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16世紀の人外魔境

Img_0078 先日、京都へぺーテル・ブリューゲルの版画展を見に行きました。
年明けにこの展覧会があることを知って以来、是非とも見なければと、カレンダーに印をつけていたくせに、なにやかや雑用続きで、終了一日前に滑り込みで行きました。

ブリューゲルは16世紀のフランドル生まれの画家で同名の息子も孫も画家の一家です。
ブリューゲルといえば思い浮かぶのは「バベルの塔」や「雪中の狩人」「イカロスの墜落のある風景」などの大作の油絵です。
以前に旅行でブリュッセル王立美術館へ行った折りに「イカロス」や「反逆天使の墜落」を直に見ることができて、これがあのブリューゲルかと感激したものです。(その後イカロスは日本へ来た時に再会しています)
ブリューゲルは初期に銅版画の下絵素描を多く描いているのですが、今回はその版画が多数日本で一挙に見られるという逃すことのできない稀な機会でした。

Bruegel1Bruegel2

農民の姿を生き生きと捉えた群像を描いたブリューゲルが、その才能を十全に開花させた一連の作品群。それは先人のヒエロニムス・ボッシュの系統に連なる奇怪な物、動物が画面全体にあふれかえった素描です。
個人的にはボッシュを卒論のテーマに選ぼうかと思ったほどボッシュの祭壇画などに興味があったのですが、そのボッシュに劣らず、ブリューゲルの寓意に満ちた物尽くしの絵は圧倒的です。描かれている想像の限りを尽くした造化の姿は同じものはなく、いくら見ても見あきることがなく、戦慄さえ覚えるほどの強烈なエネルギーを発しています。

Big_fish

圧巻だったのがポスターにもなった「聖アントニウスの誘惑」、それに「忍耐」「大きな魚は小さな魚を食う」(わたしの好みですがw)
空飛ぶ魚、頭から足の生えた怪物、卵の殻からわらわらと生まれる鳥、人ともカエルともトカゲとも壷ともつかないキメラ状態の生き物、そういったものたちの饗宴。
どの部分にも、どの生き物も何らかの意味を担い、部分は個別に存在を主張しながら、大きな全体を作っています。
時には画家の悪戯心の現れとしか見えない毒もあり、諧謔も皮肉も、それら全てが画面の中に坩堝状態で描かれています。
しかも背景には空白にしておくのを惜しむかのように、小さく鳥や森、都市や山脈や農地や港の遠景が書き込まれて、前景の異様に生物が蠢いているにもかかわらず、全体に風景画の体裁を保っているのですから、何とも不思議な感覚にとらわれます。ある意味、安定した気分で眺めることができるのです。
同時代の作家の同じテーマの版画もありましたが、ブリューゲルの持つ圧倒的な力には到底およびません。ブリューゲルからは画面が放射している力のようなものが感じられました。

終了間際ということもあってかなりたくさんの人が訪れていました。一作毎に前で立ち止まって仔細に眺めていると時間の経つのも忘れてしまいそうでした。
Boiled_eggおみやげにこれはキッチュだろうと言いながら「怠け者の天国」に現れる小キャラ、スプーンを突き立てたまま走り回るゆで卵のフィギュアを買ってほくほくしながら帰途につきました。


出でよ虹龍、または金の壷さがそ

Img_0029_111日はまったくひどい日でした。

朝方から不穏に雲足が速く、昼過ぎに外出。出発時には空は晴れていたのに、北に向かう行く手に真っ黒な雲が立ちはだかって見えます。
ややあってフロントガラスにぽつりぽつりと雨粒が当たり、そら来た、と思う間もなく雨は大粒になり、やがて粒が判別できないほどの塊になってガラスに打ちつけてきました。
ところが、一雲過ぎるとまた雨は急に小振りになり、やがて上がって目的地につくと地面も濡れていないという摩訶不思議を体験しました。

用事を済ませた帰途、再び雨に遭いました。またも叩きつけるような驟雨。必死に右往左往するワイパーがまったく役に立ちません。しかし頭上の黒雲とは対照的に遠くに望む山際の上では低く雲が切れて明るく晴れた空が見えます。遠い山肌には日があたっています。
雨にあたふたするわれらを笑うように、いいえ、人間の営為如きは歯牙にも掛けないといわんばかりに遠山は晴れて悠然としていました。
なんとも心をかき乱される光景。群々と湧いて押し寄せてくる暗い雲を見るだけでも十分に心が騒然となるのに、さらに心が掻き立てられる異様な風景でした。
またもや通り雨が上がったと同時にふと左を見ると……そこには見たこともないような鮮やかな虹が!
車を停めて写真を撮ってみましたが、その感激を写真に捉えることは到底無理なことでした。

あれほど地面まで明瞭で明るい脚のある虹は初めてでした。くっきりと二重の外側の虹も見えます。
虹の足元から二匹の虹龍がその身を虹に螺旋状に纏い付かせながら中空へ駆け上る様がまざまざと見える思いでした。
その一方で虹が地面と触れあうところに埋まっているという金の壷が、この虹ならばひょっとしたら探せるのではないかという気がしました。
ややあって虹は薄れ、出たときと同じように跡形もなく消えて行きました。

Img_0038

買い物を済ませて出た時の西の空です。やはりまだ黒雲が低く渦を巻いていますが、上空は晴れ始めています。
しかしその晴れとて、ほんの少し大気の水分のバランスが崩れれば、何時でも雨雲に豹変しそうな内に力を秘めた雲で不穏な気配です。
雲は次々に形を変えて夕陽に映えて、またもや見る者の心をとらえる一瞬の光芒を見せてくれました。
秋の天気は変わりやすく、自然が垣間見せてくれるとっておきの風景からは目が離せません。
他に画像をアップしてみました。 虹1 虹2 虹3

付記 虹の事を少し調べました。二重の虹は、内側が主虹、外側が副虹といい、日光が水滴に一度反射してできるのが主虹、二度反射すると副虹ができるそうです。主虹と副虹の間が暗く見えますが、これは錯覚ではなく、光が虹に集まるためでこれをアレキサンダーの暗帯と呼ぶそうです。虹の色は水滴の大きさで濃くなるそうです。直径数ミリの水滴がもっともきれいな虹をつくるとか。
空の輝きさんのサイトから教えて頂きました。

雨の日の図書館

Ueda_uo_s近頃よく市立図書館を利用する。
われわれの市民税でまかなっているのだから当然最大限に利用しないと勿体ない、そう宗旨替えをしたものだから。
自宅から徒歩5分という恵まれた環境にも感謝である。
読み慣れた作家のものを摘むのも楽しいが、今のところほとんど読み尽くしている。従って新しいお気に入りを開拓したいと思う。
本棚の前に立ち心引かれるタイトルを片っ端から引き出して後ろ書き(後書きではない)を読む。
もちろん闇雲に当たっても砕けるだけだから、大まかな当たりをつける。
この手の本漁りは日本人作家に限る。そしてたいてい角川のミステリーシリーズかハヤカワのSFJシリーズを選ぶ。
これだとジャンルとして好きなので大きなハズレはないはずだ。
面白いことにこの両シリーズは共にソフトカバーで色も淡青色と薄藤色と似ている。
こうして片端から読んでいこうという目論見だ。新しい作家開拓とシリーズ完全読破、一つ大きな目標ができたとほくそ笑んでいる。
今読んでいるのが上田早夕里と今邑彩。
上田はまったくのSF畑出身なれどかなり感覚的なハードSFを書く。
出世作の火星ダーク・バラード、魚舟・獣舟。それ以外に味覚臭覚という感覚の世界の追求か、パティスリーもの、調香師ものという異色作がある。
上田作品はほぼ読み尽くしたので今はもっぱら今邑作品を読んでいる。
今邑は世代が近いせいか共感覚性がある。分類はミステリー、軽くホラーなのだが面白い。難を言えばそろそろ結末の予想が付くようになってきたことか。
作品数が多いので全て買余裕もないし、横着なことに一度読んだら大体それで終わりなので、ここで図書館の登場となる。まさに図書館さまさまである。
しかもこのごろ図書館は更に利用できることがわかった。それも有効利用。
館内検索をかけても見あたらない新刊本は(恐らく新刊でなくても)リクエストできるのだ。
最初はリクエストしても何らかの基準に満たない本は買ってもらえないのかと危惧したが、今のところリクエストした本は100%購入してもらえるし、しかもさらっぴんの本が第一号で読める。自分で購入して読むのと同じだ。
この方法で最近読んだ本。
道尾秀介  月と蟹
恒川光太郎 竜が最後に帰る場所
今邑 彩  七人の中にいる

Ueda_karyu_s今日本を返しに行って未読の今邑作品を6冊全部借りてきた。うれしい、これでまた当分読書三昧だ。
その後amazon巡りをしていたら、なんと上田の新刊 華竜の宮(魚舟・獣舟の長編)が出ているではないか!
もちろんさっそく図書館へリクエスト出しておいた。
1か月もせずに読めるだろう。ほくほく。

雨の日曜の図書館も捨てたものじゃない。