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醜女もアーニャも星も反語法も……

ロシア語会議通訳者でエッセイストの米原万里さんが亡くなられた。
まさに青天の霹靂ともいうべきニュースで愕然とした。
万里さんを初めて知ったのは読売新聞日曜版連載のエッセイだった。それまでお名前を知らなかったのだからかなりモグリである。
軽妙洒脱な内容、ちょいと豪傑な語り口、何よりも毎回披露してくれるロシアの笑い小咄が何より楽しみだった。どれが面白いと言われて優劣付けがたいのだが、米原万里開眼となった小咄を切り取って保存してある。ここでご披露させてもらおう。

小咄1
ガガーリンが人類初の宇宙訪問から帰ってくると、すぐに共産党書記長から電話がかかってきた。
「頼むから神様に会ったことだけは内緒にしておいてくれ」
受話器を置くや、また電話がけたたましく鳴る。バチカンの法王からだった。
「頼むから、神様はいなかったってことだけは、黙っていてくれ」

小咄2
飲酒が宗教を信仰するより優れている八つの理由
一、未だ酒を飲まないと言うだけの理由で殺された者はいない
二、飲む酒が違うと言うだけの理由で戦争が起こった試しはない
三、判断力のない未成年に飲酒を強要することは法律で禁止されている
四、飲む酒の銘柄を変えたことで裏切り者呼ばわりされることはない
五、しかるべき酒を飲まないというだけの理由で火炙りや石責めの刑に処せられた者はいない
六、次の酒を注文するのに二千年も待つ必要はない
七、酒を売りさばくためにインチキな手段を講じると法で罰せられる
八、酒を実際に飲んでいると言うことは簡単に証明することができる

米原さんはこの八箇条に次のようなコメントをつけている。
──この地帯を巻き込んだ凄惨な民族紛争の多くが宗教がらみだったことを八箇条は雄弁に物語っていた。

特にこの2の八箇条は忘れられない秀逸な小咄(?)になっている。面白い中にも辛口酸口の真実をちらりと見せてくれる。また数多の小咄の中からこういった辛口のものを選び出す米原さんのセンスにも畏れ入ったものである。
Yonehara共産党員だった父上の仕事の関係でプラハで少女時代を過ごし、帰国後は東京外大、東大大学院と進まれロシア語の会議通訳として政府要人の通訳をこなされたことは多くのエッセイにも書かれている。認知症になられた母上を伴っての"ババ連れ出勤"の話や介護の話し、猫犬に関する話しなど語る種は尽きない活躍ぶりだった。

もうひとつ、米原さんを身近に感じる理由は、直接面識はないものの米原さんがうちのRayの大学、それもロシア語科の先輩にあたられるということである。つい昨年も記念公演に見えられたというから本当に具合が悪くなられるまで精力的に活動されていたようである。
最後の本になった「必勝小咄のテクニック」は昨年12月刊行で、あとがきに闘病中と簡単に書き添えられている。
どうして、才能があって何でもできる人ほど早く亡くなるのかと天を恨めしくおもう例がまた一つ増えた。

知的ゲーム

ダ・ヴィンチ・コード、公開からもうすぐ一週間になりますが、かなり酷評が目立ちます。
そのわけをちょいと考えてみました。
酷評をパターン化してみますと、小説の全てを映画化しようとして詰め込みすぎで慌ただしかった・宗教がらみで分かりにくかった・ネタばれが早すぎてあっけなかった、というような国内の反響もあれば、キリスト教に対する悪意があるとか歴史的事実であるかのような描写がけしからんとか、実在の組織であるオプス・デイへの偏見を助長するとか、現在のバチカンの保身に汲々とするさまが描かれていたとか……宗教上の問題として取り上げているのは海外の方。
まさに列挙にいとまが無いほどです。

思うに映画に何を求めているか、が評価の別れている原因ではないでしょうか。
壮大な絵空事の原作をこれまた絵空事の映画にする……狙いは何? 世界的にベストセラーになった原作が面白いことは誰にも否定できません。ベストセラーになったという事実がそれを証明しています。映画化権をとったときにまだこれほど売れるという予測は立ってなかったといいますが、少なくとも評判になってからは、話題作になることは決まったも同然、キャストも豪華で何と言ってもあのルーブルでロケができたという逸話までおまけに付いている。
観客は何を期待していったのでしょう。原作を読んだ人の中には、いかに原作を咀嚼して冗漫(と思われる部分を)カットして楽しめるサスペンスの映画に仕上げるかを楽しみにしていった人もいるでしょうし、TVの特番でやったみたいに、あたかも歴史上の真実であるかのような実写版キリスト教秘話を見られるものと思っていた人もいるでしょうし。なんだか評判になっているから見てみようか、という野次馬的な人も、もちろん多いと思います。

ダン・ブラウンも、トム・ハンクスも言っているように、これはフィクションです──あったり前だけど。
ただキリスト教文化と切っても切り離せない西欧社会に生まれ育った人が、これはフィクションに過ぎない、何を言おうと作り事だ、と豪語するにつけて、どこか無理をしているような気がしてなりません。
彼らの発言の裏にどこか彼らなりの罪悪感が(この言葉が悪ければ負い目が)あるように感じます。自分が帰属する文化の大きな部分を支える宗教観に一つの新しい解釈を(決して貶めたり冒涜しているわけでは無いのですが)与えようとするからには、自分の内なる既成の宗教観に対する反作用の力が働くのではないかと思われます。必要以上に実際の宗教とは関係ないとか、実際の宗教に影響を与える物ではないとか、これは作り事!だとか強調するのはその反発力ではないかと思われるのです。

その点、キリスト教文化がそれほど根付いていない日本で、キリスト教とその文化を単に知識の問題として触れてきたわたしにとって、原作のダ・ヴィンチ・コードは楽しめる知的ゲームなのです。取り扱っているテーマが、なんら心情的に規制をかけられないものであっただけに、純粋に知的好奇心のみで話を読み進める事ができました。
日本にも伝奇小説というジャンルがあります。一時期を画した超古代史ものとか、古代王朝や、邪馬台国からみとか、しかし天皇制に触れるものはかなり慎重に書かれていたように思います。つまりこれが心情的規制というわけです。いかにフィクションといえど、触れるべからず、語るべからず的な無形のタブーが感じられました。
たぶんダ・ヴィンチ・コードに不快感を表明する宗教界は、この手のタブーを犯されたという理性では処理できない心情的嫌悪感から、特に一般大衆にインパクトを持つ映画の上映を禁止すべく訴訟を起こしたり、信者に見ないように警告したりしているのだと思います。

この映画に宗教のなんたるかを求めるのはお門違いです。またオプス・デイという特定の宗教団体を全ての信者が映画に描かれたように狂信的で宗教的目的の為には殺人も辞さない集団であるかのような奇異の目で見るのも、無知から来る浅はかさというもの。
多分、宗教の真実!とかダ・ヴィンチの絵に画された暗号!のようなコピーに踊らされて映画を観たら、面白くない、詰めすぎで分かりにくいなどの酷評が出てくるのではないでしょうか。
文句をつけるために、またはあらを探すために映画をみるなんて、はっきり言ってつまりません。見るなら楽しまなくては。

わたしが映画に求めた物は、先程も書いたように知的ゲームとしての展開。それにルーブルや(もちろん床も名画も全てスタジオ内のセットだけれど)イギリスの教会(これもウエストミンスター寺院内部は撮影できなかったしテンプル教会にしても戦争後の再建だったりするが)などふんだんに当地のロケをしているために限りなく本物に近い雰囲気が味わえること。
絵画史上謎の多いダ・ヴィンチの絵画に、ある解釈を提起して、それが如何に整合性があるかを例証を上げながら実証していく、という謎解きのおもしろさ。楽しみはこれに尽きるといってもいいほどで、その謎が最後にどこに行き着くかが最大の興味ではない、というあたりでしょうか。
また、映画でしかできない、ことばでなく映像を多用しての情報伝達という一面が目立ったことも特筆すべきかも知れません。
グランギャラリーを逃げまどうソニエールの姿とカットバックで現れる名画の一こま一こまに後出の内容を暗示させる物をさりげなく選んだり、原作にはない、神聖な物に手向けられた一輪のバラであるとか、ファーシュの着けているバッジとか……
それぞれ内容の理解をより深めるために添えられた演出といえるでしょう。

この映画は及第点を上げられると思うのは、あくまでも控えめに下手なラブロマンスにもならず、敵役にも下手な感情移入もさせず、淡々と最後まで謎解きのおもしろさ、興奮を覚えさせてくれた原作に忠実だった点です。sarcophagusが映像でてきたのにはちょっと引きましたが、それ以外はおおむね良好。原作を読んだときと同じような感慨を持てました。批評の中には本のテンポと同じなので冒頭の緊迫感が削がれた、とか謎解きの答えが余りに早く出過ぎて楽しむ余裕が無かったなどという映画の構成上の批評もあります。
確かに本なら自分の自律的テンポで読めますが、映画は与えられるままに見ていなければならないという制約があります。かったるかったりあっけなかったり……それを言い出すと万人にアピールする映画など作れないことになってしまいますがw

ある意味で、この映画を本当に楽しめるのはキリスト教文化とは別系の文化の底流を持ち、しかも知識としてある程度のキリスト教文化を知る人々なのではないかなと思ったりします。わたしたちは恵まれているのかなとw 知的ゲームとしてのダ・ヴィンチ・コードは成功だったように思います。

ダ・ヴィンチ・コード

davinci1.jpg 公開初日に行ってきました。おおむね良好。ハンス・ジマーの音楽がよかった。
これだけだと、なんだか否定的に見えますが、よかったということです。原作を読んだのが一年くらい前、しかも前半日本語、後半英語という変則読みをして(単に借りられなかったという理由でw)ストーリーは覚えていたものの、この本のおもしろさはストーリーもさることながら、ラングドンやティービングの口を借りて語られるダン・ブラウンの仮定が説得力をもっていること。
それで文庫発売でやっと購入して読み直して映画に望みました。

多少の改変はあるものの、(謎解きを一つすっ飛ばすとか)大筋では全てポイントを押さえていたと思うし、原作中のにやりとさせられる台詞もちゃんとあります。映像の持つ強みを遺憾なく発揮して、映像で説明のつくところは全て援用。たとえば歴史的背景の説明とか(二ケアの宗教会議の描写には関心)、暗号を隠したガジェットの構造説明とか、暗号解読をビジュアルで説明すると(注意してみていない観客にも)何となく分かってくる(分かったような気分にさせる)ものなんですね。
あ、ちょっと辛口になってしまった。

何に対して辛口かというと、原作を読んでなくて映画をみる人にはちょっと大変かなあとも思えたからです。幾つかのポイントは見逃すかもしれないし、反対に展開に付いていくのに追われて映画の楽しさを逃してしまうかも知れないから。

3時間近い長尺でしたが、飽きるところなく、緩急取り混ぜてしっかりした構成だったと思います。キャラの書き込みが甘いという批判がさる大掲示板でされていましたが、わたしの見るところ、あの情報詰め込みの中でよくできていたと思います。(たぶんに原作のお陰によるものもw)一番キャラの甘かったのかラングドンだったりして...

サー・マッケランがよかった(いつもながら、どうして役によってここまで同じ顔なのに雰囲気が変わるんだろうね、やっぱりうまいんだ!)時々見せる上目遣いの目つきにふふん、なんて感じてるのは行きすぎでしょうか。

さらに、お気に入りのアルフレッド・モリーナ、原作の最後に見せる人間的なところが削られたのは残念。この人かわいい目をしています。ショコラやスパイダーマンもさることながら、TV版でオリエント急行のポワロをやっています(しかも現代版!)アルバート・フィニーとは一味も二味も違ったポワロです。
ベタニーは熱演。なにせ痛そうでした。物に憑かれた狂信者的な目と現実的な冷徹な殺人者の目が交互に現れたりして。(どちらかだけだったら薄っぺらいキャラになっていたでしょうね)

ジャン・レノ、この人は悪い役回りになっても、いつもいい人w もう少し出て欲しかったなあ。狂言回しみたいな役に甘んじてしまいました。

オドレィ・トトゥ、最初、わ、シャドウ濃いよ...そのうちに剥げてきてw かわいらしくなりました。かなり小柄です。子供っぽくならないように濃いめのメイクをしたのでしょうか。何度もフラッシュで挟まれる回想シーンで説明をしていますが、少しうざい所もありました(わたしの感覚で)。ポピーが一面に咲く庭を泣きながら走る場面を二度使っていますが、あれは余分?
更に残念だったのは、ソフィーの回想でソニエールが強権的な性格を見せたところ。あくまでも穏やかで忍耐強くソフィーを育て、教えて来たはずなのに、机の上の物を投げ落として怒鳴るシーンには幻滅。
これも言葉による説明ではなく映像による情報伝達で時間の短縮を狙ったのかも知れませんが(それだけソニエールにとってはソフィーから遠ざけておきたかった情報だということを)

最後になりましたが、トム・ハンクス。
実はターミナルを見たときに、さしものトム・ハンクスも老けたなあという感想だったのです。でもあの雰囲気を一新しましたね。東欧の貧しい田舎者のどこか疲れた雰囲気が消えて、物議を醸していた長髪もいかにも体裁には気を遣わない学者然とした様相にマッチしています。活劇というより、ひたすら走って回るかじっと考え込むかどちらかの演技で、アングルも下から上からと、物の見方を変えて見ろよ、と画面からメッセージが聞こえてくるようです。トム・ハンクスとイアン・マッケランの二人だと延々と台詞が続いても楽しめます。台詞回しが自然で聞き心地がいいというかw

>revers_p.jpg写真は去年ルーブルへ行ったときのリバースピラミッドです。これが例の物と記念撮影w 時間が無かったのですがモナ・リザを見た後グラン・ギャラリーへ走って岩窟の聖母を捜して来ました。ちょうど職員がスト中で案内もしてくれない、やっと見つけたお姉さんに場所を聞くのですが、こちらも方手落ちで"The Virgine of the Rocks"という通称を確かめてなかったからDa Vinci の"Madonna in the Cave"と何度か言ってやっと分かって貰ったという笑い話もあります。
そういえば岩窟の聖母を盾に逃亡を図るシーンが無かった! さすがにレプリカとはいえ足で後ろから撓めるシーンを見たら心を痛める人もいるかも知れませんね。

とりとめなくも、もう一つ。
映画公開に当たって日本の報道の過熱ぶりはいかがな物かと。昨夜のTV特集はお粗末でした。あんな映像は長さない方がなんぼかよかったのに。先程書いたニケア公会議のイメージも、まさに会議室のテーブルに向かっているようで笑っちゃいました。
それ以上にさまざまな特集、番組、雑誌などで映画が公開されたといって、ネタバレを微に入り細にわたって懇切丁寧に先に教えを垂れるのはいかがなものでしょうね。
原作を読んだ人は知ってる──それは当たり前だけれど、読んだ人が他の人にこれこうこうとばらして歩く?みんな自分の楽しみとして読むのだし、楽しみとして映画も観るのですよね。
分かりにくいから先に教えてあげるね、式のお節介番組は切に控えて欲しいものです。映画を観て、または原作を読んで、あくまでも自分流の受け取り方をしたいですね。

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ダン・ブラウン 公式サイト

ダウンロード post-9e00.html (12.7K)

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ポセイドン・ジャパン・プレミア

w_pertersen.jpg

ポセイドン(あのパニック映画のはしり、ポセイドン・アドヴェンチャーのリメイク版)が武道館で行われました。
娘が招待券を引き当てていそいそ行ってきました。
後一日早かったら行けたのに、と悔しがってもしかたありません。
映画の始まる前に出演者、監督がブルーカーペット上を歩いてファンサービスしてくれるのですが娘はしっかりヴォルフガング・ペーターゼン監督に呼びかけて握手して貰ったと報告してきました。
監督の名を連呼して、あなたの映画みんな見てます、トロイもよかった~などと叫んでいたらにっこり笑って手を出してくれたそうな。
後ろに通訳でついていたなっちゃんも、立場上控えめであったけれど、とださ~んと声かけたら振り向いてくれたらしいです。
出演者よりも監督が見られて感激といってました。しっかりポーズとってもらって写真も撮ったらしい。
いっしょに行った友達がそれほど映画のことを知らない人だったらしく、娘の熱狂振りに引いていたとか。
うう、かえすがえすも残念、行きたかった...

とりいそぎ...

4日間のお出かけから帰ってきました。
親戚の法事を口実にちょいと東の方に出かけてきました。
帰ったらつけがたまって明日からはいつも以上に働かなければなりません。
当然の事ながら、(約束先取り機みたい)後がつらい...
消費三昧で所持金ゼロに近い状態、足は歩きすぎて筋肉痛と足裏は腫れてしまいました。
でも、ピロー・フィッターさんに、きちんと計測して貰って私の頭にあった枕を作ってもらいました。
明日配達になりますが、これで宿痾の肩こりと朝の頭痛から開放されるかと思うと、すごくうれしいです。

息抜き模様替え

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連休もあっという間に終わって、結局連休中はマイケル・クライトンの「プレイ」上下を読んで、小松左京御大のハヤカワ銀背を数冊引っ張り出してぱらぱらめくっただけですんでしまいました。
今週末はちょいと関東方面へ出かけます。暑くなったり寒くなったり気温は気まぐれ、雨が降らないといいんですが。
仕事が一段落、というか、次を始める前に息抜きでここの模様替えをしました。初夏らしく、鮮やか爽やかに行きたいと思ったんですが、初期の思惑通り行かず、中途半端な感じがします。
画像を頂いた男衾村-復興計画さんのサイトには肩の凝らない自然の写真が一杯あります。どれもこれも素直に、ああきれいだなあと感心します。自然の力は偉大ですねえ。

ポスターなら

allposters.jpgAllposters.comの日本サイト、Allposters.co.jpができました。
そうそう買うところでもないのですが、見ているだけでも楽しいサイト、ということで。
本家アメリカよりいささか高めだけれど、送料が少ないと思うから。
またティンサインボードでも買おうかなあ。

お知らせ

このたびHNをHelva(ヘルヴァ)に変えることにしました。
中身は全然変わっていないんですが、心機一転というところです。
なんだか飼っているリヴと同じ名前なんですが、こちらも気に入ってますし、ブログタイトルとも釣り合うのでいいかな、なんて思っております。
一応、ご報告まで。