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やっとダ・ヴィンチ・コード

ダ・ヴィンチ・コードThe Da Vinci Codeそろそろ世の中のブームが盛りを過ぎようとするころですが、遅まきながら「ダ・ヴィンチ・コード」です。
確か以前にここに書いたと記憶していますが、
「ベストセラーは買わない」
「ハードカバーは極力買わない」
この2原則を守って横目で見ていたダ・ヴィンチ・コード(略してDVC)、近隣の図書館に予約を入れたらなんとウェイティング19人目!ということで、これはもう今年中には読むのは無理か、などと諦めかけていたのですが。。。
内容のおもしろさからか、後続の待ち人への遠慮か、思わず早くも読むことができました。

で、 面白かった!!──ただし読めたのは上巻のみですw
下巻はまたまた予約待ち。
これはつらい、水から飛び出して地面でぱくぱくやっている魚の状態といいましょうか、腹ぺこの部活帰りに鼻先に出された肉まん状態といいましょうか、もう一刻も早く続きが読みたくて仕方がありません。

そして、「天はわれを見放」しはしませんでした。
毎週通っている趣味の会で(ちなみにこの会では私は品行方正、エンタメ本など読まないような顔をしているのですが)友達の一人が言いました。「DVC、面白かったよ。辞書片手に読み終えたけど、誰か読まない?」
もちろん、「わんわん、ご主人様。私に一つ下さいな~」
というわけで、後半56章から読み始めています。如何せん、邦訳で読んだ上巻はそれこそあっという間に読み終わったものの、こちらはそうそう早くは読めませんが、思ったよりも文章が簡単で時折出る宗教絡みの単語チェックをすれば、うん、おもしろい、つい熱が入ってしまいます。現在、後わずかで最後の最大の山場にたどり着くところです。

内容のネタバレはこの際さけるとして、何の平仄か、先般見た映画「キングダム・オブ・ヘブン」にも描かれたテンプル騎士団、聖杯伝説、それどころかこの世の楽園 Kingdom of Heaven そのものの考察もキャラクターの口を通じて説明されて、この映画と小説が、まったく異なるジャンルの異なる文化メディアにも関わらず、一つの大きなキリスト教を核とした文化大系を、期せずして異なった角度から切り込んで見せてくれていることに気がつくのでした。

歴史・宗教・絵画、そういった重厚で非現世的なものに端を発する現世的な殺人事件、現象の下に隠された謎を解き明かす知的好奇心を揺さぶられるようなストーリーテリングは秀逸です。
全米でベストセラーになったのもうなずけますが、日本でも売れに売れたというのが不思議でもあります。
単にベストセラーという名前がさらに読者を増やした自己増殖ブームだったのか、それとも「キリスト教を根幹から揺るがすような秘められた真実」を野次馬根性でのぞき見したかったのか。

ともあれ、フィクションとはいえ宗教上大きな仮説を(いかにも真実らしく)述べることが容認され、それを知的遊戯として多くが受け入れるだけのゆとりができた、言い換えれば精神的成熟が高まったことは大いにうれしいことですね。

まだまだ──or Kingdom of Heaven

kingdom.jpg

いよいよSW:Ep3全米公開、本来ならその話を書くべきなのでしょうが──いえいえ、まだまだその前にお楽しみが多いのです。
Kingdom of Heaven 邦題はそのまんまのカタカナでしたが、訳せば「天の王国」、この世に天の王国を、つまり、エルサレムにこの世の楽園を実現せんとした人々の物語と解題できるでしょうか。
敢えて言いますが(異存のある方も多いでしょうが)主人公の○ランドは、まったく私の好みじゃあありません。
しかし、しかし、何をおいてもただマスターのお顔を拝みに、その一心で観て来ました。
余談になりますが、最近の映画、マスターのお役柄が固定化しているような気が。
ギャング・オブ・ニューヨーク然り、本作然り、バットマン・ビギンズ然り。未熟な若者を大義に鍛え導くメンター。
見る方がEp1のマスターだと思って見るからなおさらなのでしょうか、そういう包容力のある偉大な存在を感じさせるオーラがあるんでしょうかね?
ラブ・アクチュアリのダニエルやキンゼーの生真面目なキャラもそれなりに楽しみでしたが、やはりマスター然としたキャラの方が見る側もわくわく、ひたと目を据えて一挙一動を見逃すまいと・・・・・・
おやおや、キングダム・・・のことを書くつもりが、いつの間にかリーアム!になってしまいそうなので、一応元に戻しましょう<汗!

そもそも十字軍といっても世界史の知識くらい。
えっと、第何次まであったんだっけ? とか、ウルバヌス2世とかクレルモン宗教公会議とか、断片的な一夜漬けの単語が脈絡なく飛び交うだけで、まったく日本人たる私には遠い世界のお話、イメージすら浮かばない歴史上の出来事にすぎませんでした。

映画は、史実をなぞりながら虚実取り混ぜて、○ランド演じる一市井人が騎士となりエルサレム攻防戦に巻き込まれて行くさまを、リドリー・スコットは大義を大上段に振りかぶることなく、あくまでも個人的なレベルで描いていきました。
主役は○ランドでなくても、誰でもイケメン細面だったらやれたかなと思うくらいアクのないキャラでした(悪意はございません、念のため)

しかし、脇を固めた役者たちが最高によかった。
まず、父親にしてメンターのリーアム(<いいですね~きゃあ!)
第2次十字軍の後奇跡的に平和が保たれていたエルサレム王国のボードワン4世に仕える誠実な騎士という役回り。実際にはこのゴッドフリーに当たる人物はいないのですが、主人公バリアンに親子の名乗りを上げて騎士としてエルサレムに迎える導師の役を果たします。
でも、すぐにお亡くなりになってしまうんですよね、ううう。
それにしてもあの台詞は必然性があるとはいうものの "I'm your father..."
うお、言っちゃったよ! 聞いている方が顔が赤らむで!
かなり前ですがリーアムがインタビューの際に、死ぬ役はやりがいがあるとか言ってました。
特に死ぬ前に言い残す台詞ががあるような場合はいいと。
今回はばっちりその通り、命が尽きる前に息子に騎士の心得を説き後継者として爵位を委譲して力尽きる様、ええ、それはもうお見事でした。

他にホスピタル騎士団の騎士、軍人として闘うよう任命された聖職者のホスピタラー(本名は不明だね、もともと架空の人物らしいけど)
演じるは、デビッド・シューリス。彼はどうもルーピン先生役ばかり引き合いに出されるけれど、わたしには「太陽と月に背いて」のヴェルレーヌがすごく印象に残っていて何を見てもあの姿を思い出してしまうのですが、困ったものだ・・・
現実主義者の聖職者、宗教は人が作った人のためのもの、というスタンスをきっちり持っている人物。だけれど冷笑的ではないところに好感を持たされます。
ゴッドフリーの友人、バリアンの善きアドバイザー、その言動はすべて良心と人倫にのっとってなされている、そこに大変に現代人的な理性を感じます。サラディンとの決戦に臨むときも死地に赴くとわかっていてつとめを果たしに行く、最後の姿は胸にこたえましたね。

エドワード・ノートン、賢王ボードワン4世を演じました。
素顔を一度も見せず、わずかに仮面の穴から覗く目とくぐもった声とゆるゆるとした立ち居振る舞いだけで、奇蹟といわれた平和を保とうとする思い、ゴッドフリーへの思慕、サラディンへの敬意、臣民を思いやる王たる者の黄金の心を十全に演じて見せたのは見事の一言に尽きます。
実のところこの映画で一番心に残ったのがノートンでした。死して後、妹シビュラがそっと外した仮面の下の変形した顔すら、見るものには醜悪で気味悪いという感情より、その病をおしてエルサレムの平和を保つべく砕身した悲劇の王に憐れみを感じさせる、演出と脚本、撮影と特殊効果の成果。

印象がとりわけ強いのが、サラセン王サラディン(発音はサラフ・アッディーンみたいに言ってましたね)
ちょうど謙さんがラスト・サムライでハリウッドデビューを飾ったように、その国では第一人者の俳優でも世界的には知られていない実力者をメジャー大作に起用することで、広く名を知らしめて、さらにその国の映画事情も再認識させる──サラディンを演じたハッサン・マスードはシリアの俳優、才能ある演技者であることがよくわかりました。
現在の世界情勢を反映して、ともすればネガティブに描かれることの多いイスラム側の指導者を、他宗教を尊重し、普遍的な意味での騎士道精神に満ち、臣民を大切に思い、しかも現実を見据えて平和の重要さを知っていた、やはり王たるに足る人物を演じました。
ちなみに、サラディンの腹心で○ランドが難破船からよろめきだして最初に出会うイスラムを演じたシディッグはスタトレ役者さん。ディープ・スペース9でドクター・ベシュアを演ってました。確かバーティカル・リミットにも出てました。

病身のボードワン4世に代わってエルサレムの統治にあたった宰相ティベリウス(しっかり実在の人物。ただしレイモンド・オブ・トリポリという名が悪役のルノーと紛らわしい──発音上よりスペリングで──さらに、トリポリも次回作の映画と被っているのでエルサレムと因縁の深いティベリウスという名にしたらしいのですが。もう一つ、まことに余談、OSTのキャプテン・カークのミドルネームはティベリウスなんですねw)
高い知性と能力をもって心血を注いで聖地の統治にあたってきたものの、内部の騎士の統制が乱れ、次期国王の権力を狙い、テンプル騎士団と大司教を手中にしたギーの野望の前に疲れ果てる孤高の政治家の役。ジェダイレミー・アイアンズ(ダイハード3での悪人面が嘘のよう)の控えめでいながら存在感を見せる演技でした。

こうやってみると、主役2人については何も語る言葉が無いというのがいささか寂しいのですが、これだけ達者な脇役の見応えのある姿が楽しめたのはなによりでした。

リドリー・スコットは戦闘シーンにもとにかく微細な点まで本物らしさを追求した、などとものの本にも書いてありますが、あまりCGコピペを思わせないモブシーンなど、例の三部超大作の戦闘シーンより、ずっと現実味を感じました。城壁の一角が崩れて外から押し寄せる大攻撃勢、中から押し返す守備勢が戦闘というより押し合いへし合い状態でせめぎ合っている、それをモノクロに近い色で俯瞰して捕らえる・・・・・・何千年の歴史を経ても過去も現在も変わらない、人間の性の愚かさ、正当化する理由がなんであれ人が人を殺す空しさを、このシーンを観た者は誰でも感じないではいられないのではないか、なんて、リドリー・スコットの思うつぼだと知りつつも、しっかり感じてしまいました。

5月の東京

マンゴづくし

週末から今日まで東京へ行って来ました。
直接にはジョルジュ・ド・ラ・トゥールの絵画展を見に行くのが目的でしたが、それを口実に、久しぶりに遊んでこようという魂胆でした。
かなり涼しかった週末、歩き回った割にはたいした浪費もなし。ささやかな浪費といえば、かわいいピアスを見つけて(ピアスの孔はないんですが)購入──夜にペンチで金具を取り替えてきらきら光り物のイヤリングのできあがり。
ステーリョナリーに嵌ってカードを数枚、定番のシール(何に使うという当てもなしですが)、和風ゴム印、蔵書印にでもしましょうか。

写真は新宿のタカノフルーツパーラーで食べたマンゴー・パフェ。携帯画像なので本物の美味しそうな雰囲気は再現できてませんね。
5月はマンゴーの最盛期らしくてどこへ行ってもマンゴ・ジュース、マンゴー・ゼリー、マンゴーシャーベット・・・でも、ここのマンゴーづくしのパフェは絶品でした。
つるりとしたのどごし、ちょっと苦みのあるような甘く酸っぱい味に今までになくマンゴに魅せられてしまいました。
3日間歩き続けて足もようよう疲れ、英○式足マッサージへ行きたかったのに時間切れで断念。
丸善にも紀伊国屋にも大型書店に行けなかったのが少し心残りでした。

後輩のはなし

昨日(5月10日)放送の"プロジェクトX"──「ファイト!町工場に捧げる日本一の歌」 
すさんだ工業高校にゼロから合唱部をつくり、ついには全日本で金賞を取るところまで育て上げた先生、高嶋君はわたしの2年下の後輩です。
彼に会ったのは京都の大学の音研合唱サークル。

かわいい顔をした小柄でエネルギッシュな子が入ってきたなあ、あらら少女漫画が好きなんだ、わ、お総菜作るのがうまい!
テナーなのにコントラルトみたいな声が出る、テナーとアルトの境に立って弱いパートを補強してや!
冗談じゃなくて上級生の女声の中では「高嶋君みたいなお嫁さんがほしい」が合い言葉でしたw

夏の合宿では「トーマの心臓」全巻を持ち込んできて、みんなが夢中になって回し読みしたり、彼独特の発声練習では、信州の山道を歩きながら
「おあやや、ははおやをおききなさいよ~」と舌を噛みそうな発声や、
ウサギのダンスの歌を「トマト」や「やおや」で歌い続けるなど、前代未聞、抱腹絶倒の練習などしました。
いつも人を笑わせる柔和さと、一旦指揮棒を持つと、絶対妥協しない音楽センスと、指導力を兼ね備えた人物でした。

卒業後数年経って琵琶湖湖畔で行ったOB・OG合宿で歌い明かした翌日、集まった元団員がまた全国へ散っていくとき、別れがたい数人が、もう少し話をしていこうと一緒に騒いでいた高嶋君を誘ったのですが、
「子供たちが待ってるんや、練習はさぼれへんわ」 と笑いながら去っていきました。
あの笑顔で、そして屈することのない意思の力で、これからも頑張ってくださいよ!

光の帝国──常野物語

onda_light.jpg初見の作者の本を読んで、しまった・・・と思うことが多々ある。
今まで自分がその作者を知らなかったことを悔やむ気持ちである。
なぜもっと早く手に取らなかったのか、と忸怩たる思いである。
恩田陸、彼女もその一人だった。

「夜のピクニック」が2005年度第2回本屋大賞をとったとどこかで目にした。それが心の隅に引っかかっていたのか、それまで、「そういう作家がいるな」くらいにしか意識していなかった作家を、ふと読む気になって手に取ったのが新刊の文庫「劫尽童女」だった。
正直なところ、この作品にはそれほど惹かれなかった。読みやすく、するする馴染んで入ってくるプロット、しかし先が読めてしまう展開、宮部みゆきを最初に読んだときと同じ読後感をもった──確かによく書けているけれど、物足らない。同人っぽい若い人の文章だと思った。

しかし、新しい作家の本は最低3冊は読まなければ、本当に自分にしっくりくるお馴染みになって今後読み続けるか、それとも、どうも波長が合わないと手出しを控えるか、その判断は容易にできない。
大阪駅の書店で恩田陸の名を探して3冊文庫を買い込んだ。内容をじっくり吟味している暇はなかったが、それが却って功を奏した。

手に取ったのがこの「光の帝国」──何とも大げさなタイトルではあるが、その意味がわかったのは読了後、じわじわと感慨がわいてきて、後から後から涙がわいてきた後だった。
こころがあたたかくなる話である。
実に日本的な話である。

一昔前のSFファンなら聞いたことがあるかも知れない。ゼナ・ヘンダーソンの「ピープル・シリーズ」(「はるかなる旅路」)、わたしはこの短編集が大好きだった。そして同じ気分を思い出させるクリフォード・D・シマックの中・小編、特に「中継ステーション」の郷愁と甘い感傷。
短い10の短編からなる「光の帝国」、その初めを読んだだけで上記のピープル・シリーズを思い出した。(作者あとがきに、やはりピープル・シリーズを念頭に置いて書いたとあったので納得である)

しかし、もちろんこの作品は単にヘンダーソンの小説の設定の翻案に終わってはいない。
むしろ、常人とは異なる能力に恵まれた一族の人々が、歴史の裏に表に姿を仄見せながら生きていく様を、恩田さんという若い作者が、日本という風土のもとで詩情豊かに描き出す様は、ヘンダーソンを遙かに越えて私たちの心に響いてくる。

東北のどこかに想定された常野(とこの)に住む人々(これも柳田国男の「遠野物語」を連想させて重層的である)、彼らには常人にない能力がある。
大量の書籍、音楽、果ては個人の生涯すらも「記憶」して、しかも総体的に「再生」できる能力を持った一家、人の将来を水鑑の中に読める女性、何百年も生きて一族の語り部になっている老人、遠方の物を見聞きできる男、空を飛び、時間すら遡行させられる女性、彼らにしか察知できない見えざる敵──
その昔は常野に暮らしていた一族が、現代全国に散らばってひっそり暮らしている。
彼らは、世を忍ぶ仮の姿に苦しむスーパーマンでもないし、おのれの超常能力を呪いだと重荷に思うスパイダーマンとも違う。彼らは自然体で世に溶け込んでおのれのあるがままの姿を保ちながら生きている。何かのために自分たちはいるのだという漠然とした使命感を持ちながら。

10の掌編はそれぞれ別の話を物語りながらも、俯瞰してみると、ピースが独りでに寄り集まって一つの大きな絵を描き出すように巧妙に配置されている。一つの話が後になってもう一つの話と関連を持ち、さらに大きな物語になっていく予感を残しながら終わるともなく終わっていく。

表題作「光の帝国」は中央に配置された物語で、戦争が敗色が濃くなりつつあった時代に常野に戻ってきた人々を利用しようと軍部の手が伸びてくる暗い物語。
一族の語り部たる長命のツル先生と子供たちの哀しくも心あたたまる物語。ツル先生の足跡は他の物語にも見え隠れしてエピソード間の縦糸を繋いでいる。飄々とした風貌と達観したような生き様の中に、はっとするような若々しさをもつ魅力ある人物。
実は「光の帝国」以外にもう一編涙を禁じられない物語がある。「光・・・」の2話後の「黒い塔」がそれである。面白いことに惹かれる箇所は物語そのものよりも、サブストーリーとして描かれる主人公の女性を死んだ友人に代わって我が子として育てた父母、特に父親の姿であった。

これはまったく個人的好みの問題なのだが、どうも私は親モノに弱い。親が子を思うのはあったり前といえばそれまでなのだが、特に言葉、映像になった親が子を思うくだりになると涙が出て止まらなくなる。「黒い塔」で主人公は父親の死期が近づいているというのに、こだわりを捨てられず、心を開くことが出来なくて苦しんでいる。しかし人の一生を記憶に「しまって」おける女性から、昔の父の姿を、声を目の当たりに見せられて一気に心が解けるくだりは涙なしには読めないところだった。

作者が惜しげなくもてるアイデアをちりばめたと語っているように「光の帝国」はさらに大河物語になる予感を漂わせて終わっている。登場した人々のその後の姿を見てみたいと切望しているのは私だけではなかろう。是非とも続編が期待される所以である。

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caroliemate.jpg

いやー、ちょっと得した気分です。
関西地方ではまだオンエアされてないんでしょうか。 初めて見ました。
カ○リーメ○トのTVCMです。(見え見えの伏せ字ですが、ご容赦を)
アドビューサイトで長尺60秒の完全版CMを見ることができます。台詞も逐一載っているので、キーファー独特のもごもごした発音で聞き難い部分も、うっかり聞き逃してしまいそうな短い単語も解読できます。

24をそのまま切り取ってきたようなシークエンス。ジャック・バウアーがヘリで登場。
面白かったのはスタッフリストの中に、事細かに衣装の調達先などの記載があった部分です。
それによるとジャケット、ズボンなどはブランド購入、靴、靴下はキーファー私物、防弾チョッキ、CTUメダルなどは24からレンタルw
FOXTVとのタイアップでオリジナルストーリーもネット配信という念の入れよう。
確かに今が旬のTVドラマの1シーンを再現、無理なくCMをはめ込んだあたりは企画制作ともに二重丸◎
思い返すに、24の中でゆっくり食事しているシーンなんてなかったような・・・・・・

早いところで、めざましTVで6日から20日まで(他にも放送予定スケジュール表あり)放映されるらしいのでTV画面でもう一度、リアルタイムで見たいと思います。
(画像は「日経エンターティンメント」より)