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ジェダイ・クエスト-8~オークラ出版ブログより

Jq8_oklaChikoさんのブログでもう早々と紹介して頂いています。
簡単なあらすじと共に、例の「今回のみどころ」が書かれています。「大好評!」と銘打ってありますねw
>大好評! 今回の見どころを超簡単に紹介♪
■オビ=ワンがセクハラ行為? そして、シーリお色気大作戦??? ジェダイたちに何が起こったのか──?!

これを見て思わず吹き出してしまいました。確かに言えてます。オークラの担当さんGJであります。
メイスがどど~んと中央に仁王立ちした表紙からは窺い知れないような、お笑い満載の予告です。もしかしてメイスまでおちょくられたりして……。
前半は、シーリ姐さんとオビ=ワンは変装ごっこ、アナ坊とフェラスくんは二人の変身ぶりにあてられて、いつもの仲の悪さもどこへやら。妙なところで気があった二人でした。
もちろん、ワルのオメガや年増のアーバーも健在。アルカトラズみたいな犯罪者の集まった星で、またなにか悪巧みを考えているようです。
シリアスな展開になるにもかかわらず、前半の軽さがずっと最後まで波紋を残す、一風変わったテイストの巻です。どうぞお楽しみに!

とんだ顛末

このところ20日間ほどずっと足、大腿部の裏側の痛みに耐えてきました。
痛みといっても何か特別なきっかけがあって、たとえば捻ったとか、ぎっくり腰を起こしたとか、まったくその手の覚えがなく、なんだか変な感じ、から始まって徐々に痛みが出てきて……それもちょっと上を向いた時に痛みが足にぐきっと走る、押さえてみても痛みの箇所が特定できない、何とも変な痛みでした。
今年一月頃にも一度あったのですが、そのときは我慢していて自然治癒に任せました。
ところが今回は治るどころかますます痛みが強くなってきて、日常生活に不便が起きる、なんといってもPCの前に長く座っていられない、イスをいろいろ取り換えても、痛みが増します。ついに夜寝ていても痛みで早く眼が覚めるなど、どうも放置しておけなくなって、一日延ばしにしていましたが近くの整形外科へ行ってきました。
昨年開業したばかりのクリニックですが、ペインクリニック、腰痛症、痛み治療専門という、イギリスやアメリカでも勤務経験のある先生が故郷へ戻られて開業されたので、評判も上々のところです。
さて、行ったら何と一時間待ち、でも仕方ない、ざわざわ話すじいちゃんばあちゃんに混じってひたすら文庫本を読んで、呼ばれた頃には同じ姿勢でいたために、しっかり腰まで痛くなって。。。
さっと症状を話し触診を受けたあとレントゲン、これがまた上を向いて足を伸ばして寝るのが痛くて顔をしかめながら。骨密度測定もしてもらいました。
さて、出来た写真をみるなり「座骨神経痛ですね」との診断。背骨の下部の骨と骨の間のクッションがへたれて薄っぺらくなってその外にある神経を刺激しているとのこと。
はあ~、足の痛みじゃなくて、腰が原因だったんですね。そういえば痛みが出る少し前に腰痛があったっけ。これがひどくなるとふくらはぎまで痛くなる、と驚かされました。
さて治療は、湿布、投薬、注射、理学療法と色々あるけどどうします?といわれ、もちろん早く痛みを取って欲しい、もうすぐ新たな仕事のクルーにはいるとまた座りっぱなしになります、それまでに痛みが取れなくっちゃ、お話になりませぬ。
それで注射、投薬(湿布は役立たず──実験済み)でお願いすることになりました。
時間があったらリハビリもやっていきますか?といわれ、もちろん何でも経験とやってもらうことにしました。
二階に上がると大きなリハビリ室、人が少なかったので寝そべっているとなんともいい気持ち。半ば開いた窓から爽やかな風が入り、牽引、温熱、ウオーターベッドでの全身マッサージ、これが凄く気持ちよかったです。
どこも痛いところがなければ、このマッサージは最高に気持ちがいいことでしょう。寝たままでベッドの中のローラーが複雑な動きをして全身を刺激してくれます。
ところが、仰向けに足を延ばして寝ていたためにリバビリを受けている間、足はますます痛くなって、ちっとも効かない、むしろ刺激して悪くなってる……なんて腹立ち紛れに思っていましたが、帰ってきてしばらくして気が付きました、なんと痛みが、痛みが消えている!!
仕事に出ても前を向いたり後ろを向いたりするのが苦じゃない、喉元過ぎればなんとやらで、今朝まで用心してそろそろ歩いていたのが夢のようです。
これならば、もっと早く受診すればよかったと、しみじみ後悔しています。でもいわば老化による椎間板の摩耗なので、治らないのかなあ。ちょっと心配。痛みが治まったら負担にならない運動をしなければならないと本気で思い始めています。

ラスト・オブ・ジェダイ_10

Loj_10本日Amazonより届きました。
Last of the Jedi "Reckoning"、 これがシリーズ最終巻、しかもワトソン女史はJA以来の長きに渡るスピンオフ執筆に一応終止符を打つと宣言していることもあり、彼女の手になる最後のSW本になる可能性があります。
私のみならずEpi3以降のフェラス・オリンを描いたこのシリーズで、一番の興味はフェラスとヴェイダーの勝負はどうなるのか、はてまたフェラスの生死は、どのような終わり方をするのか……ということに尽きると思います。
そこで、やってはいけないことをやってしまいました──最終ページを読んでしまった!
ハリー・ポッターの第七巻でも同じ事をやっちゃったんですが、懲りないというか、こらえ性がないというか。
内容はお話できませんが、ある程度予測がついた終わり方でした。これだけは言ってもいいかな? 余り悲劇的な終わり方ではありません。ちょうどEpi3の最後に感じたような、しみじみとした情感漂うラストでしたね。ワトソン女史GJであります。
時の流れは容赦なく、すべての物のうえに等しく跡を刻んでいきます。人は去り、死に、社会は変わり、星すら滅びて行きますが、そのときどきに生きていくものたちにとっては、どの瞬間とても同じく重要でかけがえのない物であることは永遠の真理です。
わたし的には、最後にオビとフェラスに、一杯飲みながら来し方行く末をじっくり一晩語り明かせてやりたかったなあ……なんて妄想が一人走りしています。
しかし、もう本は出てしまいましたね、これで終わりだぁ……まさに、まさにEpi3の終わりで感じたのと同じ哀惜の念ですよ!

輝くもの天より墜ち

 Brightness連休中に読みあげました。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの久々の長編です。
作者は名前から長い間男性と思われていましたが、実は女性で、その事実が発覚したときにはティプトリー・ショックと呼ばれるセンセーションを巻き起こしたという逸話もあります。
この作品は80年代に出版されましたが、邦訳がなく、もう一方の長編「たったひとつの冴えたやりかた」がでてから20年ぶりの出版ということになります。「たったひとつの……」がかなり感動的であったために、書店で見つけ嬉々として買ってきました。

扉を開けるとロッジの部屋見取り図があって、一見ミステリー仕立てです。しかも目次から24時間を経時的に追ったものと知れます。
銀河辺境の立ち入り厳禁の惑星、ダミエム、そこに住むのは昆虫から進化したダミエム人。ヒューマンが介在した虐殺の歴史があり、現在は厳しく立ち入りが制限され3人の保護官が駐在する。ここに二十年以上前に爆発した惑星から出た爆発前線のフレアが到来する、その荷電粒子のせいで全天をおおうオーロラのような壮麗な光の饗宴が見られる。それを見物するために選ばれた十人以上のさまざまな種族、種類の人々が訪れたところから物語は始まります。
それぞれの人々の背後に潜む人生があるものは深刻に、あるものは軽く、語られます。予定外の訪問者の謎の行動、ダミエム現地人が被った苦難の歴史、そもそも惑星の爆発を引き起こした責任はヒューマンにあることなどが、前線の接近と相通じるように徐々に明らかになって緊張が高まります。

全天を彩る想像を絶するような光の中で起きた悲劇的な事件、それは滅びた星の住人の最後の一人の行った報復でした。物語は特に奇抜な装いもなく淡々と述べられ、事件が起き、それを収拾しようとする人々の努力が描かれ、最後にノヴァ前線の通過と共に終息を迎えます。もちろんSF仕立てミステリーなので前線が通過するときに起きるある現象が及ぼす影響が人々の運命を決定する重要な伏線になっていますが、それが中心となることはありません。あくまでも副次的な影響としてのみ言及されます。

しかし、この物語の凄さはSFやミステリ風味の部分よりも、徐々に緩慢に死に向かっていくような全編の流れにあります。最終的に中心の人物が死ぬことになりますが、私たちはどうしてもこの人物と作家ティプトリーを重ねたイメージを持ってしまいます。「死」に対する作家の感覚が終章に至ってまさに一人称で語られ、一種の諦観が読みながらじわじわとこちらの心に浸潤してくるのが感じられます。死に行く惑星、その美しさすら実は虚像であったのかもしれないという恐れ。死ぬのに手助けはいらない、誰にでも平等に訪れる、はじめてでもちゃんと死ねる……最終に近づいて、事件も解決し、音楽でいえばコーダにあたる余韻を楽しむ部分にさしかかって、思いもかけずこれを文字で読みながら、しかも自分のことのように追体験するのは、意表を突かれた驚きでした。

ティプトリーの晩年の作であり、夫とのかねてよりの取り決め通り二人の人生を締めくくったという事情もあって、もちろん物語を書き上げるうえでのそれなりの計算もあった構成ではあるでしょうが、その裏に抑えようとしても顔を出す作家の生の姿に触れたようなどきっとする体験でした。作品に作家の実人生を反映させることについては賛否両論があるでしょうが、わたし自身はこの作品に関してはこれで好かった、というよりもこれ以外のやり方はなかったように思われます。

緩慢に訪れる人の死、星の死、美の死……最初にそのイメージがあってそれが600頁にも及ぶ長編になったような気がします。自分もある程度「死」を他人事として軽くみられなくなった年代に近づいてきたのかもしれませんが、読後感は奇妙に明るく「死」を恐れる気持ちが軽減されるような思いでした。冗長に感じられるかもしれませんが、是非とも一読をお薦めしたい本です。

余談っぽくなりますが、読み始めてすぐにある違和感に囚われました。文体が現在形で進行するのです。ちょうど芝居のト書きのように。原文で確かめたところ、まさにその通り。さすがに浅倉久志さんの訳は手慣れていて、最初戸惑った現在形も読み進むうちに心地よい響きになったことを付け加えておきます。