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G.モローとの邂逅

一角獣

Gustave Moreau(1826-1828)
ギュスタブ・モロー、彼とのつきあいは長くなる。
小さい頃から美術史関連の本を読むのは好きだったが、大学時代に専攻が美学美術史学ということもあって、いろいろ主に西洋美術に関する本を読む機会が多かった。
フランス新古典主義からロマン主義、そして印象派へとうねる大きな流れをひもとく中で心を引かれたのが象徴派ともいわれるひときわ異彩を放つモローだった。

緻密で美しい造形と、時には人の心の深淵をえぐるような色彩、そして何よりも描くテーマがギリシア神話から旧約聖書、イスラム、インドといったエキゾティシズムに充ち満ちて、まさにこういっては失礼かも知れないが私の好み、そのものだった。
現在その作品の多くがパリの生前の住処を美術館にした"モロー美術館"に収蔵されている。
モローを見るならパリへ、パリへ行ったらモロー美術館へ、こう思っていた。

モローの実物を目にしたのは3回。
最初は70年代に岡山のデパートの画廊に何点か。この折りかなり無理をして見に出かけた。今でも覚えているのは「トロイのヘレン」連作の中の一枚。城壁にたたずむヘレンも城壁も背景の空もほとんどモノクロのようなグレイと白、優雅に片手に花を持ち衣を垂らして屹立するヘレン、その白い衣は下半分は暗い赤と黒の油絵具が塗られている。ヘレンのために流された血糊が見えた。

その後1995年に京都でモロー展があり、これも見に行った。"雅歌"の繊細な美しさに魅せられた。

そして、今年、灘の庫県立美術館で7月30日まで開かれているモロー展、3回目の邂逅。
今までにない多数の作品、それも代表作と数えられる"一角獣"やサロメの"出現"、その他小品ながら心を引かれる"夕べの声"や"インドの詩人"など絶対にこの目で見たかった作品が目白押しである。

土曜日、梅雨入りと台風の影響で時折雨足が強まる中、モローに会いに神戸へ出かけた。
兵庫県美は私の大好きな美術館。迷路のような構造は一歩中へ入ると日常空間から特別の空間へ迷い込んだような気分にさせられる。大きな建物は中に入っているだけで周りにある質量と圧迫感をひしひしと感じてしまうものだが、ここはどこからでも空が見える。質量を持ちながら重量を感じさせない構造というのだろうか。
とにかくここへ行くと何度も迷いそうになる、しかしそれが快い。敢えて館内の案内図など見たくない。曲がったところに思わぬ通路があったり出入り口がわからなくなったり、毎回楽しみが多い。

土曜日だったが人出もそれほど無く、静かな館内、柔らかな暗めの照明、浮かび出る大作の油絵とその間に点在する紙本の水彩画、数多くのデッサン習作。
人体を的確に描きながらそこに寓意を込め、精神性と感情との、女性的なる物と男性原理の衝突を描き、繊細緻密にして大胆、時に淡冷、時に濃厚。
しかしそのどれもが、向き合ったときに嫌悪の情を催させる物が一つも無い。新古典派の彫像のような硬さから感じる拒絶感もないし、印象派の独りよがりも感じられない。
古からの物語を秘めた図柄には、物語を知る者にはそれを確かめて楽しませる図像的な配慮と工夫があり、また知らなくても、直接的に感じられる動きと色彩のバランスに、やはり心を奪われる。

「一角獣」の美しさ、宗教や時代の特定を越えた永遠の楽園、アルカディアの現出。女性の衣装に施された線描が浮き上がって不思議な二重の空間を感じさせる。
「夕べの声」、重力を遮断した世界。ただ美しいだけではない、背後の峻険な山肌からは、厳然とした荒地を凌駕してのみ生まれる美や芸術への憧憬が伝わってくる。
「インドの詩人」は地上的なエキゾティシズム、西洋にあって想像する、この世ならぬ世界への憧れの結晶ともいうべき細密画の手法を取り入れた魅力的な水彩画。不思議なことにこのエキゾティシズムは極東の私たちにも同様に異国情緒を引き起こすのである。

最後にサロメについて語らなければならないのだが、夕べの声やインドの詩人の醸す美しくも憧れに満ちた世界に酔っている今、サロメの妖しさに触れたく無いような気分もする。
その気分になったときに項を改めてとっくりと語ってみたいと思う。

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