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STAR TREK XI

Startrek11J.J.エイブラムズがST11を作るらしいという噂が2005年あたりにネット上に流れました。
個人的にはST10ネメシス以来新しいST映画はもう作られないものと思っていました。
改めて書くのも悲しい事ながら、人気シリーズTNGのクルーも相応に歳をとり、最盛期のシリーズの延長としての映画はもはや無理であるという現実と、後発のDS9,VGR,ENTの各シリーズは劇場映画として採算が合いそうもないことが明かだったからです。
TNGですらもう見られないのだから、いわんやTOSをや、新たに劇場のスクリーンで見ることは金輪際ないと思っていました。
ところが、伝え聞くところによると、エイリアス、ロストなどTVシリーズでヒットを飛ばしたJ.J.エイブラムズが新たに作るST11は、何と若いカーク、スポック、マッコイが出るという……つまりキャストの総入れ替えを断行するというのですから驚きでした。
正直なところ期待よりもまず懸念が先立ちました。何を隠そう、わたしも1966年に(日本では1969より放映)TOSが始まって以来40年、STと共に生きてきた生え抜きトレッカーと自覚しています(トレッキーではない、トレッカーだとカミングアウトしたのはいつの事だったかw)
偶然にTVで見た「宇宙大作戦」に心を奪われ、それこそMr.スポックが初恋の相手でした。
放映終了後、長い休眠期間を経て(その間にしっかりSFというジャンルの洗礼をうけて首まで浸かっていましたが)、劇場版ST(モーションピクチャー)で懐かしいクルーとの再会を果たしました。
TV版とは比較にならないほどの圧倒的なスケールの映像美には魅せられたものの、R.ワイズ版STはストーリーやキャラクターの扱いは重く、硬く、クルーも生彩を欠いていました。何よりも明るい楽天主義が影を潜め、無力感、虚無感までが漂っていたのです。そして否応ない現実──見る側にも演じる側にも年月が仮借無く流れていたことを目の前に突きつけられることになりました。TV版の楽しさを期待していた者にはなかなかに肯定的に受けとめるのが難しい映画でした。
次発がTNGでした。「スター・トレック88」(!)のタイトルで、VTRで「ファー・ポイントでの遭遇」を見て、キャプテン=カークのイメージとピカードが余りに離れていたため(カークのキャラがライカーとピカードに分散された)、さらにクルーのバラエティが広がったため散漫な印象を受け、またスポックに代わる強烈で魅力的な(fascinating)キャラが見あたらなかったために、TOSの再来を期待する者にとってTNGはSTの後継者として素直に楽しめなかったのです。
もちろん、その後時間をかけてTNGにつきあっていった結果、キャラクターの成熟とともに、今STの中で一番好きなシリーズになっているのですから第一印象というのは宛にはならないものです。


さて、読まれる方のご迷惑を顧みず、長々と語ってきたのは、わたしのSTに対する思い入れを理解して頂きたかったからに他なりません。
もちろんST一本でほかには目を転じなかったわけではなく、何度もSTから離れては、他のジャンルに夢中になって来ましたが、疲れてふと立ち止まると、いつも安心と安定を求めて立ち返るホームがSTだったのです。
STのエピソードが単にSF的ギミックやストーリーの奇抜さを見せることだけに重心を持っていたのならば、早晩、現実が設定に追いつき、あるいは追い越し、全てが古色蒼然となりSFとしては致命的になってしまったことでしょう。
しかしストーリーをみると、玉石混交なれど、現実社会の問題が色濃く投され、楽天的とも言える健全な進歩史観にのっとった解決法が提示されました。また、エピソードのすべてにユーモアが溢れ、必要以上に深刻にならない軽み、巧みなキャラクターの形成など一流の娯楽作品として、聴視者の心をつかみました。人気は放送が終了した後にブレイクし、その後衰えることなくますます高まったのでした。そして、40年に渡って次々とシリーズが生み出され、10本の映画が作られたのでした。

ST11を見に出かけた時の気分と言えば、結局どのように変容していようと、STの名があれば灯りに引き寄せられる夏の虫のようなものです。まさに変わっているならそれをとことん見てやろうじゃないか、いちゃもんも着けてやろうじゃないか、でも少しでもSTを思わせるよすががあれば、それを見られるだけでも嬉しいという、このような屈折した思いを抱きつつ行ったわけです。
結論から言えば、これが面白かったのです。

(以下ネタバレに近い部分もありますのでご注意下さい)


うまく考えたものです。
開始直後から、自分の知っている設定とかなり違う──インパクトはあるけれど、この違い方はでは一体どうなることか……と思う暇もなくカークの少年時代、スポックの少年時代などが次々に現れます。STの設定そのものを知らない人の方が多い今、キャラクターをわかりやすく紹介するにはいい方法ではあります。でも、カークのキャラが余りにも……スポックにしてもそこまで……、ここでまだJ.J.の仕掛けに気がつかないのですからヤキが回ったものです。

ヴァルカン星がマイクロ・ブラックホールに呑まれて内崩するに至って、やっとわかりました。異なるタイムラインというのはSTでは幾度もとり扱ってきたプロット。これもそうだったんですね!
ST11をSTビギニングにしなかった深いわけがここにありました。単にTOSの始まりを描くだけでは時間にして20年余りしか余裕がなく、映画としても単発に終わってしまいます。TOS以来宇宙歴で150年近くにわたって繰り広げられたSTの設定を崩すことなく、新しい物語を作るには、新しい歴史を作るしかない、当然と言えば当然のことでした。
このところ続いたハリウッドのリメイク・ブームで、何でもCGですばらしくスケールを大きくして、派手に見せ場たっぷりの大味映画に作り直すパターンが定着しています。STもその例外ではないと思っていたので、この仕掛けに気が付いた時には安心したと同時に、この映画に対する懸念が消えて、心から楽しむ事ができたのです。

そうと決まれば映画は楽しまなくっちゃいけませんね。
まったく別のSTなれど、それこそ台詞、仕草、語られるエピソードに、TOSからの引用、セルフ・パロディがちりばめられています。
またオリジナルでは語られなかった名前やあだ名の由来などさらりと見せるところなどは演出が憎い。
大ネタ、小ネタが満載です。スコッティならぬカークがシャトルの横桟に頭をぶっつけるところ、スールーのダルダニアンもどきも懐かしい、スポックは若い頃から上着をひっぱっていたようで(ピカードがそっくりやってました)、メイジェル・バレットの声(クルーにチャペルは出てきませんでしたね…マッコイがチャペルに呼びかけるところはありますが…それにキャプテン・パイクを救出したとき転送室に駆け込んでスキャンをしていた後ろ姿の医療スタッフ、もしかしてあれがチャペルか、などと想像を逞しくしています)、ボーンズがスポックに投げかける"Tell me something I don't know! " これと同じような台詞を何度も聞いたことがあります。これにも笑わされました。
赤服の悲運とか、スポックがスコッティに(後にスコッティが考案する)移動中の物体に転送する方程式を教えるあたり、ST4の透明アルミのくだりを彷彿とさせますし、ゴールデンゲート・ブリッジ越しに見る未知の脅威はST4、カークが追放された氷の惑星はST6へのオマージュと見えます。
コバヤシマル・テストの真相に迫る──今まで何度も引用されてきた例のテスト。ただひとりテストの裏をかいたカークが初めて描かれます。中盤でワープ速度で飛行中のエンタープライズに転送で戻ろうとするカークがスポックに "You know, traveling through time, changing history... that's cheating."(時間を遡って歴史を変えるのはズルだろう)というと"スポックが" A trick I learned from an old friend."(古い友だちから習った小技ですよ)と答えるあたり、これはもうにやつくしかないところです。しかし、ST2の最後、スポックにとってのコバヤシマルを思い出すと多少気分が落ち込んでしまいます。

中盤で現れた「あの人」でST11は単なるスピンオフではなくなりました。彼はTNGでも何度かヴァルカン大使になって登場していました。この映画でもまさに冒頭でネロがUSSケルヴィンのキャプテンにスポック・プライムのホログラフを見せて"Ambassador Spock"と呼んで居所を知りたがっていましたから、実はここで?と思わなければならなかったんですね。
とにかくST11に出るとは聞いていましたが、TNGの初回にマッコイがちょっと顔を見せたのと同じ程度か、もしくはワープ循環の中で生存していたスコッティくらいの役どころだと思っていましたが、こちらもまったく予想が外れました。とは言え、これは嬉しい外れ方でした。

さて、戻ったカークがスポックと和解してネロの採鉱船に潜入、スポックが自分の乗ってきた小型船に乗りコンピューターから"Welcome back, Ambassador Spock."と呼びかけられ、更に船の製造年が129年未来であることを知るや、その洞察力でカークが未来の自分に関する重大な情報を隠していると見破り、自分の船でドリルを破壊しに行こうというとき、初めてカークを「ジム」と呼びます。
何ということはないのですが、やはり嬉しく成ってしまう一瞬。

無事(?)キャプテンのイスに座ったカークがエンタープライズを「発進」させるときの台詞は"Take us out"──懐かしい台詞です。カークの最後の航海の発進命令がこの言葉でした。さあ、外へ連れて行ってくれ…… 数え上げたら切りがありませんが、見逃した箇所はおそらくまだまだたくさんあるはずです。これは二度目を見に行くいい口実になるでしょう。
VFXを多用した映像のスケールや美しさはもはや言うまでもないようです。ヴァルカンからの救難信号を受けてスペース・ドックのハブから飛びたつ航宙艦、その中にNCC-1701の文字が見えたときには胸にこみ上げるものがありました。

最後に、"Space, the final frontier..."がニモイの声で聞こえたとき、A.クーリッジのテーマ曲が最後にとつとつと聞こえ出した時、そしてジーン・ロッデンベリーとメイジェル・バレットへの献呈の辞が現れたとき、時を越えて、古い感慨と新しい感激がひとつになって、私にとっても新たなSTの歴史が始まったのだと実感しました。