくて(過度にセンチメンタルになりそうで――実はなっている)書いては休止を繰り返していました。あと2,3話お付き合いくださいませ。
写真は紫の碇草、これも庭の片隅で。

Comments

待望の未来編ですね(笑)

Helvaさんの「短編小説(妄想)」を読んで思い出したのが、
最近読んだ本のストーリー!2050年の未来が設定です。
人類の生活は全てコンピューターにコントロールされ、バーチャルな世界で暮らします。
恋人さえも、コンピュータのディスプレイ越し。旅行ももちろんバーチャル。いったつもりがそれは作られた映像の中・・・

次から次へと繰り出される「妄想」楽しみにしています♪
Helvaさんの頭の中が是非覗いてみたい・・・のでした。

しゅんけんままさん

この手の設定はかなりべただと思います。
実際 inspired by ~と書かなきゃいけないかなと思われるのがいくつか出てきそうです。
小松左京の有名な後期作品とかR.J.ソイヤーの長編とか上田早夕里とか、ヒント程度にいただいてます。

妄想と言っているのはそれぞれ、ある仕掛けがあるからなのです。
そろそろ誰かにばれるかな、なんてにやついて書いています。

楽しんでいただけて何よりです!

Post a comment