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とかく浮き沈み

最近浮き沈みが多い。
といっても気分の浮き沈みですが。
先回にも書いたように、いつもいっしょに暮らしている家族が抜けるとこれほどまでに気持ちの張りが無くなってしまうとは思いもかけませんでした。
おかしな逆転現象が起きて、家事の多くを受け持ってくれている母親がいなくなる=全てが自分にかかってきて、しなければいけないことが増えて忙しくなる……はずでしたが、反対にいつやってもいい、たとえば夕食の片づけだって、見たいTVがあればそれを先に見る、さらにDVD見て、最後に夜中に食器を洗ってもOK
ある意味こんな自由は滅多にないこと。朝だって出勤する家族の食事だけつくってゴミ出しすれば後はまた寝ようと、一日中パソコンにくっついていようと勝手。
一人暮らしの気楽さを感じながら、このまま行くと、限りなくだらしなく時間にルーズになって、さらに食事もいい加減になって、そのうちに最低限の洗濯掃除をするだけで、出した物も片づけないという、いわば家庭内ホームレスになりそうです。
そうなるとよくしたもので、何をする気力もなくなってくる、今までなら、少しでも空き時間を利用して本を読もうとか、DVD見ようとか、少しは運動しようとか、活動への志向があったのに、それを支える気力が、風船から徐々に空気が抜けるように抜け出していくのが感じられました。
結局、人間とは人間が側にいてくれないと生きていけない(少なくともわたしの場合は)のではないかと、真剣に心配し始めています。どんなに世話が焼けても、どんなにうざったくても家族の存在は大切だと。

閑話休題
さて、沈みの方から先に書いてしまいましたが、浮きの方のお話を一つ。
学生時代に合唱をやっていたことを何度か書きましたが、偶然にも検索でたどり着いてくださった方が、なんと同じ合唱団の大先輩に当たる方でした。
その方とは実際に面識はないのですが、話を聞いた別の先輩がメッセージ書き込みをしてくださって、それからトントン拍子に懐かしい方々が集う掲示板を発見、さらに先輩たちがずっと交流を絶やさずに来た証であるサイトを発見。
機会があることに集まって歌を歌っておられる写真など見て、それこそ、何十年かの歳月が消え失せるかのような、懐かしさと、できれば自分もその中に入りたいという憧憬を覚えました。
学生時代のあだ名をHNにして掲示板に書き込んだところ、覚えていてくれた方も多くて本当に感激です。
長い年月の空白期間をおいて、新たにおつき合いが復活できたら、こんなに嬉しいことはありません。そのうちにオフ会があればどこへでも出ていこうと、こればかりは活動志向100%です。

もう一つ、浮きの話題。
今日朝、NHKBS2で先日亡くなったパヴァロッティ追悼のオペラ放送がありました。
1988年サンフランシスコの「ラ・ボエーム」、パヴァロッティのロドルフォ、フレーニーのミミ、ギャウロフのコルリーネと考えられないような豪華キャスト。うっかりしていて危うく開始を逃すところでしたが、タッチの差で録画開始。
ラ・ボエームは自分でもこだわりのあるオペラです。始めて中之島ホールにメトロポリタンオペラが来たときに見に行ったのもラ・ボエーム。始めて買ったLP版のオペラもラ・ボエーム、しかもミミはミレッラ・フレーニーでした。最初に買ったオペラスコアも当然ラ・ボエーム
好きなオペラは幾つかあるし、好きなアリアに至っては無節操なほど、幾つもありますが、とにかくここまで凝ったのはラ・ボエームしかありません。最後まで流しながら、パヴァロッティの絶唱「ミミーーーーー」には涙が出ました。
こうやって、何年経っても同じ感性を持って同じ感動を呼び起こされるのは、安心でもあり、反面、自分はちっとも変わっていない(進歩していない? 相変わらず幼稚なまま?)のかもしれないと諦めにも似た気分にもさせられるのです。

ウィーンは今日も晴れ?だった

070912a
ただいまわが家は歯抜け状態です。
娘がオーストリア・ドイツに風来坊旅行中。加えて母がお友達とトルコに大名旅行中。残ったわれら二人は細々と寂しい食事を摂り、言葉少なく? それぞれのPCに向かうという、言ってみれば鳴かず飛ばずの生活を送っています。
もちろん四六時中家族が顔をつきあわせているわけでもなく、家族の二人はいつもは東京に住んでいるのだから、遠く離れている点ではオーストリアだって東京だって同じといえばそうなのだけれど、やっぱりこれが違うんだよね・・・
これが喪失感だと思うんだよね。
帰省していた子供たちが生活の本拠地へ向けて帰るとき、駅まで車で送っていって、「じゃあ、またね。早く帰っておいで」と言って後ろ姿を見送るときに感じるあれ。
なんだか自分は取り返しのつかないことをしているんじゃないだろうか、今ならまだ呼び返すのに間に合うんじゃないだろうか。
こういうとき、言葉の文ではなく、ほんとうに体が半分に裂かれる思いをするんだよね。ほんとうに心が痛むってのはこの感覚なんだね。

さて、親離れ子離れしてないという批判をあびる前に(w)今日のお題へと進めることにしましょう。
昨年娘がドイツに旅行した時には、まったく連絡無しだったので、かなり気を揉みました。
今年は幸いにも携帯が海外仕様で、少なくともメールならそれほど課金もなさそうなので、「毎日、せめて生きてるくらいはメールしなさいね」と言ったところ、毎日「生きてるよ」「今日も生きてるよ」「まだまだ生きてる」なんてメールが入り出しました。
これはうるさい親への抵抗でしょうねw
今日も午後4時もまわった頃、メールが入りました(ちなみにオーストリアは時差7時間だから午前9時過ぎか)
以下メールのやりとりとなります
「ちょっくら今日と明日のウィーンの天気調べて」
「しばし待たれよ」
調べたのがyahooの天気(上の予報図)
何とも奇妙な話ですが、ウィーンにいるご当人はネット環境にないので検索できない、そこで日本で調べて携帯のメールで概況を伝えるという、これをグローバルといっていいものか、首を捻りますが。
ともかく、朝雨が降っていたから、遠出をするかどうか決めかねていたのが理由でした。これによるとずっと晴天、気温も高からず、過ごしやすそうです。予報を聞いて、それでは街歩きしてくるとメールが舞い込みました。
ところで、この記事を書くためにサイドバーにあるWeather Undergroundの予報でVienを開けてみると(下の予報図)、あちゃー、雨じゃありませんか。
しまった、まさかこんなに違った予報が出ているとは思いませんでした。願わくばウィーンは今日も晴れであったことを祈ります。
明日のメールがちょっと怖い、地球の裏側の予報士さんでした。

Death in Modena

Pavarotti_f

ルチアーノ・パヴァロッティ氏が亡くなった……
青天の霹靂、寝耳に水のニュースに思わず嘘でしょう!と叫んでしまった。
しかし、うち消すことはできなかった。享年71才。膵臓ガンの手術後、モデナの自宅で療養中だったそうだ。
思えば、昨年トリノ冬季オリンピックの開会式で思いがけなくも聞かせてもらった、あのかくも有名になってしまったプッチーニのオペラ「トゥーランドット」のアリア、Nessun Dorma (誰も寝てはならない)、あれが絶唱だったのかと。
公式に引退を宣言してから最初にして最後の実声だった。
"King of High C"といわれた、あの高音の伸びと広がりを出せる人はもうでてくることはないだろう。
四回のサッカーW杯で、プラシド・ドミンゴとホセ・カレーラスと共に三大テノールの共演を実現させて、中でも一番輝いていた。
最後の三大テノール世界ツアーの際、日本公演でのプラチナ席の高額さでも話題を振りまいたものだ。

世界のオペラ界から巨星が一つ墜ちた。私たちは黙して目を閉じ、心の中に朗々と流れる彼の歌声に耳をすまそうではないか。

世界SF大会Nippon2007

横浜まで行って参りました。実際に現地へ行ったのは3日、正会員になるほどの時間的経済的余裕もなかったので、展示会場で行われる長野剛さんのサイン会の時間を目当てにお邪魔することにしました。
会場はパシフィコ横浜、みなとみらい駅に直結しています。到着は12:30ころ。入り口近くのオーストラリアのブースでは2010年のワールドコンの誘致プロモーションで、コアラの人形(お土産によくある大型洗濯ばさみみたいなあれ)を配っています。気のいいボールディのお兄さんとしばし語らいました。
さて、まずは展示会場Aのオークラ出版さんのブースを目指します。横着してデジカメを持参しなかったので携帯のカメラでお茶をにごして、一枚。
Ohkla_sオークラ出版さんのブースです。バックには先日エフエックスから発売されたUVGの大きな非売品ポスターがかかっています。机上にはLJとJQの既刊、更にLJの5巻の先行発売も揃っています。
編集のIさんと、7月上旬にもお会いしたので、即おしゃべりを。
すぐにお隣にいらした長野さんにも紹介して頂いて、ご挨拶しました。とても折り目正しい方で画集や本を買い求める人が続く中、一人一人に名前入りで丁寧にサインをされていました。
前日よりメールを頂いて待ち合わせしたMさんと合流して、辺りを一回り。その後しばらくブース付近で話をしながら売れ行きなどを見ていました。中には全巻大人買いをしてくださる方が二人も続いてかなり興奮しました。ところで、自分もせっかく来たのだからやはりサインを頂こうと、画集を購入。しっかりミーハーしてきました。
丁度前のアート・ショーでは会員限定のオークションが開始されていて、なにやら1000ドルなどという(物騒な)価格が聞こえてきたり、かなりなエキサイト振りです。
サイン会の定刻になったのでブースを辞して、展示を一回り覗きました。
ゲスト・オブ・オナーの小松左京さんの作品、懐かしいハードカバーが並んでいました。見ればほぼコンプリで持っています。わたしの中では日本SFの第一人者と言えば小松さん以外の方の名を挙げられません。初めて「果てしなき流れの果てに」を読んだとき(中学生でしたが)には完全に頭の中をひっくり返される程の衝撃を受けました、中間部に挿入された現実的結末の情緒に痺れてそれ以来小松さん=神様という図式ができてしまいました。「地には平和を」「お茶漬けの味」以来の短編集も「暗黒星団」「ゴルディアスの結び目」中編も、「虚無回廊」も、どれもあくの強さを感じながらも、現在進行形で抗いがたい魅力に引きつけられています。
歴代SFコンのロゴの入った年代物Tシャツや、記念マグ、ヒューゴー賞レプリカなど、時間があったらもっとゆっくりみたいお宝ばかりでした。
世界SFコンベンションとはいえ、無料展示コーナーなので、なにやら(これで良いのか、ニッポン?)と問いたくなるような似非エキゾチックアイテムや、無国籍バッタモンの販売も行われ、実際に書籍の販売が少なかったのは少し残念。萌えキャラのコスプレなど人目を引く扮装の方も見受けられました。
会場を後にしてMさんとお茶を飲んで更にいろいろお話しました。横浜を出たのは4時くらいでした。曇りのお天気のお陰で思ったほど暑くもなくて助かりました。
思い返せば、中学生のころ、一丁前に背伸びして柴野拓美さんの「宇宙塵」に参加したり、中高生で作るファンジン、同人誌の走りみたいな物ですが、それに名を連ねてみたりしたことがありました。お仲間に難波弘之さんなども記憶にあります。
当時の夢は、世界SF大会(当然アメリカで開催されるものという認識しかなかった)に一度参加してみたいということでしたが、よもや日本で叶うとは思ってもみないことでした。もちろん本会場の催しには参加できませんでしたが、展示会場と物販ブースを見てまわっただけでも、多少ともSFコンの味を楽しめたことで満足しています。
ちなみに来年の日本SFコンはダイコンだそうです。昔、一度ダイコンに行ったことがありますが、なんだか急に来年大阪へ行きたくなってきました。また懲りもせずSFをめぐるお楽しみ心に火が着いてしまったんでしょうか?

付記
デヴィッド・ブリン氏がメインゲストで来ていらっしゃったんですね。OAZOの丸善にブリン氏の原書と文庫が特集で置いてありました。ハヤカワから出た最近作「キルン・ピープル」(上下)を購入。でも読むのは順からマイケル・クライトンの「恐怖の存在」(上下)が先になります──というか、これは読みやすい。あっという間に上巻が終わってただ今下巻。