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晩秋の欧羅巴 第三日目 2

ノイシュヴァンシュタイン城

いよいよやって来ました。
ドイツロマンティック街道といえばこの城抜きには語れません。ノイシュヴァンシュタイン城──新白鳥城。街道の最後に位置するfantasticなお城です。
意外に歴史は浅く明治の初め頃にできたといわれて、その姿があまりにレトロなので、もしくは私たちの頭に「ヨーロッパのお城」は斯くあるべし、みたいな姿でインプットされているので(ディズニーランドの功罪もあるしね・・・・・・)、とても古い物という思いこみがまず崩れました。

登りは小さなバスに乗って。そのバスが細くうねる山道を飛ばす飛ばす。これだけでかなりスリリング。
途中で下りたのがマリエン橋。ここからの城の姿が一番美しいとか。
今日の画像はまさにそのマリエン橋の中央からの画像です。

ルードヴィッヒ2世が贅を尽くして好き勝手に、いわば趣味的に建てた城。究極のマニアヲタだったんですねえ。結局国庫の蓄財を使い果たして「特別背任」で身柄を拘束された、その翌日に湖で謎の溺死を遂げたいきさつは、あまりにもエキセントリック、スキャンダラスなので当時の浪漫主義の諸芸術に格好の題材を与えてしまいました。その辺り、たとえば鴎外の「うたかたの記」なんかがその一つ☆

あんまり凝りすぎて内装などは当初計画の3分の1しかできてないらしい。われわれ観光客が見られのは3階の王の居住部だけ。内部は撮影禁止。
長い廊下、信じられないような美しいモザイクの床や、ヴァーグナーの楽劇の場面を壁面一杯に描いた部屋部屋、王冠を模した1トンもあるシャンデリア、そして極めつけは普通の部屋からドアを開けたら鍾乳石の洞窟!──実は洞窟を模して石膏で人工の洞窟を一部屋の中に作ってしまった、名付けてヴィーナスの洞窟! これを見て思いましたね、やっぱりちょっと単なる物好きの域から出てるかな?

まさにクラシックなテーマパークを回った気分でした。
しかしその小気味よいほどの凝りっぷり、首尾一貫したモノマニアックさに却って感動すら覚えてしまいました。

帰りは別の馬車の通る道を歩いて下ります。
木々の中に見え隠れする城の姿を背に下ります。時にはうしろからかぽかぽ蹄の音をさせて馬車が追い越していきます。なんて書くと、いよいよロマンティックなのですが、実際は道中に散らばる馬の落とし物のにおいで余りいい気分にはなれませんでした。
これも慣れだと思いますが、かなり古くなった残骸を平気で踏んで歩いている外国人も多かったしね。

バスに戻って走り出したものの、バスの中が何となく臭くなっています──みんなの靴底からの臭いでした。しばらくはこの「残り香」は消えずせっかくM君がかけてくれたヴァーグナーの有名楽劇の序曲や劇中曲集も、なにやらえらく俗っぽい印象になってしまいましたw

一行はそろそろ疲れが出てきてバスの中はお昼寝モード。
でもM君、ヴァルキューレの行進、じゃんじゃんかけて置いて、「じゃあ、お休みなさい」もないでしょう?

リベンジ戦なるか?

グリューワインのカップ本日駆け足で京都・大阪と回ってきました。
一つには母の染色材料がセールになっているのでそれを求めに京都へ。
その後の大阪が、3週間前のドイツ旅行の「リベンジ戦」でした。
旅行日記にも触れたクリスマス・ヴィレッジこと「ケーテ・ウォルファールト」が、日本に常設の支店こそありませんが、大阪新梅田スカイビル(あの大きな門のような中抜けビルです)で「ドイツ・クリスマス・マーケット」というイベントに出店しているとウェッブサイトで知ったので、京都まで行くならついでにと足を伸ばしました。
旅行中には持ち歩く荷物の量も考えると、クリスマスグッズで欲しい物も多かったのですが、ぐっと涙をのんで諦めたのでした──が、帰ってきてからやはり後悔の嵐。それではと、帰ってからサイトを見つけましたが、通販情報を見るにつけてもあまりの送料の高さに(なんと€34もかかる!)二の足三の足を踏んでいたのでした。
それが、これほどすぐに実際にまた自分の目で見て手で選べると思うと矢も盾もたまらず出かけてきたわけです。

クリスマス・マーケット自体は、24のヒュッテが建ち並ぶ・・・・・・と宣伝していますが、メリーゴーラウンドのようなアトラクションやグリューワイン、ソーセージなどを調理する屋台など食品関係も多く、ドイツのクリスマスグッズ以外に第三世界ショップのような国籍不明ブースやマトリョーシカが並ぶウクライナブースなどもあって、ドイツ一色というわけにはいきませんでした。それでもお目当てのケーテ・ウォルファールトのヒュッテはかなり大きくて、覗くとあるある、買いそびれたスモーカー人形やピューター、木の小さなオーナメントなど、日本人受けの良さそうな小物が満載でした。
人形を選びながらショップのマネージャーのIさんと話をしていると、なんと彼女はわたしがローテンブルクに行った頃に本店の向かい側の第2ショップで勤務していたとのこと。日本でのマーケットに出張してきているとのことでした。
日本向けへの送料が高いことや、ヨーロッパではフリーのカタログが日本ではもらえないことなどわたしの言う不満にもいちいち説明してくれました。意気投合してしまって、同じ場所を知っていて同じ空気を吸っていたという共通項だけでなんだか初めて会った人のような気がしないのですから不思議なものです。

商品はさすがに日本まで持ってきているので割高にはなっていますが税金の分を最初から引いてあるのと、通販で買う送料やドイツまで行く旅費を考えればそりゃお話にならないくらい割安ということで納得してしっかり目的のものをいくつか購入してきました。
欲しい物を言えばきりがないけれど大阪まで行った甲斐はありました。

その他に、これも重たくて買えなかったフランケンワインを一本、会場ではグリューワイン(赤ワインにレモン、シナモン、蜂蜜などを入れて温かくしたもの)を飲んでカップもゲットしてきました。
夜になるとツリーに点灯したりそれぞれのヒュッテも明るく電飾を競って、これからますますにぎやかになることと思います。
大満足で帰ってきました。どうやらリベンジ戦は勝利したようです。そして心に決めたこと;来年もまた来ようっと!

晩秋の欧羅巴 第三日目 1

シュヴァンガウとフュッセンの境界

朝6時起床。
さすがに寒く、持参のコートと手袋が早速役に立ちました。
前夜暗くなってから到着したシュヴァンガウの町はまだ朝霧の中にあります。
実はいままでノイシュヴァンシュタイン城は深山渓谷の狭間にあるものと思っていました。TVなどで紹介されるのが、たいてい緑の山々の中に忽然として白亜の城がくっきり姿を現す──こんな構成が多かったので、そのイメージが固定していました。
それで車がビュンビュン通る街道から、放牧地を挟んでその向こうの小高い山の中腹に、ディズニーランドの「シンデレラ城」さながら、ライトアップされた白い城の姿がばーんと見えたときに、本当、すごい違和感を持ってしまったのでした。

いつもはしない早起きですが、旅行中はできるだけ早起きしてホテルの周囲を歩き回ります。
この日も友人たちと震えながら城の方に向かって道を歩き出しました。
画像は道端に立っていた標識です。
ドイツの地名標識は境界線上にあってこれからはいる地籍の名を書いてあります。この写真のようにここまでがシュヴァンガウでここからフュッセンというときには終わる地名を斜線でけして、一目瞭然です。
ちなみにこの標識を裏から見ると上にシュヴァンガウ、下に斜線で消したフュッセンの文字があります。

傍らの道は早朝というのにもう車がすごい勢いで飛ばしていきます。一列になって歩かないと危険なほどです。放牧地に沿って暫く行くとノイシュヴァンシュタイン城が間近になってきました。おあつらえ向きに山の方に向かって牧草地を横切る道が通じているので迷わず足はそちらへ向きます。

道路から離れるに連れて車の音は遠ざかり、代わりに金属のぶつかり合う何とも渾然とした音が聞こえてきました。遠くに一群れ牛が見えるのですが、その牛が着けているカウベルの音でした。
微妙に異なる音程のさまざまな音色が牛が動くに連れて一斉に聞こえてくるのです。まるで群れのいる辺りだけ音の傘が被っているように茫洋としています。

遠い外国へ来たという実感を持つのは、こういった何気ないきっかけからです。
壮大な景色や絢爛とした建物などを見たときももちろんですが、それよりも、五感を通じて感じられる空気の違いのような物をはっきり意識したときが一番「果てなくも遠くに来にけるかな」という気分を味わいます。

しっかりいい気分になったものの、牧場の中道はお世辞にも歩きやすいものではありませんでした。落とし物がいっぱい!
早朝の山々や白々とはっきり見えてくるノイシュヴァンシュタイン城に片目を据えながら、もう片目では地面を見ながら歩きました。近くにあるはずの湖が見えるまで歩こうと意気込んでいたんですが・・・・・・って、実は反対の方に歩いていたんですけれどね!

晩秋の欧羅巴 第二日目 2

特徴的な木組みの家 ロマンティック街道上にある典型的な中世都市、ローテンブルクへ到着した時にはもう昼を回っていました。

ローデンブルグという町は、観光本によく「中世の宝石」などと称されていますが、宝石という表現は、華やかできらびやかという意味ではなくて「掌中の珠」という意味でつかわれているのだと思いました。
周囲を城壁で囲まれた小さな都市です。でも昨年行ったポルトガルのオビドス──これも城壁都市でしたが──とはまったく雰囲気が違います。
そう、こぢんまりという言葉がぴったり当てはまるような町です。さほど横幅もない門(城壁に開いた出入り口という感じ)をくぐるとそこはもう石畳の道の両側に整然と小振りな家が建ち並ぶ市街地です。家の外観は昔から変わることなく伝統的な装飾の木組みが漆喰壁に映えて、これも「整然」という言葉がぴったり。ホテルの看板 創業1559

ドイツのみならず古いヨーロッパの街角を歩くと店の軒先から突きだしてかかっている看板に目が引きつけられます。有名なところではザルツブルクの目抜き通りなんか。
ここ、ローデンブルクでも瀟洒な看板をたくさん目にしました。ホテルやパン屋、レストランなど一目で何屋かわかるし、時には格式や創業年までわかるという優れもの。ゆっくり写真を撮りたいのですが、一人だけ取り残されてしまうので歩きながらの撮影です。

市庁舎まえのマルクト広場には有名なからくり時計があります。
毎正時に文字盤の左右の窓が開いて30年戦争当時の皇帝軍の将軍と、ビールの一気のみで町を救ったという市長の人形が現れて、おもむろにビールの大ジョッキを傾げて飲み干します。ま、単純といえばそれまでなんですが、呼び物なので私たちが間に合った午後2時のデモンストレーションの際にも、たくさんの観光客が広場に集まっていました。

とにかく小さな町なのでちょっと歩くとすぐに町はずれの城壁に出ます。
市庁舎前から右に歩くと谷の上に突きだしたテラスのような公園があります。
そこから下の渓谷、その中に点在する家や塔が見えて、月並み表現なのですが、それはそれはのどかなおとぎの国のような景観。
ちなみにM君によれば、「ぼくが彼女を連れてくるとすればまずここからの眺めを見せますよ」w

もう一つ絶対に書かねばならないのが クリスマス・ヴィレッジことKäthe Wohlfahrt 
広場からすぐの所にありますが、一階から3階まで全店クリスマスグッズで満載のお店。それもけばけばしいイルミネーションのようなものは一切なくて、シンプルな木の素材の人形やオーナメント。
クリスマス大好き人間を自称するわたしとしては、このお店に一日中でも浸かっていたい。。。だのに許された時間は1時間弱。
店の中の撮影が禁止されているのに臍を噛む思いで全店を周回しました(すんでの事でどれだけデジタル万引き=盗撮したいという誘惑に駆られたことか)

Chris_crinkly 実際これが欲しいと思うような木の人形やオーナメント、クリスマスピラミッドと呼ばれるろうそくをともして上部の風車を回す飾りなどは、とにかく高い。最低でも€50はします。それにどうやって持って帰るの?という声が頭をかすめて結局涙を呑んで見るだけで、小さなオーナメントをいくつか買うことでお茶をにごして帰ってきました。
クリスマス・ヴィレッジの一歩足を踏み入れたら目を奪われる様子はウエッブサイトからもわかります。帰ってからこちらで買ってきたグッズが載っているのを見つけてにたにたほくそ笑んでいます。そしてまたもやあの後悔──もう少し頑張って買ってきたらよかったなあ。。。

夢のような時間はあっという間に過ぎて、時計で集合時間を確認しながらレジに並びタックス・リファンドの書類を作ってもらって、早く早くと気持ちは焦ります。
大抵旅行の2,3日目から、あの客はいつも集合に遅れてくるというありがたくない折り紙を付けられてしまうんですよね。それとなくの注意から、あからさまな嫌みまで今までよくいわれたもんです。

ローテンブルクから一路街道を南下して、途中には1500万年前の隕石の落下したあとにできた町などを通過してロマンティック街道の終点近く、シュウバンガウを目指します。

ちょっと話題を変えて

まぼろしの白馬 旅行中はオースン・スコット・カードの「エンダーのゲーム」を持っていったのですが帰ってきて無性に再読したくなってエリザベス・グージの"The Little White Horse"(まぼろしの白馬)を読み始めました。

HPにも一つコンテンツを作ったくらいお気に入りの本ですが長らく読んでいなかったこともあり、PB版は摘み読みだったのでこの際頭から時間を気にしないで読もうと思い立ったわけです。
当然日本語の本も並行読みしているのでまた途中で切れてしまうかも知れませんが、この本に関しては大丈夫。たとえ断続的に読んでも時間がかかっても、この本の持つ「月光の中の真珠」のような輝きは褪せることなく、むしろその秘めやかな艶やかさを更に増してこちらを待っていてくれますから。

時間経過の緩やかな小説は自然と読む方もゆったりとしたテンポで読むことになります。急ぎ足で読んでしまっては勿体ないような、言葉の端々から立ち上る香気のようなものを楽しみながら読んでいきます。
わたしが最初にこの物語に出会ったのは中学1年の時ですから、思えば長い間読み続けて来た珠玉の一冊だなあと思います。
邦訳版も石井桃子さん訳の大変素晴らしい「まぼろしの白馬」があったのですが、福武文庫で復刊さてて、次いで岩波でも出たのですが、残念ながら今は在庫切れのようです。でも図書館で探せば見つかるとは思いますが。

Lost_boys さて、無節操にも更に一冊読みかけたのが、オースン・スコット・カードの「消えた少年たち」の原書です。
翻訳版のあっけらかんとした明るいカバーに比べてこちらはいかにもホラーという表紙です(実は余り好みじゃないです、翻訳版のほうが内容的にも合っているような・・・・・・)。こちらはスピードをつけて一気に読み上げてしまいたい作品です。
日常の些細な描写の積み重ねが徐々にクライマックスへせり上がっていく緊迫感をもう一度楽しみたいと思います。

晩秋の欧羅巴 第二日目 1

Schloss

危ぶまれた朝起きもM君のコールで事なきを得て快調な滑り出しです。

妙な話ですが団体旅行では大抵の移動をバスでします。この第一日目が肝心。どの席を確保するかでそれから後の旅行が決まってきます。一応席は前後交代してねと釘を刺されますが、経験では最初の席取が大抵指定席になってしまいます。

席は前から2,3番目がベストだと思っています。安全規則で最前席は添乗員のみ、乗客は乗れません。添乗員さんや時には同行する現地ガイドさんの説明をきちんと聞こうと思うなら前の席にこしたことはありません。

それでこの日も早めに支度をしてトランクを出すとロビーで待機です。外の様子に気を配りながらバスが来て乗れる状態になったらそれっとばかりに席取りをするのです。←──またもや、おばさん根性が。。。

まず目指すはハイデルベルク。ミュージカル"アルト・ハイデルベルク"で有名な大学都市です。(ちなみにaltは古いと意味)
周囲の山々はすっかり色づいて落葉も進んでいます。季節は日本より進んでいるようです。朝靄の中に大きな河が現れてきて道は河に沿って曲がりながら続きます。ドイツの諸都市は川沿いに発達した。河川が文物の往来、物資の流通を可能にしてずっと内陸へと発展していった、そんな説明にも頷けます。
ハイデルベルクの古城は街を見下ろす小高い丘陵の上にありました。今は一部城壁は半壊のままになっています。
この辺りの城は17世紀の30年戦争でひとしなみに破壊され、焼かれ、再建されたものもあれば、そのまま打ちやられて廃墟と化したものも多いとか。
古い橋を見て、市庁舎、教会、マルクト広場と大体のヨーロッパ中世都市お定まりのコースで見て回ります。決して派手ではないし目を見張るような豪壮な建築でもないのですが、親しみの持てる落ち着いた街という印象。
大学都市なのですが、一箇所に大きなキャンパスがあるのではなく、学部、あるいは研究室が町中に散在しているというのも昔の形式を残しているようです。ただ学生さんは移動が大変だとか。

古城街道──ロマンチック街道(die Romantische Strasse)ほどには有名ではないのですが、あ、ちなみにこのロマンチック街道の名は1950年代にドイツで命名されたものとか。何も日本のツーリストがたくさん行って「ロマンチック」な」雰囲気だからそう名付けたというものじゃ無いんだそうです。中世騎士物語をロマンスといいますが、そこからの命名。日本人の外へ出れば旅の恥はかきすて的なみっともない俗物根性が起源じゃなくて、ああよかった── その古城街道を走ります。

次々に現れる古城。道沿いの小高い山の上に立派な建物と塔をもつものから、言われないと気が付かない城壁の跡まで城といっても千差万別。時には一気に5箇所もみえるところがあって口早のM君の説明にあちらを向いたりこちらを向いたり。でもここでは3箇所見られたら上等なんだってw

ドイツの城は200とも2000とも言われるのだけれど、その数の差は廃墟や個人所有の邸宅もカウントするかどうかで出てくるようです。お値段は意外にお安く、内部を改装してホテルやレストランとして使っているところも多いとか。そういえば日本のTV番組に、よくドイツの古城に泊まるなんていう特集があったりしますね。

今日の写真は途中で止まって写真をとった「ツヴィンゲンベルク城」、ウエッバーのオペラ「魔弾の射手」で有名な城です。
晩秋の黄色くなった木々と町を映す川、一段高くたたずむ古城のおもむき。。。あらら、やっぱり下世話な「ロマンチック」ムードに浸ってしまいました。

ちなみに説明をメモっておいたのですが写真と名前が一致しない情けない結果になってしまいました。
城の名前
ネッカースタインバッハ、ヒルシェホルン(鹿角城)、エーベルバッハ(猪城──もしかして「エロイカより愛をこめて」と同名?)、ツヴィンゲンベルク、ゲッツ・フォン・ベルクエンゲンの城(かなりいい加減な聞き取りw ゲッツの城とも)、ホルンベルク etc.

ネッカースルムという2町が合併してできた町は昔はブドウ畑、今は製塩業と時代の変遷があったしこの辺りで有名なフランケンワインも飲まなければ。
このワインボックスボイテルという特殊なぽっこりした形の瓶に入っています(ちなみにこの意味を後で調べて大笑い──山羊の陰嚢だって! これに入れて保存したら美味しくなったそうな、眉唾)
結局おみやげにと思いましたが、小さい割に重いので却下、残念。

子供のお祭り、キンダーツェヒェで有名なディンケルスビュールを通って(季節が違うので言われなければそれと気が付かないほどの平凡な町でした)一路、ローデンブルクへと辿ります。

晩秋の欧羅巴 第一日目 2

Tree やって来ました、一年ぶりのヒースロー。着陸直前まで厚い雲がかかって全く周囲が見えず。雲の中で震動はあるし、有視界飛行なら絶対に何か事故ると思うくらいの天候でした。
しかも混み合っています。せっかく13時間飛んできたのに更に20分の上空待機。飛行場上空を飛び越えて無情にも飛行機はまだ進み続けます。
やっと地上に降りたかと思うとすぐにシャトルバスでターミナルへ。
思えば昨年はちょうど9/11の当日。テロ厳重警戒中の旅行でした。今年は時期もずれているせいか、そこまでの緊張感は感じられませんでした。

さて、ここで3時間のトランジット。
しかもヒースローはギリギリになるまで搭乗口が決まりません。電光掲示板をちらりちらり見ながらお買い物の品定めです。帰りにもここで3時間あるので、実際の買い物はそのときです。
ハロッズの前にはあの大きなテディベアがクリスマス仕様でお座りしています。この写真を撮ろうとしたら叱られたという情報があったので中央の待合いの座席から盗撮です(一つ前のエントリの写真)
ズーム一杯に撮ったのでやはり手ぶれが。でもまあ、よしとしましょう。雰囲気雰囲気。
帰りにはトートバッグやちょいと小じゃれたショルダーバックなど買おうと皮算用。

ヒースローを飛びたったのは午後8時15分、でもここでもう9時間時差があるから、ええと。。。29時ということは、ぎょえ~ 日本時間だともう午前5時! やばいですよ、今朝5時過ぎに起きたんだからもう24時間経ってる──→この時点でもう頭が混乱しています。計算しながら今朝か昨日かわからなくなってる(笑

フランクフルト・アム・マインの空港に到着したのは2時間後。もう疲れて時間の計算は諦めています。時計は午後11時を指しています。さすがに空港はもう最終便近く人影もまばらです。
入国監査のおじさんも眠たそうに機械的にパスポートを開いてスタンプを鳴らしています。
初めて着いた土地で閑散とした空港に降り立つのはなんだか寂しいものがあります。張り切って、それ旅の始まりだと意気込んでいたのが、急にぷしゅっと音を立ててしぼんでいく気分です。

でもどっこい、働いている人々はいました。
大きなクリスマスツリーが一対。右は完成して派手すぎない大人の雰囲気の電飾がともっています。そして左は現在建設中。空港ロビー内にクレーンを入れて巨大な円錐形に木の枝を組んでいます。こうやって巨大ツリーを作るんだと、まず到着写真を一枚。(本日の写真)

バスに乗って空港を出るとターミナルビルに☆の形の電飾がついていました。派手にきらきらもしていないし瞬きもしないのが却ってシックで何となくドイツのお国柄を実感しました。
バスはアウトバーンをひた走り。驚いたことに道路に街路灯のような照明がありません。バスは漆黒の道路を高速で飛ばす飛ばす、他の車もヘッドライトで存在を知るのみです。
約一時間でバインハイムという街のホテルに到着。こうして長い長い1日はやっと終わりを告げたのでした。

・・・・・・とはすんなり行きませんでした。
部屋へ入って(3人だったのでじゃんけんでシングルを最初に使うことになったのです)やれやれ荷ほどきをして、それお風呂だと思った瞬間、ノックの音が。
添乗員のM君でした。何かと思えば各室に確認の電話を入れたのにここだけ繋がらないから様子を見に来たとのこと。大変ですね、お仕事とはいえ。
電話?鳴りませんでしたよと答えると、ちょっと失礼して見せてもらえますか?
広げた荷物が散らばったひどい部屋でしたが仕方ありません。するとなんとM君は部屋の外で靴を脱いで(ちょうど日本の家へ上がるときのように)靴下履きで部屋に入ってきました。
何と律儀な。彼のポリシーでしょうか。お客様の部屋には土足で入らないなんて!

結局電話は機能していませんでした。M君が自分の部屋から持ってきた電話機を付け替えてもランプが点きませんでした。別に障害ではないのですが、問題は明日のモーニングコールです。
するとM君、「明日時間になったらモーニングノックしにきます!」
添乗員の鑑ですね。一番遅く寝て一番早く起きる、一番遅く食べ出して一番早く食べ終わる。
この旅行の一つの収穫は添乗員の仕事の大変さを今までにも増して実感したことでした。

やれやれ、これでやっと一日目が終わりました。お休みなさい。。。。zzzzz

晩秋の欧羅巴 第一日目

Harrods_teddy 9月2日、関空を12:00(実際には12:10くらい)に飛びたちました。
行き先はドイツ・・・・・・のはずなのですがどういうわけかイギリスのヒースロー。

よくあるパターンです。日本からのヨーロッパ各地へのツアー隊をかき集めて一機満席にしてヒースローやスキポールのようなハブ空港へ。そこからバラバラに各地に散らばっていくというあれです。ドイツ直行便ならルフトハンザに乗れるかなと、ちょっとだけ期待していましたが、残念。

前夜の繰り言にもぐだぐだ言ったように、わたしってだめなんです。楽しみにしているのに、2,3日前になると思い出したように「あれ」恐怖症が再発するんです。
そうなると怖くてたまらない、どうして行くことにしてしまったんだろうと後悔してみたり、そんな馬鹿なと自分を叱咤激励してみたり、そうやってずるずる時間が経ってしまってもう後に引けないという時になるのをただただ待っているのです。

さあ、当日。もう後戻りはできません。
昼便なので前泊なし。5時起きして6時30分のJRで大阪は関空をめざします。スーツケースはもう2日前に送ってあります。今頃は関空の出発ロビーの宅急便のブースに鎮座しているはず。
JR駅までは車で5分もあったら着きます。でも大事を取って20分前に出かけることに。
母に頼んで送ってもらいます。天気は上々。少し寒いけれどいいフライト日和です。
小さなカートを一つだけもって車に乗って、さあ出発・・・・・・

ところが! 何かおかしい! 車が・・・・・・走らない!!
うぁ、パンクです。前輪がひしゃげている。
全身の血が逆流というのでしょうか、もっとすごい、全身の血が一気にぞっと青くなった感じ (笑わないでくださいね)
家にはもう一台車があるのですがとにかく帰らないとそれに乗れない、その上その車の運転ができる人間はまだ寝ています。必死で携帯を鳴らすのに応答なし、無情にも「auお留守番コールの・・・・・・」
ええい、うるさい、黙りおろう!
家までとって返すと二階に駆け上がってとにかくたたき起こします。車がパンク、車で連れてって!
寝込みを襲われた方はたまりません、全く理解できてない様子。とにかく引きづり出して運転席に乗っけて駅に着く頃にやっと眼が覚めた模様でした。
わたしにしては珍しく十分に時間の余裕をとってあったのでセーフでしたが、この列車に乗れなかったら(フライトには間に合っても)集合時間には絶対に間に合わなかっただろうし、連絡の手間や買い物の時間も無かっただろうし、飛ぶ前からくたくたになったことは想像に難くありませんでした。

そんなこんなで、最初から大ケチが着いてしまった出発でしたが、なんとか家族のフォローのお陰で予定通りに列車に乗れました。
新大阪から「はるか」に乗り換え。京都から友人のSさんが乗っています。
待ち時間に仕入れたサンドイッチをぱくつき、この一年の溜まったおしゃべりをしていますと、はや列車はもう関空に到着です。

やって来ました。懐かしい関空。昨年9月以来です。
早速4階へ。そこにはもう一人の友人Mさんが先に来ています。例年通りはやめはやめの時間選び、Mさんがいればどんな旅行も大丈夫。頼りになるタイムキーパーです。

添乗員はM君。実は3日前に電話をもらったとき、あまりに調子がいいので最初キャッチセールスの人かと思ってすごくつっけんどんな冷たい対応をしてしまったんですね、ごめんなさい。
M君は、何歳くらいかな? 20代・・・ううん、30代前半か半ばかな。すぐにこんな事をこそこそしゃべり出す怖いもの知らずのおばさん部隊です。
なかなか、明るくて(のりがよくて軽くて←いい意味です念のため)面倒見の良さそうなベテラン添乗員さんのようです。まずは安心。チェックインカウンターで荷物を出して航空券を貰って出国ロビーへ。
心はもう免税店でのお買い物。だっていろいろ注文受けてますから。
難なく出国はパスして、さあ、お買い物です。わたしと母と娘と息子のコロンやシャドウ、リップとこれだけで一荷物です。これを最後まで持って歩かなければいけないのだと思うと、金額もさることながらいささか心も重くなります。

1時間の執行猶予時間も終わり、いよいよ搭乗開始。JL421便。そういえば息子がロンドン行ったのと同じ便だなあ、などとぼんやり思い出しました。
俎の上の鯉の心境。こうなったらもう早く飛んじゃってよ、と入り口でわしづかみにしてきた新聞を開いて必死に読みますが眼は活字の上を滑るだけで読んだ内容は記憶にありません。
12時が来ましたが、まだ動きません。
おっ、やっと動き出した。まだまだ大丈夫、まだ滑走路へ出ていく途中。横目で窓外を見ると並行している滑走路から今しも一機轟音を上げて飛びたっていくところです。
前方カメラからは更に一機離陸許可をまって待機中。後ろからはこの機が出た後に飛びたつ次の一機がもう入ってきました。
客室乗務員の(スッチーのw)おねえさんが忙しく最後の点検をしています。うう、そろそろ。。。
ランウェイに入りました。エンジン音が変化します。急激に回転数を上げて最高出力──
走る走る一気に時速300kmまで加速。こちらの脈拍も一気に100まで上昇。
浮きました、あっという間に機体下のカメラから写る滑走路が離れて行って、まだそれほど高度も無いうちにもう旋回にかかります。これがいっとう気持ちが悪い。
まるで後ろに引き戻される気分で、このままずるずる落ちていくんじゃないかあぁぁぁぁぁ・・・・・・

傍目には平静に新聞読んでいるように見えるでしょうが実際の所はこんなものです。
「機長からアナウンス」「〃第2便」を読んだお陰で航空機のもつ余裕というか安全係数の大きさ、それと操縦する側考え方や行動パターンなど知ったので、闇雲に怖いということはなくなりました。多少揺れても大丈夫なんだということも理解できました。そういう意味では知識を持つということは力になりうるのだと思いましたね。

上がるや早速スッチーさん達はかいがいしくエプロンに身を固めドリンクサービスの開始。実は今回も恐怖除けのために最初から飲んだくれになろうかと思っていましたが、ある人からJALのオリジナル「ゆずドリンク」が美味しいから飲んでごらんと言われていたので、急遽そちらを貰いました。
あっさりしていて飲みやすい、なかなかいいぞ。

空の上でやることといったらひたすら時間の経つのに耐えるだけです。だからアルコールでハイになったり持参の本をぱらぱらしたり、そうそうもう一つ期待しているのが機内の映画です。
早速イヤホンを着けて映画のチャンネルに合わせると、もう始まってます。なになに、「亡国のイージス」「電車男」。。。そうかこれJALだよね。ほとんど日本人しか乗ってないんだ、だから邦画か。
もしかして洋画は? 「チャリチョコ」「アイランド」、なんてこった、全部日本語!!

これでわたしの気分は半分墜落状態になってしまいました。
結局「イージス」を見にかかって途中で寝ること3回、ストーリーがわからなくなってまた見て、また寝て・・・・・・電車男も切れ切れにしか覚えてないし。
そして、更に恐ろしいことに気が付きました。帰りの便もJAL422!つまり同じ映画しかやってないんだということに。

かくして第一日目はまだ始まったばかりです。

晩秋の欧羅巴

ローテンブルグ

戻りました。1週間のお休みでドイツ・スイス・フランスを駆け足で回って来ました。
写真は中世都市ローデンブルグ。クリスマスのオーナメントなどたくさん買い込みました。パリの暴動もその影すら見えずお気楽な道中でした。
昨日(?)から9時間の時差に12時間の「あれ」の旅、睡眠不足なのか眠たくないのかわからない状態。またゆっくりおもしろいトピックをご紹介します。
今日の所はまずご報告まで。

前夜の繰り言

ハロウィーンと11月1日の万聖節、そして2日の万霊節、5日のガイ・フォークス・デイについて調べて書こうとしているうちに細々した新たにわかったことが増えて、一旦きちんと頭を整理してからまとめて書くことにしました。
これは一度CrystalLineのコンテンツ、All Souls Dayで少し書いたんだけど、そのまま放ってあったので、新たにわかったことで手を加えなくちゃ。。。そんなこんなで1日のうちにと思っていたのが時間切れになってしまいました。

往生際悪くごたくを並べていますが、実は明日から小旅行に出ます。
明日の出発が6時台なので早く寝なくちゃいけない。それなのにじっとしていられない、遠足待つ小学生じゃないんです。つまりつまり 恩田陸ふうに言うと「あれ」に乗らないといけないんです。
乗らないと行けない、行ったら楽しい事請け合いなのに、それなのに行くには乗らないといけない。
究極のジレンマです。それも半日も。
読む本も持ったし映画も観よう、ワイン呑んでハイになろう、とは思うのですが、多分今夜は眠れないんだろうなあ。

それではまた帰りましたら詳細ご報告しますね。