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炎熱埃及旅行備忘録 その2

P1080952_2 イスラム教国にはラマダンという断食月があります。太陰暦を元にした暦で9月にあたります。
イスラム教徒は、この一カ月間は日の出から日没まで飲食を断つというのですが、よく事情をしらないわたしたちは断食という言葉に気を取られて、これだけ暑い時期に一滴も水も飲まないとは、人間に絶えられることだろうか、それどころか生きて行けるのだろうかと単純に不思議で仕方がありませんでした。

もちろん「断食」とはいいますが、一カ月飲まず食わずでは死んでしまいます。だから日没から日の出までの夜間にいつも以上に大量に食べ飲んでいわば体内備蓄をします。そのために夜中あいている飲食店があったり、昼の間は人通りのまばらな街が夜になると繰り出した人々でにぎわって昼夜が逆転したようになるとのことです。

エジプトを訪れたのはまさにこのラマダンの最終週でした。もちろん異教徒や旅行者は断食の義務はないのでわたしたちは当然のように日に三食、ホテルやレストランで飲み食いをし、さらに終日大量の水分補給をしているのですが、周囲の人々にも特別に変わった様子は見られず彼らが断食中だという実感がありませんでした。
しかし、ツアーを始めて2日もたったころから食事になるといつもあれこれ世話をやいてくれるツアー・ガイドのハムディさんとドライバーさんの姿が見えなくなるのに気が付きました。彼らは断食中なので別室にいるとのことでした。レストランで食事を作る人、給仕のボーイさん、みんな断食中ですが、脳天気にわいわい騒いで食事するわたしたちに奉仕してくれました。

断食月が終わると盛大なお祭りになります。日本で言えば盆と正月が一度に来たような祭りで、人々はごちそうを用意し、新しい服を身につけ、子供達はお年玉ならぬプレゼントをもえるとか。

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飾りは両側の建物の間に紐を渡し、紙でつくったびらびらをたくさん下げます。
光るモール状のものも見かけました。なんだか七夕飾りのようにみえます。
ガイドさんによれば、子供のころはカイロのような大都市でもよく作って飾ったそうですが、だんだんそういう風習が廃れつつあるそうです。
世界中が同じような流れにあるようですね。それが変化なのでしょうが残って欲しい物もありますね。

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軒下にランタンを下げてある家もありました。本物のランタンもあり、紙で作った簡単なランタン飾りもありました。
冒頭の写真はカイロのホテルのレストラン前にあった美しいランタンです。

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アレクサンドリア旧市街でバスから見た喧噪に満ちた通り。時は正午頃。
ずらりと並んだ露店に人が群がって新年に着る新しい服を買っています。
旅行当初に移動した南の地方ではほとんど見かけられなかった女性の姿が実にたくさんあります。
特に(歳末シーズンのように)買い物に出なければならないような急かれる気持ちもあるのでしょうか、売る方も声を張り上げ、買う方も大声でなにやら交渉しています。
とにかくすごい人出。
売られている女性用の服、子供服の色が鮮やかな事に驚きます。外に着る長衣がたいてい黒っぽいのに見慣れて、その下にあれほど強烈な色の服が隠されているとは想像できませんでした。

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ここが一番にぎやかだった通りです。人・人・人・もうカオス状態……。

様々な色、たくさんの商品、大勢の人々、騒音、様々な刺激が一つになって、ドンと目の前に迫ってきます。そのエネルギーに圧倒されて、情けないかなわたしは冷房の効いたバスの中からひたすら写真を撮ることしかできませんでした。

ガイドのハムディさんが最後の日にバスの中でいろいろな疑問質問に答えてくれました。その中に当然ラマダンについての素朴な疑問がありました。
どうしてラマダンに断食をやるの? 辛くないの? ──その答えは、断食は義務ではなく、みずから進んでやるものだということでした。もちろん戒律として決まっているからなのだけれど、幼児、老人、病人、妊娠中授乳中の女性、任務遂行中の兵士など除外される人はいます。また海外旅行中だとか、何か理由があって断食を行えない事情の人もいます。
そういうときには後でできるときに自分で断食をするそうです。暑い中で断食をすれば当然体力も無くなるし辛い、その辛さは先人の苦労を思い遣る行為であり、断食をしているからこそ日没後に家族揃って食べる食事のありがたさ、おいしさがわかるというものでした。
実際ハムディさんはお父さんが亡くなったときラマダンが終わって更に2か月自分だけで断食を続けたそうです。断食というのは自己の信仰告白なのかもしれませんね。
異文化に接する楽しみはたとえ短い観光旅行でも味わえるものです。

炎熱埃及旅行備忘録 その1

P1070873 秋を一気に飛び越して木枯らしに首をすくめる寒さが到来しました。北の方では早々と雪が降りましたね。
しかしほんの2か月前、今年の夏は本当に暑かった……連日35℃越えで、もしかしたら永遠にこの暑さは終わらないのではないかという不合理な疑いさえ抱きました。
その暑いさなかに、何を好きこのんでか更に暑いエジプトへ行ったのですから酔狂というものでしょうか。

海外旅行を何度か経験する中で出発前にこれほど気持ちが乗らなかったこともありません。
毎日の暑さにいい加減へたばっていたところへ、彼の地では40℃は茶飯事、南の方では50℃にもなると知ってから気分はどんどん盛り下がり、行っても果たして歩き回れるだけの体力があるだろうか、体調不良でも起こして同行者に迷惑をかけないだろうか、そして何よりも、一度は行きたいと思っていたエジプトをちゃんと見てこれる気力があるだろうか、などと考えはどんどんネガティブに、マイナスのスパイラルを降下の一途となりました。
しかし、思うに真夏に彼の地を訪れた観光客が暑さのためにお亡くなりになったなどという噂も絶えて聞かず、何万人という人々が暮らしているという心強い事実もあり、最後には、まあ何とかなるだろうと自分に言い聞かせ、なるようになるの生来の気楽さがよみがえって、いざ覚悟を決めて出発と相成りました。

時に9月3日、出発は午後10時過ぎ、エジプト航空関空発ルクソール直行便です。
週一でカイロを経由せずにルクソールへ直行便が出ています。
ルクソール……むしろテーベといった方がいいか……その名を聞くとイメージが広がります。世界史で習った中王朝の首都、アマルナ芸術の中心地。カルナック、ルクソール両神殿、王家の谷、ツタンカーメンの墓所、もちろん伝説的な呪いの話も。そして10数年前のハトシェプスト女王葬祭殿での観光客がターゲットになったテロ。。。

満席の飛行機は関空をあとに一路闇の中を西へと向かいます。イスラム圏の航空会社、しかもラマダンの真っ直中でアルコールのサービスは一切なし! 一縷の望みを抱いていた映画サービスも座席に個別モニターも無く、小さな宙吊りモニターに映し出される映画字幕はアラビア文字。イヤホンからは接続不良の雑音が。。。

早々と夜食が配られ食べ終わると機内の照明も落とされてもう寝るしかありません。
目が覚めたらアフリカ大陸に近づいていることを期待して目を閉じました。

写真はルクソール着(3:00a.m.現地時間) 気温34℃、思ったほど暑くないね、と言ったものの、午前3時だよ~

歳月不待人

陶淵明が言った意味とは多少違うけれども、歳月不待人であります。
旅行の話を書こうと思いながら一日延ばしにした結果、秋も深まり、旅行の生の記憶も薄らぎつつあります。
そのくせ、それを書かないと新規に別の話題で更新するのも寝覚めが悪くて、結果一カ月もブログ放置とは、あいなりました。われながらいい加減さに赤面です。時は過ぎ去っていく、人はそのあとをおたおたしながら追いかけていくようです。

気を取り直し、まずは写真を一枚。
P1090256先日届いたオーダーメイドの砂時計です。
「地球の歩き方」エジプトの中に、サハラ砂漠の砂を持って帰って砂時計を作ってもらったという読者記事を見つけて、これだ!わたしも作ってもらおうと決め、勇んで砂をとって来ました。
採取場所はカイロ郊外、サッカラの階段ピラミッド付近です。
階段状ピラミッドの写真はこちら。

P1080756サッカラの階段状ピラミッドは、私たちが思い浮かべるスタンダードなピラミッドより以前の時代のもので、いわば初期型ピラミッドともいうべきものだそうです。
現在補修中で足場が組まれているのが見えます。
観光客の砂採取はこの辺りが一番多いようです。砂は白味を帯びて微細この上なく、掬った場所は多くの観光客が連日上を歩くところのはずなのに小石や目に見えるゴミもなく、少し掘ってみてもまったく同じような砂が続きます。欲張ってペットボトル一本も砂を入れたのでかなり重くなってしまいました。


P1080601さて、ピラミッドというとまず浮かぶイメージはギザの3大ピラミッドですよね。世界史でクフ、カフラー、メンカフラーとお題目のように唱えて覚えましたっけ。こちらが3大ピラミッドを一望できるところからの遠景です。

さすがに巨大でした。
ただ、これは砂漠の真ん中にあるのだとばかり思いこんでいたのですが、実際ギザは大都市カイロの郊外でカイロの都市圏に入っています。ですからホテルから車で普通に道を走っていると建物の向こうに忽然とピラミッドが姿を現してくるのに驚かされます。
思ったよりも稜線が急で建物という対象物があるためにその大きさが嫌が上にも実感されました。この写真は街から逆の方向から撮ったものです。こちらだといかにも砂漠とピラミッドというイメージ通りの姿に見えますね。

砂時計は、左の大きいものがエジプト、サッカラの砂で作った30分計、右の小振りなのが昨年行ったモロッコの砂で、比べると赤みを帯びて粒子も僅かに大きいようです。こちらは手持ちの砂が少なくて10分計です。作ってもらったのは東京硝子工芸さん。

砂時計をつくってほんとうによかった。砂のまま取って置いたら、おそらくそのうちに庭に撒いて終わりになってしまったかも知れません。しっかりした形になったことで間違いのない記念の品になりました。
わたしにとっての砂時計の魅力というのは、時間を計るという実用性よりも、ただ砂が切れ目無く落ちて行くのを見ているだけで気分が静まり、ほんの少し内省的になれることです。
感傷かも知れないけれど、好きな歌の一節にうたわれた砂時計、小松左京御大の「果てしなき流れの果てに」の冒頭に現れる砂が落ち止まない砂時計……など、想いがはるかにさまよっていくのが、また秋の夜長に相応しい楽しみなのです。