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たかが客、されど客

P1070256s 先日仕事場で使う温風ヒーターを買うために最寄りの家電量販店○マ○電気へ行きました。 日曜には混み合う売り場も平日午後ということで客もまばら、店員も数えるほどしかいません。
ネットで調べて手頃なメーカーと機種におよその当たりをつけてはいましたが、直接扱っている店員さんに商品について尋ねるのが一番とヒーター売り場付近で見回すと、一人若い男性の店員さんがいました。
しかし、どうも他の人の応対をしているようなのでしばらく待って様子を見ることにしました。

待つことしばし、どうやらそちらの話も終わったようなので「ちょっとお願いできますか?」と声をかけました。
すると帰ってきたこたえが「すみません、今接客中ですんで……」
この言葉にかちんときて大げさに肩をすくめるという、大人げないオーバーリアクションをしてしまいました。
それを見てのことか他の店員さんを呼びだしたらしく、ややあって女性が急いで近寄ってきました。
「どこ?」──「あっち、暖房機のほう」
そのやりとりを聞いてもっとむかっとしました。しかしこらえていると、その女性店員が来たのでヒーターの実際の使い勝手について聞いて、結局最初から予定していた機種を買って帰りました。

さて、その後どうももやもやとして面白くありません。声をかけたけれど相手にされなかった事に腹が立ったのかと、そういう自分のみっともなさの方こそ反省しなければならないと思ってみてもどうも釈然としません。一体何がそんなに気に障ったのだろう……?
数日後、はたと思い当たったが彼の「接客中」という言葉でした。

そもそも「接客中」という言葉はいわば業界内のインサイダー用語なのです。店員内で使う「○○さんは今接客中」、これはOKなのです。 しかし!です。 しかし、客に対して「今接客中」と言えば、言われた方は「じゃ、こっちは客じゃないのか?」という気分にさせられます 。
これが「すみませんが、今こちらのお客様とお話しておりますので、他の者を呼びます。少々お待ち下さい」と言われたら、こちらも「わかりました。ごめんなさいね」で何ごともなくすんなり行ったものを。それともわたしの言葉に対する反応は逆ギレ、言いがかりなのでしょうか。
でも「接客中」という言葉では、応対している客に対する敬意も感じられないんですよね。やはり「お客様」というべきじゃないのかな。
そのあとのフォローも最低。他の店員を呼んだところまではいいとして、どこ?──あっち、はないでしょう。客は物ですか? 周囲が静かだから全部筒抜けに聞こえているんですよ。

おそらく店員同士の間では接客中と言う言葉は日常の用語になっているのでしょう。その言葉自体の意味は敬意も軽蔑も含まないニュートラルだと思いますが、誰に対して、またどのような時にもそうであるわけではありません。少なくとも客に対しては。
もちろん例外も考えられます。
もしわたしが従業員の誰かに用があって電話をしたとします。そのとき「○○は今接客中なので……」と言われた時には何も引っかかりは感じないでしょう。それはその人がどういう状況にあるかを客観的に説明しただけでわたしの立場も客とではないからです。(その場合でも「○○は今お客様の応対をしておりますので……」といわれた方が耳に心地よい柔らかい物言いだと思いますが)
自分の立場への認識、確固とした職業意識を持つことはなかなか大変なことです。しかし人相手の職業を選んだからには、ほんの些細な言葉遣いが相手の気分を害する事もあるとしっかり肝に銘じて欲しいものです。

とはいうものの、わたしもその一言がなぜ気に障ったのかはっきり認識するまでに何日かかかったのですから、騒ぎ立てるほど大した問題でもなかったのかも知れませんが、ね。

写真は二年ぶりに咲いたセントポーリアです。記事とは関係ありませんが、可憐で健気なのでおひろめです。

いくたびも雪の深さを尋ねけり

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"いくたびも雪の深さを尋ねけり"
正岡子規「病中雪四句」の中の一句です。子規と言えば、司馬遼太郎「坂の上の雲」が長期ドラマ化されて、三人の主要人物のひとりである正岡子規が再び注目されるようになってきました。
とはいえ今日子規の句を採り上げたのは子規ブームに乗ってのことではありません。前回のブログ記事で書いた雪中苦行のさなかにふいと上記の子規の句を思い出したからです。

さてこの句は、子規が病に伏せる中、東京には珍しい大雪が降った。雪に心は逸るものの、障子の向こう、庭に積もっている雪を自分では立って覗きに行けない、そのもどかしさが家人に幾度も雪はどのくらい積もったと尋ねさせることになった、という大意だと思われます。

この句を知ったのは小学生の時分です。わかりやすい名句の一つとして何かで読み囓りしたのでしょう。教科書で習ったのならこの句にこれからお話する「とんだ」解釈をくわえることも無かったでしょうから。

小学生の頃は、今よりもずっと雪がよく降ったように思います。
下校の際に長靴を半ば埋もれさせてわずかに人の踏み分けた道をたどりつつ、朝の登校時よりも更に雪の嵩が増えていることに気がついて、朝からいったいどのくらい降ったんだろうなどと思ったものです。
そういう体験が元になってわたしの脳内では子規の句のイメージがとんだフェーズに転換されました。

たとえばこんなふうです。小さな村から野原を越えて山辺の方に一本延びる、やっと人ひとりが通れるだけの踏み分け道があります。道をたどる人が、なんとたくさん雪が降ったものだと思いつつ、たまさかに前から来る人がいるとすれ違う時に「えらく降ったもんだの、いったいどのくらい積もったかのう」と挨拶代わりに雪の深さを尋ねているそういう情景を描いていたのです。

考えてみれば、実際に目前の積雪があるのですから人に「尋ね」なくても雪の深さはわかりそうなものですが、如何せん小学生の感性と知識では見えぬ雪の深さを尋ねる病床の俳人という屈折したイメージは思いつかないものでした。
結果、実に自然に単純に、道行く人が雪の多さに辟易しながら互いに言ってもせんないと知りつつも、「寒いのう、雪はどんだけ降ったかのう」と言葉を交わして、また遠ざかっていく、これはいかにもありそうなことと思いこんだのです。

おそらく一昔前の雪国の雪道を経験した人ならこういった発想が生まれるのを理解してもらえるのではないでしょうか。
実際、数日前の大雪のとき外へ出て除雪をするたびに、同じく戸外にいる近所の方と、幾度と無く「ひどく降りましたね、いったいどれぐらい降ったんでしょうね、いつまで降るんでしょうね」などという実質的に役にも立たない会話を交わしたところです。
自然現象はいかんともしがたく、その脅威の前に人は無力であり艱難を甘受しなければならない──それは誰もがよくわかっていることです。しかしそうはいっても愚痴の一つも漏らしたくなります。愚痴をこぼし、また聞くことで、みんなが運命共同体であることを確認し、辛いのはあんただけじゃないよ、わたしも同じだよ、だからいっしょに頑張ろうねという無言のうちに了解しあっているのでしょう。苦難を共有することで自然に連帯感を持ち、それを慰めにして力に換える──無意識のうちに無力なもの同士が自衛する心理的システムと見るのはこじつけに過ぎるかな?

こう考えると道行く人に(見ればわかる)雪の深さを尋ねるというのも、(句の出自とはまったく違うものの)あながち単なるこっけいな思い違いとして捨ててしまうには惜しい解釈かもしれない、南国生まれの子規先生には申し訳ないけれど、まあ赦してもらえるかなと、今夜はひとりで悦に入って頷いておりました。

付記1.  「深さ」という言葉にも落とし穴があったのかもしれない。
雪の深さといえば、最低でも5、60cmはあるというのが常識の雪国感覚。子規は四国は松山生まれ、東京にしても雪が降るのは珍しいのだから大仰に「深さ」といったのかも知れない。
深さといえば、立っているレベルをゼロとしてそこからマイナスの距離。高さといえばレベルゼロからプラスの距離ということになる。雪の深さと聞くとわたしならずぼっと足が埋もれてしまう以上の深さであり、雪の高さといえば屋根の上の雪とか立山などで雪を切って道路を開通させたとき両側にできる雪の壁のイメージをもつ。

付記2. 困っているとき、人は他人も同じ境遇であることに慰めを見いだすのかもしれない。
マイナス方向への共感、それで自分の不幸が軽減されるわけではないけれども、一種の諦めを感じるのだろう。「あの人んとこも大変なんやでうちも仕方ないのお」というわけである。
悲しいかなプラス方向の共感はあまり実感できない。むしろ自分のうちに慶事があってもよそに同様な慶事があると自分の喜びが減じられるという情けない感覚をもったことはないだろうか。
そこへいくと自然現象の災難はみなひとしなみであり何の損得勘定もなく同病相憐れむことができるからであろう。

降りも降ったり

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よく降りました。
昨日の朝の写真です。わたしの車が無惨にもすっぽり埋もれています。サイドからの写真(左)ではそれほどたくさんに見えませんが少し崩してみると(右)一晩で積もった嵩がよくわかります。

近年雪の少ない冬が続いていたためにちょい気持ちの油断がありました。降るときには一晩で数十センチ降るのです。
路面に埋設式の融雪装置がわが家の前の道にはありません。午前3時頃に一度だけブルドーザーが除雪に通るのですが両脇に雪をかき分けて行くだけなので、結局玄関先に雪の壁ができてしまいそれを崩してどけなければ車が出せないという塩梅です。

雪は重さが軽いうちに除雪するのが一番。朝から身支度してスコップを手に雪を掬っては投げ掬っては投げ。(これが可能なのは軽いうちだけ──そのうち水分が多くなって雪質が重くなったり、凍結してカチカチになったらとてもこうはいきません。そのときは四角く切って一つずつ運んで投げます)とにかく車だけは掘り出しておかないと身動きがとれません。
でも腰と上腕が疲れて鈍い痛みが出始めたらそこで打ち切り。これ以上無理をすると本当に翌日腰痛で動けなくなります。その間にも断続的に雪は降り続け、せっかく空けた場所がまた見る見る白くなっていくのを恨めしく見ています。

たいていこういうときに予期せぬ仕事が入ります。まさにマーフィーの法則の体現です。
どうしても市役所へ行かなければならない用事が出来。
ほんの10数メートル先の通りまで行けば融雪装置があってアスファルトの地面が出ているというのに、わが家の前の道路は雪の山、数時間前に息子のチェロキーは難なくゴリゴリっと雪を蹴立てて出ていったのにわたしの車は雪の段差に捕まって下手をすれば亀の子状態になりかねません。
仕方がないので歩いて行くことに。
しかし読みが甘かった……防水ブーツを履いて出たのに、雪国の冬の道ほど歩行者無視の道は無いのです。
ブル除雪のせいで通りの幅が半減した上に中央の融雪装置から勢いよく水が放出されています。
歩行者は雪の壁にそって車が通りすぎるたびに浴びせかけられる水しぶきを傘で防ぎつつ、足元を狙う水を避け、しかもでこぼこした地面を踏んで行かなければなりません。ところによっては水が溜まってくるぶしほどの水溜まりができているところも。そんなところは大きく車道に出て迂回。

20分ばかり悪戦苦闘してやっと着いた市役所。ところが証明書を貰うには市が発行している登録カードが必要とある! それって、取りに帰れってことか!!
雪国の人間の根暗でじっとりした気質のお陰かそれでも仕方がないともう一度戻ってカードを携え、再度玄関を出るとき、今度は足元を気にしなくてもいいようにとゴム長に履き替えました。それがまたまた裏目に出ました。

歩き始めて5分も行かないうちにもう後悔し始めました。ゴム長は歩きにくいことこの上なく、しかも冬場に分厚い靴下をはいたまま穿けるようにとかなり大きなサイズの物だったので、中で足が踊って思うように歩けません。確かに水の中も平気、ダイコン下ろし状態の雪の中もジャブジャブ歩けますが、とにかく足が疲れます。
最初のうちこそテンポよく歩いていましたが、少し経ったらもう足裏を地面に擦りながらあるく「ズラズラ歩き」しかできなくなりました。
市役所で証明書をもらい戻る道は最悪。もう足が前へ出ない、前へ前へという気持ちはあるのに足がついて来ません。こうなると歩くのはエクササイズなんていう気分にもなりません。ひたすら一歩一歩を積み重ね、やっとの事で家にたどり着いたあとはヒーターにあたりながら知らずに寝込んでしまいました。

それが昨日の話しですが、今日もまた幾分降っていましたが、どうやら峠は過ぎたようです。なんとか出るようになった車で宅急便に荷物を出しに行く道すがら、歩く人を見かけるとその苦労が人ごとではなく、思わず速度を落としてそろそろとわずかばかりの罪悪感を感じながら通り過ぎたことでした。


こいつぁ春から縁起がいい~わい/魔法の毛糸その2

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11月末に一昨年に続いてまたまたドイツに注文した毛糸が届きました。
昨年のブログ記事魔法の毛糸玉のあの毛糸です。
昨年は注文から到着まで丸2ヶ月かかって気を揉みましたが、問い合わせにもちゃんと対応してもらえて無事に到着したので、今シーズンは安心して知人の分もまとめて大量注文ということになりました。

今朝一番、まだ玄関の鍵も開けてないうちにチャイムが鳴りました。休日に一体誰が……と出てみると郵便局、いえ日本ポストの配達員の方が申し訳なさそうに、荷物です、郵便入れに入らなかったのでと言いながら運んで来たのが大きなダンボール箱。そりゃあ郵便受けにははいりませんわなあ
中身をチェックするためにテーブルに並べてみました。わたしは手編みに、母は手織りに使う予定。これだけあればかなり長い間泣かずに遊べそうです。
価格は日本で買うのに比べればほぼ半値近く安いのですが、今回は総計が大きくて関税とさらに同額の地方税が課金されてちょっと痛かった。注文するにもちょっと考えなければと。

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もうひとつのお楽しみです。またまたおまけが付いていました。昨年はチョコとキャンディ。今回も同梱で無造作にぱらぱらとキャンディや小さなチョコ、猫型のハンドウォーマーが入っていました。何となく家庭的な心遣いを感じてしまってほっこり嬉しい気持ちになりました。
新しい糸で何を編もうかと心は逸れども、今編んでいる「はぐれ毛糸」の寄せ集めカバーとリバーシブル編みのマフラーを編み上げてからと自戒しつつ、毛糸の山を見てはにやにやしています。


2009年の終わりに

P1060691 今年もいろいろありました。その割にブログ更新が滞りがちだったのが悔やまれます。
逆に考えれば、書き留めておきたい、発信して共感を得たいという切実な衝動に駆り立てられることが少なかった平穏無事な一年だったのかもしれません。

写真はモロッコのアトラス山脈の中にあるベルベル人の集落、アイト・ベン・ハドゥ。要塞村で世界遺産の指定を受けています。現在でも数家族、50数名が生活しています。外敵の侵入を阻む村全体を囲む厚い銃眼のある土壁、迷路となった小路、数百年も昔と少しも変わらぬ生活環境です。映画、グラディエーターのロケ地に選ばれたのもなるほどとうなずけます。
年賀状にする写真を選ぶために旅行行程をたどりながら、すべて圧倒的なインパクトを与えられた旅行を思い出していました。それとともに、今年のさまざまな体験が甦ってきました。

4月の夜の観桜会、8月の貴船河床の涼風、10月には京都百万遍のクラフト市へ行った折り、卒業以来何十年ぶりに大学構内を歩きました。まったく様変わりした建物と、記憶のままの場所に同じ姿で背丈だけ高くなった木々を見て変わったもの、変わらぬものの共存に幻惑を覚えました。
夏から始めた気功法は通うのが億劫になって未練を残しながら現在中断状態。
4月から始めた翻訳勉強会は参加者の協力をいただけて自分なりには予想以上の成果を得られたと思っています。自分だけの好みに囚われない原文を読めたのが思いがけないボーナスでした。
ジョディ・ピコー、エミリー・ギフィン、ルイース・ペニーといった現代女流作家から、アガサ・クリスティ、カール・セーガン、オスカー・ワイルド、トルーマン・カポーティまで、様々香り高い名文まで読んで訳す機会が持てたのは本当に嬉しいことでした。

P1060911圧倒されたのは11月のモロッコ旅行。
サハラ砂漠の日の出を見るために道なき道を爆走した黒砂漠と言われる礫砂漠。
世界遺産の街フェズ。昼も暗い屋根の覆いをかけた小路が縦横に延びる旧市街。荷を積んだロバが通れる幅しかない石畳の道、両側にひしめく間口の狭い店、店、店。どの店にも男性が店番をしています。
写真はマラケシュのジャマ・エル・フナ広場。ここは市場、商店街という概念では把握できない複雑で大きな規模を持っています。うっかり迷い込んだら帰る道がわからなくなってしまい、永遠にぐるぐる違う道だと思って同じ道を右往左往することになってしまいそうです。夜のランプ店は魅惑的です。

Cupid12月には京都へエロール・ル・カインの原画展を見に行きました。ル・カインとの遭遇は高校時代。「12人の踊るお姫様」のポストカードを見た時から、この繊細微妙で東洋テイストのある不思議な絵を描く画家に魅せられました。驚くほどの質の高い作品を数多く世に送り出しながら夭折、その後生活に困った未亡人が原画を投げ売りしたという身の毛のよだつ後日談があります。作品の散逸を惜しんだ日本人がかなりの数を買い取りその結果日本にたくさんの原画が保存されることになったそうです。印刷と原画の違い、それは驚くものでした。何度も描き直した跡のある原画からは作者の息づかいが聞こえてくるようです。妥協を許さない色遣い、溢れるほどのイメージを画面の中に収めきれないほどに描き込んだ画家の持てる豊かさを直に感じることができました。

あとわずかで2009年も終わります。2010年も豊かで実り多い年であってほしいと思います。
こちらを訪れてくださった皆様に心からお礼を申し上げます。皆様にも来年がいいお年でありますようにお祈りします。