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和菓子のオン!

仰げば尊し我が師の恩
教えの庭にもはや幾とせ
思えばいと疾し この年月
今こそ別れめ いざさらば

連日、全国で卒業式が行われて卒業式ハイ・シーズンです。
小中学校で「仰げば尊し」が歌われなくなる傾向が十数年続いたあと、最近またこの歌を復活させる学校が徐々に増えているというニュースを小耳に挟みました。
個人的には小中高と卒業式にはこの歌を歌いました。またそれが当然の時代でした。一年に一度卒業式にしか歌わないこともあり、なにやら改まった身の引き締まる厳粛な思いで歌った覚えがあります。
しかし……小学生にとってこの歌詞の感慨の深さを理解することは無理でした。空耳で勝手に解釈しないと意味不明で歌えない箇所が多すぎでした。

それで、さっそく空耳リサーチ開始。自分の記憶から
教えの庭にもはや幾年─→早い「くとせ」、何かはわからないけれど動きの早い「くとせ?」というものがあるような……
思えばいととし─→いとおしい (なんとなく語感が似てたから?) 
今こそ別れめ─→今こそ分かれ目だ (ほとんどの人が同じように考えていました。髪の分かれ目みたいに、今こそ卒業していく分かれ目なのだ!)
別るる後にも やよ忘するな/ 身を立て名をあげ やよ励めよ─→「やよ」がわからず、漠然と人名で「やよ」さんに代表で頑張れと言ってるのかなあとか、「やよ」は「それ、やあ」というかけ声みたいな物かとも。
忘るる間ぞなき ゆく年月─→旋律の関係で「まぞ」が強調されるのでこれは何だろうと……意味上はまったくありえないのにどうしてもここを歌うと「マゾ」のような気がしてならなかった。
次に、少なくとも20数年は若い息子の記憶から。
仰げば尊し我が師の恩 ─→扇げば遠とし 和菓子のおん(On2_3
イメージ的に団扇でバタバタ扇ぐと何かが遠くにある。 和菓子を手とって、唱えるアビラウンケンソワカ、オン!(どうやらオンの意味がわからず当時はやっていた漫画か映画からオン!を連想したものと当人も言っています)
まったく驚くべきは小学生の想像力! それにどんな年齢でも「意味づけ」の呪縛に絡められていることを実感しました。
どこかに自分の知っている意味を嵌め込んで納得したいという欲求の強さに舌を巻きます。
意外に「蛍の灯火 積む白雪」のくだりは二人ともまともに解釈していました。内容の新旧というよりも、蛍も白雪も見知らぬ言葉ではなかったからでしょうね!

こんな空耳オンリー人間に目から鱗だったのが高一で古典文法を習ったときのこと。
忘れもしません、高一の一学期定期テストに「いまこそわかれめ」を現代語訳せよ、という問題が出ました。
強調の係助詞「こそ」と意志の助動詞「む」、ただし「こそ」=已然形の係り結びが発生するので「む」は「め」に。
つまり「今別れむ」が「今こそ別れめ」になって、「今(まさに)、別れよう」と訳して正解になるのでした。(ちなみに私は「今は別れよう」と書いてなんとか点をもらえました)
この文法事項は学習済みであったにもかかわらずクラスの大半が「今こそ分かれ目だ」と訳して、古典の先生の怒りようといったら、それは大変なものでした。
でもしかたないですよね、小中と足かけ10年近く「今こそ分かれ目」だと思いこんで歌って来たのですから。
笑い話になってしまいましたが、私はこの歌が大好きです。高校卒業時にも先生への寄せ書きに「仰げば尊しわが師の恩」と書きました。1,2,3番の歌詞から過ぎ去った日々への思い、人々への感謝、別れの寂しさ、新しい門出への期待、別れる人々からの激励と奮起、このような卒業生の頭に去来するすべての感慨が込められているような気がします。

歌詞の解釈はとほほでしたが、何ごとのおわしますかは知らねども、この歌のもつ、気を付けして襟を正したくなるような心地よい緊張感を余計な智恵がつく前に知ることができたのは本当によかったと思っています。
願わくば、小中学校でこの歌の価値が再考されて卒業式で歌われることが増えますように──ただし、歌詞の意味は丁寧にちゃんと教えてあげてくださいね!

Comments

今の今まで歌詞の意味も知らずにいました。
解説とても為になりました。
ワイドショウでこの歌が最近また歌われるようになったというのを聞いて、
歌われなくなっていたのも知らない自分が、ちょっと情けなかったりして。(笑)
でも、私もこの歌大好きでした。
小中高と泣きながら歌ったのを憶えています。

>マクノスケさん
文語体の歌って、難しいですよね。
小中学生がへんてこに覚えてしまうのも仕方がないかも。
他の人からも、やよ励めよ、のところを「禿め!」とはげの人を(大抵校長だったりする)をにらんだりしたという笑い話にならない逸話を聞きました。
せっかくのいい歌が台無しですね。

あれですよ、「重いコンダラ」。巨人の星の主題歌で「思い込んだら」という歌詞のシーンでローラーを引きながら走るのを見て、ローラーのことをコンダラというのだとずっと思っていたという都市伝説。

そういう思い込みって意外と多くて、大人になって大恥をかいてしまうことも多いわたし。。。この歌詞も「雰囲気」だけで理解した気になっていましたが、今、完全にわかりました。ありがとうございました!
最近卒業式に子どもたちが選んだ好きな歌や、オリジナルの歌を歌うところが増えたとか聞きますが、やっぱ定番はなくして欲しくないですね。

>onionさん
あった、ありましたね~
「重いこんだら」(笑
空耳は誰でもやるんだと知ったのは向田邦子の「夜中の薔薇」から。
あれも大笑いしましたっけ。
まともに考えればあり得ない事でもそう聞こえてしまうんだからしょうがないというか。。。

仰げば尊しを復活した学校では、今の新しい歌も良いけれど、先生も生徒も両親もみんなが心を込めて歌える歌にしようと呼びかけたとか。
何となくうれしいですね。

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