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Solar Eclipse 2009 7 22

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Solar_eclipse
雲間から覗く日食を取りあえずアップしておきます

Moon Walkers

Time_jul27 本日届いたTIME誌、2009年7月27日号です。
ただただ、感慨のため息です。
人類が月に到達したあの日から40年が経過したのですね。
この写真は余りにも有名で、アポロ計画の象徴であるかのように幾度も目にしてきました。身近に感じていただけに、それほどに過去の物であったとは……。頭でわかったつもりでいても、改めて40周年と書かれて、その間に何が起きたか……冷戦後の世界、ベルリンの壁の崩壊、ソビエトの消滅、セルビア・コソボ紛争、湾岸戦争、9.11同時多発テロ、イラク侵攻、そして経済危機…40年も試行錯誤の時を経て、世界は果たしてよくなったのか悪くなったのか……

さて、感慨を抱いて表紙をめくった途端に、これまたやられた!と思いました。


Time_louis_vitton

これはルイ・ヴィトンの見開き広告です。
TIMEにはよくヴィトンの広告が載ります。有名人を起用しながら、その人となりを生かしたとても自然な写真で、商品は慎ましやかな小道具、点景として画面に収まっているだけで、見ても楽しい仕上がりになっています。最近ではアウトドアを楽しむショーン・コネリーや、フランシスとソフィアのコッポラ親娘の写真など記憶に残る作品があります。
今回の月面到達40年とタイアップした写真には参ったと思いました。
Some journeys change mankind forever, Sally Ride, first American woman in space. Buzz Aldrin, Apollo 11, first steps on the moon in 1969. Jim Lovell, Apollo 13, commander. とあります。
3人の宇宙飛行士、その中には月の上を歩いた事のある人物も含め、それぞれの思いを胸に遙かに輝く月を見つめる。実にドラマを感じさせる演出です。
もちろん実際に夜半の月を見上げたの実写ではなく、おそらく撮影はスタジオであろうし、計算された服装、車など一流のアーティストの作り上げた映像でしょうが、狙いとするところの情感を伝えた手腕には舌を巻かずにはいられません。
宇宙は計り知れなくも広大なのに、人生は短い。しかしその刹那とも言える人生の、そのまたほんの短い時間に宇宙に直に触れる体験をもち、その体験が彼らの人生をまた、大きく変えることになった。
彼方に見える月は、その上を歩き、その周囲を回った、本人にとってもそれは実際の体験であったのかすら定かでない夢のような姿を見せている、それは初めての人類がこの世界に現れて以来変わらぬ姿を保っている。そして私たちの目にもおなじ様に映っている。
そんなことをつらつらと考えさせられる見開きページでした。

Time_moonwalkersこちらがカバーストーリー、タイトルがMoon Walkers。右ページ大写しはオルドリン氏。マイケルに対するオマージュも感じられて、ほっこりした気持ちになりました。
明日は皆既日食が日本で見られます。当地では部分食ですが、晴天になることを念じながら、束の間の天体の音楽に耳を傾けたいと思います。


生姜飯のススメ

Ginger 鬱陶しい梅雨の季節もあと一踏ん張りで越えることができると、自分に言い聞かせている毎日。

とはいえ、梅雨が明けたら、必然的に今度は炎熱の真夏突入であるので、決して楽になるわけではない。要するに目の前の障害物を一つずつクリアしていく他に生きていく道がない……ということなのだろう。
緒言がやけに鬱陶しくなってしまったのも、この時節のせいということでご勘弁を。

「生姜飯」──この季節にしか楽しめない、贅沢な食べ物である(と、少なくとも私は思っている)
スーパーの青果部に新生姜が並び出すと、やもたてもたまらず手が出てしまう。普段見慣れた茶色の古生姜(ひねしょうが)とは似ても似つかぬ白さ、瑞々しさ、ほんのりした赤味。
さっと表面の皮を包丁でこそげると薄く切る。薄切りを重ねて端から千切りにする。大きな新生姜の半分も刻むとカップ1杯ほどになる。
お米は普通に研いでひたひたの水に漬けておく。米4合に対して酒大さじ4,塩小さじ2弱,薄口醤油大さじ2,砂糖少々,これカツオだしの素を加えて、不足分は水を足して4合のご飯を炊く水加減にする。
入れる物は薄揚げのみ。薄揚げ一枚を細く切り、更に千切りにする。
米に生姜、薄揚げすべてを最初から入れて炊きあげる。これで「生姜飯」のできあがり。

薄味に炊きあがったご飯に生姜の香りが絡んで、贅沢でいながら、なんともいえない冴え冴えした気分になる。
長雨、蒸し暑さに閉口した一日の終わりの夕餉に、これほどのごちそうがあろうか、とまで思ってしまう。
新生姜の時期は短い。うっかりしていると逃してしまう。この季節に何度生姜飯を食べる機会が持てるか、それが毎年この季節の私のささやかな悩みである。

遅れてきたカフカ

0907kafka七月になってしまいました。気がつけば先回更新してからはや一カ月!
全て世は事も無し……の毎日を送っていたという証ということにしておきます。

毎週参加している勉強会のメンバー有志で5月から翻訳のワークショップを始めました。
かなり格好よく聞こえますが、要するに、それぞれが好きな原文を持ち寄って毎月の課題を決めて、同じ箇所を試訳する、それを最終週に持ち寄ってコーヒーを飲みつつ全員で読み合わせ、疑問点、問題点を話しあうという、気まぐれお楽しみの翻訳勉強会です。
去年まで頂いていた翻訳の仕事が一段落してから、これといって訳すものもなく、一人でやっていてもモチベーションが上がらないというのが手近な理由なのですが、だめ元で勉強会メンバーに話をしたら、たくさんの方が乗ってくださった……というわけです。
〆切り無し、実験的な訳をするもよし、かなり自由に想像力を働かせることができます。課題は、内容を正確に伝える事が第一義である政治、経済、科学的な文章はちょっとご遠慮ねがって、翻訳の技術を高めるのが一番の目的なので、どうしても文芸物偏重になりますが、それはそれで大いに結構なこと。どんな課題が出されるか予想もつかないのが、これも楽しみ。自分の好みとはまた異なった作品に触れられるので、サプライズであり、心ときめくものがあります。

5月の課題は、言い出しっぺのわたしの独断でLoise Pennyの"Still Life"第一章冒頭部分を。
静かなカナダの小さな村で起こった殺人事件、捜査に村を訪れる殺人課の警部の物語です。訳す部分は短かったのですが、いきなり事件の真っ直中に放り込まれるように始まるために、後の部分を読まないと人間関係がわかりにくく、したがって訳に適した言葉を選びにくいという難がありました。またカナダの警察組織、モントリオール郊外の地勢など調べることも多くその辺りも大変でした。
読み合わせをしてわかったこと。本当に短い、単語にしたら4,5語の文章でさえ、まったく同じ訳が出てこない!ということ。つまり5人の翻訳者がいたら5通りの訳ができるということです。あたりまえの様に聞こえますが、一つの原文に対して訳が多数あり、しかも出版された訳本の読者にとって、読む機会があるのはそのうちのたった一つだということ、これは著しく不公平なことに思われます。
だから原文を読まねばならないという原文主義を振りかざすわけではないのですが、翻訳は、訳者の知識、言語センス、原作に対する解釈の深さ、思い入れなど、たくさんの要素が絡み合って実に多様な表現形式をとる可能性があることを忘れてはいけないと、改めて考えさせられました。

つい昨日終えた6月の課題文は今ベストセラーチャートのトップにある「1Q84」の作者、村上春樹の「海辺のカフカ」の英訳版でした。
これはまた面白い挑戦です。日本語の原作を英訳したものを再度翻訳するのです。もちろん原作に目は通しません。あくまでも英語→日本語の翻訳というプロセスを経て、新たな日本語版を作る試みです。
幸運な事に、というか、不勉強なことに、というべきか、メンバーのだれも海辺のカフカを読んだことのある者がいなかったのも、まったく先入観無しに作品を読み訳すという作業が楽しめる一因になりました。
訳してみて感じたのが、日本語がベースになっている英語はネイティブの英訳にもかかわらず、どこかに日本語の響きが残っているということです。おそらく文と文の繋がりの構造が(つまり考え方が)日本的なのだと思います。矛盾しているように聞こえるかも知れませんが、(村上氏の文章の特徴でもあるのですが)、ある意味日本語独特の曖昧さが少なく、主述の関係が明確でセンテンスが明解なので、大幅な語の追加や文構造の変換を行わなくても素直に英訳しやすい文章なのだと思います。ゆえに、日本語の響きの残る英文ができあがったのではと愚考してみるのです。この英文をネイティブが読んだ時にどのように感じるか、それを聞いて、われわれが原作を読んだ時に感じるものと、どこが似通っていて、どこに相違があるのか、いま一つ踏み込んだ追跡調査をしてみたい気分になります。
最後に数名のメンバーの、それぞれに個性のある翻訳をまとめて、原作と対照読みをしようとおもいますが、比較して(原文といかに近いかというあたり外れではなく)翻訳というフィルターを2回かけるとどれほど変わるか、もしくは変わらないか、それを見るのが待ち遠しいのです。
ちなみに7月のお題はJodi Picoultの"Nineteen Minutes"です。最初のページ半分で、もう引き込まれそうな勢い。これまた読むのが楽しみです!