my favorite things

  • ■ world clock
  • ■ Flickr

    www.flickr.com
    This is a Flickr badge showing photos from Zsaj. Make your own badge here.

  • ■ Book Shelf

relative sites

others

Powered by Six Apart
Member since 07/2006

火星の人

Martian
最近二度繰り返して読む本はほとんどないのですが、この本は昨年、今年と二度読んだ稀有な例です。
理由は単純、ただ面白い―――これぞ究極のハードSFかもしれません。

火星探査第三次ミッション隊が強烈な砂嵐に見舞われて開始後6日で火星から撤退を余儀なくされます。退避行動の中で運悪く折れたアンテナに直撃されたマーク・ワトニー、生体モニターがフラットになったのを知った他の乗員たちは離脱不能になる限界までワトニーを探すものの、やむなくマークを残して火星を去ります。
ところがどっこいワトニーは偶然が重なって奇跡的に生存していた、ここから物語は始まります。

すでに映画化され先週から公開されているのでストーリーをご存じの方も多いと思います。かなり原作に忠実な映画化で成功作だと思いますが。
そこで、もし映画を見られて予告で煽られた深刻さがなくて物足りなかったり、こんなおちゃらけ……と感じられた方がいたら(確かにゼロ・グラビティ的な生還劇ではなかったので。というのもゼロ・グラは1、2分を争う生死をかけた挑戦で緊張感も半端じゃなかったのに対して、こちらは年単位のサバイバル、長期戦のうちにさまざまな困難を解決していくわけですから)ですから改めて言いたいです、どうぞ原作を読んで楽しんでくださいと。

語り口が一人称のログの形をとっていること、とても計算されたスタイルです。あくまでも読まれることは期待しないが(それでもいつか読まれるかもしれないという期待の元に)書かれた記録、という体裁なのでマーク・ワトニーの行った脚色が見られるという面白みがあります。(おそらくあまり情けない惨めなぐちを吐く自分の姿を見せたくないというような?)

酸素、水、食料すべて生存に不可欠な物資の不足をいかに解決するか、から始まって持てる知識の動員、手持ちのアイテムの(予想もつかないような)活用、その詳細を逐一記録。
そこにはご都合主義のラッキーなめっけものもないし、もちろん宇宙人の襲撃や都合よく他の国からの火星探索機が来ることもありません。
本来ならこれ以上ないくらいに事態は深刻、どう転んでも近々の死を免れない現実にマークの気力は萎え孤独と失意と絶望の負のスパイラルが延々と続いても仕方がないのですが、それを敢えてカットしたところがすごい!
おそらく記録に残さないところでそのような事態に陥る機会や危険性を描くという選択もあったのでしょうが、そこは読者の想像に任せるという姿勢が爽快です。

限りなく深刻になる代わりに読者はマークの技術者魂ともいうべき、目先の問題を一つずつ解決していく(つぶしていくともいう)バイタリティに喝采し、事態の悪化のどん底にいてもそれすら笑い飛ばそうという生命力に共感を覚えて惜しみない声援を送ります。成功に"Yes!"と飛び上がって喜び、失敗に素直に落ち込む(他人の目がないからね!私たちの忘れてしまった子供の純真さですw)様子がなんともほほえましいのです。

読み進めていくと、一難去ってまた一難的に次々とマークに襲い掛かる困難(大厄災というよりも、この流れで行けばおそらくこういう不具合が出るかも……というような、しかし解決なしには次へ進めない)にマークは絶対に転んでも負けないで何か対処法を見つけて生き抜く、そして脱出をやり遂げるという確信を持ち話の展開を心待ちにします。
問題の解決法にしても、突拍子もない思い付きではなく、いわばアポロ13式限られた手持ちのアイテムをいかに有効利用するか、そのプロセスを非理工学系の読者にも想像できるように現実に即しての展開、それも入念な実験とテストの末の運用など、そのまま現実に適用できるように感じてしまいます。マークの孤立奮闘のログに並行して地球サイドのNASAとマークを(結果的には)置き去りにしたクルーの地球へ帰還する宇宙船のプロットが絡みます。どのグループの描写も必要以上に重くならない、マークのシークエンスにうまく対比するような軽妙さがあります。
それぞれにマークの生還に向けて力を尽くす、また尽くしきれないところが丁寧に描かれます。

某国の(別にネタバレしてもいいんですけどw)推進ロケットを利用させてもらうアイディアにしても(そっちのマーケットを狙ったの?)笑えるし、最近よく話題に上るフライ・バイ航法をちゃっかり取り入れるところも冴えています。

パス・ファインダーのプログラムを修正して初めてNASAとテキストで通信できるようになったとき、「きみの発言は全世界に公開されているから言葉に気をつけて」といわれて、そうかい、そうかい、それじゃとばかりに卑猥語を打つ、あっぱれ反骨精神など惜しみなくちりばめられているマークのユーモアも、裏返せばマークの科学者としての自分を含めたものを客観的に見ることのできる能力に他ならないということなのです。こうやって数え上げていくと、結局この本は「面白い」という一言に収束していくようです。ぜひとも一読をお勧めしたい本です。

先週公開されたリドリー・スコット監督、マット・デイモン主演の「火星の人」(公開タイトルは「オデッセイ」)を見に行きました。長い原作なのでカットされたディテールが惜しまれますが概ね原作のテイストは保たれていたと感じました。何よりも深刻でなく、しかも見終わって爽快。ただし原作はもっと効果的なところで終っていました。映画ではさすがにあそこでエンドマークでは、まるでTV放映の映画がプッツン切れで終ってCMが始まるような気分的消化不良になるかもしれませんが、どうしても原作から入った者にとっては後日談は付け足しにしか思えないのです。
そういうところが小説と映画のクライマックスへの導き方の違いかもしれないですね。

有人火星飛行も現実味を帯びてきた最近、これはSF にしてSF に非ずなのかもしれません、うん、実際にあり得る話ですね。

今年もよろしくお願いします

Img_1011_2
2016年が明けました。みなさま今年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年はブログ更新も滞り、わずかにFBで思い付きの近況報告を行ったのみでした。
発信するだけの材料がなかったのか、単にものぐさ虫が頭を擡げ続けたのか、そのあたりは本人にも定かではありません。

12月18日のSW7公開前後、世間がSWに右へ倣え式に一色に染められていくのを見るのは小気味よいくらいでした。
ネット情報からも遠ざかり、真っ新状態で公開初日に驚嘆の目で個人的に楽しもうと心に決めていた折でしたが、何やら心騒がしくこのままでは大事なものを見逃してしまうのではないかというささやかな懸念も起こったほど。
ともあれ十分に楽しめて旧懐の念を抱きました。旧ファンの心をつかみ、新ファンをかき集める、実にうまく計算された演出でした。
なんて言ってますがBB-8のかわいらしさにはコロリと参ってしいました。やられた。。。
冬休みが終わって〇怪ウ〇ッ〇目当てのちびっこたちが少なくなったら3回目を見に行かなければと身構えています。次回にはどんな発見があるか謎解き感覚で楽しみです。
2016年、面白い年にするも、退屈な年にするもすべて自分の姿勢にかかっていますね。
もう半ば以上使ってしまった人生、うんと実りのあるものに自分でしていかないといけないと心の内で誓いました。

写真は年末に購入した野口美枝子さんのfusion factoryのオブジェ。数年前に同じラインの地球をモデルにしたオブジェを見かけて以来欲しくてたまらなかったもの。年末に名古屋へ行った折に心を奪われて連れて帰ってしまいました。題して「天空」。ガラスの中に広がる小宇宙はいくら見ても見飽きぬ魅力に満ち満ちています。

2つの同窓会(または信じられない偶然)

3月半ばと4月初めに同窓会が2つ続きました。
正確に言えば前者は同学会ということになります。
同学会の方は県内在住の同学生の集まりで、上はかなりの年配の方から下はまだ卒業から数えた方が早い人まで、おおよそ50名の参加者でした。
今まで存在さえ知らなかった同学会、ひょんなことからご招待が来ました。
それは2つ目の同窓会からのフィードバックだったので、まず2つ目の同窓会の説明をばいたしまする。

大学卒業以来早や〇十年、最初のクラスの同窓会を開こうと大変奇特な方が企画した「〇3年後の同窓会」。

当時のクラス名簿をもとにネット、口コミ、交友録とあらゆる手立てを尽くして全国に拡散している同窓生の掘り起こしをしてくれる中、同郷出身の友人にわたしの旧姓での名前がネット検索で引っかかったので連絡をしてくれと依頼があったというのです。アドレスもわからないので卒業生名簿からわかった住所あてに丁寧な封書のお手紙をいただいて恐縮。で、この芋づる方式でかなりのメンバーの連絡先が判明して旧交を新たにすることになりました。これで県内同学会の方にも住所がばれて(w)ご案内が来たというわけでした。

同学会の方は出席したもののほとんどが知らない顔ばかり、しかも女性4人と少なめ。違う業種の人と話をするのも面白いかと期待したものの、病院、県庁と公印の方が多くて共通の話題が見つからず、ちと退屈。しかし会費分は元をとらないと、と立食の強み、しっかり飲み喰いいたしました。気がつけば女性はかたまってしっかり食べていました、やはり女性は現実に生きています。

4月4日は花見月食、とはいうものの京都もどんより雨模様。わずかな期待も裏切られて同窓会は夕方5時から。日帰り参加者もいるので変則的な開始時間です。(実はその前に有志が集まってかつての雀荘で一次会はもう行われていたという真相付き)
30名の参加、さすが文学部で今回は女性が3分の1はいました。名札を見るまでもなく、顔を見れば思い出す、もちろん呼びかけは旧姓で。よく食べよく飲み(いつもこれだ)よく話し。
近況を語る姿に学生の姿を重ねて、時の経過を感じるとともに、実は時の経過は仮象に過ぎないとも感じるという奇妙にして納得がいく感覚。
気がつけばあっという間に終了時間を迎えていました。今後はクラス会を毎年恒例にする案も賛成多数、再会を約して夕暮れの京の街へまた散っていきました。

付記;同窓会前に起きた信じられないような偶然の話

京都の繁華街をぶらつき、そろそろ時間だと都合よく流してきた個人タクシーに乗りました。よくあるいかにもという話好きな運転手さんらしからぬドライバーさん。ぽちぽち話しているとなんともとんだ経歴の持ち主。
なんでも政府のお役所勤めを早期退職して、浮いた5年分を1年ずつ、小さいころからやりたかった職業にチャレンジしているとか。タクシーの運転手もあと1週間かそこらでやめて車も売って、次は広島へ行って船の船長になるんだって! そういう人生って(私にはとてもできないから)すごくすてきに見える。感心していろいろ話に沸いた。
目的地について料金を払うときに、今日はどちらからおいでですかと聞かれて、はあ福井ですといえば、ぼくも福井です、いやあ偶然ですね、と返すと福井の武生ですと。これでびっくり、いやわたしも武生から出てきたんですと変更前の市名を連呼。武生は駅から少し西の市内で〇町で、えええええええーーーっ、うちもそこですよ。
相手もさすがに驚いて、じゃあ〇〇呉服店ってご存知ですか、もちろん知ってますとも同じ町内じゃないですか、じゃあそばに〇×寺ってあったでしょう、うんあるある。ついこっちも言ってしまった、じゃあ〇△店って知ってます? あれうちですけど。いやー、知ってますよ…………結局直線距離にして200mも離れていないところにお互いの実家があったのでした。
東京ほど大きくはないけれど、それでも京都は大都会、その中で乗ったタクシーで、いわばご近所さんに会うなんて。何かすごーーーーく運命的なものを信じてしまいそうな偶然の出来事でした。月食の神秘的効果?

(この信じられない偶然を書きたいがために同窓会の記事を書いたのかもしれません、汗)

冬と春のはざまに

Nec_1631
今日は節分、節を分ける日、つまり冬と春が交代する日であります。
そうやね、明日は立春やもんね。

実は節分は年に四回、立春、立夏、立秋、立冬の前日のことなのだけれど、時代が下るにつれておよそ立春前日のことを指すようになったんだそうです。
京都の吉田神社では節分の前夜(というか節分になる瞬間)に追儺式という季節の分かれ目に生じる邪気を払う、その上は平安時代にさかのぼるという古い儀式が行われています。学生時代に一度夜に見に行きました。鬼さんはユーモラスでしたが鬼を追い払う方相氏は何やら不気味でした。

玄関先に福豆と鬼の土鈴、張子のお福さんを飾って節分のしつらえをしました。すぐにバレンタインに入れ替えするので記念撮影。

Nec_1619
今年の新顔は和手ぬぐい。
昨日行った和食器のお店のディスプレイが気に入って(お値段手頃で)求めてきました。ちょっと暗めの朱色地にお豆と緩んだ顔のお福、ロボットめいた鬼がお行儀よく連綿と続いています。壁にかけてみました。

夜半に北海道出身の友達からLINEで、北海道では入り大豆の代わりに殻つきの落花生を投げるんだよと画像付きでトークあり。殻つきのまま投げて当たったら痛いのでは?というのは余計な心配だったらしい。
豆=魔目→魔滅 らしいからどんな豆でもOKということなんだろう。

立春といえど週間予報は曇り、雨、雪。気分の上だけでも春が少し近づいてきたと思ってみようかな。いいことがあるかもしれないから。

今年もあと51週

あっという間に一週間が過ぎ、今年もあとのこすところ51週となってしまいました。
そう、何を隠そう今日はわたしの誕生日であります。何度目かはもう忘れました
昨年もそういったような気がしますが)

Nec_1533
今日の庭です。
雪が降ると野鳥の姿が増えます。それだけ食べ物がなくなっているのだろうと冷凍してある食パンの耳を細かく切って雪の上に撒いてやります。今年はヒヨドリより先に雀の群れが来て既得権を主張。
今まではヒヨドリの独擅場だったのに今年は勢力関係が異なり雀が遠慮せずに大挙して訪れます。ヒヨドリは遠慮がちに時々威嚇しています。
写真は飛び立った雀が庭木に止まっているところ。さすがに下に降りているときに写真を撮ろうとすると少しの動きにも反応して飛び去ってしまいます。
一番多く来たときにはざっと数えて20羽はいましたっけ。寒さに耐えてぷっくりふくらすずめになっている姿が愛らしいですね。

今年は何か新しいことに着手したいと思うのですがそれが何になるかまだ自分でも見えてきません。
何か自分を高めると言えば不遜ですが、振り返ってこれをやったと数え上げられるようなことをしてみたいものです。
まずはなるべく更新をまめにやろうかと思います。その分ただでさえ大したことのない内容がさらに薄くなるでしょうが、どう書こうか考えていて結局辞めてしまうよりは思い立ったことをそのまま発信するのもいいかと思います。

Nec_1536_2
長男たちから送ってきた誕生日のプレゼント。ル・クルーゼのティーポットセット。
パールホワイトの色がほんわかしていてあったかいです。

さて明日から何をしましょうか。まずは読んでいる「ソロモンの偽証」を読み上げて、仕上げていないクリスマスのクロスを早く完成させて……それから?

明けましておめでとうございます

Nec_1483
2015年明けましておめでとうございます。
さっぱり更新なしの状態に自身が呆れております。再開のきっかけが欲しい、それが新年のご挨拶になってしまいました。
とまれこうまれ、こんなぐうたら者ですが、お付き合いくださっている皆様、ありがとうございます。そして(よろしければ)今年もどうぞよろしくお願いいたします。

2014年後半は取り立てて変わりなく仕事をして家事をして本を読み映画を見て刺繍など手仕事をして過ごしていました。
リア友とはラインで毎日のように話し、ネット漬け状態は一向に改善しておりません、ご安心ください(何が?)
反省するに、強いて言えばいささか怠惰に流れ、発信意欲を掻き立てる心の高まりに欠けていました。
この憂鬱は何ならん……、願わくば今年こそ心ときめかせ夜のふけるのも忘れるような何かに出会いますように!
明日から雪の予報、またまた日常仕事に埋没してしまうかも。
それもまた仕方がないことかもしれない。C'est La Vie.

ほんとうは暑かった北欧 番外編2

デンマークの首都、コペンハーゲン。午前中はお決まりコースで宮殿、人魚姫の像を見てニューハウン地区へ回りました。

人ごみがごった返すニューハウン地区。かつては船乗りが帰港を祝う歓楽街だったそうな。今はファミリー向けのテーマパークの様相です。船着き場と逆方向にすぐのところに公園があって、近くの保育園(?)の子供たちがお弁当を広げて食べていました。

P1180991s

同地区で見つけたポスター、ちょっとシュール

P1180998s_4

抜き通りのストロイエ通り。
全長2kmくらいのホコ天、世界に冠たるブランド店が立ち並ぶ。このクラシックな建物はロイヤル・コペンハーゲン本店、切れて見えないけれど隣はジョージ・ジェンセン。

P1190009s_4

ロイヤル・コペンハーゲンは見るのも楽しい、ディスプレイもすっきりしていてすべて手に取ってみたくなる、でもだめだめ、ちょっと予算外。
店内で絵付けのデモンストレーション。写真撮ってもいい?と聞くとにっこりしながら描いてくれた

P1190011s_2

さてさて、この日も暑かった。こちらは昼食を食べたレストランの二階、端っこの席で横は窓。200年は経っているという古い建物。国は違えど、フェルメールの絵に出てくるような窓だなあ。

P1190022s_2

午後から地下鉄に乗ってロイヤル・コペンハーゲンのアウトレットに行きました。
これが回数券。

P1190115s

回数券といっても一枚ずつ切り離すチケット式ではなくて、刻印機に差し込んでガチャンと使用の時刻を印字して先端を切り離します
ここの地下鉄はゾーン式になっていてゾーン内は定額料金。
地下鉄は路線が2本。完全自動化で駅へ行っても駅員さんはいません。勝手に券売機でチケットを買って入線してきた無人運転の地下鉄に乗ります。中心になる駅からゾーン2まではシングルチケットで24クローネ(480円くらい)。単純計算で往復48クローネ。翌日も使うから96クローネ、友人と二人で動くから倍の約200クローネ。
ちょっと待った、10回乗れる2ゾーン用回数券が150クローネ。何枚か無駄になるけれどこっちの方が絶対お得!
こういうちまちましたせこい計算を楽しむのも旅の楽しさです。

地下鉄車両内。小さくてきれい。無人運転で滑るように動きます。

P1190034s
目当てのアウトレットまでは停車駅にして6駅ほど、乗換もなし、ついたら一本道の簡単さ……のはずでした。
ところが好事魔多し。
降りる予定の一駅前で乗客がみんなさあっと降りてしまいました。もちろんアナウンスもなし。そういえば先頭車両の行先にここの駅名が書いてあったっけ。でもこの路線はさらに5駅あるはずなんですが。。。
また乗客が乗り込んできたと思ったら電車は出発……ただし逆方向に。
折り返し運転でした。あわてて次の駅で降りて次の電車を待ちます。来ました、でもやはり先ほどの駅名が終点になってる。。。無人駅なので聞こうにも駅員さんがいません。
とにかく一駅でも近づくようにそれに乗って次の駅でみんなと一緒に降りて地上へ。大きなショッピングモールがあって大勢の人であふれています。出口付近にようやくSTAFFのベストをつけたおっちゃんがいたので声をかけると、地下鉄延伸工事のために一時的にこの駅までの折り返し運転になってると。それって困る、うちらはこの駅まで行きたいと地図を見せると、バスで行くように教えてくれました。それっとばかりにバス停へ走りました。都合よく出発間際のバスの運転手さんに確かめてから乗車。まさに一駅分でした。

たどり着いたロイヤル・コペンハーゲンのアウトレット。昔のキルンの煙突がそびえています。ずっと前に行ったフィンランドのアラビア陶器の工場にもこんな煙突があったっけ、などと同じメンタリティを感じつつ。

P1190035s_2

はるばる来たぜ、ファクトリー。来た甲斐は十分にありました。中には山積みになったあの陶器が。それなりにいいお値段はするものの、正価の30~40%オフというだけでもうれしくなリます。しかも店内から続いてジェンセンのアウトレットにも行けるとは嬉しいサプライズ。ここで家族のお土産を買い込んで自分へのご褒美(?)も買って、もっと手元が裕福ならあれも欲しいこれも欲しいと後ろ髪をひかれる思いで帰路につきました。
このまままっすぐ帰れたと思いますか?
そうは問屋がおろさなかった
帰り道にまた一難。この顛末はまた明日に。

ほんとうは暑かった北欧 番外編 or 反省会

なんとなんと、空いてしまいました。丸二月近くですよ!
自分で突っ込んでいても仕方がありません、これはもう反省しか……その余地もなかったりして。
言い訳じみているけれど、いやはっきり言い訳なれど、その……なんですね、飽きちゃったというか。時系列で旅行を書いていったのはこれまであまりないと思うのですが、この日にはこれして翌日にはここ行って、というありきたりの陳腐さに自分が飽きてしまったというのがほんとうのところ。
そのくせさっさと切り上げて新しい記事を書けばいいのに、思いきりが悪くてあと少しだから最後まで書けたら書こうと……言い訳、いいわけ。

さて、気を取り直して最後を締める踏ん切りがついたのは、旅行中に親しくなったご夫婦からメールと写真を送っていただいたからです。
新鮮ですね、自前の写真を何度か見ているうちに特定の場所での記憶がその写真に収束していくみたいで、他の景色も他の行動も他の会話もおぼろになって行って写真に切り取られた瞬間だけが奇妙ほどの現実味をもって立ち現われてくる、記憶の減退と再生作用が起こるのですが、まったく異なったアングルから切り取られた景色、姿が映った写真を見ると、一気に忘れていたその場にまつわる空気までが鮮やかによみがえってくる……いい経験でした。
写真をたくさんありがとうございました、Oさん!

最長のソグネフィヨルド。雄大な景色、これも好天のおかげと晴れ男晴れ女の皆さんに感謝。フィヨルドは外洋と繋がっている海なのでこんな内陸なのにイルカが見えました!

P1180659s

フロム山岳鉄道からベルゲン鉄道へ乗り換え。。。

P1180783s

ノルウェーの残りの2日は最長のフィヨルドを2時間半かけてゆっくり下り、山岳鉄道に乗って山間の隘路をたどり、信じられないほどの水量を誇る大滝をしぶきを全身に浴びるほど近くで感じ、一路オスロへと戻ってきました。

P1180910

夕刻にオスロからクルーズ船に乗船。船で一晩過ごしてデンマークのコペンハーゲンへと向かいました。

一番の思い出はデッキから見た日没。日中の暑さも和らぎ、雲一つない海原へまばゆい日輪が沈んでいきま……せん!
水平線の上に浮かんだ太陽は往生際悪く水平線と平行線を描くようにじりじり横に移動して(もちろん徐々に高度は下げながらですが)いっかな水平線の下に沈もうとしません。日没まで見ていて中に入ろうと思っていたのに、ほぼ40分も作り付けのイスにまんじりとすることになってしまいました。

最終旅程地、コペンハーゲンは2日間自由に歩き回りました。こちらの反省会はまた明日に!

ほんとうは暑かった北欧 7

5日目、夜明けです。
ガイランゲル・フィヨルドの最奥に位置する小さな村ガイランゲル。ホテルの背後にそびえる1500メートルに及ぶ高い山越しに正面のフィヨルドの崖の頂に最初の朝日が当たりました。

P1180370s

さっそく散歩に出かけました。日の射す山頂は朝なのに山蔭はまだ暮明。前夜は11時過ぎまで明るくて、大勢の人が外で夏の夜を過ごしていたせいか、早朝は辺りはひっそり静まりかえっていました。外海から1000km以上離れているというのに目の前に広がる水面は海。潮の香りもします。
ホテルの前の船着き場にフェリーが入ってきました。水深があるのでかなり大型のフェリーも内陸まで進入することができます。ときには大型のクルーズ船が直接入ってくることもあるそうです。
わたしたちが乗ったのはいわゆる定期フェリー、ガイランゲルからヘレシルトまで約一時間のクルーズです。フェリーにはバスも乗用車もみんな載せていきます。

P1180398s_3

好天に恵まれてデッキに椅子を据えて景色を楽しみながらゆっくり進みます。 出発してすぐに見えた人家。九十九折の道をたどって山頂へ登っていきます。フィヨルドの山地での暮らしはどう見ても大変そうです。フィヨルドを越してかけた橋はなくどこへ行くにも岸に沿ってうねうねと曲がりくねった道をたどるか、または岸辺へ下りて船で移動するか、そのどちらかです。

P1180402s

七人姉妹(Seven Sisters)と呼ばれる滝。降雪量、天候によって幾筋滝ができるか変わるそうですが、七本の白く細い女性的な滝が山頂から海面まで流れ落ちています。

P1180410sjpg_4

左岸右岸にたくさんの滝が見えます。すべて雪解け水。高い山頂から水面まで幾重にも折れ曲がって注いでいます。この滝は特に大きい。どうどうと流れ落ちる水量の豊かさにほうっと見入ってしまいました。

左右にそびえる1000メートル級の山々と、その間にひっそりと息づく濃紺の海。いつ果てるともしれない海と山と緑と滝の中を進んでいると、こういう景色を常に見ていた人々が、この地に神々が宿ると信じたのも宜なるかな……と思ってしまいます。

P1180413s_4

フィヨルドは幾筋も枝分かれして内陸へ内陸へと侵攻していくようです。こちらをたどればまた違った景色が展開するかも。ここに留まって支流を探索したい、そんな気にさせられます。

P1180455s

約一時間の穏やかなクルーズを終えてヘレシルトという港へ到着。港からほんの5分ほどの町の中にこれまた驚くほど水量の多い滝がありました。

P1180467s

ヘレシルトからバスでノール・フィヨルド沿いにストリーンという町を通ってヨーロッパ最大級の氷河が見えるところへ進みました。
途中立ち寄ったインフォメーションにあった案内地図。こんなふうにフィヨルド沿いに道がうねうねと続いています。

P1180489s

500km近いヨステダール氷河の支流、ボイエ氷河が見えています。氷河は本当に青かった! 今までTV番組などで氷河は青いと聞いていても本気にしていなかった私ですが(山の残雪と同じだと思っていました)、認識を新たに。
氷河と残雪がいっしょに見える位置に来るとその差がはっきりします。圧雪状態になって氷河ができると屈折率が違うのか、蒼い!
夏で溶けだして汚れて見えますが、少しは青味がかって見えるでしょう?

P1180527s

氷河は毎年2mの速さで後退しているとか。広がるのは解けた水が作った氷河湖。まさに天然のクーラー、ひんやり。ここまで登ってきた汗を瞬時に吹き飛ばしてくれるほどの涼風。湖底には小さな花崗岩がたくさんあり、2,3個ポケットに忍ばせて帰ってきました。

P1180523s_2

ボイエ氷河を後にするとそこはもう最大のフィヨルド、ソグネ・フィヨルド地区に入ります。翌日は2時間40分のクルーズが待っています。

ほんとうは暑かった北欧 6

4日目です。オスロから高地を横切りリリハンメルを通ってフィヨルド地方へ移動しました。

途中で寄ったドライブインで。何となく嬉しくなって撮影<あほ

P1180129s

リリハンメル、小さいハマー(地名)という意味らしい。1994年冬季オリンピックの開催地です。遠くにラージヒルとノーマルヒルのジャンプ台が見えますがあまりの晴天のために白っぽく光っています。

P1180143s

こう書いてないと忘れられてしまうかも。フィギュアスケート女子でナンシー・ケリガンとトーニャ・ハーディングの確執、襲撃疑惑と靴紐事件、そんなことがありましたね。

P1180164s_2

ロムのスターヴヒルケ、11から12世紀にかけて建てられた木造の独特なスタイルの教会。往時は1000棟もあったらしいのですが現存するのはわずかに28棟。どこかヴァイキング船を思わせる外観も面白いけれど内部は意外に狭く木造家屋は見慣れているはずなのにとてもエキゾチックに感じてしまう。祭壇部はやはり教会。天井や壁にブリミティブな絵が描かれていて見ていても飽きません。用材はマツが多いとか。松脂を保存性を高めたらしいです。
この教会ではないのですが、別のスターヴ教会が「アナと雪の女王」の宮殿のデザインのモデルになったとか。

P1180199s

内部。下がっている燭台も木製

P1180205s

周囲には墓地があって北国らしく小さい墓石が並び、教会を取り巻く木立を通り抜ける風がざわざわと音を立てていました。

山岳地帯入り、高地に残雪が見え、雪解け水が流れ込む水量が豊かな川が右に左に見えてきました。P1180244s

台地には湖も。岩山のなだらかさが山が経てきた年月の長さを物語るようです。

P1180266s

そして最高地を越えて今度は一気に下降です。かなりの急勾配、道はくの字に何度も曲がりながら初めてフィヨルドが見える地点へ下りてきました。

P1180281s

ガイランゲル・フィヨルドが一望できる最高の場所というフリーダールスユーヴェット展望台から。舌をかみそうな名前だしこれから発音することもない固有名詞なのだけれどこれも思い出の一端ということで。展望台と言っても大きな石があるだけ。そこへ登ってなるべく先端へ行って撮影です。足元注意。

ホテルはガイランゲル・フィヨルドの一番奥まったところ。目の前は波止場です。ホテルの部屋から暮れていくフィヨルドの景観を飽かず眺めました。P1180326s

空いっぱいに広がったうろこ状の雲。これで夜9時ごろ。P1180331sjpg

太陽が沈んでも辺りはずっと明るく、やがて雲の縁が赤みを帯びてきて一日の終わりを告げました。

P1180368s_2

11時過ぎてもまだ薄明るいのでカーテンを閉めて眠ることにしました……でも暑くて結局カーテン開けましたけど。
翌日はいよいよフィヨルドを船で下ります。お天気がいいことを請け合ってくれる夕焼け空でした。

Continue reading »

〇〇クラス会

ほんとうは暑かった北欧 6を書くのを先送りして今日のクラス会のお話をば。写真は会場のレストラン、古い蔵の内部を改装してあります。梁とか柱などは保存されていて古新しい落ち着いた雰囲気です。

P1190155s
高校のクラス会がありました。
地元組の一人として幹事さんのお手伝いなどを少しいたしました。
タイトルの〇〇には、例えば「喜寿」とか「卒寿」とかに類した言葉が入ります。はっきり書けって? いや、どうも面はゆくって。堪忍してください。
さて、高校時代は3年間同じクラスでした。今では専科コースというのは珍しくないのかもしれませんが、わたしたちが高校入学する年に初めて「理数科」なるものが県内3校に新設されて、わたしたちは「晴れある」一期生となったのでした。
海の物とも山の物ともわからない新設科に、あるいは中学の教師にレベルが高いから行ってみろと言われたり、あるいは県庁所在地の市にある高校まで電車通学をするのを厭って、あるいはただ何となく受験してみて……
要するに誰もどんなものかよくわかってなかったってことですかね。

当時にしてみれば結構な倍率を勝ち抜いてできた理数科1年11組ですが、そうそう、当時はマンモス校で普通科が10組もあったんですよ!、蓋を開けたら女子はわたしを入れて6名、あとはほとんどが見知らぬ男子ばっかり。クラスが学生服で黒かった。体育などは他の女子クラスに混ぜてもらって肩身の狭い思いでした。
なにやかやでうちのクラス、個性派が集まったことは確か。だからまとまりがつかない、校内行事の合唱コンクールとか体育祭の応援とか……強い団結を見せて真価を発揮したのはようやく3年になってからでした。でもその結束力たるや、今でも覚えています、3年の体育祭では応援1位、飾り物1位、得点1位で総合優勝を勝ち取ったのですから。

担任の先生も3年間持ち上がりでした。理数系であるのに英語の先生で、これまた謹厳実直を絵にかいたような先生でした。この先生が教えてくれたのは単に教科としての英語だけではなかったように思います。先生が惚れこんでいた当時廃版になっていた教科書を出版元に掛け合ってクラス全員分を確保して、それで補習授業をしたり、英語から離れて蕪村や芭蕉の俳句の話をしてくれたり、ある意味余裕のある教育を授けてくれたのだと今になって感じます。
余談ながらわたしはいまでも3年の夏に授業で読んだキャサリン・マンスフィールドの短編が大好きで、ときおり読み返したりしています。
高校3年と言えば否応なしに来るのは大学入試。避けて通れない関門。しかしこれもわがクラスの面々は難なくクリアして、うちの高校始まって以来の好成績を収めました。
卒業、就職と全国に散らばったクラスメイトたち。

今日は43名のうち20名が集まり(うち女子2人)古い蔵を改装したこじゃれたイタリアン・レストランを貸切で、よくもしゃべった、食べた、飲んだ。。。
懐古的になるよりも近況報告や今後の設計の方に話は弾みました。幹事さんの奔走のおかげでなつかしい写真のスライドショーや、出席できなかった人からのメッセージや近況写真をプロジェクターで見たり。
ほとんどが二次会へ流れてカラオケへ移動しました。さらに2時間懐メロ、アニソン、フォークに演歌、ニュー・ミュージック、自分のレパートリーの貧困さにがっくり。

延々6時間に及ぶクラス会、お時間ですの声に後ろ髪をひかれながら、みな三々五々、振り出した雨の中、自分の生活の中に戻っていきました。
昔の友達というのはいいものです。何年たっても顔を合わせて言葉を交わせばあっという間に高校時代と同じ感覚に戻ってしまいます。現在の仕事や社会的な地位や経済的な状況の差はあるにしても表面には現れてこない、そう思っているのはわたしだけ? おめでたいのかもしれないけれど、少なくてもわたしはそういう感触を持ちました。そうじゃなければクラス会は楽しくないしね。

節目の5年後なんて悠長なことを言わずに来年も再来年も、機会を作ってみんなの顔を見たいものです。

ほんとうは暑かった北欧 5

ちょっと気分を変えて今日は写真は抜きで行きます。

タイトルにもあるように「北欧」は暑かった……実質30℃くらいだったのですが、いかんせんホテルにエアコンがない!
寒さ対策は十分なのに暑さに弱いというのは寒冷地にはよくあること。札幌のホテルにも最近までエアコン(クーラー)のないところも多かったとか。
さもありなんというのは容易いけれどそれを体験するのはまた別問題です。暑いうえに開口部が小さくて窓が少ししか開かない、しかも西からは8時9時になっても陽が照りつける、もう寝られません。
毎晩関空でいただいてきた化粧品プロモのうちわで扇ぎながらベッドの上掛けを蹴っ飛ばし、浅い眠りにやっとついたと思うともう空は白々と明け始めます。車の中はエアコンが効いているのでみんな寝る寝る……これまたもったいない話です、だって移りゆく景色がすばらしいのですから。

物価が高いという話も何度も書きました。いや、もうあきれるくらいに高いのです。500mlのペットボトルの水が400円、こっちのスーパーの特売で68円でっせ!
ケチケチしたくはないのですが、いちいち換算して驚いて結局買わない、そんな癖がついてしまいました。
ところで現地の人はどうやって生活しているんでしょうか。聞いた説明では、男性の平均月収が60万、女性が40万だそうです。課税は総合税で収入の40%、これまた結構な高額です。もちろん社会保障の行き届いた国ですから教育費や医療費の心配はないとしても生活費が恐ろしく高くなるのは想像できます。
訪れたのはちょうどバカンスのシーズンが始まったところ。民間企業では1カ月の夏季休暇を取らないといけない(!)そうで休暇をとれる人は家族でキャンパーに乗って長期キャンプに出かけます。クルーザーに乗って海へ出る人も多いとか。
街にも海辺にも山間地の湖にも、とにかくバカンス中の人が多い、特に陽射しの強い海辺ではみんな素肌を太陽にさらして日焼け増進中。痛々しいほど真っ赤になっている人を何人も目にしました。
反対に自分たちはというと、帽子にサングラス、さらに日傘をさす人あり、日焼け防止のアームカバーをつけて、首には巻物。きっと現地の人から見ると奇怪な姿なのでしょうね。せっかくの夏の光を避けるなんて。

オスロは目下いたるところで建設ラッシュの状態です。フィヨルド・シティという市街の再開発が進んでいて市街地のオペラハウス周辺でも新しいビルが林立、建設中も多く、道路の拡張や何の工事かわからないけれどとにかくいたるところで工事中。
バカンスの期間中でも海外から来た出稼ぎ労働者の人たちが仕事に従事しているとか。建設工事労働者の最低賃金時給が4900円というからこれまたびっくりです。

どの国に寄らず、生活をしていくというのは大変なことです。外から結構に見えても実際に生活するうえでは様々な苦労があります。ほんの数日の滞在でも日本との違いと、苦労という点では変わりがないということがわかったのも一つの収穫でした。

ほんとうは暑かった北欧 4

3日目続きです。
ノルウェーの首都オスロはオスロ・フィヨルドに面し残りの三方を山に囲まれた美しい都市です。
大聖堂を横に見ながら、まず訪れたのは国立美術館。

P1170981s

2階の絵画展示室の中にエドヴァルド・ムンクの作品を集めた特別室があります。「叫び」「マドンナ」「思春期」「病める子供」「生命のダンス」「メランコリー」etc。名作を間近にゆっくりと見ることができて感動ものです。でもさすがにここは撮影禁止です。それ以外はフラッシュをたかなければ撮影OK。

フランス近代絵画の名作が目白押しです。モネ、ドガ、セザンヌ、ゴーギャン、ピカソ。

P1170939s

正面の絵はエル・グレコ。

P1170964s

小部屋で見つけたドイツ表現派のカスパル・ダビッド・フリードリヒ、とても嬉しかった。

P1170942s

ノルウェーの新ロマン派の画家、ハラルド・ソールベリの代表作3点。静謐な中に力強さを感じる中央の絵にはたくさんの人が集まっていました。

P1170976s

町中で見た噴水、暑いのでつい水に手が……

P1170992s

港の第2埠頭の奥にある新しいオペラハウス。2008年に莫大な費用をかけて完成したばかりで、外壁をすべてイタリア産の白大理石で葺いてある白亜の殿堂です。巨大なガラスのファサードはソーラーパネルの機能を持っています。折からの強い陽射しに目もくらむばかりにまばゆく映ります。側面から

P1170997s

しかもこの建物、外面を登ることができます。上まで行って戻るのに10分くらい。ここまで来たら登らないわけにはいかないよね。立ち止まって下を見ると

P1180003s

側面から海を見るとそこには氷河の先端が落ちて流れたイメージで作られたクリスタルが。

P1180006s

こちらは登り口を見下ろしたところP1180017s

下から逆に上を見るとこんな感じになります。

P1180022s

ふうふう言いながら中へ入ります。オペラはやっていないので劇場へは入れませんがホワイエには最上階まで伸び上がる大きな木のオブジェが。やはり容赦ない陽光にぎらぎらと光っています。ここには冷房が入ってました!

P1180028s

ムンクが歩いていて夕暮れの赤い空と暗いフィヨルドに強い不安を覚えた、それが「叫び」を描くインスピレーションになったという、その場所へ行きました。市南東のエケベルクという地区にある高台です。ただしあっけらかんと明るい夏空の下、木々が緑に茂っていてあの狂気に満ちた陰鬱さを連想させるものは何もありません。
眼下のフィヨルド沿いにオペラハウスや斬新なビル群が見えます。

P1180035s

この丘には銘板もあって、ここでムンクが叫びの元になった景色を見た、しかし描かれたのはベルリンでここではない、という旨のおことわりが書いてありました。

P1180042s_4



翌日はリリハンメルを通ってゲイランゲル・フィヨルドまで移動します。

ほんとうは暑かった北欧 3

3日目です。早朝ストックホルムから国際列車でオスロに向かいます。

P1170818s

昨日見た市庁舎の塔。ストックホルム中央駅はすぐそばです。市庁舎、駅、王宮などの有名な建物がそれこそ歩ける距離の中にコンパクトに集まっています。これって旅行者にとってはありがたいことです。

中央駅。正面から入った所にある1階とB1階の間の吹き抜け。周囲の金属のオブジェがおもしろい。スウェーデンの自然の動物や伝統的な民族をモチーフにしてあります。

P1170835s

P1170837s

小さな待合室にあった木のベンチ。機能的でスタイリッシュ。この背後にはシダや観葉植物が植えこまれた緑の壁があります。

P1170824s

地下1階にあったコンビニのお菓子。画像を小さくしたので見づらいですが、この手のスナックが軒並み29・95SEK(1クローナ=おおよそ20円)つまり600円しています! これでなんでも簡単に買えないという意味がわかってもらえるでしょうか。

P1170849s


40分余の待ち時間のあとプラットホームへ。改札も何もありません。向かいのホームにコペンハーゲン行の列車が入ってきました。大陸と陸続きのこの国では国際列車が当たり前なのですね。列車に乗ったまま国境を越えていくという実感が持てない島国の人間でした。

P1170869s_2

列車に乗り込みます。最新式というより、どこかレトロな味わいがあります。天井に木のパネルが。温かみがありますね。向かい合わせの席の間にはかなり広いテーブルがあります。便利です。

P1170873s

ストックホルムからオスロまで約6時間の行程。列車は田園地帯を抜けて木立の中、畑の中を急がずゆっくり走ります。途中の停車駅の写真をいくつか。

P1170876s

P1170885s

P1170886s

家が一軒もない田園や林の中を進み、川を見、湖のほとりを走り、一息行くとまた人家が見え出して徐々に集落になり、小さな町が現れます。そして列車は駅に停車。降りる人乗り込む人、ビジネスらしい人は見当たらずのんびりしています。

P1170890s

もうすぐ行くとスウェーデンとノルウェーの国境の記念碑がありますよ、と説明を受けて待ちかまえていましたがあっという間に通過。ケルンみたいな塔が立っていました。わたしたちは物珍しく騒いで写真を撮ろうとしていましたが、ローカルの人はむしろそんなわたしたちの姿を面白がっているようでした。国境がどうしたって?ん? てなかんじ。

やっと到着しました。オスロ中央駅。

P1170899s

駅中のスタンド。やはりここは都会ですね。何となくほっとする変な気分。

P1170900s

正面を出たところにあった不思議なオブジェ。こんなものまですてきに見えてしまう。相変わらず晴天で容赦なく日光と紫外線が降り注ぎます。当地の人々はノースリーブにタンクトップ、短パンと真夏の装い。それに比べて長袖なんか着ているわたしたちの場違いなこと。せめて日焼け対策じゃ、と開き直ったりしてみますが、やっぱり暑い。

P1170902s

到着後まず国立美術館へ。E・ムンクの「叫び」をはじめとして近代絵画の名品が数多く収蔵されています。しかもフラッシュ無しなら絵画も撮影可ですから、うれしいこと!
美術館とオペラ座の話は次回に!

ほんとうは暑かった北欧 2

2日目です。
スウェーデンの首都、ストックホルム到着は午後2時過ぎ。

P1170689s

空港の様子はドーハとは全く違う趣です。スゥエーデンの有名な人々のポートレートが出迎えます。知る人も知らない人も。中には、この人ってスウェーデン人だったんだと気がつく人も。

P1170687s
空港の床、ふんだんに使われている大理石の中にはでっかい古生物の化石があります。

一歩外へ出ると陽射しの強烈さに目がくらみました。日本の猛暑の強烈さとは根本的に違う強さ。直に紫外線がガンと降り注いでいる感じと言ったらいいでしょうか。空気自体の暑さは感じません。多分湿度が低いせい。だからすべての物の姿がくっきり、隅々までぼやけることなく目に飛び込んできます。
そして……暑かった!
出発前に服装に迷った時、基本長袖でと言われたのを真に受けてしまいました。ちゃんと週間予報で北欧諸都市の気温を調べておいたのに(確かに25℃以上の予報が出てましたけど)きっと涼しいんだろうとひとり合点して、それほど暑さ対策の服を持ってきていません。
それがつくなりこの晴天、要るのは帽子と日焼け止めと半袖Tシャツでした!
救いは日陰に入るとすっと涼しくなること。これも湿度が低いせいです。

まず誰もが訪れるストックホルム市庁舎。毎年ノーベル賞の授賞式が(平和賞だけオスロですが)行われるところです。

P1170708s

対岸の島を望む1枚。ストックホルムは大小14の島からなる都市だといいますが、感覚的には大きな川が何本も流れているようなかんじです。

P1170699s

工事中の裏口にある鉄門扉ユニークなおさかなたち。

P1170717s
市庁舎から旧市街ガムラ・スタンへ。王宮、大聖堂など外から眺めながら大広場へ出ます。

P1170746s
商店の立ち並ぶかわいらしい広場ですが16世紀には大規模な処刑が行われて血に染まったといういわくがあります。もちろん今はさまざまな店と観光客で大賑わいです。
目を引くのは"ダーラナ・ホース"という民芸品の馬。赤が主流だと思っていましたがさまざまな色があるんですね。

P1170749s

手彫りで細かく絵付けしてあるのが欲しかったけれどあまりのお値段に(手のひらに乗るようなのが9000円!)ビビってしまいました。もちろんお手頃価格もたくさんあります。思い出写真に1枚。
他にもヘラジカのユーモラスなモチーフのグッズがいっぱい。

P1170761s

ちょっと素敵なものがたくさんあったお店。

P1170767s

ぶらつきながら数枚のカード、ポストカード、ペーパーナプキンなど買いこんで、何ということない結局またまた紙物ばかりでした。

時刻はとっくに5時すぎなのにまだまだ太陽は沈む気配を見せず人の流れも絶えません。

P1170783s

街を一望できるフィヤールガータン展望台から。少し風が出てきて涼しさが増して心地よくなってきました。明日はスウェーデンを離れてノルウェーに向かうと思うと、あと少しこの地にとどまってもっとこの地を知りたいという気持ちが強まってきました。

この町のどこかに高校時代の仲良しだった友人が住んでいるはず。此方の人と結婚してから連絡が取れなくなって、幾度かご実家に問い合わせたりしたり、大学の卒業生年鑑を調べたりしたものの結局詳細はわからず、帰国したときにもわずかの差で会えなかったりして、やるせない思いが募ります。
この町のどこかで元気にやっているのだろうと、せめて同じ空気を味わっているのを慰めに、この美しい風景を目に焼き付けておこうと思いました。

次の街はオスロです!