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画像・影つけ・回り込み

先日さまタマさんのブログに「画像に影をつける」というエントリーがありました。
他のサイトでもしばしば目にして、なかなかいいなあと思い一度試してみたのですがあえなく失敗。
主な問題点は下に来る影の画像が主体の画像の大きさになってくれない、テキストが回り込まない、回り込み設定にするとフォントサイズ指定が効かないetc.etc.
多分cssに不慣れで、あちらこちらのcssモデルを利用させて頂いているので、相互に干渉しあうところがあるのでしょう。
そこまでは推測できても、悲しいかな、修正ができない。よく使う言い訳「努力はしたんですが・・・・・・」w

新たに検索して 朝飯前。さんのサイトとPOCHIKIMNGさんのサイトから画像に影をつけて回り込みさせる方法を勉強させてもらいました。
主体は朝飯前さんのcss。 回り込みはPOCHIKINGさんのものという折衷。
ただしメインインデックスのテンプレートは書き換えずにdivの指定にしました。

画像をアップするときに <div class="img-dec img_L" style="width: ○○px;"><画像のソース></div> を付け加えます。
(divの表記の前半は朝飯前さん、後半はPOCHKINGさんから)

すべての画像に影をつけたいわけではないので(たとえば、写真には付けたいけれど、書籍の表紙にはつけたくないとか)、それぞれ区別して手動でできるようにしました。
でも、問題点もまだ残っていて、回り込みさせたテキストは最初に<p>を挿入しないとフォントが大きくなってしまう、その段落は自動的に<br>がつかないので自分で挿入しなければならない、など。まあ、そのうちに解決法がわかるだろうと、ここは気楽に行きます。

たわし、たわし、そして、たわし

Tawashiこれって、べつに説明するほどの物じゃありません。見ての通りのアクリルたわし。
配色のひどいのはごめん下さい。なにせセールで安売りのアクリル毛糸を買ってきたので、色あわせできるほどぜいたくは言えません。
"環境にやさしい"アクリルたわし、少々の汚れなら食器用洗剤なしで洗えちゃうすぐれもの。

と、まあここまでは表向きのたわしの効用。
わたしにとってたわしは、すきま家具、ニッチ用品。
まとまったことができるほど時間が無いとき、構えないとやれないような大層なことをやりたくないとき、実にこのたわし編みがいいんですね。

作り目、14か15。ひたすら表編み。ひっくり返してまた表編み───つまりガーター編みってわけ。2段ずつ3色変えて一模様、それを4回で、できあがり。
メリヤスはぎで輪にして目を拾って俵型に。
片方に引っかける輪をボタンホールステッチで詰めて編んで、もう片方は閉じておしまい。

以前は子供のセーターとか、果敢にも挑戦して編みましたが、もうその時期もすんで、長らく編み針を手にしませんでした。でも今シーズン、このたわしをならってから、空き時間に編むのが楽しくて、楽しくて。
編むプロセスそのものが楽しい、もしくは編んでいるときには思考停止状態になって、ただ編むことだけに集中する、何かに駆られるように編み続けます。
編みながら、ときおり心をよぎるのは、(なんと)アンデルセンの「野の白鳥」

魔女に白鳥に変えられてしまった6人の兄を助けるために、編み上げるまでは一言も口をきいてはいけないという呪いを受けて、墓場に生えるいらくさの繊維で上着を編み続ける妹姫。
海を越える白鳥の支える網にのって日没までに海の真っ直中の岩にまでたどり着かなければならない危機もありました。
編み続ける中で遠国の王子に見初められながら、口をきかない、気味の悪い編み物を離さないということで魔女として火炙りにされそうになります。刑場へ向かう荷馬車の上でもまだ編み続けて、最後の際に編み上がった上着を白鳥に投げかけて、自分の無実を声高らかに申し述べるのです。最後の一枚は片袖が間に合わず、一番下の兄は片手が翼のままなのですが。

たかがたわし、でも一心に目を拾って編んでいくと、なんだかこのエルザの気持ちになりきってしまうのが、おめでたいというか、まだ遊び心があるというのか、我ながらおかしくなります。

こたつむり

寒さが一層厳しくなりました。
Rayも寒くてとうとうこたつを出したとメールが来ました。
でも、こたつを出すと、とたんに「こたつむり」になっちゃう・・・・・・

1.だ~んだんむしむし、こたつむり 
  おまえのあ~たまはどこにある
  おちゃだせ、おかしだせ
  たんいだせ

解題
暖、暖むしむし炬燵むり
炬燵にもぐってだんだん怠惰に
炬燵から「お茶もってきて」「お菓子もね~」
最後には「学校行きたくない、でも単位だけ欲しい~」

2.だ~んだんむしむし、こたつむり
  おまえのめだまはどこにある
  みぎだせ、ひだりだせ
  ひとねむり

解題
暖、暖むしむし、炬燵むり
炬燵にもぐれば眠くなる
コンタクト出して、しっかりねなくっちゃ!

ローズの笛

冬休みで帰省していたRayといろいろ話をしているうちに地震のことになりました。
折しも、中越地震は記憶に新しく、スマトラ沖大地震・大津波は連日のように報道されて、その上阪神大震災から10周年。
あまりに大規模な地震が起きているというのに、自分のところには起きるまいという、まったく根拠のない希望的観測で毎日を過ごしていることに気がつきました。

思い返せば10年前、まだ夜も明けない暗いうちに感じたどこからともなく近づいてくる地鳴り。
目覚めた方の半分の頭が 地 震 ! と警報を発していました。やけに長く感じたP波の後に、地面がぐいと引かれたような大きな揺れが来ました。
もうこのころには飛び起きていました。
揺れがおさまるのに何秒くらいかかったでしょうか? 今にして思えば10秒かそこいらだったのでしょう。
でも必死にこの地震は遠い、遠い、だから大丈夫と言い聞かせていました。

すぐさまTVを点けましたが、最初に出たテロップは「京都地方で地震」でした。その後1時間ほどして今度は「大阪地方で地震」・・・・・・神戸が壊滅状態で情報が入ってこなかったのでしょうか。
やっと神戸が大変なことになっているとわかったのは午前8時頃でした。
神戸からはるばる何百キロも離れたこちらの地方でも震度4は越えていたのですから、地震のエネルギーは空恐ろしいほど大きかったことは容易にわかりました。そしてあれほど長く縦揺れが続いていたのも遙か遠くから伝わってきたからだとも。

枕が長くなりましたが、関東地方でM7程度の地震が起きる確率が10年以内が30%、30年以内が70%、50年以内が90%程度といいます (毎日新聞)
Rayが住んでいるのは都心からは離れているというものの、あっぱれ東京都。
確かに何度か行って泊まっている間にも夜間に何回も感じる地震が起きていました。
今までも、もし大地震が起きて連絡がとれなくなった場合どうするか、可能ならばどこに避難してどうやって連絡の手段を講じるかなど、何度か確認はしてきましたが。

そして今回検証した結果。
Rayの部屋には高いロフトがあってそこに普段使わない季節物や余分の寝具、その他何でも持ち込めるだけつめこんでいます。そのロフトの下はちょうどいいコーナーなのでベッドが置いてあります。
かえったらまずそのベッドを移動してロフトの下から出すこと。
たとえ夜半に地震があってロフトが落下しても無事なようにです。
初めは笑っていたRayもそのうち思い当たることもあってか、戻ったその夜にベッドを移動させたみたいです。

その後Rayが友人と話していてもう一つ実行に移したことがあります。
笛を買うこと。
笛と聞いて?と思いました。
ほら、ローズの笛だよ。
そういわれてもピンと来ない私に、Rayはタイタニックのローズが笛を吹いて助かったエピソードを思い出させてくれました。
遊びに来た友人はいつも笛を下げているそうです。
確かに家庭にいれば、災害があってもそのとき家には誰々がいたとわかりますが、都会地の下宿に一人暮らしていて、家族もすぐに駆けつけられなかったら、万が一瓦礫の下になっていても誰も気づいてくれない。
誰も当てにできない。誰も助けてくれない。自分で自分を助けないと。

すごいと思いました。地方から東京へ出てきて一人で暮らしている娘さんがこれだけ自覚できているなんて。
Rayも早速笛を買って離さず持っていることにすると言っていました。

もちろん、未来永劫にそんな笛を使うようなことが起きないでほしいのですが。

機長からアナウンス

Announceぶらりと立ち寄った書店で見つけ、帰宅してから、実は急ぎの仕事があるので、仕事をそっちのけにして読みふけりました。
飛行機嫌いが飛行機の本を読む。
わ、自虐的行為だ、なんていわないでくださいね。
怖いのに人一倍興味は持っているのです。
さて、ジャンボジェットの機長なんて、ちょっとかっこいいじゃない?
古くはキャッチ・ミー・イフ・ユー・キャンの時代から、あの制服にばりっと身を固めた姿はいかにも沈着冷静、有能を絵に描いたよう。
でも、本書を読んで、さもありなん、キャプテンだって人の子だと安堵いたしました。
フライトアテンダントのお姉さんとの(所属の違いからくる)指揮権?を巡る軋轢とか、
国際線の機長の方が国内線をたくさん飛んだ人より離着陸が苦手?とか、
本当にUFOらしきものを目撃? でも写真を撮るとたたり!があると撮影を拒んだ副操縦士とか、
エンジンが一機故障!でも離陸を緊急中止しても修理する部品が手に入らないから、このまま8時間飛んでイギリスまで行ってしまおう、とえらく気楽なフライトとか、
どこの航空会社の飛行機が離着陸に時間がかかるとか、
気流の悪いところでは乗客の飛行機酔いを防ぐためにわざと少し怖い思いをさせるとか、

パイロットとその就業環境について、ややネタバレと著者のアクが色濃く出ているけれど、内幕ものとしてとても楽しく面白く読めました。
海外に飛んでも時差惚けでホテルでぼや~っとして日を送るとか、ジェットコースターに乗っても、どのあたりで加速したりGがかかるか予想できるのでちっとも怖くないとか。
さもあなん+へえ、そうなのと、同感と意外性が交互に楽しめる軽い読み物でした。

ほんとのところ、こういうの大好きなんですよ。

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ネバーランド

Neverland3Finding Neverland どこにも無い国を探して───これが原題。
いつまでも子供の心を持った人だけが行ける国、ピーターパンのいる国
あまりにも幾度となくその国の姿をディズニーのアニメで見てきたために、その存在を疑う人すらいなくなった国(ある意味!)
この映画は、ネバーランドに関する21世紀の常識のすべてを作った男、ジェイムズ・バリの物語。

バリによれば、またバリ以外にも、ファンタージェンを想起したミヒャエル・エンデによれば、子供の心を持った者だけがいける国が、この世界と重なって存在していると。
子供の心とは─── 信じる心であり想像する心なのだといいます。

20世紀初頭のイギリス、ロンドン。貧富の差が目に見える形で突きつけられていた世界。
しかし、この映画では不思議と階級差が見えてこない。わずかに孤児院の子供たちの登場と子供の身なりについての一言だけで暗示されているにすぎません。
これは上流のうんと恵まれた人々だけの物語。
それでよし、としたい。ことさら醜い社会的現実を突きつけることが主眼ではないから。
むしろ物語は、社会的な拡がりを狭めて、2つの家族、9人の人物を中心に、求心的に狭まっていきます。
これはある意味、社会的な責任を放棄して自己の存続のために貪欲に周囲を引き寄せて滋養にする究極のこどものあり方を体現しているかのようです。

どの時代にあってもこどもがこどもでいられる時間は疾く過ぎていきます。
否応なく現実と向き合って対処する力を自分で見いだしていかなければならない、その辛い現実に気がついて足を踏み出した途端にこどもはそれまでの自分に決別します。

バリが出会ったデイヴィス家の三男、ピーターは父親の死を目の当たりにして、悲しみを受け止めるために自分から子供であることを捨てようとしています(心の内奥の本当のピーターは望んでいないのですが)
一方劇作家のジェームス・バリは、その余りある想像力、感性を理解してくれる人が周囲にいません。美しい妻も、社交界には心を砕くのに、夫が価値を抱く世界を共有しようという努力すらしません。

失意のバリが公園で出会った4人の男の子を連れた未亡人、彼女との交歓は常に子供たちのフィルターを通して行われます。
嬉々として子供たちと空想に旅立つバリ。一番無邪気に喜んでいるのが他ならないバリ本人だということに気がついていたのでしょうか?
そしてこども心を少しでも残している者がバリの発するはじけるような無垢の喜びに共鳴して、その朦朧として曖昧な世界が姿をすこしずつ現実味のある堅固な世界に変じていきます。

子供たちの母親シルヴィアとバリの間にもしみじみとした魂の交歓があります。二人は情熱的、盲目的に相手を求めるのとは違い、子供たちを巻き込んで、みんなで共有できる、あわくも脆い夢のような世界を、できるだけ長持ちさせようと、壊すまいと、言葉にならない合意を交わしているかのようです。
このガラス玉の中にあるような、美しくも儚い世界も、周囲の濁った目には、不節操、不倫、果ては少年愛としか理解できないのです。
娘のシルヴィアと4人の孫をこよなく愛する母親でも、彼らの純粋な世界を理解することはできません。しかし祖母は祖母なりのやり方で家族を愛しているのです、これもお互いの心がすれ違う哀しさをつとに感じさせてくれます。

最初から現実世界にネバーランドを作ることは不可能でした。
まもなくシルヴィアの病という否定できない厳然とした事実が突きつけられ、長男は母と弟を守るために大人になっていきます。
この過程は、ピーターの場合とは異なり、どの人間もいずれは経験しなければならない自然の変化として描かれます。自らの責任を悟り毅然とした態度を取る長男、ジョージのけなげさに涙を誘われます。

バリの新作「ピーター・パン」が大成功を収めた夜、亡き夫も「子供のような心を持っていた」と語る老婦人の姿に、また次々と涙がわき出て来ました。シルヴィアの前で演じたピーター・パンが妖精を死なせないように拍手を求めたとき、最初に手を叩きだしたのは、かたくなだった祖母でした。
もう遙か昔に子供であったことをやめてしまった人々にも、心のどこか隅に「子供の心」を残している、あるいは残していてほしいという、制作者の願望でしょうか?

シルヴィアの死後、初めてピーターと語り合うバリ。
心を閉ざすことで悲しみを認めまいとしていたピーターが、初めて心の垣根になっていた氷の障壁が自然に溶けて、お互いを、そして自分をいたわり合うシーンは、すがすがしく、そしてもの悲しく、見る者の心の汚れをすべて洗い流してくれるかのようでした。

全編、基調はストイックな抑制のきいた画面、音楽、すべてイメージは"緑"
公園も山荘も、現実との境がわからないバリとジェイムス一家が遊んだ空想の世界も、すべて緑。
バリが木の根本に坐り、仰角でバリ、横に伸びる節くれ立った木の枝、そしてその彼方に広がる空を写した、このワンカットが最高に心に残る映像でした。

付記 この映像を入手しましたのでベンチの写真と差し替えます

史上最大のジョークの種

読売新聞のコラム「編集手帳」にこんなジョークが載っていました。

ブッシュ大統領が酒場のカウンターに座った。
「ジョニー・ウォーカー、シングル」と、右隣の男がバーテンダーに注文した。
左隣の男は「ジャック・ダニエル、シングル」と注文した。
「お客様は?」と聞かれて大統領は答えた。
「ジョージ・W・ブッシュ、既婚」

またこういうのもありました。
「大統領は神童だった。十歳にして現在と同じだけの知性を有していたのだから」

さらに
(問い)神様とアメリカ人の違いは?
(答え)神様は自分のことをアメリカ人だと思ったことはない

すべて、出典は早坂隆氏の「反米ジョーク集」(中公新書ラクレ)
「華氏911」でもこっぴどくやり玉にあがっていましたが、世界に冠たる超大国アメリカの大統領でここまでこけにされている人も初めてでしょう。
ケリー氏との公開討論会でもしどろもどろになるなど(知性のなさで)強い印象を与えたし、日常の言動もどこか軽佻軽挙のそしりを免れない・・・・・・
実際昨年の大統領選挙戦では、特に海外メディアの下馬評もケリー優勢、海外知識人が圧倒的にケリー支持した・・・・・・のにも関わらず一般投票でも51%を獲得して、雪崩的に選挙人票もさらえとって再選に輝いてしまいました。

一説にはブッシュは抜けているが回りを固める参謀が優秀なのだとも。
24のシェリーのモデルと言われる新国務長官になるゴンドリーザ・ライス氏(現大統領補佐官)を見ていると、これほどの切れ者がどうしてあの人に??と疑問を持ってしまいます。

選挙では妊娠中絶や同姓結婚に反対する「道徳的価値観」(moral value)を全面に押し出して、新保守派の票を獲得しました。
賢いやり方だと思います、なぜなら「宗教」を全面に押し出すとそれ相応の反発も予想されますが、汎宗教観に根ざした「道徳的価値観」に正面切って「それは間違っている」と反対を唱えることは誰もできないから。
たとえば妊娠中絶にしても「いかなる段階であろうと人の命を人の手でつみ取るのは犯罪」=「汝、殺す無かれ」に真っ向から「人を殺してもOK」とは言えるわけがありませんや。
この錦の御旗に対して 「女性の人権」とか「母体保護」とか「暴行による妊娠」とか果ては「経済的事情」 の上げる声のなんとか細く聞こえること。

政治的浮動票をなす多くの「良識人」たちをインテレクチュアルにではなく、センチメンタルに引き寄せる見事な作戦勝ちだったと思います。
全米を真二つに分けたといわれる選挙戦が終わり、20日に行われる二期目の就任式には全体で40億円もかけるそうです。その多くが民間の寄付でまかなわれるとはいえ、何か釈然としない思いが残ります。

イラクとの落とし前をどう付けるのか?北朝鮮とは?対中国の輸出赤字は?
問題山積、そのいずれもが一つ道を誤れば世界全体が危機に陥るかも知れない重大事項です。その決定の鍵を握る指導者が
「知性のなさ」
でジョークにあげつらわれるなど、嘆かわしいのを通り越して、空恐ろしくさえ感じてしまうのですが・・・・・・

日記のログ

"Crystal Line (クリスタル・ライン)"の方の日記の見直しを少ししています。
まだCGIを自分で設置できなかったころ、ネットのマスターにお世話願って設置した日記です。
phpがサーバーにおけないので、日記だけ無料サイトに置いてリンクしていました。

最近他にぱらぱら置いていた読書関連専用の掲示板と日記を廃止してWebページ化したのをきっかけにこちらの日記も広告のつかない本来のサーバーに上げられるような体裁に立て直そうかと思っています。
これはまだ建設中。
次に考えたのが過去ログに埋もれてしまった過去の日記。
こちらもページ化してHPの片隅に置いておこうかという気分です。
大したことは書いてないのですが、引き出して改めて読んでみてみると、これも自分が通ってきた道程、その時々の気持ちが思い出されます。
多分に過去を思うセンチメンタリズムなんですが、ね。
既存のページとは違う体裁にしようと、試しに作ってみましたが、テーブル多用で、いまいち融通が利かない作りになってしまいました。
昨今のいわれている accessibility の大切さなんてまったく無視している感じ。

しばらくはまだ現行の日記ページはおいておきましょう、気分が乗ったらログと新日記を立ち上げることにします。

ぼく、オレンジ

Orange1Orange2長らく更新をしなかったように思います。 
それだけ何も特筆することが無かったから? 
でしょうね、きっと。
娘と二人で冬休みの延長の「怠惰~」を絵に描いたみたいな引きこもり生活していたせいかも。
やることは何かやってるんですが、どうも気分的に本調子にならなかったんです。

娘の学校は新学期が始まっても休講が多いし、センター試験のせいで金曜から3連休。
本人も自主休講決め込んで、休み明けのレポートと発表の制作だけに精を出していました。
予習レポートに至っては、どうして大学の冬休みにこんなに「宿題」が出る?
と聞きたいほどの量。

そこはそれうるわしき友情と現代文明の利器を最大限利用して、
なかよしさんと予習を折半、仕上がった分をファクシミリで日本列島を半分以上越えて送信。
なんとか時間切れまでに完成した模様。

それにしても、外国語文献を前にしてうんうん呻吟、わからなくなるとプリントを両手で捧げて
目から近づけたり遠ざけたり。
3Dやっても意味はわからないよね!

やっと終わった後には一つのでこぽんが残っていました。
勉強のつれづれに、そばにあったみかんが被害に遭ったみたいです。(今日のphoto)
ロシア文字は 「ぼく、オレンジ」
だって。

カレンダーの修正

カレンダーがあまりに不細工だったのでテンプレートを配布しているサイト、Dr.Blogから、ちょっと小じゃれたカレンダーのスタイルシートを頂いてきました。
ブログ用テンプレートが56種類あって、お手軽に着せ替え遊びができます。
いいとこ取りばかりで申し訳ないなあ。